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第六章 ガディアスとの邂逅、そして追跡

「敵の数が増えてきましたね……」
 轟雷閃を放ち、通路に立ちふさがるテロリストたちを沈めていく優斗。
「厄介ですね……」
 優斗の隣にいた公明も、愚痴を零す。
「それだけ、ガディアスに近づいてきたってことだと思うぜ!っと――」
 永谷は、剣を振り回してきたテロリストの喉にブライトスピアを突き刺す。
 ピクリともしなくなったその身体からブライトスピアを引き抜くと、そのままぐるんと振り回して、周囲に群がってきているテロリストを威嚇する。
 ガディアスを追ってきた優斗、公明、透乃、泰宏、陽子、永谷の六人は、優斗の使い魔であるフクロウに導かれ、地上五階までやってきた。
 フクロウが示す部屋までもう少しなのだが、上に行くに従って、敵が多くなってきている。このままでは、ガディアスのもとへ着く頃には、満身創痍になっている可能性が高い。
「すごいね……わくわくするよ……」
 そんな不利な状況にも関わらず、戦いを楽しんでいるのが、透乃であった。突き進んでくるゴースト兵に脅えることなく、相手の攻撃を捌き、隙を見つけては恐ろしいスピードの左拳を連続で叩き込む。
「左を制するものは世界を制す。 バ〜イ、きりさめとーのっ!」
「透乃ちゃん、相変わらず無双モードだ……。ただ、私が思うにその名言は既出かと」
 冷静にツッコミを入れながらも、泰宏は透乃の背中を守っている。ディフェンスシフトで強化された彼の防御は、簡単には崩せない。
 ここまで来る途中、透乃の爆走のおかげで何度も彼女が無防備になることがあったが、そのたびに泰宏は自分を盾にしてきた。それほど強固なのだ。しかし、無傷というわけでもない。油断は出来なかった。
「う〜ん、ホントにこっちで正しいんでしょうか……。二、三人捕まえて確認しませんか? やっちゃん」
 テロリストの胸倉を掴んで、妖しい笑みを向ける陽子。
「いや、この敵の数じゃ突破するだけでも厳しい。援護してくれるヤツがいればいいんだが……」
「待たせたな!」
 不意に、敵の群れの奥から声がした。
 その場にいた全員が声のほうへと視線を向ける。
 瞬間、炎の渦が中空を走った――。
 この空間にある酸素を全て奪って我が身にせんとばかりに猛るその灼熱は、まるで怒涛のごとく敵に迫ると、その身を赤で飲み込んだ。
 焼き尽くされたテロリストやゴースト兵は、悲鳴や苦悶の声を上げたかと思うと、煙を上げて倒れた。
「おおっ! 思ったより倒したな。樹、褒めてくれ」
「おう。すごいすごい。でもまだ手ごわい敵もいるから、油断大敵だ。あと、セーフェル、あっちにいる人たちの手当てを頼んだ」
「わかりました」
 言うと、泰宏のもとへ向かい、天使の救急箱で治療を施す。
「打たれ強さに自身があっても、あまり無理しちゃだめですよ」
「おまえら……」
 図らずも、泰宏の思った通りになった。
 苦戦していた六人の前に現れたのは、和原 樹(なぎはら・いつき)フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)の三人だった。
「露払いは俺たちが何とかしてみせる。まぁ見てて!」
 樹は、起き上がったゴースト兵の群れへと手を伸ばす。小さく呪文を呟くと、掌上から光球がゴースト兵へ一直線に飛んでいく。
 光球が当たった瞬間、そこを中心にして染みが広がるように、ゴーストの身体がドロドロに溶解し、消えていく。
「ふむ。我もがんばらなくてはな」
 樹の活躍を見て、フォルクスも魔法を唱える。
 途端、ゴースト兵の頭上に電撃が落ちた。閃光を放って床を焦がすそれは、人間ならば脳が沸騰するほどの電圧であることは誰の目にも明らかだった。
 魔法で、二人は敵を文字通り葬っていく。
「迷える亡霊に、安らかなる眠りを……なんて言ってみたり」
「樹萌え〜! ハァハァしてしまった。今晩――使わせてもらうぞ」
「……何に?」
 ふざけた会話を交えながらも、敵の全滅へと導いていく。
「よし、道は開けた。みんな、ガディアスを追ってくれ!」
