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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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1-02 鬣

 ここが夢の世界であるならば……
 道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は、上質な執事服を取り出すと、それをさっと身に着けた。さて、後は、夢なら夢で楽しみましょうかな……。
 ついでに、と。コタツ(!?)も現れた。
 道明寺は静かにそこに座ると、目の前に現れた茶を啜る。隣に座るイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)の前には、沢山のお菓子が。
 コタツはぐんぐんと伸びていく。
 向かいには、同じ教導団の迦陵(か・りょう)そのパートナーのマリーウェザー・ジブリール(まりーうぇざー・じぶりーる)がいる。
「無意識の世界。成る程Esの世界とは言い得て妙ですわね」
 マリーウェザーも、いつものゴシックドレスを纏う姿を想像すると、その通りになり、優雅に腰かけた。
 コタツはまだぐんぐんと伸び、骨としてゆらめいていた七人の哲学者達も、老いてはいるが威厳のある人の姿を取り戻し、衣を纏い同じくコタツの両側に付いた。
 そして、
「お兄様?」
 と、マリーウェザーが呼びかけてみる。その方向……コタツの上座には、黒崎天音(くろさき・あまね)の姿があった。
 天音も今はすでに、きちんとした薔薇学の服装をしている。
「ふふ、ようこそ。
 おや、君達の誰か、このようなコタツまで用意してくれたようだね。これで、ひとまずはくつろげそうだよ。お茶も、頂くとしよう。
 とは言っても、あまりゆっくりしていることはできないようだけれど……」
「お兄様、では拝聴させて頂くとしましょうか?」
 マリーウェザーが、興味深く講義を聴く可愛い生徒のように、問いかける。気持ちのいい呼び声だ。だが、その瞳はどこか心を見透かすようで悪戯でもある。
「そうだね、では」
 むぅ。あの女……妙に人の心に切り込んでくるような鋭さがある……注意せねば。あれ(女王器)の場所は近いのだ。……
 コタツから一歩出れば、そこは緩やかな川のようであるが、いつどこへ流されるとも知れぬ危険な夢と無意識の領域である。果てもなく、拡がる……
 パルボン殿。
 天音が密やかに呼ぶ。
 パルボン(ぱるぼん)殿。
 ナンヂャァ……?
 パルボン殿……もし、夢に迷ったときの為に、貴方がいつも身に着けている大切な物を、ひとつ預けて欲しいとねだっても? それを頼りに戻ることが出来るかも知れない。
 その語りは、珍しく心細げであり、願い事をするその表情もまたパルボンを喜ばせたようである。
 お前の欲しいのはコレか?
 ……火の機晶石、か。パルボンの手にあると聞いてはいた。かくも容易く渡すとは。しかし、これが夢の出入り口につながる物に……
「パルボン殿、いえ、パルボン」
 パルボンと天音のやり取りと打ち切って、入り込んできたのは、天音が注意した女マリーウェザーの呼びかけだった。
「MIA(※作戦行動中行方不明または戦闘中行方不明を指す)と聞いていましたが、こんな所で何をしているのです? パルボン」
「ウッ。オンナメ、ワシニムカッテ、ナニサマノツモリジャァ!」
 マリーウェザーはフン、と微笑し、
「MIAがKIA(※戦死)だったとしても問題ありませんよね」
「ナ、ナント。キ、キサマ、ワシヲ、ワシヲ……」
 一瞬、空間に波紋が生じたが、マリーウェザーは喚くパルボンを無視するだけで、何か行動に出ることはしないようだった。パルボンがマリーウェザーを罵る声も静まっていき、波紋が収まると空間はまた元のように戻った。
 道明寺は相変わらず、茶を啜っている。
 天音は、手中に現れた火の機晶石を、コタツの中にあるポケットにしまった。……く、あの女。邪魔をするつもりなのか。意図が読めないね。他に、他に手がかりになるものはないのだろうか。パルボン殿……パルボン殿?
