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リアクション
第2章 戦艦島に日が落ちて・前編
その夜の話である。
フリューネ達、戦艦の修復組は夜になってもキャンプ地に戻って来なかった。おそらく今日は泊まり込みで作業にいそしむのだろう。セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は奇妙な壁画の前で、数名の生徒たちとたき火を囲んでいた。
「……ったく、なんであたしが留守番なんてしなくちゃなんないのよ」
セイニィは壁に背中を預けると、星空を見上げてぼやく。
お茶を淹れているスウェル・アルト(すうぇる・あると)は顔を上げ、セイニィに静かに尋ねた。
「……留守番は嫌い?」
「はぁ? 留守番が好きな奴なんているわけないでしょ?」
「でも、こんな夜なら留守番も悪くない。静かで良い夜。陽の光は苦手だから」
スウェル・アルトは夜の静寂に耳を澄ます。
「……でも、太陽みたいなあなたの髪は、綺麗、……と、思う」
奇妙な口調で喋るスウェルのペースに呆れつつ、セイニィは「あっそ」と呟いた。
「一緒におまんじゅう、食べない? お茶受けはやっぱり、おせんべいとおまんじゅうが良い」
「くれるんなら、もらう」
セイニィはお茶とおまんじゅうを受け取り、パクパクほおばり始めた。
なんだか野良猫を餌付けしてるような光景だ。
ふと、相棒のヴィオラ・コード(びおら・こーど)は、スウェルの服を引っ張り、小声で話しかけた。
「おいおい、あんまり関わらない方がいいって」
「どうして?」
「どうしてって……、おまえ、十二星華だぞ? 絶対、厄介ごとに巻き込まれそうじゃんか」
スウェルはぼんやり虚空を見つめ、またセイニィに話しかけ始めた。
それを見て、ヴィオラはため息を吐いた。
「折角、スウェルとふたりで旅行だと思ったのに……」
この二人は軽い旅行のようなつもりでこの島に来たらしい。まさか十二星華と話がしてみたい、なんて理由だったとはつゆ知らず、付き合わされたヴィオラは、がっくり肩を落とした。
「そんな事よりさー、ヨサークに報復にいかないのか?」
もぐもぐしているセイニィに、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は話しかけた。
「てっきり留守番なんて放ったらかして、向かうかと思ったのに……、意外と律儀なんだな」
そんな事を言われて、セイニィはふんと鼻を鳴らした。
「どうせなら、あいつらがあのオッサンに挑むのを待った方が、得だと思っただけよ。余計な手間がはぶけるじゃない」
「なかなか考えてんじゃねーか、何かする時は私にも声かけてくれよ、すぐに駆けつけるぜ!」
ミューレリアは親指をおっ立てて、ウインクしてみせた。
「ああ、そうそう、この前ヨサークのとこに情報を集めに行ってたんだぜ」
そう言うと、彼女はセイニィに得た情報を話し始めた。
まず、ヨサーク側の兵力が、ざっと300人ほどいる事。それから、大空賊団の現在地、ミューレリアがいた時はカシウナに駐留していた事。そして、ヨサークの傍に寄り添う十二星華を名乗る妖しげな女……、ザクロの事を。
「十二星華のザクロ……?」
ザクロの名前に反応し、セイニィが怪訝な顔をした。
「ああ、襲撃からしばらくはヨサークと一緒にいたみたいだけど、いつの間にかカシウナからいなくなってたんだぜ」
セイニィのいわく言いがたい表情に気が付き、ミューレリアは尋ねてみた。
「そう言えば、同じ十二星華だもんな。知り合いなのか?」
「知り合いって言うか……、あいつもティセラに協力してる一人だけど。でも、なんでこんなところに……」
「へぇ、そうなのかぁ……」なんとなく相づちを打って、ミューレリアは目を見開いた。
さも当然のごとく言うセイニィだが、それは一般人には知られていない情報である。ティセラに協力してる……、と言う事は、ザクロがヨサークに協力しているその思惑はやはり……。
ミューレリアが固まっていると、その隙に毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)がセイニィに話しかけた。
