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リアクション
第5章 直線と説得
「ちょ、ちょっと皇先輩。ホントにこのまま鳴動館ってとこに向かっちゃうんですか?」
グイグイと大股で歩く皇彼方(はなぶさ・かなた)の右に左にとまとわりつきながら、滝沢 彼方(たきざわ・かなた)は声をかける。
「向かう」
皇彼方は前方だけ見つめて顔も動かさない。
「……被害者であるテティスさんに事情を聞かずに? どうやって事件を解決するんですか? テティスさんに会うのが一番最初だと思うなぁ。それでも向かっちゃいます?」
「向かう」
「まさか現場さえ見れば捕まった当時の状況くらい一目瞭然とか考えてるんですか? いや、難しいと思うなぁ、オレ。やっぱり、向かっちゃいます?」
「向・か・う!」
むしろドスドスと歩く速度を上げる皇彼方。
滝沢彼方はポリポリと頭をかき、すこし迷った末に再び口を開いた。
「あー……そう言えば小谷先輩と皇先輩、地球に居た頃同じ学校だったそうですね。その辺で何かテティス先輩を怒らせる様な事したんじゃないですか……?」
「――そりゃたしかに小谷と話したし、鳴動館行きの相談はしたけどな。なんでそれでテティスの機嫌が急に悪くなるんだよ? 俺、悪くないぞ!」
「……本気で言ってます?」
「何が?」
滝沢彼方は大仰にため息をついてみせた。
「わたくしの彼方さんと同じ名前ですからさぞ芯の通った方なんでしょう、と思ってましたら。あらあら。女の子を泣かせる様では戦士としてはどうだか分かりませんけど――男性としては駄目駄目ですわね」
滝沢彼方と皇彼方のやりとりを見ていた、フォルネリア・ヘルヴォル(ふぉるねりあ・へるう゛ぉる)があざけるような笑い声を上げた。
「わわわわわ、だ、ダメですよっ、フォルネリアさんっ! は、皇先輩はテティスさんが心配だっただけなんですよね?」
リベル・イウラタス(りべる・いうらたす)が慌てた様子で取りなす声を上げる。それをひょいっとかわしておいて、フォルネリアは続けた。
「知らないんですの皇先輩。女性を悲しませた時点でその男性に正義なんて無いものですわ。これは世界の常識ですわよ?」
「う、でも正義というのは一元論で語れる物では……うう、フォルネリアさん、目が怖いです……何でも無いです」
「な、なんだよお前! だいたいテティスは悲しんでなんかなかったぞっ! なんか怒ってたけど!」
「呆れたっ!」
皇彼方の言葉に、フォルネリアは柳眉を逆立てる。
「そんなことにも気がつけないなんて――こーの、甲斐性無し」
「根性無し」
「意気地無し」
「度胸無し」
「だからっ――」
「男の言い訳は見苦しいというものですわ。おまけに、言葉が軽くて吹けば飛びそうですのね。もう皇ならぬ花吹雪ですわ」
「あのなぁ!」
「あら、何ですか、そんな険しい顔をして? 今度は私を泣かせるつもりかしら、最低ですわね」
機関銃の如く自分に向けられたフォルネリアの遠慮無い言葉の銃弾に、皇彼方は「ぐぬぬぬ」とばかりに奥歯を噛みしめる。
「うう……我が主ぃ。フォルネリアさんが恐いです……少し止めてあげないと、皇先輩がかわいそうですよぅ」
リベルに取りすがられた滝沢彼方は、「しかたがないなあ」という顔で皇彼方の脇へと近寄っていき――
「だいたい、パートナーの笑顔も守れない様じゃクイーンヴァンガードの名前が泣きますよ、皇先輩。格好良い所見せて下さい。オレは貴方に憧れてクイーンヴァンガードになろうと思ったんですから」
フォルネリアに加勢した。
「あうあうあうー!」
涙混じりのわめき声を上げ、リベルは頭を抱え込んでその場にしゃがみこんだ。
「そもそもテティスの安全を考えてなるべくきな臭そうな事件からは遠ざけておこうと思っただけだぞ!? なんで怒られるんだよ?」
