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幽霊船を追え! 卜部先生出撃します!!

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幽霊船を追え! 卜部先生出撃します!!

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chapter .4 欲心 


 一方、ようやく船内部へと進入した泪たちだったが、相変わらず泪の足取りはお世辞にも軽いとは言えなかった。
 如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)はそんな泪を見て、ひとり小さく呟く。
「もしかして……先生こういうの苦手なんじゃ……」
 ちょっと心配になり、それとなく泪の様子を見張る佑也。と、パートナーのアルマ・アレフ(あるま・あれふ)が泪に近付く姿が映った。何やら良からぬことを企んでいそうなアルマの表情に佑也は一瞬嫌な予感がしたが、とりあえずは引き続き様子を見ることにしたようである。
「セーンセッ」
 ひょこっ、と脇から顔を出したアルマに、泪はびくっ、と肩を震わせたがすぐに平静を装い返事をした。
「な、何ですか?」
「センセ、この船の真実、知ってる?」
 アルマは思わせぶりな口調で、泪に話を聞かせ始めた。
「実はこの船、古代の戦争で使われてた物みたいなのよ。で、なんで幽霊船って言われてるかって言うと……やっぱり出るんですって」
「で、でで出るって何がですか?」
「そりゃあ……救いを求めて船内をさ迷う当時の船員たちの霊でしょ」
「そ、そんな話はアレですっ、どこかの誰かがつくった怪談とかそういう……」
 泪の言う通り、完全にこれはアルマの創作である。だがアルマは、泪が確実に怯えていることを実感していた。彼女はにやりと笑うと、光精の指輪を使って小さく光る精霊をこっそりと呼び出した。それを数メートル先に飛ばすと、わざとらしく泪の裾を引っ張り指差した。
「あっ、ほらセンセ、噂をすればあんなとこに人魂が……」
「え? そんなはずは……きゃああああああっ、でっ、出たあああっ!!!」
 耳を塞ぎたくなるような高い悲鳴を上げ、泪が腰を抜かす。アルマはその隙に泪の背後に回り、手を前に持ってくるとそのまま背中から泪の胸を鷲掴みにした。
「いやっ、おっ、お化け……って、えっ、ちょっちょっとやだっ、やめてくださいっ、何するんですかっ……!?」
「うりうり。ええ乳しとるのぅ、センセー」
 完全にやりたい放題のアルマ。もちろん彼女はこの後、相方の佑也にみっちりお叱りを受けたらしい。