セイニィは大佐を一瞥すると、眉間にしわを作った。その胸に輝くヴァンガードエンブレムに、彼女はろくな思い出がないのだ。こんな島にまで来るなんてご苦労な事だと、拳をぱきぽきと鳴らし、威嚇し始めた。
「のこのこ顔を出すなんて良い度胸してるわね……」
「ああ、これか。違う違う、拾ったのだよ」
大佐はエンブレムをぞんざいに放ると、持参したお菓子や飲み物を広げる。
「前々から、セイニィと話をしてみたかったのだ。なあ、趣味はなんだ? 好きなものとかあるのか?」
放り投げられたエンブレムを見つめ、セイニィは質問に答え始めた。
「趣味ねぇ……? 飛空艇に乗ってどっか行くのとか、好きかも……。好きなものは……」
そう言いかけて口をつぐむ。なにやら頬が赤く染まっているのに、大佐は気が付いた。
「べ……、別に何が好きでもいいでしょ」
「秘密にするような質問じゃない気がするのだが……、なにか恥ずかしい事でもあるのか……?」
まさか、クマさんのアップリケのような『可愛いもの』が好きだとは口が裂けても言えず、彼女は黙り込んだ。
「まあ、追求はしないでおこう。ところで、ティセラやパッフェルと行動しているようだが、家事は誰がやってるんだ?」
「家事? パッフェルがやってるけど……?」
どうしてそんな事を知りたがるのだろう……、セイニィは不思議に思いながら、お茶に口を付けた。
「そうか。……で、我の花嫁にならないか?」
そして、セイニィは盛大に茶をふいた。
「げほっげほっ。なんかお見合いみたいな質問だと思ったら……、あんたそっち系だったのね」
「そう言う意味で言ったのではないが……、しかし、性別なんてどうでもいいではないか」
しれっと言うと、ここから真面目な質問をし始めた。
「星剣と通常の光条兵器の差を知りたいのだ。出力か、設計か? それとも何かしらの概念や加護が存在するのか?」
「よくわかんないけど、設計の差じゃないの?」
「設計か……。では、星剣みたいに特殊な能力を発動させるにはどうすれば良い?」
セイニィは小馬鹿にするように笑った。
「あんた達のちんけな光条兵器と一緒にしないでよね。星剣は特別な武器だから、特別な能力があるのよ。普通の光条兵器に能力を与えるなんて、できるわけないでしょ」
◇◇◇
「そろそろ、私の相手もして欲しいな、セイニィ」
瓦礫の上に腰掛け足を組み、シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)が言った。
彼女は背徳者を支援する背徳者、ここにいる生徒たちの中でも一際異彩を放っている。そんな彼女が口を開いた事で、生徒たちの間にわずかに緊張が生まれた。セイニィとシャノン、この二人は一体なんの会話をするのだろうか。
注目の集まる中、シャノンは重々しく口を開く。
「好きな恋人のタイプはなんだ?」
セイニィは再び盛大に茶をふいた。困惑した顔で、シャノンをまじまじと見つめる。
「なんで急にそんな話をすんのよ。そんなキャラじゃないでしょ」
「たまにはこんな話でもして、親交を深めようかと思ってね」
シャノンはまったく態度を変化させず、極めて冷静に言葉を続けた。
「ああ、そう……って、なんで私がそんな事を教えなくちゃならないのよ」
「ふむ……」シャノンは推理を始めた。「やはり、ティセラのようなタイプかな?」
「な、な、何言ってんのよ。なんでティセラが出てくんのよ」
興奮し始めたセイニィを見て、シャノンは薄く笑う。図星だな、と思った。
「君達の仲は良いらしいからな。ところで、ティセラと言えば、一つ確認しておきたい事がある」
シャノンは目を細めた。ここからが本題のようだ。
「……蛇遣い座の十二星華について教えてもらえないか?」
以前、ティセラとパッフェルは昔からの友人であると、セイニィは発言したが、蛇遣い座には触れなかった。だが、『十二星華プロファイル』によれば、蛇遣い座がティセラの仲間の可能性が高いという。
「このズレが示すのは、蛇遣い座は外部の存在であると言う事。では、何故、蛇遣い座は君達に協力している?」
