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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3
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第5章 十二星華の孤独・後編



 日が落ちて辺りは夜の静寂に包まれていた。ヴァンガード隊の軍靴の音も聞こえない。
 匿名 某(とくな・なにがし)は地面にうずくまり足跡を見つめる。旧市街の石畳には多くの足跡が残されていた。多くはヴァンガードで支給されているブーツの足跡で、その他に大小さまざまな足跡があった。どれがセイニィのものか特定するのは、彼の捜索スキルを持ってしても困難を極める。頭を掻きながら隣りに目をやった。
「俺の能力じゃこのこの辺が限界か……、あとは任せて大丈夫か?」
 パートナーの大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は頷くと、足跡を懐中電灯で照らし分析を行う。
「ははぁん……、見えてきたぜ、某。見た感じ滅茶苦茶に踏み荒らされてる感じだけどよぉ、ヴァンガード隊以外の足跡はおんなじ方向に向かってるみたいだぜ。この地図によれば……、ええと、五番街のほうだ。行ってみようぜ」
 狭い路地の奥に進むのを、某はもう一人の相棒結崎 綾耶(ゆうざき・あや)と共に追う。
「ティセラの友達だっていう噂がある十二星華、か……。今後のためにも、この機会逃すわけにはいかないな……」
「噂ではすごく悪い人みたいだけど、直接会ってみないとどんな人かわからないですよね」
 目的を確認しながら、某と綾耶は顔を見合わせ頷いた。
 路地を抜けると給水塔の前に出た。隣りの建物から暖かな光が漏れている。電気は通っていないので、窓ガラスをオレンジ色に染めるのはランタンの光だろう。中の一室では生徒たちとセイニィが、奇妙な時間を過ごしているところだった。
 某が先頭に立って入ると、セイニィが怪訝な顔向けたので、慌てて武器をその場に置いた。
「おおっと。こっちはこの通り戦う気はさらさらないんだ。だからそっちもそのつもりで頼む」
「今日は話すだけだしな。だったらこんなモノいらねえ。そうだろ?」
 康之もそう言って、人懐っこそうな笑みを浮かべた。
 部屋の中にいるのは、セイニィをヴァンガード隊から守った面々だ。後から合流した生徒達なのだろう、他にも先ほどはなかった顔ぶれがいる。もっとも数時間前の騒動の事など某は知る由もなかったが。
「あんたもセイニィに会いに来たのかい? クィーンヴァンガードの連中はまだ外に?」
 新たに加わった顔ぶれの一人、高村 朗(たかむら・あきら)が食事の準備をしながら尋ねた。某は首を振って答える。それもそのはず、旧市街から逃亡したとヴァンガード隊は思っている。彼らの最優先任務は白虎牙を守る事、セイニィの襲撃を恐れてロスヴァイセ邸の警護に向かったのだ。おかげで旧市街が戦闘に巻き込まれる事はしばらくないだろう。
「まあ、警戒はしておくべきだな。ところで、さっきから良い匂いがするけど、その鍋はなんだ?」
 禁猟区を使って警戒しつつ、某は朗が用意している鍋を覗き込んだ。
「よくぞ訊いてくれました。これは母さん直伝の泣く子も微笑う特製スープなんだ」
 部屋の隅で携帯の使い方を、緋山政敏からレクチャーされているセイニィに目を向けた。
「怪我してるときは暖かいものを食べて、栄養を付けないとな。すぐ出来るから期待しててくれよ、セイニィ」
「期待しないでおくわ」
 ちらりと顔を上げて彼女は言った。
「あんたも変なやつね。あたしにあれだけボコボコにされたのに、今日はゴハン作りに来たわけ? 暇なの?」
「口が悪いやつだなぁ。困ってる人は放っとけないし、顔見知りなら尚更だろ?」
「顔見知りって……、敵同士だったじゃない」
「まあ、長所であり短所なんだろうけど、日本人ってのは昨日の敵は今日の友って精神が一般的でさ」
 我ながら甘ちゃんだよなぁ、と自嘲気味に微笑むのを、セイニィは不思議な顔で見つめていた。