「ひ、ひどい目に遭いましたぁ……」
「……大丈夫ですか卜部先生」
 ぺたんと座り込み、涙ぐんでいる泪を見て橘 恭司(たちばな・きょうじ)が声をかけた。無理して笑顔をつくり泪が頷いてみせると、恭司は光術を使って辺りを照らしてみせた。
「ほら、何もいませんから。立てますか?」
 恭司は腰を屈め、中腰の姿勢を取って手を差し伸べる。泪が潤んだ瞳でそれを見上げると、恭司の中の何かが暴走しかけた。どうにか理性で沈めようと、恭司はあえて無関係な話題を出すことでその場を乗り切ろうとする。
「そういえば卜部先生……パートナーはどうしたんですか? いないんですか?」
「え? パ、パートナー? 何ですか、独身ですけどっ!」
 錯乱気味な状態だったため、ちょっとパートナーの意味を勘違いしてしまった泪は膨れた顔で恭司を見た。赤らんだ頬、じっとこちらを見上げる潤んだ目、丁度撫でやすい位置にある頭。ここで、恭司の中の何かは吹っ切れた。
「……撫でたいな」
 ぼそっと呟いたその言葉はすぐ傍の泪にすら聞こえないほど小さい声だったが、そのせいか泪は「え?」と顔を恭司に近づけてしまった。反射的に、いや男としての本能的に恭司は差し出していた手を泪の頭に持っていき、その艶やかな髪をそっと撫でた。
「えっ……ど、どうかされましたか?」
 突然頭を触られ、泪は驚き恭司を見る。その視線で彼も我に返ったのか、「いえ、何でも」と本来の自分を取り戻し泪を立ち上がらせた。もっとも、ここまでの条件が揃っていて頭を撫でるだけで済ませた彼はよっぽど紳士的だったかもしれない。色々旺盛な普通の男子学生ならあんなことやそんなことまでやっているところだ。
 というよりまさに、そんな泪の様子を見てあんなことやそんなことをやろうとしている生徒がいた。
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は先ほどからじっと泪の胸を見つめている。それはもう本当、熱心に見つめている。
 だてにおっぱい党には所属していないということだろうか。一心不乱に見つめている。そして彼はそのうち、こう思うようになっていた。
 触りたい。
「けど……」
 いきなり触ったら犯罪になってしまう。正悟は悩んだ。なぜ女性の胸を揉んだら犯罪になるのか。一生懸命悩んだ。女性の胸について本気出して考えてみた。
 もちろん答えは出ず、歩きながら思慮を巡らしていた彼は思わず足を滑らせてしまった。
「わっ、ちょっ、ちょっと、転んじゃうっ! 誰かっ……!」
 正悟はどうにか転倒を避けようと、手の届く範囲にあるものに慌てて掴みかかった。
 こういう場合のお約束として、そこにあるのは泪の胸である。
「きゃあっ!? ま、またそんなとこっ……!」
 奇跡的に彼は、触ることに悩んだゆえに触ることに成功した。が、当然その後に待っているのは泪の鋭い視線である。
「こ、こんなことする方だなんて……」
 泪からしたら、生徒に突然セクハラをされたのだ。そう思うのも無理はない。正悟は必死に弁明を試みた。
「待って! これは不測の事態です! わざとじゃないです! おっぱいは好きですが、わざとじゃないです!」
「わ、わざとじゃないですかそれじゃあっ!」
「いやだから違うんですって! そこで転んじゃったんです! おっぱいが好きだから! で、おっぱいは好きだけど怪我したらいけないと思ってとっさに近くのものにしがみついたらおっぱいが……!」
