イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3

リアクション公開中!

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3
【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3 【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3

リアクション


第1章 ロスヴァイセ・前編



 カシウナ。タシガン空峡沿岸部ツァンダ側にある空の港町である。
 古来より交易で栄えたこの街の奥、小高い丘の上にフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の住む、ロスヴァイセ家の屋敷があった。固く閉ざされた重厚な門の向こうには、歴史ある庭園と美しい館が居を構えている。
「……ユーフォリアさん。お見舞いの方がいらしたようですよ、さあ、着替えましょう」
 朝野 未沙(あさの・みさ)がカーテンを開けると、白い日差しが部屋に降り注いだ。
 天蓋付きのベッドからむくりと起き上がり、【ユーフォリア・ロスヴァイセ】はペコリとお辞儀をした。
「お早うございます。今日も良い天気ですね」
 おっとりとした笑みを浮かべている。未沙は奇麗に洗濯された衣服を用意し、ユーフォリアが着替えるのを手伝ってあげた。まだ記憶に障害が残っているものの、体調は随分と回復したようである。フリューネと同じ陶器のような肌はとても美しく、思わず未沙も心を奪われてしまうほどであった。
「(ユーフォリアさんキレイ……。スタイルも良いなぁ……ジュルリ)」
 一瞬、持ってかれた彼女だったが、慌てて頭を振って邪念を払った。
「ありがとうございます、未沙さん。わたくしが至らないばかりに世話をかけてしまっていますね」
「気にしないで下さい。フリューネさん、大変そうだし。あたし、お手伝いするするって決めたんです」
 彼女はフリューネの力になるため、しばらく住み込みでメイドをする事を決意したのである。
 コンコンとノックがして、お見舞いに来てくれた生徒たちが通された。
「初めまして、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)と申します。お身体の具合はいかがですか?」
 雄軒は紳士的に挨拶をすると見舞いの品として持参した果物を渡した。他の生徒たちも花束を差し出す。ベッドの上のユーフォリアに代わって、受け取った未沙は窓辺の花瓶に飾り始めた。
「あと、これ甘くておいしいお菓子なんだけど……」
 茅野 菫(ちの・すみれ)が小箱を見せると、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)がちょうど良かったと言った。
「私たちは紅茶を持って来たんですよ。よろしければ受け取ってください」
「皆さん、ご丁寧にありがとうございます」
 またペコリと頭を下げると、未沙に頼んで、持って来てくれた品々を皆に振る舞った。
「匂いのきつい花や紅茶は避けたのですが、お口に合いますか?」と和輝のパートナーであるクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)が尋ねた「古代人の方は現代の食事が口に合わないようですから……」
 そう言って、隣りで眉を寄せているもう一人の和輝の相棒、英霊の安芸宮 稔(あきみや・みのる)を見た。
「今の料理は、私の口にはあまり合いませんね。これだけ香辛料や味付けが充実していると……、素の材料やひしおが精々だった私達の時代からすると味が華やか過ぎて……。ユーフォリアさんはそう感じませんか?」
「……そうですね。どのようなものでも、わたくしを想って出された物なら、とても美味しく感じますわ」
 問われたユーフォリアは柔らかな笑みを見せた。
「あの、不躾な質問でなければ、古王国時代がどのようなものだったか教えて頂けませんか?」和輝が尋ねる。「古代世界の事を知りたいんですが、どうもうちの神社のマツリガミは口が堅いようなのです。私は何を想って英霊が現代に蘇ったのかを知りたいんです。同じ英霊であるユーフォリアさんの話を聞けば何かわかるのではと……」
「……そうですか。ですが、あまりお力にはなれないと思います」
 過去の記憶を掘り起こそうと試みてみたが、ことごとくそれは失敗に終わった。
「思いだそうとすると、意識の途絶えたあの瞬間が出てくるのです。鏖殺寺院に取り囲まれ、5000年の封印を施されたあの瞬間が……。恐怖で身がすくんでしまい、それ以上記憶を遡る事が出来ません……」
 呪いの後遺症なのだろう。彼女は古王国時代の事をほとんど思いだす事が出来なかった。
