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温室の一日

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温室の一日

リアクション



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「おー。ひっさしぶりだなー、ケルベロス君」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は手をひらひらさせながら近づいた。
「ケルベロス君の世話をしに来たぜ! 餌の方は……タネ子ってやつの所へ取りに行く生徒が居るみたいだから、俺が行かなくても良いだろ? 
奴らがきっと持ってきてくれるぞ」
 ケルベロスに語りかける垂の横で、パートナーのライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が恐る恐る様子を窺う。
「花粉症、ひどいんだよね? 近づいて大丈夫かな? うわぁ……確かに鼻のまわりがてかてかしてるよ」
 いざとなったら光条兵器の「大傘」を発動させるけど……間に合うのかな…
 ライゼは不穏な空気を察していた。
「一緒に鬼ごっこをして遊びたかったんだけど……ちょっと無理そうだ。鼻、辛そうだし」
 垂は温室を見つめた。
(万が一……まんがいちにも、いくら待ってもタネ子ヘッドが届かない場合は、仕方ないから自分で餌を取りに温室に入るしかないよな。ケルベロス君の世話を引き受けたわけだし、な)

「──ケルベロス君、花粉症を治療してみましょう! 花粉症に効くと言われている漢方薬やハーブ、プロポリス、ヨーグルト、レンコンの煮汁などを大量に持参してきました」
 エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)はケルベロスに声をかけた。
「私は花粉症に罹った事は無いですけれど、病気の辛さならよく解ります。ケルベロスちゃん、大変ですよね……。でもでも、花粉症が治ったっていう方もいらっしゃるみたいですから、体質を改善すればケルベロスちゃんのも治ると思うんです! 私も本を読んで色々と調べて来ましたので、あれこれ試してみて一緒に乗り越えましょうっ」
「エルシー様……」
 パートナーのルミ・クッカ(るみ・くっか)が、切なそうな表情を浮かべた。
(お優しいエルシー様……。花粉症でしたら、うつる心配はありませんでしょうし、エルシー様はお気にされておられないようでございますけれど、矢張り体液が掛かってしまいましては不衛生でございますから……)
 ルミは何度も頷いた。
(差し出がましい行為かも知れませんが、お体やお召し物を汚す事の無いよう、わたくしが気を付けさせて頂きましょう)
「……あっ、エルシー様! あまり近づかれては……」
「えぇ? 何か言いました?」
「………」
 苦笑しつつ、ルミは首を横に振った。
「エルおねーちゃん、看病する気満々だもんね。ラビもお手伝いするのー」
 もう一人のパートナーラビ・ラビ(らび・らび)が、顔と言葉が合っていない、少し嫌々さが見えなくもない発言をした。
……本当は自分と遊んで貰いたい。
(いーなーケルベロス君。みんなにお世話してもらえて、おいしいタネ子さんも食べられて)
 ケルベロスに、ラビは少しだけ嫉妬心を覚える。
(ラビもおねーちゃんにお世話してもらいたいのー。あ、ラビがおねーちゃんをお世話するのでもいいよ? 至れり尽くせりがんばっちゃうんだから〜)
 口に出せない思いを抱えて、エルシーが既に始めていたブラッシングを手伝った。
「鼻が詰まったままじゃ折角の食事の味も良く判らないかもしれないし食べるのも大変でっしゃろうから、大きな鼻紙……は難しいので、肌触りのいいシルクのシーツを集めて持って来ましたどすぇ。鼻をかんであげますぇ」
 顔を寄せてくるケルベロスに、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は腕を伸ばした。
 だがその時。
 またしてもパートナーのティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)が──
「エリス、看病して芽生える愛は定番ですわよ。看病している女の子が少々無理矢理お手付きで手篭めに、な〜んて流れは古典的なレベルで定番ですわ。安心してケルベロスのものになってしまいなさい」
 突き飛ばした!
「ティアーっ! 懲りへんで又どすかっ! 流石にもう飽きた思てましたえーっ」
「純潔が散った時に花がぼとりと落ちるなんて伝説がありますわよ。タネ子の花収集の役に立てるじゃありませんの? ふふふっ」
「わ、わ、わたわたっう、うちかて普通の恋愛したいんどすっ」
 いきなりケルベロスの巨大な舌が、エリスの全身を舐めあげる。
「ひんっ、そ、そない舐められたら、えろぅ気持ちえぇ、ひうっ! ら、乱暴過ぎはあきまへん…!」
 泣きながら助けを求めるエリスを、ティアは鼻で笑っている。
 もう一人のパートナー邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)はと言うと。
 エリスの危機的状況は全く無視で。
「判りました。鬼道に伝わりし病魔退散の儀式をおこないましょう」
 怪しげな黒い粉を出して何かの儀式の準備を始めている。
 一体これから何を始めようと言うのだろう?

 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)はケルベロスのふこふこの毛の中へとジャンプした。
(やわらかい〜……)
 うっとりしながら、その暖かさに身をゆだねる。
「っと……、こんなことしてる場合じゃなかった。犬は一部分しか汗かかないから風邪を引いた時大変だよね。とりあえず、濡れている肉球と鼻をタオルで拭いておくね」
 そう言うと、くしゃみや鼻水が掛らない様に正面を避けて横に回った。
「早く元気になって欲しいな」
「そうじゃのう」
 同じく、赤城 長門(あかぎ・ながと)もケルベロスの鼻や目をぬるま湯で洗い始めた。
「花粉症は気力も体力も奪ってしまうけん……。せっかくじゃし、体も一気に洗ってしまおうかのう」
 ケルベロスの花粉症を緩和させてあげたい思いが強くなる。
「ツライけんのう、花粉症は……。スッキリしたら特性の飲み物を作るから」
「花粉症、そんなにひどいんですかぁ?」
 咲夜 由宇(さくや・ゆう)が声をかけてくる。
「確かに、温室の扉の位置に一番近いし、これじゃあ花粉も思いっきり吸ってますよねぇ」
「ここの植物達は特殊っぽいから……厄介な花粉症なんじゃろな」
 長門が笑って、持っていた予備のタオルを由宇に投げ渡した。
「えっ」
「一緒にケルベロスを綺麗にしてやろう」
「はいですぅ!」