 パルボンは、黙ってしまった。
 パルボンの姿は、今、何処にもない。パルボンはこの定まらない空間の中に散っており、パルボンの思念だけが辺りに漂っているようである。

 盲目ではないが、アルビノの為目を開けない迦陵に映る情景は、他の者の見る情景とは違って見えた。
 視覚による認識をしない彼女には、聴覚や嗅覚、それに触覚により強く訴えかけてくるものがある。
 皆には穏やかである筈のそこで、迦陵はおぞましくどろどろとしたものに包まれているように感じられた。息が詰まり、すぐに苦しくなってくる。
 すると、それが空間に反映されたのか、皆のいる空間のあちこちに、最初どす黒い斑点らしきものが浮かび上がり、それが何かの悪い病気のようにあちこちに転移し始めた。やがてそれが不気味な怪物の姿形となり、襲いかかってくる。
 殺気看破をしていた道明寺はすぐさま気付き回避すると、コタツを抜け出した。イルマも、続く。「玲、あっちの方に行ってみるどす。ほわほわ〜」
 マリーウェザーも立ち上がり、苦しそうにしている迦陵の手を引く。
「あ、待つんだ。君達、勝手に……何処へ行こうというんだい。この夢の世界で迷子になったら最後、戻れなくなるよ?」
 まずい。勝手に探されては。パルボンの夢を自由に行き来していいのは、僕だけの筈だよ……。
 天音も、立ち上がり、纏い着いてくる怪物を振り払う。(「いや、その必要はないか。これはパルボンの夢であり、欲望の現れか。ならば受け入ればよい」)
 天音を心配しつつ、大きなドラゴンの姿に変化して、上空を舞っていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)
「悪趣味な夢だ。こんなものに夜毎身を預ける者の気持ちなど……」
 夢の禍々しい極彩色の光を弾く、黒曜石の鱗。ルビーの瞳が輝いている。
「待て! 龍」
「お、だ、誰だ我の尻尾を引っ張っておるのは……」
 夢の中に来てからも、ずっと龍の姿を追いかけていた一条アリーセ(いちじょう・ありーせ)だ。
 ブルーズが巨大な龍の姿に変わっているのと真逆に、一条は龍を捕まえようと追いかける無邪気な子ども姿になっていた。
 孤独だったんだよね……?
「な、何? 孤独」
 一条の意識が、呼びかけたようだ。
 (女王器を守る)使命に縛られ、生きてきた……
「わ、我が、か? どういうことだ」
 すぐに女王器を手に入れて解放してあげるからねげへへ。
「女王器……!」
 一条の姿が、大人(現在)の一条に戻った。
 無いものを有ると考えるのは゛無明゛である……。一条の声が響いた。逆もまた然り、女王器は探さなくともそこにある……?
「女王器は僕のものだよ。君達には渡しはしない」
 馬鹿な、そんな筈はない。僕はあくまで、観察者として傍にありたいと願ったまでのこと。
 天音はそう思いながらも、パルボンから譲り受けた火の機晶石を掲げていた。
 夢が、火に包まれた。
 怪物達が焼けていく。古の哲学者達も、骨と化し、灰と化していった。迦陵、道明寺、一条らの姿もない。
「まずい、このままでは……全てが、消えてしまう」
 天音にも、火が燃え移った。
 ギャァァァァ
 パルボンの悲鳴が聞こえる。パルボン殿……いるのか? 天音が駆けて行くと、のた打ち回っているパルボンがいる。だが、パルボンには火が着いていない。
 パルボン殿……言った筈。もし、夢に迷ったときの為に、貴方がいつも身に着けている大切な物を、ひとつ預けて欲しいとねだっても? それを頼りに戻ることが出来るかも知れない。天音は、パルボンが今、たった一つ身に纏っている一枚の衣を剥ぎ取った。
「これが……?」
 それに身を包むと、不思議と熱さが感じられない。
「ギャァァァ。ア、天音……ソレハ、ソレハワシノモノジャァァ!!」
 全てを火が閉ざしていく中、天音を呼ぶ声が何処か別の場所から聞こえている。
 天音……天音……
 ブルーズか。
 何て?
「ブルーズ? 何て? 得たら……ね。
 僕には必要無いし、校長の手を経てミルザムに渡るんじゃないかな
 天音の心は、平常に戻っていた。
 天音は、目を閉じたまま、話を続ける。
「まぁ、僕は彼女が女王になるとも、なりたいだろうとも、思っていないけど……
 アムリアナ女王の復活に必要なら、顛末を見届けたいな。もしかするとパルボンの目的とは相容れなかったかも知れないね」
 そう、僕は、顛末を見届けたいだけだよ。観察者としてね。
 天音は目を開けた。
 天音は、ハヴジァ貴族の館の与えられた一室で椅子に座っており、そんなやり取りをブルーズとしていた。
 パルボンの姿はそこにはなかった。もともと彼が身を寄せた場所であるこのハヴジァ貴族館の何処にも、それに外の何処にも。
「自らの夢の世界に迷い込んでしまった男か……
 興味深い男だったけどね。パルボン」
 天音の手には、光の中から取り出したように白い輝きを帯びた外套のように見えるもの。
「マントか」
 五獣の女王器の一つである、麒麟の鬣(たてがみ)であった。