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【十二の星の華】籠の中での狂歌演舞

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【十二の星の華】籠の中での狂歌演舞
【十二の星の華】籠の中での狂歌演舞 【十二の星の華】籠の中での狂歌演舞

リアクション

「道を開けて下さい」
「お待ち下さい、あなた方は−−−」
「【国境無き医師団】のエース・ラグランツです。許可は得ています」
「エース・ラグランツ… 確かに、記憶にあります。どうぞ」
「おぃおぃ、そんなのありか」
 エヴァルトのすぐ横を過ぎ行きた4名はミルザムの元へ駆け寄ると、己が準備を開始はじめた。
「ん? あっ、ドーナツ屋で会った踊り子さん!」
 ミルザムの顔をのぞき込んだエースが目を大きく見開いた。
「あなたがミルザム様だったなんて」
「その… 声…?」
「声?」
「あのっ、ミルザム様を苦しめる毒は、時に視力を低下させる事もありますので」
「視力を?」
 レオポルディナの不安げな表情からミルザムの顔へと。一見、エースを真っ直ぐに見ているように見えても、その虚ろな瞳にエースの姿は映っていないという事か。
「メシエ」
「視力ですね」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は持参した鞄から薬瓶の選別を、その間にクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が両瞳にキュアポイゾンを唱え始めた。
「目が冷んやりしますよ」
 瞼の上に、メシエは塗り薬をそっと乗せた。
「カルテはあるんですよね?」
 カルテを受け取り、立ち上がるメシエと代わり、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が腰を降ろして胸部へのナーシングを唱え始めた。
「ミルザムさん、女王器をお預かりしても?」
 エオリアの問いにミルザムは小さく首を振ると、しっかりと握ったまま青龍鱗を胸前から脇へと降ろした。
「エース、これを…」
「ん」
 カルテを前に、エースは眉を寄せた。
「…… なるほど、思った通り、トカール村に蔓延した毒と同じ症例もあるな」
 解析を進めると共に、副作用のリスクが少ないと判断したものから投与する事を確認した。トカール村でヴァルキリーたちに見られた症状と似て、複数の症状が次々に、また同時に発症していた。治癒魔法は所詮は対処療法でしかない、快療に向けて毒素を完全に滅する為には一つずつ確実に解毒してゆく必要がある。
「うっ…」
「ミルザムっち?」
 視力が戻り始めているのだろう。上体を起こそうとミルザムクマラの肩にすがりついていた。
「私は、私が手を休めるわけには……」
「ダァメだよっ!」
 むにむにむにむに、と、ほっぺたを。
「お顔が怖い怖いになってるよー そんなんじゃ、治療されるパッフェルンも怖がっちゃうよ」
 んむんむ、と頬を揉まれゆく。クマラが手を離したとき、頬はすっかり熱を帯びていた。
「笑って過ごせば、後ろからだって良い事が付いて来るんだよ♪」
 力の抜けた頬に再び力を入れようとした時、パッフェルに近寄る白い背が見えた。
 金色のショートウェーブ、長身に白衣姿の背が、パッフェルを前にして立ち止まった。
「クククックックッ、噂通り、見事に拘束されているネェ」
「あなたは…」
 ザイエンデが歌うのを止めて顔を向けると、俯いたままの顔から上がる片口端が見えた。
「ヒャッハァー! 治療と目覚めの実験を行うッ!」
「実験……?」
 白き衣に包まれた腕がパッフェルのスカートへ伸びてゆく。同時に、もう片方の腕は首へと伸びていた。
 掴んだスカートを上げ始めた腕を、そして、うなじに添えるように廻る腕を、がっしりと掴み止める手が2つ。神野 永太(じんの・えいた)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が力を込めて握りしめていた。
「何をするんだィ?」
「それはこちらのセリフだ」
「一体なにを?」
「何って? 眠れる姫を私のキスで目覚めさせるのさァ、クククックックッ」
 次の瞬間、神野が腕を捻り上げ、エースが男の頬を叩き上げた。男の髪が、いや、ウィッグが飛んで焦茶のモヒカンが跳ね立った。
「あいにく、ノーム教諭本人と面識があるんでね」
「言葉も微妙に違うしな。つーか、よくモヒカンが隠れたな」
「離せ! パッフェルはパラ実がいただいて行くんだ!」