「ああ。ありがとうございます!」
奥の部屋へと走っていく六人。
 樹たちは彼らを見送ると、残ったゴースト兵に目を戻す。
「結構こいつらしぶといな。騒ぎを聞きつけて援軍とか来そうで怖えー」
「『この事件が解決したら、我は樹と結婚するんだ……。邪魔はさせん』とかこういう状況で言ったらロマンチックではないか?」
「フォルクス、さっきみたいなセクハラ発言は許すけど、そういうセリフはネタでも言うなよ」
「ん、どういうことだ?」
「この世の中には、死亡フラグという言葉があってだな……」
 フォルクスにアクションジャンルでの言動マナーを講義しようとしたが、
「つまり、『よぉ、姉ちゃん、一人? 暗い夜道はあぶないからな〜。俺が送っていってやるよ。けけけっ!』って男は大体痛い目に遭うか死ぬでしょう? それと同じですよ」
 セーフェルが演技を挟みつつ補足を繋いだ。
「……セーフェル、そんなセリフどこで覚えたんだ?」
 ぽかーんとして樹が尋ねる。
「……一人の時に、変なドラマとかアニメでも見たのか? もしや、寂しさを紛らわせるために?」
「ふ、二人とも、敵の援軍が来ますよ!」
 フォルクスの追及に動揺を隠せなかったセーフェルが震えた声で誤魔化す。本当に敵は来ていたが。
 三人は新たに現れた敵に、すかさず身構えた。
「いきます――ええいっ!」
 セーフェルが杖を振ると、氷術を発動させた。
 氷刃が現れ、向かってきたゴースト兵たちを切り捨てていく。怯んだその大群に、フォルクスが再びファイアストームを叩き込み、弱ったところで樹が光球でゴースト兵を消し去る。
「樹、バラの花束だ。使うがいい」
「ふぅ、お、ありがと」
 回復した樹は、後続の敵軍へ、つるべ打ちの光球を放つ。
 激しい衝撃音の後、敵は完全に消えていた。
「我への愛も、このぐらい激しければよいのだが……」
 全滅させたところで、フォルクスが苦笑して呟いた。


 砦の最深部。地上五階の会議室へと乗り込んだ優斗、公明、永谷、透乃、泰宏、陽子。
 ドアを蹴破って先に入った永谷は、風を切る音に反応して横へ跳ぶ。
「ちっ、はずしたか……」
「くっ、お前が、ガディアスか……」
 彼らの目の前にいたのは、長身の男。全身から暗そうな雰囲気を醸し出しているが、それはおそらく、肩まで掛かるロングヘアのためだろう。整った鼻梁の上に鎮座する左右の目は、激しい憤怒と、堅硬なる志が宿っている。
 この人物こそが、ガディアス・グリオールだった。
「ノックもせずに入ってくるなんて、ずいぶん不躾じゃないか……」
「テロなんて卑怯なことするヤツに、躾とか言われたくないっ!」
 ブライトスピアを構え、突進していく永谷。穂先を揺らめかせながら、虚実を使い分けて足に突きを放つ。しかし、なかなか当たらない。
「こんのおっ!」
 力んだまま、スピアを振り上げる。わずかだが、そこに隙が生まれた。
 低姿勢のまま、ガディアスは永谷の前にステップインすると、剣の柄を顎に叩き込んだ。
「ぐっ――」
 苦悶の声の後、永谷は仰向けに倒れた。
「つ、強い……」
 優斗が、恐れを口にする。何か対策を講じようと頭を回転させたとき、傍にいた人影が動き出していた。
「いっくよ〜!」
 透乃の言葉と共に、泰宏が床を蹴った。
 誤字ではない。“泰宏”が、床を蹴ったのである。
 戦う気満々の発言をした本人はというと、距離を詰める泰宏の背中に隠れて移動している。
 実は、これが彼らの作戦である。
 ディフェンスシフトで強化された泰宏が盾となり、隙を突いて透乃が攻撃を加えるという戦術なのだ。
 剣を引き抜き、泰宏へ袈裟切りを浴びせるガディアス。
 対する泰宏は、かわすことなど考えていない。ただ透乃を守るための盾になればいい。
 剣戟を受け後ずさる泰宏。その彼の肩を、踏み越える透乃。
「せえええええいっ!」
 則天去私が、ガディアスの顔面に入った――はずだった。
 透乃の拳頭が叩く直前、ガディアスの姿が消えた。
 まるで古いビデオテープの再生画面のような、粗い残像を残して。
「うそっ!?」
 直後、横へと回避したガディアスの足が、透乃を吹き飛ばした。
 ゆるい放物線を描いて宙を舞い、そして――
