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第二章 ゼノ・クオルヴェル 2


 洞窟の奥へと進む一行の後ろでは、一人の若者の影があった。戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は己の持ちえる探索の知識を用いて、一行から目を離さぬように絶えず離れずついていく。
 彼の隣のアンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)も、同様に一行からは目を離さぬよう、気をつけていた。
 予想通り、というべきか。先行する一行は敵と遭遇して戦いを始める。小次郎とクリューガーはそれに巻き込まれないように適度な距離を保ったまま、彼らの戦闘を見守った。
 余計な体力を使う必要はない。避けられる戦いならば、それに越したことはないのだ。
 彼自身、目的はゼノの剣である。しかし、それでも一緒に行動するよりは、単独の方が動きやすかった。それに、彼には彼の考え方もある。
「さて、上手く事が運ぶといいのですが……」
 小次郎は誰ともなく呟き、戦闘を終えた一行が進むのを追いはじめた。


 『トレジャーセンス』――言わば、探索と追求の極みたる人の能力。
 洞窟に侵入した一行は、天音や北都、そして国頭 武尊(くにがみ・たける)の探索によって、ゼノの剣の在り処を見つけるに至った。
 洞窟の最奥部。そこは、確かに人工的に作られた空間であった。まるで巨大な球体を押し込んだような空間に立つ一行は、その先に見える目的の代物を見て、目を見張った。
 神殿の一部のように、まるで彫刻家が作り上げたような精巧な燭台に突き刺さった剣が、目で見ても分かるほどのぼんやりとした光をまとっていた。
 それは、まさしく聖剣と呼ぶにふさわしい輝きを放っていた。
「これは……すごいな」
 天音は思わず声を洩らし、剣の周囲の壁に刻まれた、幾数もの文字に興味を示していた。
「エッジ、あれって、オレたちの探してる剣かな?」
 咲等に聞かれて、レイザーズ・エッジ(れいざーず・えっじ)は剣に近づいていった。
 エッジはどこか剣の周りを囲むこの場所が、忘却の念を呼び起こすような場所に感じられた。かつて大戦の折、仲間の一人に嵌められて罪人となり封印された苦々しい記憶。それを呼び起こすような、不思議な力がここには漂っている。
 エッジは剣に触れた。すると、そこから流れてきたのは穏やかな念だった。――ゼノの記憶。ゼノがここで剣を突き立てたときの記憶が、エッジへと流れ込んできた。
 だが、それも一瞬。意識が元に戻ったとき、確かにゼノははっきりとこれがゼノだけの剣であったのだと知った。
「……違うな。確かにすごい力を秘めているようだが、俺の剣ではない」
「そっか……」
 遊戯はパートナーであるエッジの剣かと期待したようだが、それが期待だけに終わったことに、残念そうにうなだれた。
 そんな遊戯を励まそうと思うが、上手く言葉が出てこない。が――
「まぁ、でも、リーズのために剣を持って行くのが本来の目的だもんなっ! よし、改めて頑張らないと!」
 遊戯は、先ほどまでのうなだれ具合もどこ吹く風か、すぐに元気を取り戻した。そんな彼に、エッジは呆れると同時にほっと安心する。遊戯の悲しそうな顔は見たくない。なに、また剣は探せばいいのだから。
「そうですね。それじゃあ、まずは剣を確保しましょうか」
 いずれにしても、剣は発見できた。あとは、これをリーズのところへ運ぶだけだ。騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は剣へと近づいていって、それを懇親の力で引き抜いた。
「えいしょーっと!」
 力を込めた瞬間に、軋んだ音を鳴らした剣は思った以上にあっさりと引き抜かれる。だが、詩穂の手に収まる剣からは、誰もが目を瞑るほどの閃光が迸った。
「な、なんだこれ……!?」
 思わず遊戯は声を洩らす。閃光に目を瞑った瞬間、その場にいた誰しもにゼノの記憶が流れ込んできた。彼の数多くの戦歴が語る歴史。それは詩穂たちの頭の中を、波のような意識となって通り過ぎていく。
 聖性の持つ力がかつてのゼノの意識を奔流として起こしているのか。閃光が収まろうとしていた。詩穂はようやく瞼を開いて剣を見下ろす、が。
「げっ……!」
「わりぃな、詩穂」
 彼女の手を空気を掴むばかりで、代わりに背後からかかってきた声は、悪党丸出しの若者の声。なにかやらかすのではないかと危惧していたが、まさか本当にやるとは。詩穂は旧来の自分勝手なケンカ相手を見つめて、ビシっと指差した。
「な、なんてことをするんですかぁ!」
「じゃあな。こいつぁ、オレがもらっていくぜ」
 武尊はにやっとした笑みを浮かべて、一目散に逃げ出した。
「この、待ちなさーい!」
「オレたちも追いかけるよ、エッジ!」
「まったく、困ったもんだなぁ」
「……ほんと」
 遊戯や詩穂、そしてのんびりとした声で危機感を感じさせない北都にリネンは、逃げ出した武尊を追いかけた。剣の台座に残るのは、文様や装飾に夢中な探求者ばかり。
「なるほどなぁ、これは聖性を溜め込んでおくための一種の魔法なんだね」
「天音、だから興味を優先しすぎるなと。……聞いてないな」
 ブルーズは興味津々に壁を調べる天音に対して、ため息をつくしかなかった。
 
