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第二章『5色並べて』




「かびるまで忘れていたなんて、許せないよ!」
 イシュタンと同じく、食欲旺盛な霧雨 透乃(きりさめ・とうの)。こんな状態になるまで美味しいお餅を放っておいた事への不満やら憤りやら、何より食べ物を大事にしないってそれどうなの! やら、もろもろの怒りを拳のうちに握りしめ、透乃は福神社で仁王立ちしていた。
「手伝って」
 パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)に声をかける。
「はい、透乃ちゃん。お参りをしなかった私達にも原因があります。なので、布紅さんの為に、鏡餅退治に協力します」
 陽子に頷き返すと、透乃は餅に向かって構える。
 盛夏の骨気をまとった拳は、透乃の気持ちをのせたように熱い。
「おとなしくなさい!」
 ボカン! コンコンコンコン……
 有象無象の小さな餅を左の利き手で思いっきり殴りつける。
 最初に吹っ飛んだ餅がビリヤードのようにほかの餅へとぶつかり、複数の餅が吹っ飛んだ。
 鬼神のように容赦のない攻撃で、ひっくりかえった小さな餅たち。
 それをつまみあげると、透乃はふと思い至った。
「毒気を抜いたら、食べれるようにならないかな」
 このまま破壊されるばかりなんて、もったいない。
「だったら試してみましょうか」
 弱った餅をいくつか捕まえ、陽子がキュアポイゾンをかける。
 うまくいけば、これで餅が浄化されはしないだろうか。期待を込めて小餅を見る透乃。
 ところが。
 がじっ。
「いたた!……こら! 待ちなさい!」
 弱っていた筈の鏡餅。
 キュアポイゾンで復活してしまったらしく、つかまえている透乃の手に噛み付いた。
 思わず手を緩めた瞬間、その手から飛び降りて逃げ出す餅達。
「大丈夫ですか?」
 幸い傷になるほどではないが、餅にかまれるなんて前代未聞だ。毒があるといけないからと、陽子がキュアポイゾンをかけた。
「残念です。……カビも元気になってしまいました」
「やっぱり駄目か。食べられないのかな」
 がっかりした透乃の声。
 それにかぶさった、雄たけびに、その場にいた全員が振り返る。
「食えぬわけがあるかーーー!!」
 仏滅 サンダー明彦は、吼えた。
 びくっ、と、一瞬人間どころか小さい餅達までが動きを止めた。
 悪魔だ。、悪魔がいる。
 仏滅 サンダー明彦(ぶつめつ・さんだーあきひこ)を見た途端、ばらばらと散って逃げていく餅の集団。
 餅にすら恐れられるその風貌で、明彦はのしのしと近づいた。
 餅を喰る。『喰る』とかいて「ヤル」と読む。
「カビぐれぇで何言ってやがる。こんなの桜餅か草餅だと思えばなんともねぇ。むしろレインボー餅だ、俺にくれ!」
 腹に入れば全てDeath。デスメタルの権化に食えぬものなどない。
 手近な餅を片っ端から袋につめ、明彦は餅を追い回した。さっき陽子がキュアポイゾンをかけた餅も捕まえて、袋の中に放り込む。
「きゅう〜〜」
 中で餅がうめいているが、そんなことなどお構いなし。
 だが、欲張るとろくなことはない。
「……なにい!?」
 餅が。
 袋の中でぎゅうぎゅうの餅が、くっついた。
 いや、合体した!!
 明彦の袋から飛び出たのは、小鏡餅より大き目の、家庭サイズの鏡餅。
「情熱の赤ふく餅!」
 いわゆる赤カビ! 食べれない!!
「清廉の青ふく餅!」
 そのままアオカビ! チーズならどんなにか!!
「自然に優しい緑ふく餅!」
 やっぱり緑カビ! 自然には優しいが人には優しくない!!
「魅惑のボディピンクふく餅!」
 ……魅惑の前になにカビ!? なにが醸されて!?
「引っ込み思案の白ふく餅……」
 つまりはあんまりかびてない餅! ……もしかすると、食べられそうだ!!
「5色並べてゴフクモチー!!」
 どどーん。
 まさか餅相手に、背後に火柱があがった気分を味わうとは。
 短い手足でポーズを決めている、テンションと攻撃力のあがったゴフクモチー。
「なにをなさってるんですかぁ」
「おわ!?」
 気分だけでなく火柱をあげ、朱宮 満夜(あけみや・まよ)が明彦を燃やそうとする。
 おっとりとした、いかにもお嬢様の満夜に火術を浴びせられ、明彦が叫んだ。
「何をするか!」
「カビが付着している。我輩たちが焼却してやろうというのだ」
 満夜をかばうように、パートナーのミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)が二人の間に入る。
「火の力は調節してますから、大丈夫です。少しだけ熱いのを我慢してくだされば」
 そう言いながらも、満夜は飛んでくる小鏡餅を次々と焼き払う。
「その袋の中の餅も渡してください。燃やしてしまいましょう」
 ギャイィィィーン……!!