 落下予想地点には、切り上げようとするガディアスがいた。
「逃乃ちゃん!」
 陽子は、すかさず凶刃の鎖を投げつける。
「何っ!?」
 射程外から飛来する刃はさすがに予想外だったようだ。反射的に弾いたことで何とか直撃は避けられたものの、透乃に止めをさし損ねた。
 ガディアスの喉元を逸れた刃は、彼の頬の上を滑って皮を破いた。
 鎖の脅威はこれで終わりではない。
 刃が弾かれた瞬間、陽子は手首のスナップを使ってガディアスの剣に鎖を巻きつけたのだ。
「ええい! 忌々しい!」
 剣を鎖の桎梏から解放しようと力任せに引っ張るも、そう簡単にはほどけない。
「今です!」
 声と共に、優斗の周囲の温度が急激に下がる。そして、円錐状の氷が現れ、その先端をガディアスのほうに向けた。
「行きなさいっ!」
 優斗の命令に従って、飛んでいく氷槍。
「なめるなっ!」
 対するガディアスは、自分の目の前に火術を展開させると、その氷を溶かした。急に沸点に達した氷は、ジュッ、という音をたてて水蒸気へと変わった。
「やってくれたね〜」
 透乃が走る。
 ガディアスの剣はまだ、捕らわれていたまま。まさに絶好の機会であった。
「必殺! 爆炎波!」
「くっ!」
 炎の拳を剣で防ごうとするガディアス。だが、その目論見は外れた。
 バリンという破壊音と共に、刃が真ん中から吹き飛んだのだ。
 弧を描いて、後ろの壁に突き刺さる。
「まずいな……」
 苦笑を浮かべるガディアス。言葉とは裏腹に、本当に危険を感じてはいない様子だ。
 まだ策がある、最初に気が付いたのは、公明だった。
「皆さん、伏せてっ!」
 公明の言葉とガディアスの光術は、ほぼ同時。
 部屋を照らし、その場の全員の目を眩ませたのだ。
「うわっ!」
 思わず目を逸らすメンバー。
 目蓋が光を感じなくなった頃に目を開けたときには、すでにガディアスの姿はなかった。
「逃げやがった……」
 ダメージから回復した永谷が、悔しそうに言う。
「彼は武器を失いました。向かうのはおそらく、武器庫でしょう! 急げばまだ間に合うはず! 行きましょう」
 公明の提案に誰も反対しなかった。


 テロリストの格好に扮した土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)が、一階の休憩室近くの廊下を駆け抜けていた。
 正確には、目の前のテロリストを追っていたのだが。
「な、何なんだよお前っ! 俺は味方だぞ! わかってんのかよ!?」
 その丸腰の男は、雲雀に向かって文句を言っているが、雲雀は追うのをやめない。
 男が曲がり角に差し掛かったその時、
 陰に待ち伏せしていた人物がホームランバッターよろしく、狼牙棒を頭にフルスイングして男の意識を場外まで飛ばした。
 そんなドラフト指名級の人物の名は、エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)。雲雀のパートナーである。
「よし。成功。あとは服をいただいてと」
「なんとかなったな」
 服を剥ぎ取るエルザルド。
 二人は、テロリストに成り済まし、監視カメラの破壊を行っていた。
 壊す前に、“侵入者が多くて対処しきれない、至急応援を頼む”と言い放って、現場を混乱させる。そして、その混乱に乗じて挟み撃ちを敢行し、服をゲットする。
 最初はこんな感じで動いていた二人だったが、そのうち、管制室の放送機器を使えばもっといいことができるとエルザルドが提案したため、それを実践することになった。
「とりあえず入口まで戻ろう。まだ気絶程度で済んでるヤツがいるかもしれないから、そいつに管制室の場所を訊こう」
「こいつに訊けばいいじゃねーか」
「あ、だめ。しばらく目を覚ましそうにないし……」
 言い捨てると、エルザルドは入口に向かって歩き出した。雲雀も続く。


 雲雀たちが入口に戻ると、まだリカインたちが残っていた。
 クレアたち三人は、ガディアスを追い始めていたため、もういなかった。
敵はいない。情報を集めて戻ってきていた一輝が床に押さえ込んでいるテロリスト以外は。
「おい、おまえが今言ったことは全部本当なんだな?」
 底冷えするような声で、テロリストに凄む一輝。