「……そんな事知らないわよ。エリュシオンからなんかついて来てんのよ、あいつ」
セイニィは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
「あまり仲は良くなさそうだな……」
「なんなのよ、あいつ……、ティセラにべったりくっ付いて……、むかつく……!」
「ふむ……、あの二人の仲が良いのは事実と言う事か」
「はぁ? 仲良くないわよ!」
むっとして立ち上がる彼女を見つめ、シャノンは再び推理を始めた。
「……もしかして、蛇遣い座に取られたティセラの気を引きたくて、女王器探しを手伝っているのか?」
「……う」セイニィは言葉を詰まらせる。
とその時、瓦礫の影からシャノンの契約者、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)が現れた。
「うー、敵がいないよぉー」
襲撃者に備え、隠形の術で身を隠していたのだが、あまりにも平和過ぎるので出て来てしまった。
「暇だよぉー、胸をかっ捌いて、はらわたを引きずり出したりしたいよぉ」
「マッシュ、あまり他所でそんな事を言うものではない。善良な生徒諸君がひいているではないか」
シャノンのお説教を受けていると、ふと、何か接近する気配を感じ取った。
「敵!」喜々とする彼だったが、敵ではなかった。
「あの……、遅れてすみません」
やって来たのはシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)と、そのパートナー達だった。
数日前に電話で話していたシャーロットとセイニィ、その際にセイニィは彼女から気になる話を聞いていた。
「この間電話で言ってた事だけど……、ティセラが洗脳されてるって、本当なの……?」
ポツリとこぼしたセイニィの言葉で、生徒たちの間にどよめきが走った。
「いえ、皆さん、誤解なさらないで下さい。あくまでも、その可能性がある、と言う事だけです」
シャーロットは説明する。
「5000年前のティセラと現在のティセラで、あまりにも印象が違うものですから……、もしかしたら、その可能性もあるのではないか、と危惧しただけです。具体的になにか証拠があるわけではありませんよ」
「……でも、それほど気にするという事は、何か心当たりがあるの?」
小さな機晶姫霧雪 六花(きりゆき・りっか)は、シャーロットの肩の上から尋ねた。
「……別に心当たりってわけじゃない。……でも、たしかにティセラは変わった」
「昔はアムリアナ女王を崇拝してたって話だもんな……」
呂布 奉先(りょふ・ほうせん)はそう言うと、素朴な疑問を口にした。
「そういえば、ティセラはいつから変わったんだ?」
「……え?」思わず聞き返す。
そんな事をセイニィは考えた事もなかった。でも、いつからなのだろう、よく思いだせない。
「想像で議論するのはやめにしましょう」
セイニィが言葉に詰まってるのを見て、シャーロットが流れを断ち切った。
憶測で議論しても、それは憶測の域を出ないと判断したのだろう。それよりも、今するべき事がある。ヨサーク空賊団から女王器を奪取する計画を組み立てる事だ。そちらのほうが幾分発展的に思える。
「彼らから白虎牙を如何にして奪うかですが……、どうしました、セイニィ?」
しかし、セイニィはふらりとどこかへ歩き出した。
「悪いけど、先に始めておいて、ちょっと温泉に入ってくる……」
去り際にポツリとセイニィが呟くのを、シャーロットは聞き逃さなかった。
「蛇遣い座の女……、あの女と一緒にいるから、ティセラはおかしくなったんだ……」
セイニィの背中を心配そうに見送り、奉先が口を開いた。
「……なあ、もし仮に。あくまで仮にだぜ。ティセラが洗脳されているとしたら……、セイニィはどうなんだ?」
「どう……、と言われましても、それが事実ならお辛いでしょうね」
「そうじゃなくて……、セイニィは洗脳されてないのか、って話だよ」
奉先は少し怒ったように言った。出来ればただの杞憂であって欲しい、そう彼女は願った。
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