「心的外傷(トラウマ)と言うものですね。お気の毒に……」
「申し訳ありません。ただ、わたくしは自分の意志で蘇る事が出来たわけではありませんし、英霊の方のお心を知りたいのであれば、やはり稔さんに訊かれるのが確実ではないでしょうか。あの……、期待させてしまって心苦しいのですが、わたくしは英霊ではなく、普通のヴァルキリーですので……」
「……え?」和輝は目をぱちくりさせた「あの……、そうなんですか?」
「天然ボケ担当は私なんですから、取らないでくださいよぅ……」
 クレアはどこか悔しそうな目で見つめた。
「……思いだせないって事は、自分が英雄と呼ばれてた事も忘れちゃったのか?」
 身を乗り出して、菫は問う。
「折角、フリューネみたいに英雄の物語が聞けると思ったのに……」
「その事でしたら少し記憶があります」ユーフォリアは目を閉じた「記憶が正しければ……、わたくしは『マッハ』の異名で、親衛隊や鏖殺寺院の方から呼ばれていたと思います。アムリアナ陛下の影武者を務める前は、最前線で部隊を率いておりました。その時の戦果に皆さん驚かれたらしく、以来マッハの名で呼ばれる事が多くなりました」
「へえ……、さすがは英雄。でも、一体どんな事をしたのよ?」
「敵方の飛空艇を単独で千機ほど撃墜いたしました」
「せ、千機!?」菫の伊達眼鏡がズリ落ちた「……今後のために詳しく聞いておくわ」
 着用している制服が示す通り、彼女はイルミンスール魔法戦闘航空団に所属している。しかも、団長だ。
 その横でパートナーの閻魔王の 閻魔帳(えんまおうの・えんまちょう)は黙々とお菓子を食べている。菫のお目付役として付いてきた彼女なのだが、お菓子の魅力の前に本来の目的が失念気味であった。と言うか、どっちかと言えばお目付役は建前で、お菓子が目的だった。ふと、菫に脇腹を肘で突つかれて顔を上げる。
「……ちょっと、あんたも何か喋りなさいよ?」
「そうですね……。じゃあ、まず私の自己紹介を。地獄の最高裁判長である閻魔王は知ってますか? 彼が所持する死者の罪が書かれた紐で結ばれた棒と鏡、それが私です。私を元に、閻魔王は死者を裁くのですよ」
「そうですか、地球には立派な方がおられるのですね。わたくしも一度地獄に行ってご挨拶を……」
「あの、行きたいんですか、地獄に……?」
 素直に感心するユーフォリアに、閻魔帳は複雑な表情を浮かべる。ああ、異文化コミュニケーション。
「地球の文化も面白いのよ。特にあたしの住んでた日本だとね……」
 そう言って、菫は自分自身の事を中心に、現代のことや日本のことを話した。
「……それにしても、意外です」ポツリと雄軒が呟く「想像していたより、その……柔らかい印象を受けました。ロスヴァイセの英雄と聞いていましたので、私は男勝りな方をイメージしていたのですが……」
「ええ、よく言われますわ。フリューネさんも初めは驚かれてましたから」
「それはそうでしょう。あなたのような可憐な女性が、飛空艇を千機も撃墜されたとは思えません」
 雄軒は静かに微笑む。その視線は彼女の両腕に装着された篭手状の女王器【白虎牙】に注がれていた。古代の秘宝は彼の飽くなき知識欲を満たすには格好の獲物であった。しかし、いきなり調べさせてもらおうとは考えてはいない。そんな事をすれば、門の向こうにいるクィーンヴァンガードの二の舞である。
「(……まずは信頼を得なくてはなりませんね。全てはそれからです)」
 そんな事を考えながら、彼は自分の専門である『文学』や『考古学』のほうへ持っていった。
「先ほどは日本に興味を持たれていましたね。ユーフォリアさんは読書はお好きでしょうか?」
「ええ、フリューネさんが雑誌や小説を差し入れてくださるので、本で現代文化を学んでいるところです」
「それは結構な事です。ですが、近頃はシャンバラにも地球の文化が浸透し始めていますから、地球の小説を読んでみるのも良いかもしれませんね。博識を自慢するわけではありませんが、私は日本文学には精通しております。よろしければ幾つかおすすめをご紹介しましょう。私が本をお貸ししても良いですし……」
 饒舌に語る雄軒の姿に、相棒のバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)は目を細めた。
 今日は護衛として来ているので、会話に参加せず部屋の入口で、彼は警護に徹している。うららかな午後特有ののんびりした空気が流れていたが、彼は居眠りもせず生真面目に警戒を続けた。もっとも、全身鎧に包まれて、その表情が窺い知れない彼なので、居眠りしてても誰も気付かなかったとは思う。
「(随分と広い屋敷だな……)」
 眼前に続く廊下を見つめ、彼は思った。
「(庭園もよく手入れが行き届いているようだ……)」
 窓辺に立つと、色彩鮮やかな草花に囲まれた庭園が見えた。いい季節だ。