「あ、ああ。そうだ。隠し部屋の情報は全部話したよ。だから許してくれえ……」
「ま、いいか」
 大体の情報を聞くと、雲雀が近づいてきた。
「あの、一輝殿、管制室の場所とかわかりますか」
「わかるぜ。教えるよ。管制室を押さえるのか?」
「ええ。まぁ。情報撹乱するのなら、そっちのほうがいいと思ったのであります」
「……なら、お前らに頼もうかな」
「と、言うと?」
「いや、館内放送で構造とかの情報流して欲しいんだよ。銃型HCで集めた情報を流そうと思ったんだが、今回、持ってきてるやつが少なくてさ」
「なるほど……わかったであります!」
「助かるぜ。恩に着る」
 どこかで見つけたのであろう、ノートを開いて今まで集めた情報を書きこんでいく。
「ほい。んじゃよろしく!」
「承知いたしましたであります」
「それじゃ行こうか。雲雀」
 雲雀とエルザルドは、二階へと向かっていった。


「まだ息があったか! えいっ!」
 入口の見張りをしていたシルフィスティは、視界の隅で動き始めたテロリストを発見し、星輝銃の引き金を引く。
 そのままテロリストは動かなくなった。
(ふう……。油断も隙もないわねぇ……)
 目の前にあるのは、テロリストの死体。見ていて気分のいいものではないが、援軍が来てしまっては自分の命が危ない。そのため、彼女は見張りを続けていた。
 そう。
 目の前にあるのは――死体。命が無くなって、動かない人間。
 ウゴカナイ――ニンゲン。
(うっ――)
 不意に、頭に痛みが走る。脳裏に焼きついたのは、返り血を浴びている自分。前に立っている男は、鏖殺寺院、とつぶやいた。
(なに――これ。フィス、鏖殺寺院に、協力、して、たの?)
 その場に崩れ落ちるシルフィスティ。すぐにリカインとルナミネスが駆け寄ってきた。リカインが抱き起こす。
「大丈夫!?」
「うん。ちょっと、昔の記憶みたいなの見て、戸惑っちゃっただけ」
 寂しそうに苦笑を浮かべるシルフィスティを見て、リカインはぎゅっと両腕で掻き抱いた。
「安心して。私もルナミネスもいるから」
「あ、ありがとう……」
 リカインの気持ちが、嬉しくもあり、恥ずかしくもある。
 頬を紅潮させて微笑むと、何やらダークなアイビームを感じた。
「じーーーーーー……」
 ルナミネスが、無表情でこっちを見ていた。
 ただの無表情ではない。鬼眼だ。
 シルフィスティは上手く力が入らなくなっている。リカインを独り占めされていることに嫉妬した彼女の、怨念の為せる技だろう。
(記憶と同じくらい怖いのが、こんな近くにいたんだっけ……)
「じーーーーーー……」
 シルフィスティの微笑が引きつり笑いになるまで、そう時間はかからなかった。


 地上四階の東端で武器庫を見つけたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、扉の傍に見張りがいることを確認すると、腹ばいになり、自分の愛用する銃を構えた。
 彼女が持つ狙撃銃は、ナイツアーマーメント社製のSR-25。アメリカ海軍の狙撃銃システムの手本となったそれは、長距離暗視スコープと、フラッシュサプレッサーというオプションがついていた。銃口には、サイレンサー代わりに底を取り払ったペットボトルを付いてあり、かなり物々しいフォルムになっていた。
「敵は二人ね……」
 重量感とひんやりした感触が、銃杷越しに伝わってくる。
 息を吸い、止める。
 スコープを覗き、狙いを定め、そして――
 乾いた音と共に、7.62×51mm弾が見張りの眉間を貫いた。
「おい! どうした!」
 駆け寄るもう一人。
 だが、次の瞬間、彼も狙撃され絶命した。
「見張りはやったようだな。では、武器庫へ向かおうか」
 後ろで成り行きを見守っていたグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が武器庫へ向かうよう指示する。ハールカリッツァ・ビェルナツカ(はーるかりっつぁ・びぇるなつか)今川 仮名目録(いまがわ・かなもくろく)もそれに続く。
 ガディアスを追って探し回っている優斗たち六人に偶然会ったローザマリアたちは、チャンスとばかりに武器庫で待ち伏せすることにしたのだ。
