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第9章 陰陽科・教科科目


 教室へ戻って、午前中のように着席。
 陰陽科では午後も、実習を交えた教科授業が行われる予定だ。

(見学会についてきたのはいいですけれど……祥子さんは騎士団の研修とかで行ってしまわれましたわ)
「パラミタの一般的と言われる地域でさえ何もかもが珍しい、新鮮なものばかりでしたけど……ここ葦原はまた格別ですわね。
 日本文化、といいますけれど……祥子さんの故郷もこんな感じなのかしら?」

 生徒達の服装や教室の雰囲気を見て、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)は瞳を輝かせる。
 パートナーと離れてしまったのは淋しいが、眼にするものの新鮮さにわくわく。
 違う場所の感想や印象をも後程聞けると思えば、あながちマイナスでもないかも知れないし。

「俺も陰陽科の見学に参加するよ!」
(静かに見ようっと)

 シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)も、イオテスと同じようにきらきらと笑った。
 パートナーに辟易してしまうことのあるシンシアは、パートナーのいない空間をのんびりと楽しんでいる。

「【精霊の知識】にも陰陽術に関するものは……あまりありませんわね。
 もともと地球のもので、地球とパラミタの交流が途絶えていた時期に発生した魔術系統だからでしょうか?」

 何かしら解ればと思い調べてみたのだが、どうもめぼしい記載が見当たらない。
 もうこれは、しっかりと授業で学習するしかないと開き直ったイオテス。

「他の精霊の皆にもよいおみやげ話になるでしょうから、理念や理論をしっかり学んでいきたいですわ」

 見学者のなかでは最前列の席を陣取り、ちょっと怖いくらいに真剣な眼差しを向けた。
 圧迫された教師が、たまらず視線をそらす。
 そうしてイオテスではない見学者……眼にとまった和服の2人組に、陰陽科の見学理由を問うた。

「俺も魔法を少しはかじっているけど、陰陽術の基本はよくわからないしな。
 授業を見学させてもらうことで考え方を知りたいんだ、何か今後に活かせることが学べると良いな〜楽しみだよ」
「わらわは、本職の陰陽師に著作された書物として、現代の陰陽術がいかに進展したかを知りたいのじゃ。
 わらわの持つ陰陽術の知識がより豊かになることを望むのじゃ」

 教師に指されたのは、大岡 永谷(おおおか・とと)滋岳川人著 世要動静経(しげおかのかわひとちょ・せかいどうせいきょう)
 永谷は、この日のためにわざわざ実家から取り寄せた巫女服。
 世要動静経は十二単を着用しており、陰陽科の調和を乱さないように配慮していた。
 また永谷も世要動静経も、武器を携帯していない。

(巫女として学んだことも、若干は、この授業の理解に役立てられるのかなあ?)
(事前に釘を刺されているように、わらわはここでは客人に過ぎぬ。
 よほどのことがない限りは、口を出さぬように気をつけるのじゃ)

 さらに……実は永谷と世要動静経は今回、授業中の会話をすべて筆談で行っていた。
 授業の妨害を避けるためと、互いに感情的になることを抑えるためである。

「西洋魔術、と銘打たものであるからといってそれに囚われることは賢明とはいえない。
 新しい考え方も取り入れて柔軟な思考を養いたいものだ」

 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)も、自身の陰陽科見学に対する想いを述べた。
 代々魔法使いの家系に生まれたイーオンは、幼少の頃から西洋魔術に親しんできている。
 しかしそのフィールドに満足するのではなく、積極的に新たな領域へと踏み出したいと考えていた。

「ほぉ」

 満を持して開始された授業を聞きながら、感嘆をもらすフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)
 その手の魔道書である身からすれば、新たな発見などないに等しいわけで。

「あぁ」
(この世界のレベルは見ていて歯がゆいな)

 大人が赤ん坊のおもちゃを見るように、フィーネはつまらなそうな表情を浮かべる。
 イーオンを観察している方が、まだ面白いのではないだろうか。

(これを陰陽術と呼んでいいのでござろうか?)

 世要動静経が、隣に座る永谷の太ももに手を置いた。
 それは、授業内容に看過できないことがあり、口を出したくなったときの合図である。

『ここは他校だぞ』
『正しい知識の方が重要なのじゃ』
(わらわは究極の知識を持つのじゃ、より完璧にするのじゃ)

 永谷は、世要動静経へとあらかじめ準備しておいた小さな紙を差し出した。
 しかし永谷の制止に対して首を左右へ振り、返事を書き殴ってよこす世要動静経。
 こうなれば、永谷に止める気はない。
 世要動静経は、自身の持つ知識に反する内容について『軽く』つっこんだ。


 授業も終わり、ぐだぐだっと幾つかの会話の輪ができる。
 そのなかで、最も白熱した議論をしている2人。

「余は『陰陽の道』なるものに非常に興味津々である」
(確かに余は『はじめにロゴスありき』の徒ではあるが……)

 ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)と、先程まで理論的な授業を展開していた陰陽科の教師である。
 僧侶と陰陽師……一見、意見の合わなそうな組み合わせだが。

「万物流転的な相生相克の思想、無極にして太極といった考え方も一つの世界理解の方法として有益であり……」

 意外と理論の底辺には、共通する考え方も持っているよう。
 ロドリーゴの言葉に、教師が深く頷いた。

「……ところで、余は中世西欧出身者には珍しいエキュメニストにしてプラグマティストであるわけだが。
 尊藩においては、まさか今時『切支丹伴天連』などとは申されますまいな?」

 たまに睨み合い、たまに爆笑……衒学的談笑が繰り広げられていた。

「あとで私が教えてやらんでもないぞ」
「お前の教え方は不親切極まる」

 イーオンにかまってもらえず、とっても残念な気持ちのフィーネ。
 さらなる知識を与えることで気を惹こうとするも、イーオンに一刀両断されたフィーネはふて腐れてしまった。

「できればさらに詳しい話を聞きたいのだが、少し時間をいただけないだろうか?」

 隅の机に座り、授業が終わってからもずっと教科書を読んでいる男性へ、ダメ元で申し出るイーオン。
 先程の授業において、教師の補助的役割を担っていた生徒だ。
 イーオンのお願いに男性は、自分に答えられることならばと、快諾してくれた。

「ありがたい、感謝するよ」

 両手を握ってしかと握手、さらに名乗って頭を下げて。
 好奇心旺盛にいろいろなことを訊ね、さらにそれを鵜呑みにするのではなく自身で消化して取り込む。
 自身の知識を充実させるためにも、あらかじめ考えていたものはもちろん、その場で思い付いたことをも訊ねるのだった。