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第4章 隠密科・実技訓練


 隠密科の建物の前では、1人の男性が見学者達を待ち構えていた。
 忍(しのび)らしく、姿を隠して……地面から手が出てきたよ!?
 ひらひらと空(くう)を泳ぐ、人間の手。
 悲鳴を上げる女性陣を下げると、数人の男性が『手』を思い切り引っ張った。

「だぁ〜助かった!
 いやーわりぃわりぃ、脅かそうと思って埋まってたら出れなくてよーもう30分いたら死んでたねありゃー♪」

 不気味な手の正体は不畏卑忌 蛟丞(やしき・こうすけ)、本日の隠密科案内役だ。
 のっけから、見学者達は不安いっぱい。

(なんで盗賊がランクアップしたら忍者になっちゃうんだよ、と。
 趣旨が変わっちゃってるんじゃねぇかよ、と。
 こちとら忍者になりたくて働いてるわけじゃないやい、と)

 そんな蛟丞の様子もあいまって、藤原 和人(ふじわら・かずと)は心中に不満をぶちまける。
 自分が『盗賊』であるというアイデンティティーを、何よりも大切に生きてきた和人。
 ゆえに、上位概念に位置する『忍者』の存在が、どうにも腑に落ちないのだ。

(盗賊として、なんだか忍者に負けてるみたいなのは気に喰わない)

 しかし和人は、この想いを直接誰かに話したりはしない。
 喋ったところで、ただの愚痴でしかないことは解っているから。

(……忍者とは何なのか、答えを見付けるんだ)

 強く強く、和人は両手を握った。


 隠密科棟も、他の大部分の建物と同じく木造だ。
 いかにも何か、しかけられていそうな雰囲気が漂っている。

「気ぃ付けてな、壁も床も罠だらけなんで……ぁ」

 ぼこっと、蛟丞の左足が床にはまる……瞬間。

「やってしまったぜ〜!」

 とか言ってるそばから、網が降ってきた。
 かっこよく避け……られず、無残にも絡まる蛟丞。
 またもや助けてもらって、ますます増すのは不安ばかり。

「分かったから……はい、おこづかい!」
 あたしは隠密科の授業を見学してるからね」

 列の最後尾では、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)がお財布を開いていた。
 小銭を手に駆けるパートナーの背中に、小さく手を振って。

「気を取り直して……こっから実技の授業を見てもらおうかな、近付きすぎると危ないから」

 蛟丞が示した教室へ入ると、窓の外には結構な面積の中庭が広がっていた。
 数人の生徒達が、実技の自主練習を行っている。

「シャンバラの忍者の実力を見せてもらおうか」

 静かに言うと、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)はノートを取り出した。
 訓練を見ながら気の付いたことを、さらさらと書き出していく。

「俺も隠密の術や体術には興味があります、今後役に立ちそうですので」

 大佐の隣で紙にペンを走らせるのは、橘 恭司(たちばな・きょうじ)だ。
 手足の運び方や態勢など、細かいことがどんどんと記されていく。

(隠密科……どれほどの手だれが揃っているのか、見ものですね)

 目深にかぶった黒い帽子の下で、くすりと笑んで。
 技術を盗むためにも、恭司は神経を集中させる。

「はわわっ、速い速いですっ!
 眼に見えないですっ、どこいったですか?」

 樹から樹へ飛び移る隠密科の生徒達に、広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)は驚きの声を上げた。
 大きな眼をきらきら輝かせて、きょろきょろと生徒の行方を捜している。

(ファイ、すごく喜んでるね。
 みんなの予定が空いてたから、たまには、って思っただけだけど、良かったよ〜。
 本で読んだ『Ninja』とか『Samurai』とか、実物を見れるのも楽しみだしね〜♪)

 ファイリアの真剣な横顔に、ウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)は笑みをこぼした。
 久方ぶりの4人揃ってのお出かけは、これまで体験したことのない未知の世界だから。

「ファイ、刹那〜試しにやってみたら?
 実体験も面白いかもよ〜?」
「私がっスか、ウィノナお姉ちゃん!?
 無理無理無理っスー!?」
「わ〜っ、樹と一緒になっているです〜そこに誰かいるなんて信じられないです〜え、何ですか?
 ……体験、させてもらえるんですか!?」

 ウィノナの問いかけに、ぶんぶんと首を振る広瀬 刹那(ひろせ・せつな)
 忍術中の生徒をずっと捜していたファイリアにいたっては、ウィノナの言葉を聞き逃していたり。
 何となく聞こえていた単語を結び付けて、遅ればせながら理解する。

(ファイリアさん、すごくはしゃいでますね。
 倭国の騎士といえる侍、その姿を見たかったのが目的ですけど……こんなに嬉しそうなファイリアさんを見れるだけでも、
 来てよかったかもしれないですね)

 3人のやりとりを眺めつつ、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)は思った。
 楽しそうなファイリアを見ているだけで、幸せな気持ちになれる。

(ふぅん……我も、授業に参加して技術を盗もうか)

 4人の会話を聞き、利用する気まんまんな大佐。
 あらかじめ仕込んでおいた超小型ビデオカメラを回し始める……誰も気付いてなさそう、かな。

「撮影許可は出ますでしょうか?
 これほどの彫琢された肉体の乱舞が織りなす『美』は、ある種の祭典的存在としてぜひとも記録に残しておきたいのですが」

 アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)が、律儀にも隠密科の教師へと訊ねてみる。
 外部の者を呼んでいる状況において見せている技なのだから、おそらくや持ち出し許可も出るはずだと見込んでの申し出。
 アマーリエと、さらに大佐にまで、撮影の許可が下りる。