「罠の準備、完了しましたー」
「わかったわ」
 ドアから外を確認していたローザマリアが、ハールカリッツァの報告を受けて、次の指示を出す。
「照明壊しちゃっていいわ」
「はい」
 短く返事を返すと、ハールカリッツァは弓型光状兵器で蛍光灯を破壊する。武器庫の中は暗闇に覆われた。
(そろそろかしらね……)
 三度目に二酸化炭素を吐き出したとき、姿が見えた。
「来たっ! ライザ、準備はいいわね?」
「任せるがよい!」
 部屋の中ほど、木箱の陰に隠れていたグロリアーナが親指を立てる。
 僅か後、ドアが軋む音がした。ガディアスが入ってきたのだ。すぐさま壁に手を這わせ、照明のスイッチを押すが、部屋は暗いままだ。
 一瞬だけ何か考えたような顔をしたが、すぐに歩き出す。つまり、ガディアスの背中は、入口のほうに向いている。
 ――言い方を変えよう。
 ガディアスの後ろには、グルカナイフを振り上げて肉薄するローザマリアがいた。
「っ――」
 気配を感じ取られないよう、忍び足で近づいたつもりだったが、ガディアスには効かなかったようだ。すぐさま彼は身体を反らし、斬撃をかわす。
 そこで、新たなる危機が木箱の陰から躍り出た。
「何だとっ!」
 ガディアスが見たのは、真紅の大剣、BLOODY MARYを振り下ろす、グロリアーナの姿だった。
 改心の一撃にはならなかったが、刃はガディアスの肩を捉えた。
「ぐっ――」
 痛みを感じ、ガディアスは短く声を上げる。
 暗くてよく分からないが、ダメージを受けたようだ。
(いつの間に――)
 素早い敵だ、と心の中で思う。そう、ガディアスはローザマリアとグロリアーナを同一人物だと勘違いしている。
 瓜二つの姿を利用して相手を翻弄する。これこそが二人の狙いだった。
 二人の迫撃は止まない。決して決定打が当たることは無いが、確実に二人が押していた。
 暗闇で視界が悪い上、武器も破壊されている。かといって魔法を使う隙を与えてくれるわけでもない。
 丸腰という状況に、ローザマリアの作戦。ダメージとは違った意味で、ガディアスは追い詰められていた。
「今よ! カナ!」
「おいでやすぅ――南無大師遍照金剛」
 仮名目録のおっとりとしたセリフの後、オレンジ色の火が灯った。
 着火地点は、床。
 厳密には、ガディアスの立っている位置を円で囲むように置かれた、火薬――
 部屋に入った後、ハールカリッツァが仕掛けていたのは、この罠だった。
「伏せてっ!」
 攻撃を止めたローザマリアの声。数瞬後、地響きにも似た轟音が訪れた。
「ぐっ――」
 爆風で壁にぶつかるガディアス。そこに、
「心配無用、今冷却してしんぜようぞ――アルティマ・トゥーレ!」
 BLOODY MARYから冷気を飛ばすグロリアーナ。
 追撃を受けて、そのまま地面に崩れ落ちた。


 数分後、ハールカリッツァと仮名目録が、ガディアスを縄で縛っていた。ローザマリアとグロリアーナの二人は、ガディアス捕縛を報告しに六人を探していた。
「ふっ、まさか双子トリックだったとはな……こんな衝撃を受けたのは、綿流し編や目明し編以来だ……」
 ボロボロになったガディアスは、苦笑いを浮かべる。
「なんでテロリストのリーダーがかなり昔の同人ゲームなんて知ってるんでしょう……」
「あれは有名になったさかい、不思議でもないですわぁ」
 立つと、入口のほうへ向かう仮名目録。二人が戻ってきたかどうかを確認しようとしていた。ハールカリッツァも心配そうな顔で入口を眺める。
 その切なそうな表情を見たガディアスは、少しだけ口端を歪めると、独り言のように言った。
「ふふっ、やはり双子だけあって、信頼しているな。君のことなど、どうでもいいのだろうな……」
「……なに言ってるんですか?」
 いきなり語りだしたガディアスの意味が分からず、縄を縛ることを止めて会話を始めてしまう。
「ホントのことだと思うぞ。じゃなきゃ俺みたいな危険なヤツの見張りなんかさせないだろ?」
「っ――黙りなさい!」
「気にしないでくれよ。これは俺の独り言なんだから。あ〜あ、にしてもあの二人、ひどいよなぁ。せっかく危ない火薬まで扱わせたのに、こんな仕打ちをするんだから……」