 ◇◇◇


「……食事の前に傷の手当をしましょう、セイニィさん」
 フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)は携帯をいじくり倒すセイニィの横に座り、包帯を取り出しながら言った。彼女も後から一団に合流した一人だ。前回はセイニィと対立し、十二星華自体にもいい思い出のないが、困っている人を見ると放っておけない性格なのである。わざわざ、怪我を心配してここまで来たというのだから、すごい。
 セイニィは一瞥すると「別にいい」と子どものように言った。
「ダメですよ。せめて包帯はちゃんと取り替えないと……、治るものも治らなくなっちゃいます」
「うるさいわね……。あたしがいいって言ってるんだから、放っておいてよ」
 手を振り払おうとする彼女だが、フィルも引き下がらない。
「放っておけたら、最初からここには来ません。子どもじゃないんだから、大人しくしてください」
「大丈夫ですよ、痛くはしませんから。あ、でも、痛かったら言ってくださいね……」
「いいえ、痛かろうとなんだろうと、きちんと怪我が治るまで治療は続けさせてもらいます!」
 暴れる猫娘に苦闘するフィルのもとへ、綾耶とソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)がやって来た。
「まったく、傷が悪化してるじゃないですか! ほら、早く横になって下さい!」
 三人はセイニィを取り押さえつつ、丁寧に処置を施していった。ヒールをかけて治癒力を増進させ、塞がった傷口の上に清潔な包帯を巻いていく。完治するにはまだ少しかかりそうだが、この分なら多少動いても傷口は開かないはずだ。
 ソルファインの契約者リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、窓辺に腰下ろしてその様子を見つめていた。もう一人のパートナーシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)を見ると、彼女もまたぼんやりしている。
「フィス姉さん、本当にこっちでよかったの? ロスヴァイセのお屋敷に行ったほうが……」
「もう、しつこいわね、リカインも。いいって言ったらいいの」
 そう言って、シルフィスティはそっぽを向く。
「(ユーフォリアに会うかも知れないのに……、絶対御免よ……)」
 リカインは雲隠れの戦いの後、シルフィスティと契約を結んだ。リカインもまだ彼女の全てを知らない。ただ、奇しくも同じロスヴァイセ姓を持つ彼女は、ロスヴァイセ家に、正確に言えば、ユーフォリアにコンプレックスを抱いているようだった。彼女も生前は古代の住人、同じ時代を生きたユーフォリアは嫉妬と羨望の対象だったのかもしれない。
 二人で話してると、治療を嫌がるセイニィの声が聞こえた。
「もういい加減覚悟を決めなさいよ」
 リカインが言うと、セイニィは「お世話様よ!」とウザそうである。
「この前『仲間になれってわけじゃない』って言ったけど、それは私も無条件で貴方の味方はできないということ。そもそもいずれは貴方を超えたい、倒したいんだから当たり前なんだけどさ。でも、そのためには貴方に回復してもらわないとしょうがないのよ。それまでは連れ帰った責任として嫌でも世話焼くからそのつもりでね」
「……ふーん、この猫娘がセイニィ?」
 初顔合わせとなるシルフィスティは、なんとなくセイニィのほっぺをぷにぷにした。
「まあ、パートナーが知り合いのよしみって事でよろしくね、ネ・コ・ム・ス・メッ♪」
「ウザイ!」ガリッと嫌な音を立てて、セイニィは指先に噛み付いた。
「か……噛んだ! この子、フィスの指噛んだよ、リカイン!」
「うん。フィス姉さん、調子に乗ってるから……」
 涙目のシルフィスティにリカインは冷ややかな視線を送った。俗にいう自業自得って奴なのである。
「(やれやれ……、もっと殺伐としているかと思ったが、随分と能天気じゃのう)」
 フィルの相棒のシェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)は、じっと様子を監視していた。
 十二星華には悪印象しか持っていなかった。フィルの友人のエネメアはティセラに洗脳されてしまったし、おまけに彼女とは戦う羽目になってしまったのだ。ティセラと繋がってるらしいセイニィに気を許す事は出来ない。
 その内に手当が終わった。
「……はい、終わりましたよ。女王になりたいなら、身体を大切にしなくちゃいけません」
 フィルは片付けをしながら、何気なくそんなことを言ってみた。
「あたしは別に女王になりたくないわよ。ただ、ティセラが女王になりたいって言うから……」
 モゴモゴとセイニィが答えると、事情を知らなかったフィルは意外そうな顔をした。
「それが本当なら、おぬしはティセラのためにこんな怪我を負ってまで女王器を探しているのか……?」
 シェリスが問うと、セイニィは顔をしかめてそっぽを向いた。
「あ、あんた達には関係ないでしょ」
「(仲間のために動いておると言うのか……、そんなタイプには思えなかったが……。ふむぅ……?)」


