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涼司と秘湯とエコーの秘密

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涼司と秘湯とエコーの秘密

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【3・男湯の賑わい】

「薄暗い上に狭くて歩きづらい……っと、急に広くなったでありますな」
 洞窟内、入ってすぐの通路を抜けた大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)
「さて。温泉はどこに……ん?」
 広場をぐるりと眺めて、なにやら西側で人だかりができているのを確認する。その中のとあるふたり、宇都宮祥子(うつのみや・さちこ)ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は、なにやら話し合いをしていた。
「混浴だと思うんだよ俺は。つーわけで、ホントにそーだったらその時は混浴オツキアイしてもらうぜぇ?」
 ニヤリとほくそ笑みながら祥子に告げているウィルネスト。どうやら、賭けをしているようだった。
「私は希少な生物でもいるんじゃないかと思うわ。あの二人がああまで必死になるんだから、それなりの事情があるのよ。きっと」
「ふふふ……決まりだな。後でやっぱなしーってのは許さないからな!」
「はいはい、わかったわよ。よしよし」
「こらー! 頭撫でるなッ!」
「あはは、ごめんごめん。ちびっちゃいからつい」
「ちくしょう……チビじゃねーよ、俺は来年こそ背が伸びるんだ……」
 そんな掛けあいの後、ふたりは西の通路へと歩を進めていくのだった。
 それを眺めてやや興味が沸きつつも、北側に男湯の暖簾を見つけたので、自分はそちらへと進む剛太郎。
 暖簾をくぐり少し進むと、やや人工的に広げた感がある四畳半くらいの場所にでた。
 そこでは先客であるラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)や、青 野武(せい・やぶ)とパートナーの黒 金烏(こく・きんう)シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)青 ノニ・十八号(せい・のにじゅうはちごう)達。それに清泉北都(いずみ・ほくと)とパートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)らが既に着替えをしていた。
 着替えとはいっても、ここは自然の洞穴を利用しているだけなので更衣室などは無く。オーナーが備え付けたらしい服を入れる竹籠と、貸し出し用のタオルなどが置いてあったので皆自然とそこを脱衣場と認識したらしい。
「ところで水着はどうしましょうか」
「シラノ、温泉で水着はマナー違反であります」
「え、水着は着ない? 裸で漬かる? そういうものなのですか」
「はい。僕もそう思いますぅ、ちゃんと全部外さないと」
「十八号よ。おぬし、腕までもげて外れておるぞ」
「さて、汚れた作業用オーバーオールを洗い場で洗濯……」
「ダメですから。それも迷惑でありますから」
「してはいけない? そういうものなのですか」
「さあ入りましょうかぁ」
「だから腕を嵌め直してからにしろと言うに」
 和式温泉に慣れていないシラノにアドバイスする金烏。機晶姫ゆえの問題満載の十八号を、呆れ顔で注意する野武。
「やっぱり人前で裸になるのは恥ずかしいよねぇ、クナイ」
「…………」
「クナイ? どうかした?」
「えっ? な、なんでもないでございますよ!?」
 服を脱いだ後、身体にタオルを巻いている北都。そしてそんな北都をじっと見つつ顔を赤らめていたクナイは、声をかけられて慌てて髪を結っていた。
「うっし!! ささーっと入るかな!」
 叫んで奥へと歩いていくのはラルク。
 そうした各々の騒がしい様子を見つつ、剛太郎は服を着替える前にラルクが進む通路の先へ目線を向けた。
 洞窟内にも関わらずやや明るいその空間。そこは通ってきた中央の広間と同等の広さで、大小様々なサイズの温泉が見えた。そこかしこから湯気が立ち昇り、あたたかさを感じさせてくる。
「なるほど。温泉というからには、大きい湯がひとつきりかと思っていたでありますが。自然の湯というものはこういった形にもなるのか」
 呟く剛太郎の隣を抜けて、
