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温室の一日

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温室の一日

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4.ケルベロスにタネ子を……に。

「まだですかねぇ? ……タネ子さんが来たら…ちょっと、おすそ分けしてもらってもいいですよねぇ? 早く来ないですかねぇ」
 由宇は温室の入り口を見た。
 人が出てくる気配は、まだ無い。
「もう少し、かかるんじゃないかのう?」
 温室の中にあったレモンバームと甜茶で、長門はお茶を作りながら言った。
「……うわぁ、良い匂いですぅ」
「レモンバームには抗アレルギー作用があるんじゃ。これを冷ましたら与えたいのだが……まだまだ足りないな」
「ですねぇ…私達から見ればめちゃめちゃ大きな鍋でも、ケルベロス君にとったらお猪口くらいでしょうかぁ?」
 長門はその間も、ミントの葉っぱをすって嗅がせたり、ネトルを使って丸薬を作ってあげたりした。
 由宇も手伝い、一緒になって世話をする。
「最後は蜂蜜じゃ。蜂蜜には殺菌作用があるから、これで喉の炎症も治まるじゃろう」
「完璧ですねぇ」
 二人が微笑みあっていた、その時。

 べくしっ。

 目の前の一匹から、くしゃみが発せられた。
「………っ!?」
 もう逃げられない!
 唾液、鼻水、色々なものが二人に向かって来る。
 まるでスローモーションのように宙を舞っている──
 観念して目を閉じようとしたと由宇と長門の目に、光条兵器の「大傘」を発動させたライゼが映った。
「……危なかったね。ケルベロス君の花粉症ボンバーがかかるところだったよ」
「ありがとうですぅ!」
「助かった!」
 二人はライゼの手を取って喜んだ。
「──ライゼ! 大丈夫か!?」
 もう一匹に『幸せの歌』を聞かせながら、シャワー&ブラッシングを行っていた垂が慌てて飛んできた。
「全然大丈夫だよ。光条兵器を発動させ……た…か……」
 ライゼはふいに何かに気付き、愕然とした。
「………垂、…僕、この光条兵器を『体にしまわなくちゃいけない』んだよね……? どどどどうしよう〜〜〜〜!」
 涙混じりに訴えてくるライゼ。
「今、ケルベロスにシャワー浴びさせてたから、ついでに一緒に洗うか?」
 苦笑しながら垂が言った。
(くっそ〜…ケルベロス君めぇ〜。絶対にタネ子さんの頭を奪ってやる!!)
 復讐を誓ったライゼだった。
 しかし。
「あ…あぁ……あぁぁ……」
「え?」
 ライゼの光条兵器の「大傘」に入れなかった人物が、いた。
……レキだ。
 垂が振り向くと、頭から透明の粘液をかぶって呆然としている。
 慰めの言葉も見つからない。
 ゆっくりと自分の手の平を目の前まで持ち上げ……にぎにぎと動かしたり、口を両手で押さえて何やらぶつぶつ小声で話していた。
「あ、あ、あ。あ、ぁ、……あれ? 全然変わらないよ?」
 なんだか拍子抜けだ。
「そっか。ボクは単純な性格だから、浴びても変化はないのかな」
 そうかぁ。そうなんだ♪
「……平気なのか?」
「うん!」
「すげぇな…」
 再びレキはケルベロスの身体を拭き始めた。
「綺麗になってスッキリしようねー」
 まずは自分の身体を拭いた方が良いと思うのだが……
 誰もツッこむことが出来なかった。

 壹與比売が祭壇を作り、儀式を始めていた。
 もくもくと立ち上る怪しげな煙が、ケルベロスのくしゃみをより誘発させる。
「後はこの山の野草を日陰で干し、黒焼きにしすり潰したこちらを……はっくしょん、風邪がうつったのでございましょうか……あらお薬は?」
 どうやら今のくしゃみで、用意していた薬が舞ってしまったらしい。
 ケルベロスが激しく身体をしならせる。

べくしっ、べくしっ!

(恐ろしいですねこの時代……花粉はごめん願いたいでございます…)
 自分のせいだとは思っていないらしい。
「わ、わわっわひゃひゃっ」
 エリスはそのくしゃみから逃げ惑っていた。
 びちゃびちゃっと、巨大唾液が溶岩のごとく降り注ぐ。
「ティ…ティア! 助けておくんなまっし…!!」
「あら? これもこれで……」
 泣きながら慌てふためいているエリスが可愛らしくて愛おしい。無茶苦茶にされるエリスが愛おしい。
(もっともっと泣かせてみたい……!)
 ティアの色々放送禁止気味の行動は、これからもエスカレートしそうだ。
「早くこちらへ……!」
 ルミが叫んだ。
 ケルベロスの唾液や鼻水からエルシー達を守ろうと、大きめの傘を用意していた。
 皆その中に入って、小さく固まっている。
「おおきにおますぇ……た、助かりましたぇ…」
「助け合うのは当然です。あ、エルシー様! ちゃんと入っていらっしゃいますか?」
「余裕で入ってます! ラビちゃんは大丈夫?」
「こ、怖いー…鼻水ぴーって、汚いよぉ。せっかくブラッシングしてあげてたのにー」
「病気で苦しんでいるので仕方ないんですよ? 可哀想だから…」
「うー…」
(鼻水等で汚れる事に関しては、私は全く構わないのですが……ルミさんが心配しますので、今はここにいた方が良いですね)
 エルシーは、自分達を必死に守ろうとしてくれているルミを見て微笑んだ。
(……でも……少しでも早く症状を和らげてあげたいです…)
 熱心にケルベロスの花粉症対策を思案するエルシーだった。