 ◇◇◇


 その時、ドタバタと階段を駆け上る音が聞こえた。
 生徒たちの間に緊張がほとばしったのも束の間、明るい「おーっす!」の声とともに扉が開いた。やって来たのは百合園の元気印ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)だ。安堵の声が盛大に上がると、彼女は目を白黒させて生徒たちの顔を見回した。それから、セイニィを見つけるとニッコリと微笑んだ。
「あんたがセイニィか。十二星華の事が知りたくてここまで来たんだ、よろしくな」
 と言うのは建前で、本当は友達になりたいだけなのだが、まあ、何事にもとっかかりは必要だ。
「勿論、タダではとは言わないぜ。教えてくれたら、なんとこの豪華食べ物の数々を上げちゃう……」
 タスキ掛けにした鞄から、缶詰やらお菓子やらを取り出そうとする手が止まった。
 セイニィの周りには、ライゼ・エンブが持って来たショコラティエのチョコだとか、レイディス・アルフェインのみかんだとか、ユリ・アンジートレイニーの蜂蜜紅茶とチョコレートだとか、リーン・リリィーシアのリンゴだとか、シャーロット・モリアーティの温かい食べ物だとか、綾耶のお菓子だとかが並んでいる。スープを調理中の朗は「もうすぐゴハンだからお菓子食べ過ぎるなよ」とオカン的発言をする始末だ。たまに行ったおばあちゃんの家で受ける歓迎を思い起こさせる。
「あれ……? これじゃ取引が成立しないんだぜ……?」
「で、食べ物が何なのよ?」と、セイニィはつまらなさそうに言った。
 だが、ミューレリアはすぐに首を振って気を取り直す。こんな事もあろうかともう一つ、交渉材料を持ってきたのだ。
「あんたがお腹いっぱいなのはよくわかったぜ。じゃあ、情報と交換だ。フリューネやユーフォリア、白虎牙やヨサーク、クイーンヴァンガードの情報をくれてやるぜ。昨日は寝る間も惜しんで『シャンバラ匿名掲示板』で情報集めてたんだ」
 嘘を嘘と見抜けないと利用しづらそうであるが、得られた情報は概ね正しかった。
「……ふぅん。やっぱり白虎牙はロスヴァイセ家にあるんだ。まあ、いいわ。で、何が知りたいの?」
「(ぐ、具体的な質問考えてなかったぜ……)」一瞬、目を泳がせ「えっと……、そもそも十二星華ってなんなんだ?」
「十二の星剣の守護者。それでおしまい?」
「もっと詳しく教えてくれよー。って言うか、星剣ってなんだよ?」
「星剣は女王の血を使って作られた女王器。特別な光条兵器って思ってれば、それでいいわよ」
「おいおい、おまえばっかりセイニィと話してずるいぞ、俺たちにも話させろよー!」
 そこへ大谷地康之と幻時想の二人がやって来た。
「ちぃっと挨拶が遅れちまったが、よろしくな! 今日来たのは他でもねえ。俺はあんたとダチになりにきたぁ!」
「まずは……、友達から始めよう」
 堂々と宣言する康之に対し、想は恥ずかしそうに呟いた。生徒の怪訝な視線が降り注ぐ。
「(……う、また少し変な発言になってしまった)」
 顔を赤らめる想に、セイニィは目を細め「ま、変態の言う事は置いといて、何か用?」と流した。
「まあ、お互い腹を割って話さないと何にもわかんねぇからな。そうだなぁー、とりあえずお前さんの事とか、同じ十二星華でダチのティセラって奴の事とか色々と教えてくれよ! 噂に聞いただけだけど、仲がいいんだってなぁ」
「ぼ、僕もそれが聞きたかったんだ。どうしてティセラのために頑張ってるんだろうって思ってたから……」
 想が話題に乗っかると、ベランダで周囲を警戒していたレイディスと某が「あ、それ俺も知りたい」と声を揃えて反応した。その後、顔を見合わせて苦笑いした事は言うまでもない。二人は恥ずかしそうに部屋の中に戻った。
「そうそう、気になってたんだよな。セイニィってどっから来たんだ?」
「……どこって、【エリュシオン】よ」レイディスの質問にセイニィはぶっきらぼうに答えた。「言っておくけど、詳しい事を聞き出そうとしたって無駄だからね。あんたたちに情報を渡すほど甘くないわ」
 ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまったので、一同はティセラに関する質問に変える事にした。
「ティセラは優しい人よ。こんなあたしにも普通に接してくれるし……」
「普通にって……、他の十二星華の奴らとあんまり仲良くないのか?」
 セイニィが不機嫌そうな表情を浮かべたので、質問した某は「あ、や、言い方が悪かったか……」と取り乱した。
「……あんな連中、こっちから願い下げよ。5000年前も今も。ティセラとパッフェルがいればそれでいいわ」
「もしかして、おまえ、あんまり友達いない……んぐっ!」
 あまりにもストレートに尋ねる康之の口を周りの生徒が慌てて塞いだ。だが、彼女の耳にしっかり心ない一言は届いていたらしく、グレートキャッツの爪を康之の喉元に突きつけて、どんより暗い視線を向けたのだった。
「勘違いしないでよねっ! あいつらが友達になってくれないんじゃなくて、あたしがお断りなのよ!」
 妙にむきになって反論する彼女を、一同は優しい表情でなだめたが思う事は同じだった。
「(……きっと、この性格じゃ友達出来づらいんだろうなぁ)」
「(……そっか。数少ない友達のティセラのために、セイニィは頑張っていたんだね)」
「(……そう考えると、相当不憫な奴に思えて来たぜ)」
 そんな会話を、武神牙竜は腕組みしつつ聞き耳を立てていた。おぼろげに判明した事を組み立ててみると、見えてきたのは意外にもシンプルな理由で行動するセイニィの姿だった。彼女の戦う理由は牙竜としても理解出来るものだ。
「……つまり、友のために戦っているという事か」


