イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

リアクション公開中!

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3
【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3 【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

リアクション


第2章 戦艦島に日が落ちて・後編



 戦艦島温泉へと続く坂道の途中、高村 朗(たかむら・あきら)は思い悩んでいた。
 言うべきか、言わざるべきか、それが問題だ。どっかで聞いたような命題だが、彼にとってはとても大切な事だった。セイニィにフリューネに協力して欲しい、しかし、彼女がティセラを裏切るような真似をするかというと難しい。
「……なんて伝えたらいいのかなぁ」
 弱気になっている彼の元に、とぼとぼセイニィが歩いて来た。
 言葉はまとまらない。とりあえず、気分転換を兼ねてセイニィに手合わせを申し込んだ。
「あたし、温泉に入りたいんだけど?」
「どうせ温泉に入るなら、汗を流してからでもいいんじゃないか?」
 セイニィに敗北してからというもの、彼は懸命に努力し腕を磨いてきた。話を聞いてもらう前に、自分がどれだけ成長したのかを見てもらいたいと思った。口だけだと思われるわけにはいかないのだ。
「さあ、行く……」
 言いかけた瞬間、鋭い掌打が顔面に突き刺さった。すかさずあびせ蹴りが入り、朗は20秒で地面に伏した。
「あたしにケンカ売るなんて舐めた真似してくるわね」
「て、手合わせだって言ったろう……?」
「ちょっと、きったないわね……、鼻血が出てる。ほら、これで拭きなさいよ」
 セイニィはハンカチを押し付ける。
「……あ、ありがとう。ちゃんと洗って返すよ」
「い、いらないわよ、あんたの使ったハンカチなんて。海にでも捨てて」
 彼女なりに気を使ってるのかな、と朗は思った。
「なあ、セイニィ……、ティセラのこと、好きか?」
「はぁ……? なによ、急に?」
「お前がティセラを大切に思ってるなら、相手が間違ったことをしてたら嫌われてでも止めないといけないと思う」
 そう言われて、セイニィは先ほどのシャーロットのやり取りを思いだした。
 ティセラは間違っているのだろうか、間違っているのなら、自分はそれを止めなくてはならないのだろうか。
「俺だってお前がそういうことをしてるのを放っておけないし、何かあったら助けになるよ」
「でも……」とセイニィは戸惑う。
「大丈夫! ティセラだってわかってくれるよ! 俺も友達とケンカすることもあるけどちゃんと仲直りできたしさ!」
「……あたし、今はそういうの考えられない」
 セイニィは俯きながら、温泉へと向かっていった。
「ちゃんと伝わったかな……、いや、今はただ届いている事を信じよう」
 星空を見上げながら、朗は思った。
 そんなちょっといい気分に浸ってると、温泉からなにやら口論する声が聞こえてきた。
「……はっ!? しまった! 女学院の癖で普通に女湯へ入ってしまった!」
「なにが、癖でよ!」
「セ、セイニィ……、落ち着いてくれ。僕はきみみたいなペタンコ胸なら十分理性を保てるので安心して欲し……」
「ブッコロス!!」
 パァンと小気味いい音が鳴って、朗は思わず起き上がった。
 10分後、女湯に潜んでいた幻時 想(げんじ・そう)は、脱衣所の前で正座させられていた。
「な、なんか……、大変な事をしてしまって……、ほんとすいませんでした……」
 頬に大きな手形を作って、言わされてる感バリバリの謝罪を、想は述べた。
「変態だ、変態だと思ってたけど、ここまでか、ここまできたか、あんたは」
 セイニィはげしげしと想の頭を足蹴にする。
「ち、違うんだよ。僕はただ裸の付き合い……、もとい、腹を割って話がしたかっただけなんだ。その話がつまらなかったら斬ってくれても構わない。だから、少しだけ話を聞いてもらえないか?」
「まあ、反省してるみたいだし……」
 朗が仲裁に入ってなだめると、セイニィは眉を寄せつつも、近くの瓦礫に座り込んだ。
「セイニィ、明倫館に興味を示していたね。僕も日本人……、お詫びに侍について語ろう。大事な話でもあるんだ。日本の徳川時代『君、君たらずとも 臣、臣たれ』という言葉があった。君がティセラ、臣がセイニィだとしよう。つまりティセラがどんな状態でもセイニィは協力するという現状だ」
 ひと呼吸置いて、話を続ける。
「だが、これは間違いだ。君……、ティセラに間違いがあれば正さなければならない。事実、徳川幕府は滅んでしまった」
 どうやら想も朗と同じように、正しい事を自分の意志で行って欲しいと、伝えたかったようである。
「きみとティセラには違うものを感じる」
 想はまっすぐにセイニィの目を見つめた。
「きみは余計な殺生はしないけど、ティセラは誰でも殺す印象だ。きみも少しでも疑問を持っていたりしないだろうか?」
「……それは」と言いかけて「あ、あんたなんかにティセラのことを悪く言われたくない!」
「きみの友達の事を悪く言って済まない。ただ、きみにとってのティセラと同じ存在に、僕はなりたいと思ってるんだ」