「だから――」
十六夜 泡(いざよい・うたかた)は皇彼方の胸ぐらを掴み上げ、
「――それが――」
グイッと自分の頭を背後に逸らし、
「――ダメだって言ってるんでしょうがーっ!」
ガッツーンと綺麗なヘッドバットを決めた。
「ななななな何しやがるっ!」
思いっきり赤くなった額を抑え、皇彼方がわめき声を上げる。
「……『調査現場に危険だから連れて行かない』? 『別の生徒に作戦の相談』をしたぁ? あなた、パートナーをなんだと思ってるの!? まぁ、テティスを大事に思っての行動なのかもしれないけど……それ、ちゃんと彼女に伝えたの!? ぶっきらぼうに言ったんじゃないでしょうね! まさか、自分の気持ちを伝えなくてもわかってもらえるなんて考えているんじゃないでしょうねっ!!」
「つ、伝わるだろ、 いつものことなんだから」
泡の勢いに、皇彼方は僅かに語気を弱めた。
その皇彼方に、泡はさらに右ストレートを一発。
「呆れたっ。十二星華の事件が云々言ってる割に配慮が足りないのよっ! 相手の気持ちを知るのが怖くて自分の気持ちは伝えず、自分の気持ちは言わなくても相手に理解してもらおうだなんて……都合が良いったら無いわっ」
「……」
何か堪える部分でもあったのか、皇彼方は顔を俯かせた。
「……ごめんなさいね、これでも泡なりに彼方さんの事を思っての行動ですので、どうか悪く思わないであげてください」
とてとてとてと歩み寄ったリィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)が、皇彼方の額と頬を気遣わしげにのぞき込みながら声をかけた。
「で、でも彼方さん――あ、滝沢彼方さんの方です」
くるっと振り向いた二つの顔に、リィムが慌てて言葉を足す。
「滝沢彼方さんのお話には私、賛成です。私としてはテティスさんを見張っている警備員さんが少し怪しく思えるんです。いえ、何の根拠もありませんが。でも、テティスさんって、常日頃から光条兵器を出しっぱなしにしてるんですか? 現場に倒れていたのはテティスさんだけかもしれませんが、逆を言うとテティスさんを気絶させ、発見者を装って罪を擦り付けた犯人くらいしか、光条兵器を見る機会ってないんじゃないでしょうか? ……まぁ、憶測にすぎませんが。でも、留置所に行ってみるのは、何か得られるんじゃないでしょうか?」
「ふむ。なるほどな」
リィムの言葉に何やら妙案でも思いついた様子でコクコクと首を振った後で、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は皇彼方の顔を見上げた。
「テティスは可愛いのう?」
「な、なんだよやぶからぼうに。今度は何言わせるつもりだよ」
皇彼方はすっかり警戒モードでカナタから顔を背けた。
「可愛いのう?」
皇彼方の顔を追って、カナタが回り込む。
「ま、まぁそういうふうに言う奴もいるよな」
カナタは、皇彼方に気づかれないように小さな笑みを浮かべた。
「その可愛い娘が冷たい牢にポツン」
ピクリと、皇彼方の肩が震える。
「両手両足を拘束されれば頼みの光条兵器は展開できず、武装の類はもちろん取り上げられるよのう」
カナタはそこで一端言葉を切って続けた。
「着ているものまで取り上げぬとは限らぬわなぁ」
ピクピクと、皇彼方がさらに肩を震わせた。
「うむ。その可能性は否定できぬ! あれだけ可愛い娘が無抵抗で転がっておるのじゃ。悪心を起こさぬものがいないと誰が断言できようのう!? 哀れテティス! なまじ人を惹きつける容姿などに生まれついてしまったがための悲劇っ!」
「か、かなたっ」
若干トランス気味に言い切ったカナタに、緋桜 ケイ(ひおう・けい)がたしなめるための声をかける。
