イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

リアクション公開中!

魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

リアクション

 一方、礼拝堂は――
「着いたぞルイ、礼拝堂なのだ」
「おや? 礼拝堂の周りには瓦礫がありませんね。こざっぱりとしているというか……」
 両開きの扉を開けると、窓を雑巾で拭いていたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が顔を上げた。目の下に隈が出来ている。
「ん? 掃除に来たのか?」
「そうですが……い、一体いつから居るんですか? これは、かなりの時間が掛かるでしょう」
 ルイが驚くのも無理はない。堂内の砂は掃き出され、埃一つない天井に、新品同様に光る灯篭。四方の壁も、殆ど白さを取り戻している。
「5000年分の汚れですよ……!? ここまで綺麗にするなんて……」
「一昨日の朝からだよ。トライブのやつ、一睡もしてないんだから」
 ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)が言うと、ルイはますます目を丸くした。礼拝堂が長年形を残していたことなど、瑣末に思えてしまうほどだ。
「柱と椅子と床は手付かずだから、明日までに終わるか微妙だったんだよなー。来てくれて助かったぜ」
「十分綺麗に見えるぞ……」
 きょろきょろしながら呟くリアに、トライブはあっけらかんと言う。
「まだまだ。顔が映りこむくらいやるつもりだからな」
「…………」
 ぽかんと口を開けていたルイだったが、やがて、やる気を漲らせたスマイルを浮かべて筋肉を盛り上げる。
「わかりました。ワタシも全力で手伝いますよ!」
 加えて、自分に出来ることを考える。明日の結婚式を必ず成功させ、参加者全員でファーシーとルヴィを祝福してあげたい。結婚式に必要なものは揃っているように見えるが、一応チェックもしておこう。足りないものがあれば、今日であれば用意も間に合う。
 当時の式の様子を全体像から考え出し、少しでも同じ状態で式を迎えてもらいたかった。換気をしようと扉を開けかけて、ルイははたと気付いて手を止めた。そういえば、来た時この扉は閉まっていた。
「入口は開けておかないんですか? 空気の入れ替えもした方が良いのでは」
「いや、砂が入ってくるとキリがねーからな。上の塔が壊れてるから、換気の点は大丈夫だろ」
「そうですね、では」
 再び閉め切ろうとした時、ルイの目に小型飛空挺の姿が映った。その数、4台。ほどなく礼拝堂の前まで来て停まり、それぞれからエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が降りてきた。小型飛空挺の中には、布袋がいくつも積まれている。
「あれ、もう清掃が始まってるみたいだな」
 エースが礼拝堂の中を透かし見ながら言う。
「掃除に来ていただいたのですか? 助かります。いえ、ワタシも今到着したところなのですが」
「はいはーい。オイラはエースのお手伝いだよ。礼拝堂をお掃除して花で飾りつけだネ」
 クマラの言葉に、ルイは袋の中身に予測をつけた。
「お花ですか、ということは、その袋は……」
「お察しの通り、だね。私は、花を運ぶのに人手が要るっていうから駆り出されたんだけどね。個人的には今回の結婚式に色々と思うところもあるんだけど……」
 メシエはそうして、エースの方をちらりと見た。
「この前の遺跡調査を手伝ってもらったから、仕方なく、ね」
「どのくらい進んでるんだ? ぱっと見、結構綺麗な感じだけど……」
 ルイが状況を説明する。それを聞いて、4人は驚いた。エオリアが言う。
「それは大変ですね。僕達はざっと済ませるつもりだったのですが……手伝いましょう」
「そちらのお花は、全部飾りつけですか? たくさんありますね」
「これからフラワーアレンジメントを作るんだよ。まだ加工してないから。メインはエースがやるって言ってたから、オイラは切花の用意かな。フラワーシャワーとかに使うやつ。告知看板とかも作るよー」
「……なんとまあ」
 こちらもまた、今から始めても徹夜確定の作業量である。アレンジメントはあれでなかなか技術が要る細かい作業なので時間が掛かるのだ。
「では、8人で協力して進めましょう。……リア、トライブさん、ジョウさん!」
 ルイは一旦、礼拝堂に戻って3人を呼んでくる。そして話し合いの結果、先に掃除を終わらせることにした。でなければ、飾りつけもできないからだ。
「リアは、結婚式の開催に他に必要な物があれば、御神楽環菜校長に手配して貰えるようにリストアップしてみてください。交渉も考えてみましょう」
「了解なのだ。結婚式、絶対に成功させるぞ。5000年前も今も、想い合うからこそ。だ」
 早速、リアは礼拝堂の備品を確認してまわりはじめる。
「ブーケトスは、5000年前にもあったのかな……」
「花束を投げるやつかい? 似たようなものならあったよ。1つじゃなくて、2、3個投げるのさ。でも、受け取った者が次に結婚できるという意味ではなかったな」
「うん、そうだね。参列してくれたみんなに感謝の気持ちを伝える、という以上の意味はなかったよー」
「あれ、2人は古王国時代のことを知っているのだ?」
 メシエとクマラの台詞に、リアは驚く。
「ああ、今朝もエースに5000年前の結婚式の慣習とか演出方法とか、どんな感じでしてたのか教えろとうるさくせがまれて参ったね。今日ここに来たのは、そんな理由もあるんだよ」
「それは頼もしいのだ!」
「結婚式かあ……」
 その会話を聞きながら、ジョウは式の様子を想像した。彼女は少女らしく、結婚式に憧れを抱いていた。何時かは、自分も素敵な相手と素敵な結婚式を――
 そこで、トライブがうきうきとした口調で言う。
「そういえば、明日はザインさんが聖歌を歌う予定らしいぜ。俺、大ファンなんだよね〜……いてっ!」
 若干いらっとしてトライブの脛を蹴るジョウ。そうして、しばらくわいわいと掃除をしていると、ファーシー達がやってきた。例の如く、掃除の進んだ礼拝堂に驚く樹達。
「ここで結婚式をするのね! うわあ、楽しみだなあ……!」
 ファーシーは、初顔合わせのジョウとエース達に声を掛ける。
「ルミーナ様、少しだけファーシー様をお借りしてもよろしいですか?」
 一通り挨拶を終えたところで、望がルミーナに囁いた。真面目な表情の彼女に、ルミーナは銅板を首から外す。
 そして、リアは環菜に、物資の調達の依頼を始めていた。
「……良い結婚式になりそうですね」
 ルイは笑顔で呟き、1人掃除を再開した。