「お先―」「お風呂お風呂〜♪」「あ、タオルは湯に入れてはいけないありますよ」「湯舟にタオルをつけてはいけない? そういうものなのですか」
 野武と十八号、そして金烏とシラノも温泉へと入っていく。
「やっぱりマナーは大切だよねぇ」
 ちゃんとかけ湯をしてから、タオルや髪は湯につけない様に気をつけて湯につかる北都。
「あ、う……そ、そうでございますでございますね」
 湯を浴びた、その北都の白い肌と濡れた髪にドキドキしながらも平常心をどうにか装って対応するクナイ。だがどうしても視線が惹きつけられており。
 そんな自分をジロジロ注視中のクナイに、小首をかしげる北都だった。
「さて。自分も早々に入るでありますかな」
 そして自分も服を脱いで温泉に浸かり、頭にOD色のタオルを乗せる剛太郎。
「この温泉は、洞窟の名にちなんでエコーの秘湯というであります。聞いた話では、肩こりや腰痛に効果があるそうでありますよ」
 その隣で解説をしている金烏に対し、他の三人はというと。
「わぁ〜。気持ちいいですぅ」
「♪はぁ〜『トラップ設置がよぉぉぉぉぉ、トラップ設置が150箇所』っと、くらぁ」
「ところで野武殿、ちょっと音程が違いますぞ。そこの音程は……」
 ばしゃばしゃ泳いで遊んでいる十八号。ゆったり湯船に漬かって手ぬぐいを頭に載せ、鼻歌を奏でている野武。そしてそれに指導を始めるシラノ。
「……誰も聞いておりませんか、そうですか」
 空しくなってひとり黄昏る金烏であった。
 そして、別の一角にでつかっている北都とクナイはというと。
「はぁ。やっぱり温泉はあたたまるねぇ」
(むぅ、意外とクナイは鍛えているようだねぇ。比べて僕は背も低いし、鍛えてもあまり筋肉がつかないからなぁ。肌も白いし、モヤシみたいと言われそう……)
 クナイの身体を間近にして、北都はそんなことを思っていて。
「はぁ。そうでございますねぇ……」
(あぁ、落ち着くであります。落ち着いて、自然を装って切り出せばきっと大丈夫! こういう場で北都もまったりしている今ならきっと!)
 北都の身体を間近にして、なんか画策しているクナイは。
「北都、背中……流しましょうか?」
 にこぉ、となんとも不自然に作られた感のある笑顔で、言い出した。
「え? あ、いや別にいいよぉ。自分で洗うから」
 北都はそんなクナイの言葉にやや頬を染めつつ、やんわり断りを入れた。顔が赤いのはどうやら、湯のせいでは無さそうだったが。
 クナイの方はそんな北都の恥じらいには気づかず、ガックウウゥゥ……と明らかに肩を落として、湯からあがって大人しく自分自身を流すことにするのであった。
(そ、そんなに残念なんだ。ちょっと悪いことしたかなぁ)
 そのとき、新しく人が入ってきた。それは神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と、パートナーのレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)
「なんか、入り口で、色々効能言ってましたが、嘘っぽく感じてしまうのは、自分だけでしょうねえ」
「まあ、確かにな〜宣伝が、うるさかったよな? 効果無くても、温まれば、良いと思うが」
 ふたりは、クナイとすれ違う際にレイスが翡翠の背に回るようにしていたが。
「あー生き返るな……ん?」
 代わりに、別の湯に浸かって周囲をやや警戒気味だったラルクに、背のあるものに気づかれていた。
「あっ、うぅ……」
 その視線を感じて、なんだか真っ赤になる翡翠。それを察し、早々に翡翠と共にレイスは小さめの湯を選んでつかるのだった。勿論、金の長髪をまとめるのも忘れない。
「そういえば、お前のそれ久しぶりに見たな? 治さないのか……」
 と言いながら、他人から翡翠の背中が見えないように移動する。
「う〜気にしないで下さい。治す気は、無いです。古い傷ですし、触らないで、下さいね?」
 と真っ赤になりながら、答える翡翠。
 そう。翡翠の背中には十字の傷があったのである。どうやら翡翠にとって、それがコンプレックスであるようだったが。そのとき、
「傷は漢(おとこ)の証だからな。俺としてはいい心意気だと思うぜ」
 ぼそりとラルクの声がした。
 ハッとした翡翠が振り返るが、ラルクは背を向けたまま筋肉のマッサージをし、
「いやーやっぱ温泉浸かりながらの一杯は最高だな!」
 そして酒も飲んだりしているだけであった。
「ま、確かに。無理して治すこともないのかもな」