その声に、くるりと三つの顔が振り向いた。
「ややこしいな……ええと、カナタ」
ガリガリと頭をかいてから、ケイは自分のパートナーの肩を叩いて指差す。
「あんた、滝沢って呼ばせてくれ」
それから、滝沢彼方を指差す。
「だから、あんた、皇な」
三人が三様に頷いた。
ケイはすっかり水を差されてしまったようにポリポリと頬をかいた。
「で、どこまで行ったんだっけ?」
「……」
一瞬視線を険しくしたカナタはすぐに次の算段に移り、皇彼方の顔を下から見上げた。
「テティスは可愛いのう?」
「ああわかったわかった!」
パッパッと何かを払うように皇彼方が手を振った。
「俺が行けば納得なんだろ? 行くよ! 留置所に行く!」
皇彼方の言葉には――逆らい続けるのが面倒くさくなったのではなく、単に照れを隠しているのだという響きが、確かにあった。
「とりあえず結果オーライって言っていいんだろうな、これ」
ケイは安堵のため息をもらした。
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「なんだ〜? お前さんがこっち来ちまってどうすんだ? それとも、事件とやらは解決したのか〜?」
「……いや、まだ……だけど」
テティスが入っていた牢の前で。
皇彼方は大谷地 康之(おおやち・やすゆき)の声を聞きながら、処理の追いつかない頭を抱えて牢の中を覗き込んでいた。
「ん? 念のため言っとくと俺はあんたの愛しいテティスじゃねーぞ。いきなり抱きつくなよ。つっても、鉄格子があるから無理だろうけどな」
身体のあちこちに小さなケガを作ったトライブは、牢の中でキシシシと笑ってみせた。
「テティスの身代わりになったんだよ、そいつ」
引き続き唖然とする皇彼方に、匿名 某(とくな・なにがし)が声をかけた。それで皇彼方の顔にやっと納得の表情が浮かぶ。が、すぐに次の疑問を視線で某に向ける。
「あー、俺か? 俺は――」
「ほら、こういう場合って真犯人が濡れ衣着せた相手を殺しに来るって展開もあるんだろ? そうなったらテティスがやべえと思ってさ〜」
「康之、あんまり変な事言うんじゃねえっての」
康之を制しておいて、某が皇彼方にちらりと視線を向ける。
「なっ! おい、テティスが狙われるのか!?」
皇彼方はガッと某の肩を掴んだ。
「可能性だ。外れてくれることを願ってるよ」
「ちょっ! あんたらそんな狙いでここにいたのかよ!? 勘弁しろよ? ただでさえ、事件がきっちり解決してくれねぇと俺このままブタ箱なんだぜ?」
「取り乱すなって。だから可能性だよ、可能性。大体、身代わりってのが想定外なんだよ……テティスの護衛をすればよかったから話は簡単なはずだったのに……これでテティスが狙われるようなら目も当てられねぇぞ」
「大丈夫だろ。身代わりになった事実を知ってるのはさっきまで牢にいた人たちだけだろうからなぁ。狙われるとすればここの牢だろ、きっと」
困惑顔の某に、あくまで気楽な様子の康之。
トライブの顔はまた一段階、げんなりと蒼ざめる。
「じゃあ、テティスは釈放されてるのか?」
「ああ。さっき大勢と一緒に外に出てったぜ?」
と。
拍子抜けした様子の皇彼方の携帯電話が、メールの着信を知らせた。
「心配無用みたいだぜ」
メールを見た皇彼方の顔から急に表情と熱が消えていく。
「見ろ、牢に寄ったのなんて――やっぱり無駄道だった」
彼にしては珍しく、皮肉そうな表情で彼方が携帯電話のディスプレイを見せる。
彼方をここまで引っ張ってきたメンバーが覗き込んだそこには――腕を組んで空京を歩くテティスと、誰かの後ろ姿の画像が表示されていた。
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