 新たに作られた墓地からは離れた――それぞれの方法で生涯を閉じた人々の、この街にあるもう1つの墓。
 古ぼけて磨耗した大きな墓石をずらし、石棺の中に日記を安置する。中の機晶姫と契約者の遺体は、以前と変わらず寄り添うようにして眠っていた。望は墓石を元に戻すと、その前に紫苑の花束をそっと供えた。
「紫苑の花言葉は、『追憶』と『あなたを忘れない』……私はあなた方のことを、想いをきっと忘れません」
「…………」
 何か思う所があるのか、ファーシーは沈黙している。
「……ファーシーさん、どうしました?」
「ううん……昨日は、お墓とか埋葬とか、よく分からなかったんだけど……今日、アーキスさんや望さんがお花を置いているのを見て、何か、入ってきたっていうのかな。壊れた人は、こうして眠りにつくのね。わたし達の心に残っていく……望さんは、このお墓の人達に何か思い出があるの?」
「……はい。とても大切な思い出です」
 望は微かに笑うと、墓石を見つめた。
「墓碑の名前は読み取れませんが、あの日記には書かれておりました。ファーシー様はご存知ですか?」
 名前を告げると、ファーシーは大した間も置かずに答えた。
「……? 知らないわ」
「そうですか……。日記を書かれていた方は機晶姫と自らの結婚に悩み、また……世の平和を願っていました。銅板が2枚揃っていましたから、無事結ばれたようですが……平和な世界を迎える前にお亡くなりになったのでしょうね。ファーシーさん……」
 首に掛けた銅板を見下ろす。
「ご結婚おめでとうございます。きっと、シャンバラは平和になります。ファーシーさんが元気でいる間に……」
 ルミーナ達が礼拝堂を出てくる。墓地の更に先を見ながら、環菜が行った。
「……まだ人が集まっていないみたいね。ファーシー、他にどこか行きたい所はある?」
 問われたファーシーは、少し考えてから言った。
「そうね、図書館に行ってみたいわ」