 ◇◇◇


「……誰に悪いとかじゃなく、今、君がどうしたいかだけを考えればいい」
 ふと、いつの間にかそこに緋山 政敏(ひやま・まさとし)がいた。
 セイニィはなんだかんだで優しい奴だと、彼は思っている。だからこそ、ティセラの事でこんな一面を見せるのだろう。
「ケータイ……」セイニィは政敏の事を『ケータイ』と呼んだ。
「ケータイって……、そんなあだ名で俺を呼んでたのか……」
 政敏は複雑な表情でボサボサの髪を掻いた。
 少し嬉しい反面、俺のアイデンティティーってなんなのだろう……、と自問する。
「なぁ、セイニィ、電話って便利だろ? 遠く離れていてもそいつとは話が出来る」
 そう言って、微笑む。
「番号さ、君が友達だと思った奴に教えておけよ。そうすれば、君が『何処』にいても、君と俺達を繋げてくれる」
「……そんな事ぐらいわかってるわよ」
「ならもう心配はいらない。君の背中はそいつらと俺が支えてやる。君の思うように行動すればいいんだ」
「あたしの思うように……?」
「ダチが真剣に悩んで決めた事なら、何時だって信じるさ。なに、もしもの時は俺にそそのかされたって言えばいい」
 そこに、政敏のパートナー、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が続く。
「女王器はヨサークが持ってるみたい。でも、近くにザクロって十二星華がいるの。女王器に古代戦艦、パワーバランスを保たないときっと皆が不幸になる。だから、セイニィさん。ザクロさんから女王器を奪取するのを手助けして!」
「ザクロ、ね……」
 不意に吐き出した言葉に、なにやら嫌悪の色が見えた。
「さっき聞いたけど、彼女もティセラさんの協力者なんだってね。どうしてもティセラさんと敵対するのは嫌……?」
「敵対するかどうかとは別の話ね。あたしはあの女を信用してない」
 獣のような目つきでリーンを見据えた。
「どう言うつもりで、あいつがここにいるのか、一度訊いておかないとね……」
 その時、ドォルルルルルと耳を裂くエンジン音が辺りを包み込んだ。
 空から小型飛空艇が降りてくる。飛空艇の後部には、土鍋が括りつけられているが、どっかで見た光景だ。
 セイニィが睨みつけると、来訪者、百々目鬼 迅(どどめき・じん)も負けじと睨み返した。前にも言った気もするが、迅は気合いの入ったタイプの不良である。両者互いに譲らず、睨み合いが続く中、不意に迅の表情がほころんだ。
「あっそぼうぜー! セイニィっ!」
「……はぁ?」
 完全に我々はこの光景を知っている。この男の無邪気な眼差しを知っている。
「……てか、誰なのよ、あんた?」
「通りすがりの鍋物屋さんよぉっ!」
 ドンと胸を叩いて、鍋のふたを取る。
 本日の鍋は『キノコ汁寄せ鍋』だ。シイタケの風味豊かな香りが広がる。グツグツと煮だつスープの中を泳いでるのは、豚肉……否、牡丹肉だ。その横には、芯まで火が通りトロトロになった大根と、奮発した蟹がピースサインしている。
「どうだぁ、いい匂いだろ? じゅんじゅわ〜と口の中からヨダレが自然に沸き上がってくるだろ?」
「な……、なによ、食べろって言うの? あたしにこの鍋を食べろって言ってるわけ?」
 まだ、言っていない。にも関わらず、小鉢と箸を持って、セイニィは鍋を覗き込んだ。
「なんだ、俺の鍋を食べたいってのか、噂以上の飢えたメス猫だぜ。いいだろう、たぁーんと食わせてやらぁ! さぁ、俺にその小鉢を渡しやがれ! バランス良く取り分けてやるぜぇ、ヒャッハァー!!」
 野菜と肉を適度に摘み、見た目にも美しく小鉢に盛っていく。
「あの、それ……、俺たちももらっていいのか?」
 政敏はリーンと顔を見合わせながら、迅にお願いしてみた。
「ああ!? 俺の鍋が食いてぇだと……? 構わねぇが、一つだけ条件がある」
 睨みをきかせ、ドスの利いた声で言う。
「……上のたき火のところにも何人かいたろ。あいつらも、呼んで来ようぜ……? トランプも持って来たんだ」
 二箱も持ってきたトランプの箱(完全に大人数で遊ぶ気である)を顔の横に見せ、ニッコリ微笑んだ。
 おそらく気の迷いだが、政敏は、こいつになら抱かれてもいいと思った。
 とそこで政敏は素晴らしい思いつきをする。 
「ちょうどいいじゃないか。セイニィ、上の奴らをここに電話で呼べよ」
「あ、あたしが……?」
「君しかいないだろ。大丈夫だって、君が電話したら、大喜びでみんな駆けつけるよ」
 渋るセイニィを説得し、無理矢理電話をさせた。
「……あ、もしもし、あたし。今、温泉の前で鍋してるんだけど、来たかったら来てもいいわよ。え? 来たいの? あーそう、じゃあ、くればいいんじゃない。う、うんうん……、わかった。言っといてあげる」
 通話を終えるとセイニィは振り返り、一同に印籠のように携帯を見せ付けた。
「あいつら来るって」
 勝ち誇る彼女の姿に、自然と拍手が巻き起こった。
「ぃよーぉし! そうと決まれば、今夜は祭りだ、ヒャッハァー!!」
 お祭り野郎、百々目鬼迅。彼の活躍により、その夜は大いに盛り上がったという。