(動き回りますね、大振りだとすぐに懐に入られそうです)

 結局、ファイリアと刹那だけでなく、ウィルヘルミーナも実技訓練へ参加することとなった。
 冷静に相手の出方を分析しながら立ち回るが、背後の危険な香りを感じて。

「わわっ、ファイリアさん、ストップストップです!?」

 スイッチが入ってしまったようで、眼が本気なファイリア。
 勢いよく飛び上がった、その場所から急降下とともに手刀を繰り出してきた。

「お姉ちゃん達みんなと出かけるなんて滅多にないことっスから、とても楽しいっス〜♪
 お城ってどんなのっスかね、どんな勉強するんスかね?」

 かろうじてかわしたウィルヘルミーナが、ファイリアを押さえ込む。
 その脇で刹那は、明るく飛び跳ねていた。

(やっぱり、本のようなすごい動きはできないみたい、かな?)

 安全な場所から、ウィノナはパートナー達の動きを観察する。
 しかしぱっとやってみたところで、すぐにすごいことができるはずもなく、ちょっとだけ残念な気分。

「拙者でも練習すればできるのでござろうか?」

 参加者が次々と実技体験へ向かうなか、ナーシュ・フォレスター(なーしゅ・ふぉれすたー)も中庭へと足を踏み入れた。
 始めて見る千輪に、わくわくどきどき。
 持ち方から投げ方まで一通り習ってのち、的をめがけて投げる……結果はもちろん要練習ということで。

「この程度の攻撃、身代わりの術の前には無意味だ……成功すればな!」
「なぁ……あんたにとって、忍者って何だ?」

 いつの間にか窓の向こう側へ移動していた蛟丞が、両手を広げて立っていた。
 対する和人は、習ったとおりに手裏剣を握り締める。

「ん〜え〜あ〜ごめんな、難しいことは解らん……けどオレはここが好きだよ」
「何だ、それは」

 蛟丞のはっきりしない返事に、眉をひそめる和人。
 一瞬のモーションのあと、手裏剣は手を離れていた。

「うぉっ……やる、な」
「いいな、この術……盗賊業にも役に立ちそうだってばよ。
 盗賊のまま忍者よりスンゴイ感じを目指すのが、俺の盗賊道かも知れない……むしろライバルになるのでは、忍者?」

 投げる前段階の動きを完全にすっ飛ばした和人の攻撃は見事、蛟丞の額に命中。
 額あてをしていなければあるいは……というところで、一命は取り留めたのだが。
 倒れる蛟丞を余所に、和人は技に満足したよう。
 あくまでも盗賊にこだわりつつ、しかし忍者の技術を取り入れるのもよいのではないかと思い始めた今日この頃。

「ところで、今日(こんにち)でもニンジャは筆と巻物で絵図面を描いて画像記録を残すのでしょうか?
 もしそうならば、その腕も披露願いたいものです」

 ふと思い付いたアマーリエは、教師へと疑問を投げかけた。
 まだ普通に使っている手法だということだが、訊ねられた側はいぶかしげな表情を浮かべる。

「……いえ、何ももの珍しさや古物あつかいでお願いしているのではありません。
 写真術は、画像情報においては確かに一定の客観的正確さを備えています。
 しかし場合によっては主観的・感覚的情報の方が有用なこともあり、その際には絵という方法が有益と考えておりますので」

 アマーリエの説明に納得した教師は、幾人かの生徒を呼び集めた。
 筆を持ち、巻物を広げ、眼前で繰り広げられる体験講座をさらさらと写していく。
 感動の渦に巻き込まれたのは、アマーリエだけではなかった。

「先生ーどうやったら忍びながら目立てるでござるか!?」

 何となくかたちになったところで、ナーシュは千輪を教えてくれていた生徒へ訊く。
 目立ちたがりな性格ゆえ、忍びながらもヒーローとして注目される方法を会得したかったのだが。
 それはもはや忍びではないのでは……と逆に問い返されてしまい、頭を抱えた。

(興味があるのは忍法よりも『普通の人のふり』……自分にも必要なスキルだと思うのよね)
「普通の人のふりをするのに、日頃から観察することは重要ですか?」

 訓練を終えた隠密科の教師へ、夢見による突撃インタビュー。
 隠密のプロに習える絶好の機会を逃す手はないと、メモの準備もばっちりだ。
 教師の言うことには、校外での観察は特に重視している、と。

「今日も自分なりに『普通の人』に見えるようにしたつもりなんですけど、変に見えたところを正直に教えてください」

 すると教師は、私服の下に強化スーツを着ていることも、荷物のなかに武器を隠していることも、簡単に見抜いてしまった。
 前者は身体のラインから、後者は荷物の大きさから、ばれてしまったよう。

「なるほど〜なかなか興味深いわね、聴講生としてちょくちょく来るかも」

 ただプロでなければ判らないだろうし、仕草や言葉は完璧に、いわゆる『普通の人のふり』ができているとのこと。
 評価に満足し、夢見は笑顔で頭を下げた。
 と、ちょうどよく打ち鳴らされる鐘。
 学内へ響き渡る大きな音に、皆は訓練の手を、足を止めた。

「もうお昼か……ほしたら、食堂へ行こうか!」
「案内ありがとうね、とっても楽しかったよ〜」

 あのあと結局、他の生徒からの手裏剣の的にもなってしまった蛟丞。
 ほっと安堵した表情で、教室へと戻ってきた。
 追って中庭を後にする刹那が、蛟丞の背中をぽんっと叩く。
 使用した道具を片付けて、皆は食堂へと向かうのだった。