 レイスは小さく笑い、翡翠もつられて笑みを浮かべるのだった。

 北の男湯は、そんな感じで取り立てて騒動も無く賑わっていた。
 しかしそれとは別の場所で、ある企みをする人物がいた。
 それは雷霆リナリエッタ(らいてい・りなりえった)ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)である。ふたりは、北の男湯でもなく。東の女湯でもなく。かといって西の涼司達の所でもなく。洞窟のちょうど北西側にいた。
「うふふ……おあえつらえ向きの場所が見つかってよかったわぁ」
 リナリエッタは、トレジャーセンスでその場所にもうひとつ温泉の空間を見つけ出していたのだった。そこはせいぜい3、4人しか入れそうにない小さめの空間で、そこにある湯もやや熱め。おそらく、商売向きではないと判断されて放置された湯らしかった。
「ベファ、それじゃあお願いねぇ」
 リナリエッタはそう言うと、着ていた服を脱ぎ去りその場へと足を踏み入れる。
「了解、リナ」
 ベファーナの方は、温泉の表面を氷術で凍らせ、かと思うとすぐ火術で一気に溶かしていく。温度を調節している風にも見えたが、それにしては何度も何度も繰り返しその作業を行っていた。
 しかもリナリエッタの方も相方にSPリチャージを行い、更に弾幕援護で発生した霧をどんどん広げていく。おかげで周りはほとんど見えなくなっていった。
 そこへちょうど南入口から入ってきたのは神野 永太(じんの・えいた)燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)
「それじゃあ、温泉に入ってくるから。一応見張りをお願いしますね」
「え? あ、はいです(というか温泉卵はないのでしょうか? 温泉卵、食べたいです)」
 なんだか明らかに他のことを考えてそうなザイエンデに不安を覚えつつ、永太は改めて辺りを見渡してみる。
「それにしても、なんだかやけに湯気が濃いような……これじゃどっちが男湯なのかわからな――」
「ごきげんよう。温泉はこちらです、良ければ案内しますよ」
 と、いきなり永太の前に出てきたベファーナ。
「あ、そうですか? ありがとうございます」
 彼女に連れられていく永太は、特に何の疑問も抱いていなかった。とはいえ実際この時点で疑いの目を持てという方が無理だったかもしれない。
 つるっ
「え? わ、な、なんだこれ……?」
 永太は、まず地面の異常に気がついた。それは、トラッパーにより石鹸を塗りたくられたつるつるの罠。一体誰がなんの目的で仕掛けたものか、それは永太にはわかりようもなかったが、滑り出した足を止めることはできず……
 そのままつるりつるりと罠を仕掛けた人物の目論見どおりに滑っていき、そして、最後は見事にドボンとお湯に転落していた。
「あっちち!」
「いやぁ〜〜〜ん! 誰よ!」
「え?」
 濡れ鼠になった永太の傍には、恥ずかしそうに箱入りのお嬢様のように振る舞うリナリエッタ。ここまでを見てきた人なら、彼女の意図が把握できたかもしれないが。当然永太にそれは把握できないわけで。
「ええええええええええ?」
「蒼空学園の殿方がこんなことなさるなんて……酷いですわぁ。くすん」
「男性が事故とはいえ女性の入浴を……」
 涙目のリナリエッタと、非難する目つきのベファーナ。
「いやいやいや、違うだろ! 特に後ろのあんた! ここに誘導したのそっちだろ!?」
「この期に及んで責任転嫁かい? やれやれ……」
 確かに構図だけを見れば、風呂を覗いた男と被害者にしか見えなかったが。
「このことは、内緒にして差し上げます。その代わり……色々やってもらいますわぁ☆」
 と、いきなり豹変したリナリエッタは永太の服を勝手に脱がせ始めた。
「な、ちょ、なにを」
「うふふふ……」
 しかも後ろのベファーナまでもそれに協力し始めていく。
 そこでようやく永太は、ふたりがグルだと知ったが。時既に遅し。
「ザイン! ザイン! 助けてくれ――――!」
 前後をセクハラ魔のふたりに挟まれ、抵抗を試みつつ助けを求める永太だったが。
「……洞窟で通せんぼしている涼司様なら温泉卵の在り処を知っているでしょうか? ……というか、もしや、涼司様の向こう、洞窟の奥に温泉卵があるのでは……?」
 ザイエンデはまるで聞いていなかった。
 その後。永太はこれまでモンスターに襲われた時もしなかったような、死ぬ気での抵抗を試みることによって、どうにか貞操を守ることには成功した。
 人間、本当の危機が迫ると真の力を発揮できるものである。