 弁明する度に墓穴を掘っていく正悟に、泪は顔を赤らめて距離を置いた。近くにいたら何をされるか分からないと思ったのだろう。幽霊も怖いが、女にとってセクハラも怖いのだ。
「先生逃げないで! 誤解なんですよ、おっぱいは好きですが!」
 逃げる泪を追いかける正悟。そこに、坂下 小川麻呂(さかのしたの・おがわまろ)も割って入った。小川麻呂はちぎのたくらみでその姿を変えており、本来のたくましく色気のある姿ではなかった。セクハラ魔人に追われているところにいきなり子供が来たので、泪は慌てて子供を逃がそうとする。
「こ、ここは危険ですよ! 変質者が出没しますから、早くおうちに!」
 小川麻呂は近寄ってきた泪を見て、にやりと笑った。早くおうちに帰った方がいいのは、泪の方だったのだ。そう、実はこの小川麻呂も、いたずら目的で泪に近付いていたのである。小川麻呂を抱きかかえようとその手を伸ばした泪に、彼はあっけらかんと言ってのけた。
「胸ってのは、揉まれれば揉まれるほど大きくなるんだぜ」
「!?」
 ばっ、と手を引っ込める泪。「この子供、ただの子供じゃない」と本能が告げていた。
 本当なら情報撹乱で様々な虚実を流し泪を混乱させようと思っていた彼だったが、そのやり方をあまり知らなかったため止むを得ず適当なことを言って泪を混乱させることにしたようだ。
「女子アナってのは、男性人気があるんだよ」
「さ、さっきからこの子は何を……っ!?」
 セクハラ魔人と変な発言を繰り返す子供に囲まれた泪は、頭を抱えその場にしゃがみ込んだ。もう幽霊が怖いとかそういう問題ではなく、男子学生の性欲が怖くなっていた。
 そんな泪に、ようやく味方と思われる生徒が現れる。
「みんな、やめようよ! 卜部さんにそんなことするのはよくないよ!」
 正悟や小川麻呂から守るように立ちはだかり、卍 悠也(まんじ・ゆうや)は凛とした声で言った。
「卜部さんが困ってるじゃないか!」
「あ、ようやくまともな生徒さんが……」
 泪がほっとした様子を見せる。が、正悟と小川麻呂は構わず泪のところに接近しようとする。それを防ごうと悠也ともみ合っているうちに、悠也はそのあまりにも身勝手な振舞いにキレてしまった。
「おいっ、いい加減にしろっ! そんなに触りたいのか!! 我慢しろ我慢! オレだって触りたいの我慢してんだからよ!」
「お前もかよ!!」
 薙刀を振り回しながら悠也が思わず漏らした本音に、泪だけでなくその場にいた全員がつっこんだ。
「兄様、何の騒ぎです!?」
 喧騒を聞きつけ、悠也のパートナー卍 神楽(まんじ・かぐら)が大慌てで悠也の元へやってくる。
「あ、い、いやなんでもない、なんでもないんだよ」
 自分が口走ったセリフが恥ずかしくなったのか、悠也は神楽以上に慌てて手を振った。
「それより、卜部さんの護衛をしないと。これだけ騒いでしまったらきっとボクたちの存在も気付かれてしまっているだろうから」
「兄様……」
 確実に彼も騒動の一端を担っていた気がするが、ともかく神楽は悠也に命じられるまま泪、そして悠也を守るように位置取りをした。
 神楽が自分に背を向けていることを確認した悠也は、泪にそっと耳打ちをした。
「すみません、お騒がせしてしまって。この責任を取って、この幽霊船から無事に帰れたらボクもお触りを……」
「させるわけないじゃないですかっ」
 即答で拒否した泪の声に、神楽が振り返る。そこには、顔をにやつかせた悠也がいた。
「兄様……人助けと言っていた割には随分と浮ついているのが気になるが……」
 こうして、卜部先生お触り事件はひとまず収束に至った。

