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リアクション
第2章 ミルムのお仕事
風評被害が収まってきた為に、ミルムの利用者はまた以前のように……否、前以上に増えつつあった。
動きやすい洋服にお揃いのエプロン。胸には『気軽に声をかけてください』というメッセージと名前の入った大きな名札、という恰好で、涼介とクレアはカウンター業務をこなす。
「兄さま、これはどうすればよろしいですの?」
ブラウスにジャンパースカートというお嬢様風の服装のエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)も慣れないながら、2人の仕事を手伝った。
絵本の貸し出し、返却された本の確認、新規の利用者登録、利用者カードの整理、案内、レファレンス。
そんな忙しさの合間に、クレアは長方形の紙に動物の絵を描いた栞を試作していた。子供が絵本を借りた際、カードに動物のスタンプを捺しているのだが、そのカードがいっぱいになった時に、ごほうびとして栞をプレゼントしてあげようと思ってのことだ。
スタンプにあるのと同じ動物を描いて、上に紐を付ければ出来上がり。これを新しいカードと一緒に渡したら、きっと喜んでもらえるだろう。
本を借りに来た子供がじっとその栞を見ているのに気づき、クレアはその子のカードの空欄を数えた。
「あと3回絵本を借りてカードがいっぱいになったら、この栞をあげるね」
「ご褒美までもう少しだ。がんばれよ」
涼介に励まされ、子供は大きく肯いた。
手早く貸し出し処理をする涼介とクレアを、エイボンの書はさっきまで読んでいた絵本に登場する、野ねずみの家族と重ね合わせた。
絵本の内容は、仲の良い野ねずみ家族が冬支度をするというほのぼのとしたもの。大忙しで冬支度をしながらも、仲の良さは変わらない。自分たちもそんな仲良し家族のようになれたらと、エイボンの書は思いを馳せる。
子供が絵本を抱えて帰っていくのと入れ替わりに、神和 綺人(かんなぎ・あやと)たちが入ってきた。
「実家から絵本が送られてきたから、寄贈しようと思って持ってきたんだ」
綺人はクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が抱えてきた箱を開き、絵本を取り出した。ほとんどが日本の昔話や童話だが、中には英語の絵本も交ざっている。
「古そうな本もありますね」
封をしたまま持ってきた為、クリスも中身ははじめて見る。物珍しそうにクリスが眺めている本を、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)は眉をしかめて取り上げた。
「……綺人、これは明らかにおかしいだろう」
「おかしいって何が?」
ユーリのしかめっ面の理由が分からず、綺人は聞き返した。
「……何か感じないか?」
「魔力のようなもののこと? うん、感じるよ。でも、こういう古い本にはよくありがちだよね。うちの蔵の中にも結構そういう本があったよ」
あっさりと綺人は答え、ユーリは額に手を当てた。
「……そういえば、お前はそういう環境で育ったんだったな」
「多少問題あるかも知れないけど、絵本自体はちゃんと読めるから」
綺人はあっさり言ったけれど、ユーリは黙々と絵本をより分けた。こんな本を送る方も送る方だが、それを疑問にも思わずに寄贈しようとする綺人も綺人だとユーリは思う。
「せっかくアヤのお姉さまが送ってくれたものですけれど、古そうな本はさすがに寄贈には向かないですよね」
本をより分けてゆくユーリの手元を見ながら言うクリスに、
「……それも違う」
ユーリはぼそりと呟いた。
本を概ね分け終えた頃、瀬島 壮太(せじま・そうた)が綺人の姿を認めてカウンターにやってくる。
「悪ぃ、この間絵本回収の時に配ったワッペン、まだ持ってたら返してくれねえか」
「あのワッペン? 持ってるよ」
放火未遂事件の際、絵本回収に赴く学生が疑われたりしない為に壮太が配ったワッペンを綺人たちが出すと、壮太はそれを回収して袋に入れた。
