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第三章 綺麗な花、ところにより……?


 赤い髪のポニーテールをピョコピョコ揺らしながら、懸命に百年草を摘むのは、モンクの霧雨 透乃(きりさめ・とうの)である。
 チューブトップにミニスカートといった私服姿の透乃は、技師ゴーグルで目を守り、口と鼻を覆うようにイルミンルースのスカーフを巻いている。
 どこからどうみても花粉対策を通り越した、不審者である、が彼女にその自覚は皆無であろう。
「何が悲しくてわざわざ花粉の溢れる所まで来ないといけないのでしょうか……」
 そう呟いたのは、透乃と同じようにジャンバースカートの私服姿で百年草を探している剣の花嫁でフェルブレイドの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)である。
「もちろん、エリザベートのために百年草を集めるためだもん」
「……本音は?」
「環菜の悔しがる顔がみたいから」
「まぁ、そのためにわざわざ蒼空学園の制服着てこなかったんだですよね」
「だって、バレたら、何だか顔合わせづらくなるじゃない?」
「でも、この格好、どう見ても目立つ気が……」
「大丈夫たって!」
 親指を立てる透乃を見て、溜息を漏らす陽子。
「幸いにも、透乃と私がトレジャーセンスを使えて良かったです。さっきお会いした風森さん? でしたっけ。彼女に貰ったお薬が効いたのですかねぇ」
 百年草を探しながら透乃が答える。
「あー、なんか一瞬でバレちゃったもんね。私達が、蒼空学園側のイルミンスールへのスパイだって疑われちゃったし」
「ええ。でも、最後には花粉症のお薬まで貰っちゃいましたから、信じてもらえたんじゃないですか?」
「どうかな……あの人、目は笑ってなかったよね。ふぁあーあ」
 あくびをした透乃が花畑にゴロンと横になる。
「透乃ちゃん?」
「朝早く起きたからかなぁ、もの凄く眠いんだ。ちょっと休憩するね」
 目を閉じる透乃。
「もう……でも、私も何だか、眠気が…‥」
 コテンと、陽子も倒れこむ。
 二人が眠りに落ちて、しばらくした後、草むらから歌いながら姿を現す風森 望(かぜもり・のぞみ)
「ふぅ……これで、デ校長に味方する生徒及び百年草を荒らす生徒は、全て眠りに落ちましたわね」
 そう呟いた彼女の口元には、笑みが浮かんでいる。

――数日前
 風森はイルミンスール魔法学園の薄暗い校長室にいた。
 雨に激しく叩きつけられ、窓が軋んだ音を立てている。
 大きな机に頬杖をついて風森の話を聞いていたエリザベートであったが、全てを聞き終わると、目を輝かせだす。
「なるほどぉ、市販の花粉症の薬で、向こうの生徒を眠らせるというわけですねぇ……うん、良い作戦ですぅ」
 ニコリと笑う風森。
「条件が一つあります」
「なんですかぁ?」
 頬を赤く染めた風森が、少し上ずった声で、
「エリザベート校長が勝利の暁には、私がアーデルハイト様にキスできる機会を作って頂きたいんです」
ガラガラガッシャアアァァーンッ!!
 雷がどこかに落ち、激しい音を立てる。
 クッキリと陰影がつき、明暗分かれた二人の顔が浮かぶ。
 暫くして、驚愕の顔のエリザベートが、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「オ……大ババ様のぉ、キ、キスぅ!?」
「ええ」
 エリザベートの頭の中に浮かぶアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の顔。
「ま、まぁいいですぅ……私の方から話をしておきますぅ」
 エリザベートに深々と会釈した風森は、足取り軽く校長室から出て行くのであった。