 ◇◇◇


「よーし、出来たぞ。お喋りは終わりだ。さあ、みんな、ゴハンの準備をしてくれ」
 朗は鍋を古ぼけたテーブルの上に奥と、手を叩いて一同に食事の時間を知らせた。
 さすがにこの大人数ではテーブル一つでは足らないので、他の部屋から使えそうなテーブルを運び込んだ。テーブルの上に人数分のスープが行き渡り、それぞれが持ち寄った食料が所狭しと並ぶと、その光景はささやかなパーティーのようにも思えた。朗のスープも概ね好評で、セイニィも表情には出さなかったが、粛々とスープに口をつけていた。
「……ふーん、意外といけるじゃない。でも、雑魚のくせに料理上手なんて生意気」
「またその名で呼ぶのか。俺はあんたでも雑魚でもなくて高村朗って名前が……」
「うるさいわね、聞こえてるわよ。あんたをなんと呼ぼうとあたしの勝手でしょ」
 肩を落とす朗を尻目に、セイニィはスープをずずーっとすすった。
「いや、でも本当に美味しいよ。母君の特製スープと言ったが、随分と料理上手な方なのだね」
 ララ サーズデイが褒めると「ありがとう」と朗は照れくさそうに笑った。
「(……結局、日暮れまで居座ってしまったのだよ)」なんだか釈然としないものを感じつつ、リリ・スノーウォーカーはもそもそとパンを食べている。「(……ここまでヤヤコシイ事になるとは思ってなかったのだよ)」
 ふと、リリィ・シャーロックが「あっ」と思いだしたように声を上げた。
「そう言えば、セイニィ。葦原明倫館の購買にいなかった?」
 唐突な質問に、セイニィはぶーっとスープを吹いた。
「もしかして、学校に興味があるとか?」
「げほっげほっ……、あ、あれは偵察よ、偵察! 別に学校になんて興味ないんだからっ!」
「偵察に行くなら、俺にも一言声をかけて欲しかったな。サムライソードの一つや二つ、プレゼントしたのに……」
 さりげなくセイニィの椅子に手を回しながら、呂布奉先がその瞳を覗き込んだ。
「だ、だから、別に欲しいわけじゃないって言ってるでしょ!」
 おもむろに何かを掴むと投げた。奉先はそれを受け止め、まじまじと見つめた。チョコレートのようである。
「くれるのか?」
「あんたには何度か助けられたから……、でも、勘違いしないでよ。ただ借りを作るのがキライなだけなんだから」
 それからは生徒同士での雑談になった。それぞれの学校であった依頼や事件について、またクィーンヴァンガードに関する意見を言い合っていると、あっという間に時間は過ぎていった。どこかの部屋でボーンボーンと柱時計が鳴る音が聞こえた。ちょうど日付が変わったようだ。生徒たちはのそのそとテーブルの上を片付け始める。
「……あれ? セイニィのやつ眠ってるぞ?」
 朗が声を上げた。彼女はテーブルに突っ伏して寝息を立てている。
 この一ヶ月というもの、彼女はろくに睡眠を取っていなかった。どこから襲撃してくるとも知れない追っ手から逃れるため、獣のように感覚を研ぎすませていたのだ。その緊張の糸が、生徒たちに囲まれた事で切れてしまったのだろう。超人的な能力を持つ十二星華と言えども、心まで強いわけではないのだ。
「やれやれ、こうして見ると普通の女の子って感じだな」