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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3
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第6章 ユーフォリア抹殺指令・中編



 その頃、ドックでは船の修復作業が続いていた。
 空賊襲来の報はまだ届いていない。こちらで起こった変わった事と言えば、訪問者が一人あったぐらいである。それ事態は日常の出来事に過ぎないが、ただ訪問者が彼となるとそれなりに事件かもしれない。
 やって来たのは、幾度となくフリューネと敵対してきた佐野 亮司(さの・りょうじ)だったのだ。
「……少しいいか、フリューネ。どうしてもおまえに聞いて欲しい事があるんだ」
 その声は少し強張っているように思えた。サングラスの下の目も複雑な想いを宿している。
 とその時、空間がぐにゃりと揺らぎ、光学迷彩を解いたグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)が現れた。
「……フリューネに何の用だ?」
 グレンはパートナーと共にフリューネ護衛の任に就いている最中だ。
「(前はセイニィから……、そして今度は空賊からフリューネを護れなかった……。フリューネも……、その心も護れなかった……)」拳を固く握りしめる。「(だから……、もう二度とフリューネを傷付けさせはしない……!)」
 誰にも彼女を傷つけさせない、その意志のもと、亮司の前に立ちはだかった。
「……別にケンカを売りに来たわけじゃない。俺は話をしに来ただけだ」
 亮司はフリューネを見る。
「頼む、俺を仲間に加えてくれ!」
「な……、なによ、急に?」思わぬ言葉にフリューネは戸惑った。「どういう心境の変化なのよ?」
「あの日……、俺はカシウナにいた。ヨサーク大空賊団が街を襲うのを見ていたんだ」
 フリューネに背を向け、亮司は言葉を続けた。
「俺はヨサーク空賊団を許せねぇ。あんな非道を働く野郎をあんな野郎を野放しにはしておく事はできねぇ。けど、俺一人じゃダメなんだ。今更こんなこと言ったって、そう簡単には信じられないだろうが……、もう、一人ではどうにも出来ないんだ。だから、俺も一緒に戦わせてくれ。ヨサークを倒すために、カシウナを解放するために……!」
 それは偽りのない、心からの言葉だった。
「おまえを……、フリューネを傷つけたおまえを……、信用としろというのか……?」
「信じてくれ……、としか言えないな」
 グレンと亮司は睨み合う。長い沈黙を破ったのは、フリューネの言葉だった。
「……今は私も助けが欲しい。とりあえず、カシウナの街を取り戻すまでは、一時休戦……、ね」
「……恩に着る」
 亮司は手を差し出し、二人は固く握手を交わした。
「(今のところ殺気看破に反応はない……、この男の事は一時保留にしておくべきか……)」
 複雑な表情を浮かべていると、ふと、グレンの感覚に不快なものが走った。


 ◇◇◇


 そこに無数の殺意が見えた。フリューネを守るため、グレンは咄嗟にその前に飛び出す。
 次の瞬間、出入口の前に漂う雲を突き破って、空賊艇の一群が奇襲を仕掛けてきた。飛び込んできた空賊艇は、そのままフリューネに体当たりを行う。すんでのところで、フリューネに代わって、グレンが攻撃を引き受けた。
 駆け寄ろうとするフリューネを、手を挙げて彼は制する。
「なに、かすり傷だ……。前にも言ったろう……、俺はロスヴァイセの盾……、おまえが気にする必要はない……」
「そ……、そんなわけにはいかないでしょ」
 怒ったように言うと、彼女はグレンを抱き起こす。
 彼女の反応を嬉しく思いつつも、彼は守るため立ち上がる。彼女を守るためにここにいるのだから。
「身体に……、心に……、傷を負うのも……、俺一人で十分だ」
 グレンは遠当てを使って、敵の武器を弾き落とす。
「(今更……、心身傷だらけの俺に傷がまた増えたところで、何も問題はないからな……)」
 彼の目に光が宿る。それはゆるぎなき決意の色だった。
「そう……、これは誰でもない……、俺が……、俺の心が望んだ事だ……」
「グレン……、やっぱり気負い過ぎてるみたいね……」
 相棒の姿を心配しつつ、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)は誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
 放っておくと心配なのは、どうもフリューネだけではないらしい。
「あなたが怪我をしてもフリューネさんは心配するんだから、無茶はしないでくださいね」
 釘を刺すように言うと、ドック内を旋回する空賊艇にミサイルを発射した。
 六連ミサイルポッドから飛び出したミサイルは尾を引き飛ぶ。メモリープロジェクターでミサイルの映像を空に投影し、数を倍以上に見せている。幻に翻弄されている隙に、ソニアは機晶姫用レールガンを矢継ぎ早に撃ち出していく。
「こうしちゃいられねぇな……、ジュバル!」
 亮司はどこかに向かって呼びかけると、ドスンと機関銃を床に置いて掃射する。ミサイルと機関銃の波状攻撃を前に、空賊艇は面白いように撃墜されていった。と、ひとりの空賊がどこかに連絡を取ろうとしているのに気付いた。
「こちら先遣第二隊です、ボス。ターゲットを発見しました、至急応援を……」
 空賊は怪訝な顔で無線を覗き込んだ。通じていない。
「仲間は呼ばせねぇ。そして、おまえらもここから帰さねぇ……!」
 既に、一帯には亮司の情報撹乱が展開されているのだ。
「……亮司め、なかなか準備がいいではないか」
 亮司の相棒を務めるジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)は、口の端を少し歪めて笑った。
 こんな事もあろうかと、光学迷彩でその身を隠し、ドック内に潜伏していたのだ。戦闘が起こった場合、狙撃を行うように相棒から頼まれている。スナイパーライフルを構え、ジュバルは目を細めた。
「……不埒な空賊共め。我がいる限り、おぬし達は死神に心臓を掴まれたも同然よ」
 そう呟くと、針の先よりも神経を研ぎすませ、シャープシューターで確実に一機ずつ沈めていった。