 
「オレに追いつこうなんざ、百万年はぇんだよ!」
 武尊は後ろから追いかけてくる詩穂たちに対して、煙幕ファンデーションを撒きちらした。迸る煙幕が、彼女たちの視界を奪っていく。
「あ、あのバカっ! こんなものまで使うなんてっ!」
 詩穂はぶんぶんと腕で煙幕を振り払いながら、去っていく武尊に怒りを露わにした。ここで足止めをくらっては、追いつくのが困難になるだろう。武尊が剣を手に入れたら、またなにをしでかすか分かったものではない。
 詩穂たちを振り切った武尊は、呵々とけたたましい声で笑いながら、洞窟を駆け抜けていく。だが、そんな愉快な彼の目の前に、ぬっと出てきた影があった。
「ぐぼぉっ!?」
 影――突き出た腕にラリアットの形でぶつかった武尊は、くぐもった声を鳴らして土に倒れ込んだ。その際に手放した剣を、腕の主である小次郎が計算どおりとばかりに奪った。
「な、なにしやがるっ!」
「剣を奪われるのはいささか困るのです。何が目的ですか?」
「オレはただ働きが嫌なだけなんだよ! ほら、とっとと返せ。売っ払ったら、ちったぁ金になるだろ?」
 武尊ががなり立てて手のひらを突き出したため、小次郎はため息をついた。仕方なく、彼は傍らにいるアンジェラに目配せする。すると、アンジェラは頷いて懐から袋に包まれたお金を取り出した。
「これで満足ですか?」
「おお、なかなか話が通じるじゃねぇかっ!」
 小次郎が手渡したお金を確認して、武尊は楽しそうに笑って彼の肩を叩いた。こうして裏でこそこそと盗みを働く人がいるのは、予想ができたことだった。いやはや、若長に頼んでお金を用意してもらっておいてよかったと、小次郎はつくづく思う――とはいえ、それが二人であるとは予想できなかった。
「あらら、これはこれは、ありがとうございます」
 そんな愉快な声に気づいたとき、小次郎の手から、剣は忽然と消えるように奪われた。
「誰ですか!?」
「誰、ということもありませんが……名乗るとしたら、ルナティエール・玲姫・セレティと申します」
 小悪魔な顔で、ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)はくすっと笑う。その傍らにいるセディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)は、彼女をいつでも守れるように常に臨戦態勢を整えていた。
「貴殿も……剣を悪用しようとしている者ですか……」
「……どうでしょうか? 私はただ、やりたいことをしているだけですわ」
 セレティは再び、わざとらしくくすっと笑った。彼女は小次郎から背を向けると、一目散に駆け出していった。
 小次郎は、彼女の武尊とは違う、不思議な雰囲気に呆然としてしまった。しかし、すぐに頭を振って思い直す。悪人、とまでは思えないが、いずれにしても厄介なのは間違いない。
「あれ、あなたは……」
 追いかけようとしていた小次郎のもとに、志穂たちがやって来た。見知らぬ人物に、彼たちは呆気にとられている。
「剣が奪われました。事情はあとで話します。いまは追いかけましょう」
「は、はい……」
 小次郎をいぶかしむ彼女たちであったが、確かに剣を追いかけるのが先決であることは了解できた。
 小次郎を加えて、彼らは再び剣を求めて駆け出したのだった。