 抵抗する南 鮪(みなみ・まぐろ)を、神野が一層の力を込めて押さえつけた。
「パッフェルが目を覚まさないと、おまえ等も困るだろ? だから俺がパンツを盗めば恥ずかしがって−−−」
「黙れ」
 首を捻られ、腹を殴打されてはグッタリと墜ちた。
「ったく、教諭に化けるなんてな。外見だけで一瞬ダマされたぜ」
「パーツが少なくて済む分、意外と化けやすいのかも…」
「まぁ、本人はもっとずっと胡散臭かったけどな」
「それは誉め言葉として受け取っておくよ」
 不気味な声が響きわたる。室内を歩み来る影とその声は、ゆっくりとミルザムの元へと歩み寄った。
「気分はどうだい? 女王候補様殿」
ノーム教諭…」
「ふぅむ、まだだいぶ悪いようだねぇ。アリシア、ルカルカ、頼んだよぅ」
「えっ、あっ、はい」
 名を呼ばれた事による戸惑いがルカルカ・ルー(るかるか・るー)の体を硬直させたが、優しく笑むアリシア・ルード(ありしあ・るーど)の表情に、その身を解された。
「準備はできています」
 ルカルカが言うより先に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は肩に掛けた保冷ボックスを降ろして片膝を付いた。
 メシエからカルテを受け取ったダリルは、エオリアと共にマリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)の元へと歩み寄った。彼女もミルザム同様、パッフェルから直接毒を感染させられた生徒である。
「気分はどうだ?」
「えぇ、手足の痺れが退きませんが、それ以外は…… うっ!」
「寝たままで良い。2人に共通する症状と異なる点を検証しよう。一つずつ潰して行く」
「あの… 私は結構ですから、ミルザム… うっ、… 様を……」
「もちろん、ミルザム様もお助けしますから、安心なさって下さい。あぁ、そう言えば、マリオンさんは梅干しは食べられますか?」
「梅… 干し……?」
 取り出した小瓶からエオリアは大きな梅干しを箸で摘んで見せた。「ミルザム様は梅干しは好物だと仰ってましたので、あとで梅干しを使ったお食事を用意いたします。ご一緒にぜひ」
「え、えぇ… お願いします」
 遠目に見えた梅干しの粒に口中の潤いを感じた。教諭が向けた視線の先には、今も眠っているパッフェルの姿が見えた。
「それにしても、よく眠っているようだねぇ。話を聞きたいんだけど、叩き起こしても良いかぃ?」
「私がやります」
 一歩を歩んだナナ・ノルデン(なな・のるでん)に、ミルザムは苦悶しながらに声を上げた。
「大丈夫です、乱暴な事はしませんよ」
 歩み寄りて、目の前まで。ナナはゆっくりと声をかけた。
「パッフェル、起きなさい」
 恐らくはミルザムも呼びかけたに違いない、それでも今のように一切の反応が無かったのだろう。
「起きなさい、いつまで寝ているつもりです?」
 瞳を閉じたまま、幼子のような顔で。
「起きなさいパッフェル、もう十分眠ったでしょう?」
「いつまで眠たふりをしているつもりです? 本当は目覚めているのでしょう?」
 抑えようとした、本人を前にしても思い出さないように、ぶつけない為に。
「起きなさい… 起き…… なさい………」
 彼女の力を封じようと、向かっていった。パートナーのズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は全身を水晶化されてしまい、今も…。
『どうしてもやるなら、ボクがやるよ! ナナはフォローしてよねっ』
 水晶と化したズィーベンの顔は、泣いているのか苦しんでいるのか痛がっているのか、それすらも分からないのに…。
「ズィーベンは… 今も眠ったまま…… あなたが…… どうして眠っているの………」
 抑えようとした、本人を前にしても思い出さないように、ぶつけない、その為に。でも−−−
「起きなさい!」
 パッフェルの腕を掴んで、ナナは叫びながら雷術を放った。
「起きなさいパッフェル! いつまで眠たふりをしているつもりです!」
 言いながら、放つ。放っては叫ぶ。
「本当は目覚めているのでしょう? 起きなさい! 起きなさい!!」
 放つ度に自身の顔にも力が込もる。涙だけは雫さぬように、必死に、それでも電撃を流し続けた。
「あなたは! ティセラ・リーブラの為にやったのでしょう…… ズィーベンをあんなにして…… あなたも何かを成したかったのでしょう!!」
 幾度も戦った、パッフェルとは。それでも彼女は誰も殺していない、自分が窮地に立たされても己の欲を満たす為にも、誰かを殺めて達しようとはしなかったのだ、それ故に…… そうだから!