「もういらなくなったから回収してるんですか?」
「いや、そうじゃなくて。前回は急ぎだったから図柄もシンプルで出来も雑だっただろ。だから今回はもうちょっと付け加えたモンにしようと思ってさ」
クリスの問いに、壮太は新しいバージョンのワッペンを取り出し、前のものと並べて見せた。前のワッペンは、開いたハードカバーの本が刺繍されているだけのシンプルなもの。今回新しく作っているワッペンは、その本の下に黄色いリボン帯が付け加えられ、リボンの中には『ミルム』という文字が入っている。
「サリチェさんも欲しいって言ってたしさ。今度は希望者全員に配ろうと思うんだ」
そうなると作らなければならない数も多くなる。前のワッペンも回収してリボンの刺繍を加えれば再利用出来るから、と言う壮太に、
「新しいのができたら僕もまた欲しいな」
「私の分もよろしくです」
綺人とクリスはワッペンを頼んだ。ユーリは回収したワッペンの入っている袋をじっと眺め、尋ねた。
「……数が多くなりそうなら、また手伝おうか?」
「お、助かるぜ。手伝いしてくれる奴は大募集中だ。じゃあこれ頼むな」
「はい、こっちは材料の刺繍糸と針。ね、壮太、これ全部渡しちゃっていい?」
ミミ・マリー(みみ・まりー)が抱えていた袋を出しかけて、壮太を見上げる。
「ああ、そんくらいは要るだろう。足りない分は買い出ししてこねえとな」
ワッペンの材料を渡すと、壮太とミミはラテルの街へと買い出しに出かけていった。
「ユーリはそっち手伝ってて。僕とクリスは書架の整理をしてるから」
「……ああ」
綺人とクリスは書架整理に、ユーリは針仕事に。
ミルムでの仕事はいろいろ。誰かが何かを考えた数だけ種類が増えてゆく。
より楽しくより喜ばれる場所目指して。
「もしかしたらと思うんだけど……」
さっきから帳簿つけの仕事をしていたサリチェは、羽ペンで頬をぱたぱたと叩いた。
「帳簿って、あわないように出来てるんじゃないかしら」
「あわなかったら帳簿の意味ないと思うんですけど」
隣の机で『絵本図書館ミルム通信』を広げている関谷 未憂(せきや・みゆう)が、くすっと笑った。未憂の方は、ミルム通信の改善案を練っている処だ。
ラテルには文字を読めない人も多いと聞く。ミルム通信を発行しても、書いてあることが読めるのはほんの一部だけ、というのではやはり寂しい。
「記号……っていうのはどうかなぁ」
読み聞かせだったら開いた本と横顔の記号。文字教室だったらノートにペン。そんなマークを作って、その横に開催日時を書いたら文字が読めなくても分かってもらえるかも知れない。
「本を大切に、だったら……本の上に手の平とハートマーク? ……これで分かると思う?」
未憂にマークを見せられて、リン・リーファ(りん・りーふぁ)はうーんと唸り。
「こういう意味のマークです、って一度説明すればすぐ分かるんだろうけどねー」
未憂がずっとミルム通信にかかりきりなので、退屈そうに上半身を机の上に投げ出している体勢のまま答えた。
「街に放送があるならそれで知らせてもらうんだけど、電気も来てないんじゃ無理そうね。自分たちで宣伝して廻るしかないかしら。……うーん、マークを作るのって案外難しいわ」
リンと会話しながらも未憂はマークの図案を考えていたが、シンプルで分かりやすくて親しみやすくて……と考えていると結構難しい。
「……良かったら手伝おうか?」
それぞれの仕事に苦心している皆を見、ずっと迷う様子だった白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は、思い切って申し出た。
「イラストとかなら……少しは役立てると思うから」
人と話すのは得意ではない珂慧は、これまで自分から積極的に誰かに働きかけたりはしなかった。けれど……自分にも何か出来ることがあるのなら協力したい、そう思えるようになったのは、自分の描いたイラストの向こうに人が、見てくれる人がいることを、ここミルムでの活動を通して感じられるようになったからだろうか。