――現在
 風森がルンルンと楽しそうに歩きながら、子守唄を口ずさむと、彼女の花粉症の薬を飲んだ生徒達は、皆次々と、倒れていく。
 ズズーンッと、音を立てて、あの丸も倒れていく。
 もちろん、平然としていた環菜も例外ではない。今、彼女は小型飛空艇の中で熟睡している。その前には影野達、調査隊の面々が三河武士のように、丸に対して前向きで倒れている。
 倒れた丸の髪の間から出てきた闇咲が、剣を杖替わりにして、風森に近づく。
「お……お前」
 意識朦朧の闇咲にクールな笑みで返す風森。
「完全に眠らなくとも、花粉症と睡魔の二重苦で戦闘どころではないはずよ。だってあの薬は市販品の中で一番に効いて眠気がキツイやつなんだから」
 バタンと、倒れる闇咲。

――その数分前
 丸と環菜の調査隊の戦いがまだ続けられている頃、少し離れた場所の花畑では、フェネックのシンを肩に乗せたビーストマスターの月島 玲也(つきしま・れいや)が、寡黙に百年草を探していた。
 玲也の傍では、鼻水、鼻づまりに加え、酷いくしゃみといった花粉症の症状が辛そうな、獣人のローグである暁 出雲(あかつき・いずも)がいた。
 出雲は、くしゃみをするたびに、動物→人間→動物→人間……と、姿をコロコロ変えている。
「出雲、大丈夫?」
「ああ、我にとってはこれくらい、何てないさ。ヘックシュンッ!!」
「花粉症がひどいのなら、こんな所まで付いて来る必要なかったんじゃない?」
「いや……我には、どうしてもこの花を贈りたい人がいるのだ。世話をかけてすまないな」
「ううん、そういう事なら僕、頑張るよ」
 玲也が背を向けて、採取を再開した途端、ニヤリと口の端を歪める出雲を、ウィザードのドラゴニュートであるヒナ・アネラ(ひな・あねら)が、じっと捕食者のような目で見つめている。
「ああ、数はできるだけ多い方がいいのだ、うん」
 ヒナは自分の前に咲く百年草を見て、少し躊躇った後、玲也に声をかける。
「玲也、わたくし、見つけましたよ」
 ヒナの声に振り返り、近寄ってくる玲也と出雲。
「わぁ、凄く綺麗だ。結構咲いてるね」
「ええ、ゆうに10はあるかと……」
 百年草を眺める出雲の顔色が変わり始める。
「うむ。二人ともご苦労であった」
「え?」
「……」
 百年草の前にノシノシと出て行く出雲。
「これは我のために見つけてくれたものであろう。ゆえに我が全て譲り受ける権利を持つのだ」
「えっと……、でも君、そんなに花を贈る人がいるの?」
「うむ、全国津々浦々に。我が全て売りさば……」
「いい加減になさい!」
 ビュオオオォォッ!!
 ヒナの放った氷術が、一瞬のうちに出雲を氷漬けにする。
「ほら、この状態なら花粉吸い込む心配もありませんわね」
 と、ニッコリと玲也を振り返り微笑むヒナ。
 わけのわからぬまま、怯えた笑顔をつくる玲也であった。
「シャアアァァ」
 玲也の肩にいたフェネックのシンが突然、威嚇する声をあげる。
「どうしたの?」
 珍しくヒナが低い声で囁く。
「玲也、ちょっと大変な事になったみたいですわね」
「え? 出雲のこと?」
「いえ、もっと喜ばしくない事ですわ」
 玲也が辺りを見回すと、草原に面した森の中から、獰猛で、低い唸り声が数カ所から聞こえ、それらが確実に、少しずつ近づいてくる。
「この声、ツァンダウルフかな?」
 サッと表情を強ばらせる玲也。
「それと、熊もいますわ」
「でも大丈夫だよ、こっちには戦闘が得意な生徒もいるんだし」
 ズズーンッと大きな音がし、先程までワラワラと蒼空学園の生徒達がいた花畑には、今、誰の姿も見えない。
「はっきり申しますと、状況はかなりよくありませんわよ?」
 ヒナの言葉に、玲也の頬を一筋の汗が流れていった。
 そして、玲也のすぐ傍に、くしゃみで吹き飛ばされたいちるが落っこちてきたのだった。