 ◇◇◇


 フリューネを守るのは彼らだけではない。
 グレンの相棒のラス・サング(らす・さんぐ)も、前回から引き続き護衛役を買って出ている。
「なに、この程度の敵など恐るるに足らんわ」
 豪快に笑ってみせると、ドンと胸を叩いて宣言した。
「お主が飯を食っていようが、風呂に入っていようが、寝ていようが、常に我輩達が傍にいるから安心せい!」
「それはありがたいけど……、風呂に入って来たら、この世とお別れする事になるから気をつけてね」
「はっはっは。流石はタシガン空峡のカリスマ、イッツァナイスジョークだ!」
 親指をおっ立てて笑い飛ばす、ラス。フリューネとの付き合いの短い彼は知らないのだ、そんな事をすれば、比喩とかではなく、本当にこの世から旅立たなくてはならなくなる事を。知らないという事はある意味幸せな事なのかもしれない。
「ま……、冗談はこのぐらいにして仕事といくか!」
 ラスは向かってくる空賊艇を目視し、サングラスを不敵に押し上げた。
「貴様らは重大なミスを犯している……、それはサングラスを掛けておらん事だ!」
 両の掌に集めた魔力をスパークさせ、光術による閃光で空賊たちの視界を焼き尽くす。
 コントロールを失った空賊艇にさらなる追い打ちがかかった。
 どこからともなく口笛が聞こえると、野鳥の群れが飛来したのである。エサに群がるかのごとく空賊艇を取り囲み、鳥の一団は鋭いクチバシで一斉についばむ。野生に蹂躙されてしまった空賊艇は墜落していった。
「まだだ……! こんなもんじゃ、俺の怒りはおさまらねぇ……!」
 三人目のグレンの相棒、李 ナタは、込み上げる怒りに震えている。
「このバカ空賊どもが! ロスヴァイセの屋敷を燃やしちまいやがって……!」
 訪問したのは一度だけだったが、彼はあの屋敷を気に入っていた。
「……っていうか、てめーは屋敷と関係ねーだろ!」
 撃墜された飛空艇から、もぞもぞと這い出た空賊が抗議の声を上げる。
「うるせぇ! こまけぇことはいいんだよ! 俺の怒りはフリューネの怒りも同じなんだっ!」
 唸るように言うと、愛犬……じゃなかった愛狼のルグルに指示を出す。
「ルグル! あのバカどもにトラウマを植え付けてこい!!」
「ひええええっ!!」
 飛びかかったルグルに尻をかまれ、空賊達はドック内を右往左往と駆け巡った。
 気が付けば、周囲を飛んでいた空賊艇はあらかた片付いている。フリューネが戦闘に参加するまでもなく終わったという事は、それほど数がいなかったのだろう。しかし、何かひっかかるものをフリューネは感じた。
「……変ね。ここに突入してきた時は、もっと数が多かったと思ったんだけど……?」
 はっとして、甲板から身を乗り出し、後方を確認する。
「……まさか!」
 こちらに差し向けられた倍の数の空賊が、何かを取り囲むように蠢いているのが見えた。
 フリューネの記憶がたしかならば、あの付近でユーフォリアが修復の手伝いをしていたはずだ。
「こっちは囮……、奴らの狙いはユーフォリア様……!? でも、どうして……?」
 空賊と敵対関係にある自分なら話はわかる。だが、ユーフォリアが狙われる理由はわからない。
 考えるのは後に回し、フリューネはユーフォリアの元へ向かった。