 ――かのように思われたが、この時、事件の裏側でもうひとつ小さな騒動が起きていたことを泪は知らない。
「す、すごいのが撮れましたわね……2カメはどう?」
「ばっちりですよ、マリア」
 泪に聞こえぬよう、マリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)とパートナーのノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)がこそこそと話している。ふたりの手には、小型のビデオカメラがあった。
「おや、あなたたちもカメラマンだったのですか?」
 彼女らの後ろから、同じくビデオカメラを携えたルイ・フリード(るい・ふりーど)がやってきて声をかけた。
「あっ、ああそうです、今後の幽霊船調査に役立つかもしれないので、資料としてと撮影してるんですよ」
 とっさにノインが答えたが、もちろんそれは本当の理由ではなかった。
話は少し前に遡る。



 泪たちが自分たちの船から幽霊船へと乗り込む直前。
 ビデオカメラを持ったルイ、そして彼のパートナーであるシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)――通称セラは泪に軽く挨拶をしていた。
「卜部さん、共に行動出来て嬉しいです。テレビで見る以上のとても良いスマイルですね。私のルイスマイルも負けていられません」
「人探しするんだよね! セラも今回は皆のために手伝うよ!」
 笑顔で接してくるふたりに、泪も笑顔で応えた。
「そうそう、私こういうものを持ってきたんですが……」
 持っていたビデオカメラを泪に見せ、尋ねる。
「カメラマンは、要りませんか?」
「か、カメラマン!?」
 驚く泪に、彼は理由を話した。
「戦場レポーター、卜部泪さんの戦場カメラマンとしてお役に立てればと思いまして」
「そ、そうですね……この船を撮影することで、後々その撮影データが活かせるかもしれませんし。よろしくお願いしますね。ええと、ルイ、さん?」
 自分と同じ名前を呼ぶ泪。それをセラが軽くからかった。
「ルイと泪、おんなじ名前だー! 面白い偶然ってあるんだね! 呼ぶ時困っちゃいそうだから、先生の方はさん付けで呼ぶね!」
「セラ、船の中に入る前に使い魔をお願いしますね」
「あっ、そうだ! おーい、チュウ一郎! チュウ二郎!」
 思い出したようにセラが呼ぶと、どこからか2匹のネズミが現れた。
「きゃっ……」
 思わず声を上げてしまった泪に、セラが説明する。
「泪さん、大丈夫だよ! これね、セラの使い魔なんだ! チュウ一郎とチュウ二郎に、中を調べてもらおうと思ってね!」
「あ、そうだったんですね、すみません、怖がるような反応をしてしまって」
「はははは、気にすることはありませんよ。さて卜部さん、では今から私は卜部さんのカメラマンとして働かせてもらいますね」
「は、はいっ。なんだか、普段カメラは向けられ慣れているはずなのにちょっと緊張しますね」
 心なしか背筋を伸ばす泪。
そんな彼らの会話を、横で聞いていたのがマリアとノインであった。
「まさか、私たちの他にも撮影目的の人がいたなんて……」
「マリア、しかしこれは逆に考えればチャンスですよ。私たちだけがこそこそと撮影していたら怪しまれるかもしれない。けれど表立ってカメラを持っている人がいれば、私たちの行動は目立たない」
「そうか……そうね! ならここは遠慮なくっ!」
 マリアは泪のところに駆け寄ると、胸の前で手を組んで、さっきまでとは別人のような表情と仕草で話しかけた。
「先生! 微力ながら私もお手伝いしますわ! 困っている方がいれば助け合うのが人間というものですものね!」
 もちろんビデオカメラは泪に見えないよう隠している。マリアの言葉を受け、泪はやや勢いに押されはしたものの笑顔を浮かべ返事をする。
「ありがとうございます、こちらこそよろしくお願いしますね」
 それを聞くとマリアは、上品に一礼し、ノインのところへと戻ってくる。
「マリア……なぜわざわざ印象づけるような挨拶を?」
「こうして礼儀正しい人、って印象があれば、万が一にも私たちが影でビデオを回しているなんて思わないはずだから」
 にやりと打算的な笑みを浮かべるマリア。
どうやら彼女たちも泪のカメラマンになりたがっているようだが、その目的はルイとは違ったところにあった。
その目的とはずばり、金儲けである。癒し系人気キャスターとして有名な卜部泪。その泪のキャスターとしての姿ではなく「卜部先生」という学生しか見ることの出来ないレアな姿を撮影し、編集して売りさばけばそこそこの儲けになるだろうという目論みだ。
もっとも、泪が戦う華麗なアクションシーンを狙っていたマリアにとって、この後訪れるお色気シーンは彼女の想定外、否、想像以上のレア映像となるのだが。売れ行きを第一に考えるならこれ以上ない大収穫である。
 かくして、泪には3人のカメラマンがつくこととなっていた。



