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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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「ファーシーさんのためにも、頑張りましょうね!」
 花が風で飛ばないようにとそちらは最後にして、綾耶と某は外枠の飾りつけに戻った。壮太はフリーダをルミーナに預け、掃除をしようと礼拝堂の中に入っていった。
「某さんが協力してくれて、嬉しいです」
 辛い思いをしてそれでも生きようと決めたファーシーを、綾耶は心から祝福したかった。彼女が幸せな気持ちになるよう、出来ることがあるなら精一杯手伝いたい。
「いや、まあ……」
 某はこれまでにファーシー自身と交流があったわけでもないが、過去の話を聞いて何も感じなかったと言えば、もうかなりの大嘘になる。だからこそ、これからの幸せの門出に相応しくしてやりたいと思っていた。普通に。
「……そんなに手伝えることはないけど、せめてこれくらいは、な」「はい。飾りつけだったら私達にもできますから!」
 『達』ってなんだ、『達』って、と思わないこともないが、あながち間違ってもいないのでとりあえず準備に集中する。
 最近になって、鍛え始めてもいるのだが。
「こういう時の準備はなんでも心をこめて丁寧に。そうしたら相手の方も自分も幸せになれる。私はそう信じてます」 綾耶はそう言って、大切そうにまた、花を飾った。

『壮ちゃん、ファーシーと話がしたいの』
 細かいことは言わなかったのにそれだけで、壮太はフリーダを外してルミーナに預けてくれた。そのルミーナも、彼女の気持ちを汲んで銅板を石机の上に置いて距離を取っていた。万が一、2人が風に飛ばされないように声の聞こえないぎりぎりの場所で見守っている。
「こうして話すのは初めてね」
「……うん。初めて会ったのは、わたしがこの銅板に移った直後だったかな。それにしてもわたし達……近くで見ると結構シュールよね」
 ファーシーは、少しだけ緊張して変なことを口走っていた。彼女も、フリーダと話してみたいと思っていたからだ。だから、嬉しいと同時になんだかかしこまってしまう。初めてのお見合いの席での緊張に似て――お見合いしたことないけど。
「ふふ、そうね……ねえファーシー、ここで……この街で、ルヴィさんとはどういう毎日を過ごしていたの?」
「え? うーん……」
 思い出すように間を空けてから、ファーシーはゆっくりと話し始める。
「ルヴィさまはすごく優しかったわ。いつも、わたしのことを考えてくれていて……でも、朝が苦手でわたしが毎日起こしてあげたの。朝ごはんとかも作ってあげてね。だけど、ある時期になると作らせてくれなくなって……どうしてかなって不思議だったけど、昨日、ルミーナが日記を見せてくれて何となく分かったわ」
 そして自分が服をせびって困らせていたこと、今思い返すと経済的なことを全く考えていなかったことをファーシーは語った。
「わたしがルヴィさまのお世話をしてあげてるんだと思ってたけど、違ってたみたい。良く考えてみたら、行きたいって言ったところにはついてきてくれたし、しょっちゅう整備してくれたし、笑ってくれたし……いっぱい支えられていたんだな、って気が付いた」
「そう……」
 それからしばらく、フリーダは準備の進む礼拝堂を、ファーシーは空を眺めていた。
「ありがとう。ファーシーがどんな風に幸せだったか、聞けて良かったわ」
 フリーダが言う。
「私を作った技師は、死んだ自分の奥さんの代わりとして私を作ったの。とても大事にされたけど、家から一歩も出してもらえなくて退屈だった」
「……うん」
「その私が、今は壮ちゃんと契約してこんなに自由になったわ。……歩けないけどね」
 最後にお茶目に付け足すフリーダ。
「幸せ、なんだよね」
「そうね、幸せ。長い間に色んなことがあったけど……生きていて良かったと思える。とても、幸せよ」
(フリーダさんにもいろいろ辛いことが、あったんだな……)
 それでも、生きていたから壮太に出会えた。生きることを止めなければ、いつか沢山の人に愛される日が来る。
 そう言われたような気がした。
「ねえ、結婚式に満足して、うっかり魂が消えちゃうなんて結末は、嫌よ」「え……」
 ファーシーはびっくりした。正直、そんなことを考えていた時期もあったからだ。
 でも、今は。
「――大丈夫だよ。ちゃんとがんばるから」

 ファーシー限定締め出し中の礼拝堂では、今日の打ち合わせが行われていた。
「滅んだ街の教会だが、結婚式の時だけはかつての賑わいを取り戻せるだろう。……地球人やその契約者には、お人好しが多いからな。見知らぬ者のためにでも、声をかければ集まってくる。そういうところは嫌いではない」
 祭壇の近くに立って、フォルクスが言う。昨日からの泊まり組と、神野 永太(じんの・えいた)燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が、協力して壁に花を飾り付けていた。祈りを現すためのキャンバスとなった壁に、白い薔薇や百合、トルコ桔梗が次々と華を咲かせていく。清廉さの中に、温かみのあるオレンジや赤色の花を乗せてリボンを飾れば、窓からの光も相まってこれからの2人を――いや、この日に携わる全ての人々の幸福を包んでいるかのようだ。祭壇周りとバージンロードにはクエスティーナ達の持ってきたポインセチアが敷かれている。