「貴方は目的を達していないはずです! 起きなさいパッフェル! 貴方の、ティセラへの想いはそんなものなんですか!」
 欲がぶつかれば犠牲が出る。ズィーベンはその犠牲になったに過ぎない、それなのにこんな……。
「答えなさいパッフェル!!」
 幾度も放った雷術を止めた。俯き堪えて肩を震わせるナナの耳に、小さな小さな声が聞こえた。
ティ… セラ……
 錆を剥がすように、ゆっくり重く。パッフェルの瞳が開いていった。
「はぁ…… はぁ…… おはよう……… パッフェル……」
「っと!」
 よろけたナナシルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)が受け支えた。すぐにパートナーのアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)ナナにヒールを唱えた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ…… はぁ… ありがとうございます」
 雷術の連投、そして叫び続けていたからだろう、声も枯れていた。無理に笑み返したナナは、直ぐに向き見上げた。
 思考も感覚も。今はまだ力が入らないのだろう、瞳だけを動かして、辺りを見回していた。
「ここは……」
「蒼空学園、クイーン・ヴァンガード本部だよ」
 揺れる瞳で、言葉の発し者を探して… シルヴィオよりも先に、奥で瞳を向けていた者を捉えたようで。
「ミルザム……」
「理解した? 君は今、ティセラの宿敵、ミルザム様に捕らえられているんだ」
「ティ… セラ… ティセラ!」
 吊られたままで腕にランチャーを具現装備すると、波動の弾を撃ち放った。
 弾は天井を砕く、ではなく、射出の音だけを響かせて、次第に消えた。
「そうすると思ってね。腕の先は急遽作った窓穴にしてある。見てごらん、君が放つ大砲みたいな弾にも対応できるように、巨大な窓を拵えたんだ」
 腕を動かそうとしても動かない。僅かに動いても銃口は窓穴から外れそうに無かった。
「無駄に力を消費する事はないだろう? こちらの質問に答えてくれないかな? ティセラに関する事なんだ」
 瞳を伏せない。思った通り、ティセラに関する事となれば少なからずの興味は示すようだ。
「君も、ティセラと同じくエリュシオンから来たんだよね?」
「………………」
「一緒に来たんだよね? どこを経由して、どんな手段で来たんだぃ?」
 瞬きをしないかのように。じっと正面を見つめたままで。
「シャンバラ地方に来る前と来た後で、ティセラに変わったとか、何か違和感を感じたって事はないかな?」
 端正な顔は枝葉も動かない。瞳には何も映っていないのではないか、と思えるほどに。
「かつての彼女は心優しい女性で、今のような非道な事をしたりはしない人だったと聞いてるんだ。原因は、五獣の女王器、なのかな?」
 一切に。聞こえていないかのように、言葉を知らないかのように。
「答える気は無し、ですか…」
「くっくっくっ、ダンマリは困るんだよねぇ。偽物の彼じゃないけど、服を脱がせて羞恥心でも煽ってみるかぃ?」
「何を言うんです!!」
 思わず発した声の大きさにアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)は自分でも驚いて恐縮したが、教諭の提案を打ち消す為にも、意を決して言を発した。
「彼女を、先の事件の際に彼女に協力した方々と会わせてみてはどうでしょう」
「捕らえている生徒たちと彼女をかぃ?」
「はい、彼女が親しみを感じている方々のはずですから、彼女も心を解きやすいのではないかと」
 捕らえられた生徒たち、と聞いてパッフェルの瞳色が僅かに揺れた。
 囚われの生徒たちは蒼空学園の校舎の端。同じ地下でも演舞場とは遠く離れた地下倉庫に幽閉されている事は、ヴァンガード隊員の中でも数名の生徒しか知り得ない事であった。