「こういった船は、資料として貴重ですからね」
 ノインの説明に、ルイは疑うことなく首を縦に振っていた。
「私と同じ考えの人がいてとても嬉しいです! では一緒に撮影を続けましょう!」
「あ、いや、私たちは後ろの方でちょっと撮れれば充分なので……」
 ふたりの事情を知らないルイによって、撮影していることが表沙汰になってしまいそうな状況へと持ち込まれたマリアとノイン。
 その時、セラの使い魔であるネズミが戻ってきた。
「あっ、チュウ一郎とチュウ二郎が戻ってきた! おかえりー!」
「おお、無事で良かったです!」
 安堵していたルイとセラだったが、使い魔の慌てた様子を見ると表情を少し強張らせた。どうやら、使い魔の雰囲気から敵の存在を察したらしい。
「やはり、簡単には解決しなさそうですね……」
 ルイは気を引き締めなおすと、泪に伝えるべくマリアたちの下を離れていった。
「危なかったですね、マリア……」
 ノインがビデオカメラを見ながら言う。
この中には泪のあんな映像やそんな映像が入っているのだ。ここでなくすわけにはいかない。ふたりは一難去ったことに胸を撫で下ろすと、懲りずにまたこっそりカメラを回し始めた。

 撮影画面を通した向こう側にいる泪は、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)に熱心に話しかけられているところだった。
「卜部さん、こんな時に言うことじゃないかもしれないけれど、私の兄さんをどうか探してくれませんか?」
「え……あなたのお兄さんも、この幽霊船に?」
「ううん、兄さんは3年前に行方不明になったの! だから今回の事件とは無関係だと思うけど……こんなこと、卜部さんにしか頼めないから……!!」
 言っていることは滅茶苦茶だが、その眼差しに真剣なものを感じ、泪は話を聞いてあげた。フレデリカ曰く、空京テレビのアナウンサーである泪なら失踪者捜索の番組があった場合関わっているはずで、そこで取り扱ってもらいたいということらしい。
 泪は眉を下げ残念そうな顔をしてフレデリカに謝る。
「ごめんなさい、そういう番組はあるけれど、アナウンサーが番組の内容に関わることは出来ないんです……」
「ええっ……じゃあ、兄さん、兄さんはっ!?」
 フレデリカは思いの強さゆえか、必死に食い下がる。
「そうだ、番組に関われないならいっそ特番とか組んでもらって、出演させてくれれば……! 私が直接テレビで兄さんに呼びかけちゃえばいいのよ!」
「えっとですね、たぶんそれはもっと無理なお話で……」
「そんなあっ!? 私がこんなに兄さんを思ってるのに!? 深夜でも早朝でもいいから! 1時間とは言わない、30分番組とかでいいから!」
「あ、いやだからね……」
「お昼にやってる『笑わなくてもいいとも!』の最後のゲスト枠で告知するだけでもいいから! なんかあの、時々海外のゲストが来て微妙な雰囲気になるあの感じでもいいから!」
 興奮するあまりやや過激なことを口走っているフレデリカの暴走を止めたのは、彼女のパートナーであるルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)だった。
「フリッカ! あんまり無茶を言ってはいけませんよ」
「だって、だって兄さんが……」
「ちょっとこっちへ来てください、フリッカ」
 ルイーザはフリッカを一旦泪から引き離すと、こそこそと耳打ちを始めた。
「いくら卜部さんでも、出来ることと出来ないことがあるんです。せいぜい出演者募集の情報を教えてもらうくらいが精一杯だと思いますよ?」
 まだ納得がいっていない、という様子のフレデリカに、ルイーザはさらなる助言を与える。
「いいですかフリッカ、交渉というものは相手方に色々話してもらうのが理想なんです。フリッカはこういったことが苦手なのですから、しっかり覚えておいてくださいね」
 それを聞いたフレデリカは、「分かった」とだけ短く返事し、再び泪のところへ戻っていく。そして。
「卜部さん! 兄さんについて知ってること、色々話してくださいっ!」
「そういうことじゃありませんっ!」
 慌ててフレデリカに駆け寄ったルイーザは、そのままずるずるとフレデリカを引っ張っていく。
「あのー……」
 小さくなっていくふたりに、泪が声をかけた。
「私には心当たりもないし分かりませんけれど、それほど長い間シャンバラを探しても手がかりがないのなら、もしかしたらエリュシオンとか他の国で手がかりが見つかるかもしれませんね」
 エリュシオンに限らず、どこか他の国かもしれませんけれど、と付け加えて泪が言う。それは確実性も何もない、言ってみれば励ましに近いような言葉だった。けれどそれでもエネルギーとなるのなら。泪はフレデリカを見て、そう思わずにはいられなかった。

 フレデリカとルイーザが泪の前から姿を消したと同時に、泪の下に突如段ボールが現れた。
「……またあなたですか?」
 泪が段ボールを持ち上げる。中から姿を現したのは前原 拓海(まえばら・たくみ)だった。
「大佐、今現在最後尾に異常はない。さあ次の指示をくれ」
「た、大佐って呼ばないでください……」
 拓海はどういうわけか、段ボールを被って殿を務め、泪のことを大佐と呼んでいた。最後尾から泪のところまで段ボールを被ったままやってきては、こうして異常がないことを伝えていた。もうこれで4回目の報告である。
「それに、指示って言われても……」
「俺の所属している親日章会はとても素晴らしい政治団体で、国益のためならどんな指示でも聞くぞ。そうそう、親日章会はとても素晴らしい政治団体だ」
 きっと大事なことなので2回言ったのだろう。泪は拓海の純粋なアピールをてっきり宗教か何かのアレかと勘違いしてしまい、早々と会話を打ち切った。
「そ、それではですね、あなたの思うように動いていただければ……」
 それを聞いた拓海はもう一度段ボールを被り、目的地を船長室へと定めた。
 最も怪しそうな場所はそこに違いない。そう感じていた拓海はそのまま船長室へと向かっていった。
「もしかして、機嫌を損ねてしまったのでしょうか……」
 自らの行いを少し後悔したのか、泪は心配そうに去っていく拓海を見ていた。しかしすぐにその姿は闇に紛れて見えなくなった。

 直後、入れ替わるようにこちら側にやってきたのはゾンビから逃げてきた翔、千歳、イルマたちだった。全力で走ってくる彼らとそれを追いかけてくるゾンビの群れを見た瞬間、泪たちに緊張が走る。
「せ、生徒たちに手出しはさせませんっ!」
 泪が前に出ると、何人かの生徒たちはそれを守るように周りを囲み、ゾンビたちと向かい合った。
 互いの間にある距離は10メートルにも満たない。
 その距離が一気に詰まり、交戦が始まった。