 そんな中、壮太とショコラッテ、セーフェルが長椅子に最後の雑巾をかけている。ちなみに、物干し竿……もとい、権杖はセーフェルの手に戻っていた。
「どうして毎回、私(本体)をショコラッテに預けるんですか……」
 とか言っている。どうしてというのは、やはり面白いからだろうなと思わざるをえない。
「今のところ、参加の連絡をもらっているのは92人ですね。……ところで本番ですが、どんな形式でやりましょうか。やっぱり、当時に近い形で進めていきたいですよね」
 この日の進行表を持った優斗に、事前に下調べをしてきた樹が答える。
「5000年前の結婚式といっても、土地毎にやり方も違ったみたいだね。だから、一概には言えないんだけど……」
「花を飾ったり、結婚式独特の菓子を配るという風習は、今も昔もそんなに変わらないと思うけどね。そういえば、料理の支度は始まっているようだけど、お菓子の準備は出来ているのかい?」
 飾りつけをしていたメシエが話に入ってくる。
「お菓子……?」
 3人は顔を見合わせる。
「それなら、私が買ってきましょうか。小型飛空挺を走らせれば、今からでも間に合うと思います」
 真っ白いスーツを着たエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が言う。徹底清掃するつもりで礼拝堂に来たものの、そちらの方がすっかり終わっていたので、他に手伝えることはないかと思っていたところである。皆が楽しくハッピーに結婚式を執り行えることが彼の望みだ。多少遠くても、買出しくらいなら進んでやりたかった。
「それじゃあ、ついでにガーターベルトと長手袋を買ってくるにゃう」
「え、えっ、ガーターベルトですか?」
 予想外の注文に、エメはアレクス・イクス(あれくす・いくす)に視線を落とした。アレクスは、注目してくる5人を見上げて無邪気な顔で言う。
「ファーシーちゃんの為に、サムシングフォーを用意したいにゃう。結婚式でこれを身につけると、幸せになれるにゃう。古い物と新しい物、借りた物と青い物にゃうが……借りた物はボクの猫柄ハンカチをあげるにゃう。だから、新しい物としてドレス用の長手袋、青い物としてガーターベルトにゃう」
「アル君、身につけるといってもファーシーさんはまだ銅板ですよ?」
「……? …………あっ!」
 エメの言葉に、アレクスは驚いたような声を上げる。
「…………」
 そのままうーんと考え込み――
「じゃあ、青いリボンにするにゃう。これなら、ファーシーちゃんにも着けられるにゃう」
「わかりました。リボンですね」
「でも、ガーターベルトと手袋も買ってくるにゃう。修理が終わったファーシーちゃんが着たら、きっと似合うにゃうよ」
「…………」
 微笑んでいたエメが一瞬、ぴしっと固まる。その様子に苦笑しながら、優斗が言った。
「あとは古い物ですか」
「それなら、昨日ルヴィの家で見つけたのがあるな。結婚用のヴェールとリボン……こっちのリボンは『大きなリボン』と同じタイプのやつだったが。ああ、あれも青だったな」
「ちょうどいいにゃう! それで4つ揃うにゃう」
「ところで、神父はどうするのかな。今日は特に誰にも依頼していないようだけど」
「「「それなら……」」」
 メシエが聞くと、エメと優斗と樹が同時に発言した。それぞれに顔を見合わせる。
「いえ、もしもいないなら、と思ったんですが……」
「あ、僕も……」
「俺も、他に誰もやる人がいなかったら……まぁ身長低いし見栄えがしないから、他に適任がいればまかせるけど」
「優斗兄!」
 そこで扉が開き、風祭 隼人(かざまつり・はやと)が入ってきた。優斗の姿を見つけて近付いてくる。寝てない割に元気である。
「今日は、ルミーナさんが彼女を運ぶ役を務めるのか?」
 きょとんとする一同。
「……そういや、銅版の運び役は気にしてなかったね。……ファーシーさんは、ルミーナさんが持つのが一番よさそうかな?」
「あ、はい、そうですね……」
 樹に答えながらも、優斗は、弟が次に何を言うのか想像出来た。
「それなら、俺にルヴィ氏の銅板を運ぶ役をやらせてくれないか?」
(やっぱり……)
 それは、ソルダにやってもらうつもりだったのだが。……とはいえ、優斗には隼人の気持ちがよく分かった。もしルミーナの役目がミツエさんだったら――
「じゃあ、ソルダさんに訊いてみて……あ、そうだ」
 進行表にペンを走らせる手を止める。
「神父役はお願いします。……それで、花嫁の父役とかどうですか? 白い衣装がちょうど合うと思うんですが」
「え、……いいの?」
「わかりました。私で良いのなら」
 樹とエメに順に言うと、2人はそれぞれに首肯した。その時、外からエンジン音に似た何かが聞こえてきた。窓から外を見て確認すると、良く晴れた空に中型飛空挺の姿があった。やがて、それは跡地の敷地外に着地する。降りてきた環菜は、特大の拡声器を使って言った。
「足りない備品を積んできたわ。9割方はテーブルだから、誰かさっさと運ぶように」