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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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 5日目 貴方と永遠に

 朝。モーナの工房の食卓の上。
「……………………」
 夜の間に偽物との交換を済ませて待機していたファーシーは、皆に覗き込まれる中で第一声を発するタイミングを図っていた。どうにもあれから、ファーシーは一言も話さない所為で消えてしまったのではないかと心配されていたらしい。
 その心配っぷりは結構なもので、環菜に知らせようだのもう一度礼拝堂に行こうだの、工房はプチパニックになったということだ。
(ど、どうしよう……)
「ファーシーさんは、生きてますよー」
「少しお休みしているだけで、大丈夫ですよ。昨日はいろいろあったから、疲れちゃったのだと思います」
 事情を知っているエラノールとフィアが言い、唯乃が呆れたように近付いてくる。
「刺激を与えれば起きるんじゃないの? ほら、こんな風に」
 でこぴんの要領で、唯乃は銅板をぴん、と撥ねる。契機はあげるから早くしなさいよ、という意味である。
「ん……? 何……?」
 ファーシーは、人生一番の演技力を発揮して寝起きを装った。
「ファーシーさん!」
 ティエリーティアの顔がぱあっと明るくなる。
「あれ? どうしたのティエルさん。もう移植の時間……?」
「茶番だな……」
 思わず呟いたラスに、環菜が鋭い眼を向ける。
「あら、それはどういうことかしら? あなた、何か知ってるの?」
「へ? いや、べつに……? 仲良しごっこがうざかっただけだって」
「ふーん……」

「見てください! これが新しい貴方のパーツになるんですよ!」
 ティエリーティアは、ダイヤ型の銀色のパーツをファーシーに見せた。石をはめこむ穴が開いている。
「あれ……? まだ修理終わってないの?」
 きょとんとするファーシーに、志位 大地(しい・だいち)が苦笑する。
「それが最後のパーツですよ。ルヴィさんの銅板を組み込んだ後に被せるものです。ファーシーさんの無事を確認してから作業をしようと、保留にしていたんですよ」
 ファーシーの昇天を当初から危惧していた大地は、彼女が喋ってくれて、自分の考えが杞憂だと分かって安堵していた。そして、嬉しそうにモーナの所に行くティエリーティアに優しい視線を送る。
「すぐに組み込みますね! もうちょっとだけ待っていてくださいー」
 全てを乗り越え、ファーシーは戻ってきた。昨日は、居なくなってしまったのかと心配でたまらなかったけれど――彼女が無事が確認できた以上、あとはルヴィと一緒にいられるようにしてあげるだけだ。
 今、自分に出来ることをする。 体を取り戻せるかもしれないならそれを手伝って。
 ――どうにかまたこの世界に両足で立って欲しい。

 作業が始まると、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は修理の邪魔をしないようにと2階で休ませていたペット達を連れてきた。またおかしなことをやらかさないように、ラスを牽制するつもりだったのだが……
「い、いやああああああああ! ヘビ! ヘビですよダメですヘビは……ちょっ……こっち来ないでくださいーーーーー!」
 サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が工房の奥に逃げていく。……他にもヘビ嫌いがいたらしい。
「お、おおおおい、何だこいつら! 何でこんな所にまで……!」
 グレッグパラミタ虎のグレッグと狼のゾディスに壁際まで追い詰められ、ラスは慌てふためいた。この前噛み付かれてミイラになったのが、それなりのトラウマになっていたりする。
「環菜! 助け……てくれるわけないなそうだよな。誰か……」
 辺りを見回すものの、助けにきてくれそうな者は誰もいない。プレナ達も遠巻きに昨日と同じような表情でこそこそ話し合っている。またざま〜みろとか言ってるだろ絶対そうだろ。……というか、楽しんでないか? 皆……
 何気にヒラニプラまで来ていたゴン・ドーが言う。
「賢明な判断じゃな。またファーシーを命の危険に晒すわけにはいかんからのう」
「あんたが言うなよ……うわっ、だから登ってくんなって……ポリューシュ! どうだ、名前を覚えてやったぞ! 咬むなよ! 今日は咬むなよ!」
「……とりあえず巻きつくだけでいい……」
 アシャンテが指示すると、ポリューシュははいよー、とラスの首に巻きついてその頬を舐めた。
「…………!!!」
(まさか、今日1日この状態なのか……!?」
「……ファーシー」
 隣に立つアシャンテが、ファーシーの方を見て言う。
「……自分でもよくわからないが、お前のことが妙に気になってな……、お前は、今……幸せか?」
 機晶姫の修理……その言葉に、ずっと引っかかりを感じていた。頭の片隅に隠れている何かが疼くような、そんな感覚。ファーシーの行く末が気になり、つい、世話を焼こうとしてしまう。
「え?」
 ファーシーはびっくりして、それから間を置かずに答えた。今までは、少し考えてしまったけれど、もう、その必要は無い。
「うん、幸せだよ」