「じゃあ手伝ってくれる? 文字の読めない人にもお知らせの内容が分かるようにしたいんだけど、何かいいマークとかないかな?」
「そうだね……たとえばこんな感じとか……」
実は珂慧も文字は苦手。だから、文字の読めない人の感覚は分からないでもない。
相談しながら案を練り、未憂たちは新しい『絵本図書館ミルム通信』を作り上げた。
館内では印刷できるような設備がないから、ヴァイシャリーの街まで行って配布分と掲示板に張り出す分を刷る。
刷り上がったミルム通信を持って戻ってくると、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が声を掛けてきた。
「もし余分があるんでしたら、少し頂いてもよろしいですか? ラテルマップに載ってるお店に持って行きたいんです」
「どうぞどうぞ。たくさん刷ってきたから遠慮無く持ってってね」
「ありがとうございます」
ロザリンドはミルム通信と、ラテルマップを書き写したノートを自転車の籠に入れると、街へと出かけていった。
「あとは、同じマークを催し物に使うドアにも貼っておきたいし……カレンダーを作ってそこに催し物のマークを貼るのも良さそうよね。ああ、でも宣伝もしないといけないわね」
「それなら、僕がマークのサインボードとカレンダーを作っておくよ」
やることだらけ、と言う未憂に、珂慧が掲示物の方を引き受けた。
「じゃあ私は街で宣伝……する為の原稿を作るから、リン、お知らせしてくれる?」
急に話を振られたリンは、いいけど、と言った後に尋ねる。
「みゆうはやらないの?」
「……恥ずかしいからヤだ」
「なんで? 目立つの楽しいのに〜」
「だから任せたっ」
適材適所、とばかりに未憂はリンの肩を叩いた。
「こんにちはー」
ラテルの街へと出かけたロザリンドは、マップの書き写しを頼りに書いてあった店を訪ねた。そこで絵本図書館に設置されているラテルマップのことを話す。
「そのマップにこのお店のことが書かれていまして……『どんな季節にも新鮮な果物を絶やさないフリッツさんの果物屋さん。店内に入るだけで果物の甘い香りに包まれるのです』」
ロザリンドがマップに書いてあった情報を読み上げると、フリッツは相好を崩した。
「いやぁ、オレはただ旨いものを食べてもらいたいってだけだから。けど、誰がそんなことを書いてくれたんだろうなぁ」
「皆さん、いろいろな街の情報を書き込んで下さっているんです。フリッツさんも是非利用してみて下さいね」
それで……とロザリンドは絵本図書館ミルム通信を取り出した。
「出来ましたら、お店のどこかにこれを貼って図書館の宣伝をしていただけませんか? 特に小さなお子さんのいる家庭に紹介できれば、子供がお友達を作ったり、親同士の相談もできると思うんです。それから、遠方の出入りの業者の方とかにも、絵本に詳しい方にこういった施設があることを広めて貰えないでしょうか」
「宣伝ねぇ……」
フリッツは絵本図書館ミルム通信を受け取り、ざっと目を通した。
「へえ、こんなもん作ってるのか……。オレは誰かに勧めたりってのは苦手だけど、そこらに貼っておくくらいなら構わないよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。あ、それからその果物を一籠売ってくれませんか?」
つやつやした果物をロザリンドが指すと、フリッツはいやいやと首を振る。
「そんな気を使わんでもいいから」
「いえ、美味しそうだから図書館の皆さんへの差し入れにしたいと思って」
「そうかい? なら、ありがとうよ」
フリッツが包んでくれた果物をロザリンドは自転車の籠に入れ、次の店へと向かって漕ぎ出した。そこに、空飛ぶ箒にまたがったリンが飛んでくる。
「こちらは絵本図書館ミルム通信ですー! あさって、午後3時からミルムで文字教室を開きます。どなたでもお気軽にご参加くださーい!」
口元に拡声器を当てて、宣伝をしながら街路を飛んでゆくリンを、道行く人は何事かと驚いたように見送るのだった。
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