 ◇◇◇


「貴方の大切な方を傷つけたのは私です。申し訳ありませんでした」
 島村 幸(しまむら・さち)は頭を下げ、謝った。
 庭園の中央にある東屋には、フリューネの祖母である【ヒルデガルド・ロスヴァイセ】が座っている。彼女は背の高い白髪の老婆だ。フリューネと同じ長衣を肩にかけている。フリューネと同様の凛々しさを持っていたが、同時に全てを包み込むような穏やかさも兼ね備えていた。
「……まあ、座りなよ。あんたが、そんなだとその子も落ち着かないだろう?」
「……すみません」と幸は席に着く。
 パートナーにして息子であるメタモーフィック・ウイルスデータ(めたもーふぃっく・ういるすでーた)は、二人の間柄を理解出来ていない様子だった。だがしばらくすると、ヒルデガルドに母親と同じ空気を感じ取ったのか、傍にそろそろと近付いた。
「この人、ママと同じお日様のにおいがするー。おひざ乗ってもいいー?」
「いけませんよ、フィック。ママたちは大切なお話をしてるのですから」
「ぶー、つまんなーい」
 メタモーフィックは二人から離れ、一人でなにやら遊び始めた。
「ナリは大きいけど、可愛い子じゃないか……。フリューネの子どもの頃を思いだすねぇ」
「ええ、あの子が出来て、子を思う親の気持ちがわかった気がします」
 だからこそ、幸はヒルデガルドに謝罪したのであった。
「あ、あの、もしよかったら、フリューネさんがどんなお子さんだったのかお聞きしてもよろしいですか?」
「フリューネかい? そりゃあ、今を見ればわかるだろ? 男の子みたいな娘でねぇ……」と言って、ヒルデガルドは少女時代のフリューネの事を語った。楽しそうに話す彼女は、ふと、幸が手帳に熱心に書き留めているのに気付いた。
「……なにか困ってる事があるなら、あたしに話してみるんだね」
「あ……、いいえ、こんな事までご相談するわけには……」
 目を伏せた瞬間、ガシャンと音がした。見れば、メタモーフィックは氷術で氷を作りだし、そして、それを自ら破壊している。その行為を取り憑かれたように繰り返し行う。記憶破壊データを本体とする魔道書の彼は、破壊行為に存在意義を見いだしていた。二人が見ている事に気が付くと、破壊行為をやめ、幸の顔を覗き込んだ。
「ママ、なんでそんなお顔をしているの? いじめられたの? だれ? 壊してあげるよ」
「……これがあんたの悩みかい?」
「……はい。私はこの子に破壊以外の生きる意味を与えてあげたい。でも、どう教えたらいいのかわからないのです」
 無邪気な彼の姿を見れば見るほど、悲しみが胸を覆っていくのを感じる。
「……そう気ばかり焦っちゃいけないね。変化のきっかけなんて、そのうち巡ってくるもんだ。あんたの仕事は、それまでその子を大切に護ってやる事だよ。その時がくれば、なにもかも上手くいく……そう言うもんさ」
 幸は顔を上げ、ヒルデガルドを見た。
「……私にそれが出来るでしょうか?」