 一方、ファーシーの機体を載せた作業台の上では、モーナとティエリーティア、朝野 未沙(あさの・みさ)が銅板の組み込みを進めていた。スヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)は、その様子を心配そうに見つめている。
「ねえ、ファーシーの銅板には機晶石が付いてないわけだけど……やっぱり機晶姫の精神って機晶石とは無関係なのかな? 機晶石はタダの動力であり、機晶姫の精神はもっと別の何かに宿ってるのかな?」
「精神も、機晶石に宿っているものだよ。データが増えると共に、成長していく。今回はそれが、魂となって銅板に憑依したんだね。かなり特異な例だけど……データも一緒に移動していたから、これから研究の価値はあると思うよ」
 モーナが答えると、未沙はへー、と好奇心一杯の表情をした。
「機晶姫って、すごく奥が深いわよね! 機晶姫に関する事はまだまだ知りたいことが山ほどあるし……機晶姫や剣の花嫁を造ったと言わていれるポータラカへ行ってみたいなあ。いつか、行けるかな? ……あ、それじゃないわ! こっち!」
「え、あ、は、はい!」
 別の工具を選んだティエリーティアに、未沙は慌てて正しい工具を渡す。
「うーん……、4日間見てきたけど、この子は……天然……?」
「天然じゃありません! ティティはちょっとぽやっとしてるだけです!」
「……それフォローになってません……あれ?」
 集中して工具を使うが、いまいち、ネジがうまく嵌らない。
「あああ、もう、不器用なんですからティティ、気をつけてください!!」
 何とかネジをつけ、銅板を胸部の奥に固定する。
「ふう……」
 ティエリーティア以外の3人が、一気に息を吐く。
「次はこのパーツだね。最後だから、慎重に……うん、方向を間違えないでね」
 銅板の上からパーツを被せ――形が合わない。
「ティティ! それはそこにつけるんじゃありません!」
 ……向きを間違っていたようだ。
「ああああああ、モーナさんの指示をちゃんと覚えてください!」
「……ちょっと落ち着いたら? というか、スヴェンさんが騒ぐ度に手元が狂ってるんだけど……」
「向こうに行ってた方が良いかもね」
 やれやれといった顔で、モーナが言う。
「……お茶を入れてきます……」

「だ、大丈夫かな……」
 その様子を、遠くからはらはらと見守るファーシー。彼女の大丈夫には、ティエリーティアへの心配の他に、自分の身体への心配が入っている。
「へーきへーき。何とかなるって」
 自分を持つフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)がお気楽な口調で言う。フリードリヒは椅子に座り、ファーシーをいろんな角度から観察……いや、要するにいじっていた。
 皿回しの要領で人差し指に乗っけて回してみる。
「きゃあああああああああ!!」
「あ、やっぱり目とか回る……ん? 目はどこだ?」
「や、やめてよやめてよ! な、何? この間はすっごくかっこ良く見えたのに……素はコレ?」
「よくしゃべるなー。魔法まじスゲー」
 そう言って、今度は銅板を撫でてみたりする。
「うう……なんか、ヤダ……」
「なぁ、触感てわかんの?」
「わかんないけど、ヤダ……」
「ふーん……冷たかったり熱かったりとかは?」
 コンコン、とファーシーを叩くフリードリヒ。
「それは、体験したことないけど……感じないんじゃない? ……そういえば、洞窟は寒いって言ってたけどなんともなかったなあ……あ、やめてよ、実験とかしないでよ!」
「そんなことしねーって」
 銅板に刻まれた家紋を指でなぞる。
「これがルヴィの家の家紋かー、ウチの国旗ほどじゃねーけど、カッケーなぁ?」
「何をセクハラしてるんですか!!!」
 お茶を配っていたスヴェンが、フリードリヒの頭を蹴り飛ばす。そしてそれと同時に、ファーシーを取り上げた。
「だ、大丈夫ですか? 他にひどいことされてませんか? ああ……式を終えたばかりのファーシーさんになんてことを……。し、指紋を拭きましょう!」
「え、ううんそこまでしなくても……。ねえ、さっきから思ってたんだけど、スヴェンさんってお母さんみたいよね?」
「「「「「「!」」」」」」
 お茶を飲んでいた数人が噴き出した。かくいう大地もその1人で、将来はスヴェンがお姑さんのようになるのだということを思い出す。
(……今日のお茶には、何も仕掛けられてませんね……)
 それとも、誰かに塩入りのお茶が配られているのだろうか。