 満夜の言葉をシャットダウンするかのように轟音で鳴り響くエレキギター。
 無論アンプは自転車に積んである。
 神社の端に止めておいた自転車。悪魔的に跨ると、社の上から唾吐く明彦。
「きゃあ!」
 耳をふさいで座り込む満夜。弦楽器でもバイオリンやチェロなら聴きなれているが、こんな金属音は耳が痛くなる。
「カーッ!ペッ!ペッ! 焼いたら膨らんで熱くなって余計強くなるだろ!」
「だったらどうするというんです」
「こうだ!」
 餅の袋を持ったまま、自転車に跨る明彦。その脚力でぎゅんぎゅん車輪をこいだかと思うと、ピンクふく餅を踏み台にとう! とばかりジャンプした。
「ピンクー!!」
 ゴフクモチー、いや一つ減ってヨンフクモチーが絶叫した。

 ■ ■ ■

 その馬鹿馬鹿しい光景を尻目に、満夜とミハエルは明彦から距離を取っていた。
「愚か者は放って置くが良い。……大事は無いな、満夜」
「はい、ちょっと驚きましたけれど」
「おまえは我輩のパートナー。この程度のことで参ってもらっては困る」
 ミハエルが満夜にそう言い放つ。
 聞きようによっては『心配したぞ』と言っているように思えなくもない。
 が、ミハエルにそんなつもりはさらさらなかった。自覚がないともいう。
「そうですね。いつもいつもミハエルに頼ってばかりじゃいけませんものね」
 満夜が手に炎を集める。
「早く片付けて、本当の鏡開きをしてあげましょう」
「しかし、鏡開きとは何なのだ。要するに餅を焼く祭りなのか?」
「ちょっと違っています。……片付いたら、ゆっくり説明しますね」
「確かに今は、質問どころじゃないな」
 ミハエルがそっと満夜の袖を引く。自分の後ろへ隠すようにすると、飛んできた餅を一つ丸焦げにして。
 ところで、ジャンプした明彦はといえば、……なんと自転車ごと、社殿の上へと登っていた。
「罰当たりがいる。……」
 その様を唖然と和原 樹(なぎはら・いつき)が見上げる。
 東洋魔術で神道を学ぶ樹にとって、神社のこの有様は目も当てられない光景だった。神社というのは聖域でなければならないはずなのに・
「神社がカビだらけとか、切なすぎるじゃん」
 何とかしてやろうと思ったら、屋根の上には自転車まで。悪魔な男の手にした袋には、ニーニー泣いている小さい餅たち。どっちが悪役だよまったく。
「こいつらを助けたかったら、ここまできやがれ!ファーッ……」
 皆まで言うな。
 とばかり、樹の空とぶ箒が明彦を社殿の裏へと掃き落とす。
 落ちた明彦に、ピンクの敵討ちとばかりヨンフクモチーたちが飛び掛ってゆく。
「フォルクス、あいつら動けなくできるか?」
 パートナーのフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)に呼びかける。
 その樹の手を取ると、うやうやしくフォルクスが答えた。
「足止めするのであろう? 我が伴侶。ならば火を使う。そこを樹が叩けばよい」
「伴侶じゃねえ!」
 とすかさず突っ込んで、手を払いのけ。
「燃やすんだな。分かった、任せたぞ」
 メイスを持って突っ込む樹。跳ねッかえりな猫のようなその後ろ姿。その背中を見ながら、フォルクスが人知れず笑う。
「ふむ」
 こわごわと、遠ざかる樹にセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)が声をかけた。
「あの、マスター……氷術でカビごと凍らせて割れば飛び散らないんじゃ……」
「余計なことを言うな、セーフェル」
 セーフェルの意見を封じると、フォルクスは火を放った。
 うまいこと、赤ふく餅と青ふく餅が炎に捕らわれ焼き餅となった。
「でも……」
「樹は気づいていないようだが、カビるということは水分もまだ十分にある。
火を通せば、普通の餅のように伸びたりくっついたりするはずだ」
「確かに、そうですね」
「樹が伸びる餅と格闘している姿を見ろ。微笑ましくも面白いだろう」
「……はぁ。いや、まぁ確かに面白可愛いですけど」
 可愛い子には旅をさせよ。というわけでもないが、樹がどうなるかは見てみたい。