「!?」
 目の前の男の言い分にも、一理ある気がした。
 なぜ、私を、連れて行ってくれないの――
 一匙ほどの疑心が混ざっただけで、気にせずにはいられなくなる。神妙な面持ちで、入口をずっと凝視する。そこにはただ仮名目録が佇んでいる。
 まだ、帰ってこない――
 いつの間にか、縄を結う手からは意識が逸れていた。
「ぐっ――」
 身体に異変を感じたのは、突然だった。
 緩くなった縄をほどいて、ガディアスがハールカリッツァの腹部に拳をめり込ませていた。
 痛みのあまり膝をつく。
 そんなハールカリッツァを見下ろして、ガディアスが嘲笑を浴びせる。
「ふっ、はははははっ! 思ったとおりだ。お前、執着心強いだろ? 普通のヤツなら見抜けなかっただろうが、俺にはバレバレだぞ。あの二人、もしくはどっちか、よっぽど好きなんだな。くくくっ」
 散々馬鹿にすると、壁にかけてあった長剣と曲刀を取り、歩き出す。。
「あらまぁ……ようやってくれましたなぁ……」
 仮名目録が立ちふさがる。
「そこをどいてもらおうか……邪魔をするならば、斬る」
「私は仲間を傷つけた相手は許しまへんどす。意地でもあなたを止める。それが私、今川仮名目録。とある駿河のインデックスですのや」
「ふっ、ならば俺が、“そげぶ”してやろう」
「やれるもんなら――やってみなはれ」
 手をかざすと、仮名目録は一気に呪文を唱えた。
「第八条 一 喧嘩之事、理非を論ぜず、両方共死罪に行なうべしっ!」
 自分の身体――つまりは書に書かれた一文を唱える。魔法を使う上で特に意味はないのだが、怒りがエネルギーに変わる気がしたので唱えた。
 手から炎弾が放たれる。敵を焼き滅ぼさんと迫るそれは、計十二発。
「ふんっ――」
 だが、ガディアスは剣で鮮やかな軌跡を描くと、その全てを二つに両断した。床に落ちた二十四の小炎は、しばらく燻り続けると、やがてふっ、と消えた。
「そんな――」
 圧倒的強さを見て震える仮名目録。さっきまでの優勢が、まるで嘘のようだった。
 ぶんっ、と剣を振ると、今度は仮名目録目掛けて走ってくるガディアス。
 瞬時に距離を詰めると、凶刃を頭上に振り下ろそうとする。
「ぐぅあっ!!」
 声を上げたのは、仮名目録ではなかった。
「はぁ、はぁ、うっ、逃がさない――ですよ……」
 荒い息を混じらせ、顔に脂汗を浮かべていたのは、後ろにいたハールカリッツァ。
光状兵器で、ガディアスの大腿部を狙い撃ったのだ。
「ええい! くそっ……」
 足を引きずりながら、ガディアスは逃げていった。


 ハールカリッツァが目を覚ましたのは、それからしばらくのことだった。
「うっ……ここは……」
「ようこそ。“死んでたまるか戦線”へ」
 目の前には、小ネタをかましながら自分を膝枕しているローザマリアがいた。
「カナから聞いたよ。がんばったんだって?」
「えっ、で、でも、ガディアス逃がしちゃいましたし……私のせいで」
 ハールカリッツァは、事の経緯を話した。
「そっか……」
「ごめんなさい……」
 ハールカリッツァの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
 そこに、黙って話を聞いていたグロリアーナが
「私の体は、確かに、女の華奢な体である。しかし、その心と胆力は王者のものであり、それゆえ、イングランド国王そのものである」
 かつて昔、自分が語った言葉を紡ぐ。
「――だから、わらわは、いや、きっとローザもカナも、仲間であるそなたを見捨てたりはしない。傷つけない。どんなことがあろうと、必ず守るだろう! このことを肝に銘じよ!」
 後からのセリフはかつて自分が言ったことではないが、グロリアーナの本心である。
 ヒロイックアサルト、『Elizabeth The Golden Age』。
 敵には恐怖を、味方には激励を与えるこの技は、今のハールカリッツァには効果覿面だった。
「ありがとう、ございます」
 目尻を指で拭うハールカリッツァ。
「さぁ、ハルカ、敵がこの武器庫を奪還しにくるかもしれないから、油断しちゃだめよ!」
「はいっ!」
 晴れ渡る笑顔からは、迷いが消えていた。