「よし! 終わった!」
 跡地の図書館で、崩れた本棚を机代わりに書き物をしていたガガ・ギギ(がが・ぎぎ)がペンを置いた。2日前に見つけた人型を形作れるブロックパズルの本――一体の機晶姫の組成法だと考えられる本の絵図を写生していたのだ。書き写せば、内容も頭に入りやすい。
「どうだ? 下の機晶姫、分解出来そうか?」
 別の本を読んでいた弁天屋 菊(べんてんや・きく)に声を掛けられ、ガガは若干顔をしかめた。
「それは、実際に見てみないとなー。実物はガガ、知らないし」
 ガガはこれで、地下の巨大機晶姫を分解をしてみたいと考えていた。それが可能なら、万が一稼動して暴れる心配もないし、ヒラニプラなどの移送も視野に入れられるだろう。
 製造面である組み立てという作業はアーティフィサーじゃなければ駄目かもしれないが、分解なら専門職じゃなくても出来るのではないだろうか、と。
(嫌いな教導団に渡すのは癪だけどねー)
 脱走したガガとしては複雑ではあったが。
「ここが図書館ですね。……あら、先客が?」
「ん……誰だ?」
 訝しげに頭をもたげた菊は、案内してきた望や、ルミーナ達の姿を見て力を抜いた。
「お、おまえがファーシーだね。あたしはキマクの弁当屋、弁天屋菊だよ!」
「あなたが菊さん? この地図、すごい役に立ったわ、ありがとう!」
 ガガがルミーナに話しかける。
「ねえ、地下に付いていってもいいかな?」
「もちろんですよ……あら、その本は?」
 ガガは事情を説明した。そして1つの可能性を考えて、ファーシーに見えるようにページをぺらぺらとめくる。
「これ、読んだことある?」
「…………見覚えないけど……もう1回、見せて……」
 考えるように沈黙するファーシーに、皆が注目する。やがて、彼女は結論を出した。
「ううん、見たことない」
「……ということは、一般に売られていなかったということも考えられるんじゃん? 本当に地下のやつと関係があるかもよ」
 跡地についての詳細な情報や文献がないか、と無事だった他の本を検めていた涼が言う。
「ファーシーは、地下の巨大機晶姫について何か知らないのか? 例えば……技師が見慣れないものを作っていたとか」
「……地下については、わたしもこの前初めて知ったの。昨日、巨人さんが自分に関係してるって言ってたけど……」
「巨人……?」
 ファーシーが前日に聞いた話をすると、菊が何かを思い出すように首を傾げた。
「何か、どっかにそんな絵本があったような……」
「……!?」
 それを契機に、絵本の捜索が始まった。涼とアーキス、イーオン達がそれぞれ分担する。「セル、おまえは外を見張っててくれ」
 手伝おうとしたセルウィーは仕方なく外に出た。本当は、一緒に調査をしたかったのだが。
「……イーオンの命に従い、護衛いたします。それが仕事です」
 パズル本に目を通していた環菜が、ガガに言う。
「この本、私に預けてもらえない? 写本もあるし、構わないでしょ」
「タダってわけにはいかないなー」
「…………いくらで売ってくれるのかしら」
 やはり表情を変えずに、環菜は淡々と財布を出す。……現金も持っているらしい。
 一方、ルミーナは菊の持っていた本に興味を示していた。
「表紙のその絵、もしかして、料理の本ですか?」
「あ、ああ……5000年前の料理を作りてえなって思って……これからでも間に合……ん?」
 気がつくと、望や山海経がにやにやしている。菊は焦った。
「…………べ、べつに、ファーシーのために当時の結婚式の様式や、料理を再現するのが目的って訳じゃないんだからな! 料理人として、他人が持ってないレシピを身に着けてるのは誇れる事だから。……うんそれだけだぜ」
「その言い回しは……つっこみ待ちじゃな? そうなんじゃな?」
「ファーシー様、どうぞ」
 望がふると、ファーシーがはっきりと言い放つ。
「ツンデレだわ!」
「違う!」
「……あったぞ」
 涼が持ってきたその本には、こう書かれていた。博識を使って、涼が読む。
『むかしむかし、ある村に1つ目の巨人が住んでいました。巨人はとても器用で、こどもたちの喜ぶおもちゃをたくさんつくることができました。でもこまったことに、巨人はとても乱暴だったのです。毎日こわがりながら生活していた大人たちは考えました。なんとか巨人にやさしくなってもらいたい。
 どうしてだろう。どうして乱暴をするんだろう。
 もしかしたら、自分だけみんなより大きくて、それがさみしいのかもしれない。
 そうして、大人たちは大きな大きな人形を作ることにしました。巨人とちゃんとおはなしができる、大きな人形です。王様も協力してくれました。
 こころのやさしい人形となかよくなって、巨人もやさしくなりました。村には平和がおとずれました。ながくしあわせに、村は笑顔につつまれました』
「これが……」
 誰ともなく呟く。
「巨大機晶姫が、造られた理由なの……?」
「はっきりしましたね。先程の日記には、使者が武装を強要したような事が書かれていました。戦いの為に、造られたのではなかったのですね」
「良かった……」
 望の言葉にファーシーが安堵の声を出す。自分に良くしてくれた人達が争いの為に巨大機晶姫を製造していたとは考えたくなかったのだ。
「これは……もしや地下では、非武装の機晶姫の研究もしていたのではないか? 2階はほとんど調べていないのだろう。資料が残っている可能性があるな」
「調査してみるか? 道具はそろっているぞ」
 興味深そうにイーオンが言うと、フィーネも面白そうに鞄を叩いた。中にはカメラが入っている。地上にあるものなど、全て彼女は知識として持っている。だが、地下はどうか――結局、知っているものばかりかもしれないが。
「モンスターが山程いるわよ」
「え、だって弱いんでしょ?」
「…………」
 誰が倒すんだ誰がという空気が、今度は全員の間に漂った。
「そろそろ行くか。ファーシー、もういいか?」
 アーキスが訊くと、ファーシーは言った。
「うん! 地下に行きましょう」
「あたしはここで本、読んでるから。気をつけろよー」
「私達もお掃除のお手伝いをしていますね」
 菊と望達と一旦別れ、一行は後から来たメンバーと合流して地下に向かった。