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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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2-04 続・ブトレバを巡って

 さあ、ここで再度、場面を冒頭の水軍のシーンに戻しておこう。
 ブトレバでの交渉は、やや難航している。
 とは言え、ブトレバ自体は完全に恭順している。
 ローザマリアは戦後処理の席に立ち、ブトレバは降伏した国家であり、攻撃することは堅く禁じる、と列席者に言い含めた。また、教導団兵力のブトレバ領内通過も認めさせており、条件を提示した上でブトレバには再建を認めている。
 しかし、
「ブトレバの主権を認める? まあ、いいさ。
 だけど、私たちは教導団じゃない。世の中、無欲でキレイな人間だけじゃないんだぜ?」
 そう言ったのは、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)であった。
「な、何……!」
 ブトレバ側は黙って見守るばかりだが、驚いたローザマリアが列席する中でミューレリアに視線を向ける。
 おいおい、当事者のみずねこを交えないで停戦できたと思っているのか? 私たちもキッチリ主張させてもらうぜ。彼女の瞳はそう語っている。
 ミューレリアの背後には、みずねこたちが控えている。
 ミューレリアは好戦的に、場合によってはアボミネーションを使用しかねない姿勢で威圧の構えを見せた。
「条件が不服なら、戦争再開するか? みずねこはそれでも構わないぜ。私たちは王の間の前まで行ってた。邪魔が無ければ詰みだったんだ。また戦おうってなら、確実に王や貴族の命は無いぜ?」
「く、……」
 確かに、教導団はブトレバ攻略においてプリモ、ミューレリアらが攻め込み城を落とすタイミングをぎりぎりまで待って、停戦を持ちかけたのであった。それはジェンナーロやローザマリアらの巧妙な策であったが、ミューレリアはそれに納得はできない、ということのようだ。
 一瞬、教導団・湖賊とミューレリア・みずねことの間に睨みあいと緊張が走った。ここへ来て、亀裂か。ローザマリアにはそれは避けたいという意思が表情に表れていたが、ミューレリアはそれも辞さないという強固な姿勢。
「まあ、ここは冷静に」
 使者の役割を果たしてきたジェンナーロ・ヴェルデ(じぇんなーろ・う゛ぇるで)だ。
 ミューレリアは、ジェンナーロも睨み返した。
「む、むむ(……最後の最後で難題山積か。あちらを立てればこちらが立たず。だが、ブトレバの主権を守り水軍も存続させる!)」
 ジェンナーロは気合を入れ直し、自らも冷静さを保って、プリモ、みずねこ(ミューレリア)、ブトレバ間領地分配について相手の意を聞きつつあくまで公平に行うことに努めた。何れか特定の国が不平等を被らないようにせねばならない。
 カカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)はかなりぶっかけてきた。
「ええー、ブトレパには以下の条件を突きつけるにゃ。いいにゃ? 言うにゃ。
 1.ブトレパの領土の5割をみずねこに譲渡
 2.賠償金500万
 3.みずねこ王国を建国するので、対等な貿易条約を結ぶ」
 ジェンナーロは流れてくる汗を拭きつつ、尚、冷静に対処した。こういったことは、交渉の常套手段である。あの猫、なかなかやる……!
「プ、プリモちゃんはどうかな?」
 ジェンナーロは、ワクワクドキドキしつつやり取りを眺めていたプリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)に優しく問いかけた。
「え。プリモリゾートグループの発展のために!」
「そ、そうだね……」
 ジェンナーロは汗を拭き拭き、プリモにも対応した。しかしプリモはやはり教導団員であることにおいて、プリモ温泉郷の開発を掲げていても、その根底には後方の安定により前線のサポートになるから、という団のためという考えがあるため、話はまとめやすかった。
 それからプリモは、降伏したブトレバに対しても協力的で、温泉郷としての開発に着手することでブトレバ周辺の安寧と発展に尽力するという目的を述べた。
 また、プリモは、「シャンバラ人民の流入で民族浄化させたり宗教弾圧しちゃ、いらない反感買って不穏の火種になっちゃうんじゃない?」ともっともな意見を述べ、ブトレバとの和平にも一役買ったのであった。
 戦後交渉は、もちろん、一日二日で終わるものではなかった。
 ローザマリアはジェンナーロとプリモに、ブトレバにミューレリア・みずねこを交えてのその後の交渉を託した。自らはそろそろ戦に戻らねばならない。
 ローザマリアがブトレバ本国を訪れた理由としてもう一つ、このことがあった。
「彼は最期まで戦いの中に在って己を貫いた武人でした」
 彼女は王と接見し、そうカピラ将軍の最期を伝えたのであった。
「……」ブトレバ王はしばし無言でいた。「そうか。貴公が。……」王はそれだけ述べた。
 ローザマリアは、あえて逗留場所にカピラ将軍邸を選んだ。
 そこで、自身がカピラを手に掛けた事を告白した上で、遺族に対し丁重に接したのである。
「将軍閣下に於かれましては残念な事になりましたが、彼は最後まで勇猛果敢な武人でした。もし、私を手に掛けると言うのなら、遠慮はいりません。あなた方は、私に復讐する権利を持つ、唯一無二の存在ですから」
 遺族らは、無言であったが、中にはカピラを偉大な武人であり師として、そして父として尊敬していた子息らもいた。ローザマリアと同い年くらいの少女もいる。まだ幼い彼女らは、それが戦場のことであれ、怒りを抑えられないようであった。滞在期間中、ローザマリアは他の戦死者の遺族とも面会を希望された場合は、一人一人面会を行う、としたが特に希望する者はないということであった。
 最後の夜。明朝には、水上砦を包囲する仲間のもとへ、戻る。
「うゅ……ロ、ローザ、……」
「エリシュカ!」
 何者かが、ローザの部屋のカーテンに身を潜めており、窓を開けようと近付いた彼女に刃物を突き刺した。エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)は一人、ローザのボディガードとしてここまで付添ってきており、彼女の身代わりになって刺されたのであった。
 一瞬、少女の荒い息が聞こえ、窓の向こうに下りて、遠ざかっていった。相手は刃物を取り落としていったが、ローザマリアはそれには目を向けなかった。
「エリシュカ。……」
「うゅ……エリーにはもう、記憶なんてないの……でも、エリーには分かる、の。ローザなら、この戦いを終わらせて、もう誰も理不尽に死なないでいい日々を、この南部に取り戻してくれる、って」
 
 
 尚、ブトレバを巡っては、その後も更に難航の様相を呈す。
 ローザマリアは、独立勢力と王宮(ブトレバ本国)の国境紛争を防ぐため、旧ブトレバ国軍全将兵と、戦後に訪れることになるひらにぷらみなみおみ120万石に要請していた平和維持軍が来るとそれらも宛て警備を行うことになる。ミューレリアにすればこれはまた教導団からの牽制と映るかもしれない。
 それに、みずねこたちの思いは……ミューレリアはこういった戦後の諸々を体験しながら、みずねこらと話し合いを持つことになる。(これは後半に続く。)