 フォルクスとセーフェルがそんな気分で傍観しているとは知らず、樹はメイスを構えた。焼けた餅に思いっきりメイスを振り下ろすと、パリ、と、焼き餅の表面が割れる。
 割れた餅の中がどうなっているか。割った後で気づいたが、もう遅い。
「ぎゃー! 焼けてる! 餅が焼けてる! くっつくし伸びるー!」
 びっくりして、メイスを頭の上まで振り上げる樹。さらに慌ててぶんぶんと振ってみる。
 だが餅はすでにくっついているのだ。持ち上げれば伸びるだけ。振ったら振ったで伸びるだけ。
「やはりな」
 満足そうにフォルクスが微笑んだ。
「何とかしろ! って、なに傍観してんだ!」
「叫び声も愛らしいぞ、樹」
「うるさい! 真面目にやれ、そこー!」
 ぶん。メイスの先を思いっきり振り回す。
 伸びきった餅がまっすぐフォルクスへと飛んでゆき、投げ縄のようにフォルクスに絡まった。一瞬目を丸くするフォルクス。コートにまとわりついた餅を、少しだけ引っ張ってみる。
「む、さすがにべたべたするな……」
 餅だから当たり前だ。当たり前のその現象に、フォルクスが返した言葉は当たり前ではなかった。
「餅ロープとはいい趣味だ樹」
「違うから。プレイとか違うから」
「だが、そういうプレイなら我がお前を縛る側だと思うのだが」
「黙れ変態」
「照れずとも良い。樹が好むというならそういうプレイも……」
 べたべたのメイスを手に、フォルクスに突進する樹。
「言葉のセクハラも反対ー!」
 べたべたのメイスを放り出すと、あわててそれをセーフェルがキャッチする。
 ぽこっ。
 制裁は握りこぶしで。これ以上何か言われたらたまったもんじゃない。
 それから振り返ると、樹はセーフェルを指さした。
「真面目にやらないと、お前の本体この餅の中に突っ込むからな」
「止してください! 私を餅まみれにしても何も楽しくないですよ!」
「嘘だよ。持ってきてない」
「また預けてきちゃったんですか!? 酷いです。私もう帰りますから…っ」
 半泣きのセーフェルを見ながら、樹はフォルクスに聞いてみた。
「俺、どっちかっていうとセーフェルの方が面白可愛いと思う」
「その件については、樹と意見が合わないな。我には樹が一番だ」
 永遠に意見の合わない議論を交わしながら、三人はまた餅退治に戻ってゆく。
 その三人のわきを通り過ぎるようにして、オムオム・バーグリンはふらふらと布紅に近寄っていった。
 小さな体で狛犬を見上げる。
「布紅、……モチ」
 ご飯大好きオムオム バーグリン(おむおむ・ばーぐりん)。勿論お餅も大好きだ。
 本当は『カビを退治したら、お腹いっぱいお餅を食べさせてくれる?』と聞いている。
 とはいえ、余りしゃべらないオムオム。
 その短い言葉から意味を拾うのは難しい。布紅も少しだけ首をかしげ、オムオムに聞いた。
「モチ……ですか」
 こくこくと頷いて、オムオムは暴れる小餅を指さした。
 お正月が終わって餅のシーズンも過ぎたと思っていたら、こんなところでお餅にめぐり合うなんて。
 せっかくの鏡餅、カビさせるのはもったいない。
 オムオムの言いたい事が分かった布紅、狛犬の上からこう答えた。
「……中にはあまりかびていない餅もあるみたいです。それでしたら、焼いて食べることできるかも」」
「……手伝う。……おしるこ」
 だったら手伝う。美味しいおしるこが食べたい。オムオムが短縮して答えたのを、背後の声が補足する。
「おしるこ! 美味しいよね!!」
 ミニスカートを翻し、小鳥遊 美羽が跳ねるように駆けてくる。
 パートナーのベアトリーチェ・アイブリンガーが、待って下さいとその後を追ってきた。
「私もおしるこがいいと思う。ね、ベアトリーチェ」
「そうですね、美味しくいただけそうです」
「……そのためには、隠れてる大鏡餅を何とかしなくちゃね」
「オオカガミモチ」
 オムオムの目もきらきらと輝く。
 どこかに更に大きな餅があるなんて。
「うん、多分社殿の中にいると思うんだけど、なかなか出てこないんだ。中で暴れたら、布紅の社殿が荒れちゃうし」
 さて、どうやって追い出そう。