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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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ヒラニプラ南部戦記(最終回)

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5-04 飛翔(2)

 騎凛セイカはまた、蒼い夢のなかを泳いでいく。
「一ノ瀬月実さん、おめでとうございます。二階級特進です。?
 ……ふむ、えらそうな人になんか探せといわれてなかったっけ、か。だれ? 私の知らない間に……もしや?」
 また、違う風景が浮かび上がってくる。
 火が燃えている。
「火、ですか。……でも、この火は? 随分と……だれの火でしょうか」
 


 
 指先を舐め回す炎が全身を包んでも、躊躇わず、炎と踊る男の腕を引き、抱き寄せる。抱き寄せながら、子ども、少年、青年……炎のなかで変化する男の顔を覗き込む。
「これは……」黒崎 天音(くろさき・あまね)は楽しそうな表情を見せる。「その貪欲、知識、経験、手にした栄華……そして隠匿。
 全て曝け出して、僕のものになるのなら……」
「天音……」
 心配そうに見守りながら、大きな龍になってその空を飛び回っているブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)。「そろそろここは危険だぞ。だが……入口はともかく、出口はどこだ? わあっ」
 飛んでいると目の前に幼い少女が。
「ご、ごめんなさい……私はキリン……」
「な、何だ? ……ああ、消えた……」
 嫌悪に吐き気すら覚える幻触でも高められるのか、天音は、炎のためでない熱を帯びた指先で、抱き寄せた腰から背へと汗ばむ肌を撫で上げる。こうして彼、パルボン(ぱるぼん)とのギリギリの行為のなかでも見せたことのない、昏さと狂気を孕んだ緑の眼差しで蕩けそうに、淫らに、優しく微笑む。
「この上なく、気持ち良くしてあげる」
 炎のなかで踊る男と、一体になる。
「さっきのは……? 天音、もうここは……」ブルーズは不安が増してくる。
 この上なく、気持ち良くしてあげる……天音は、経歴や経験を考えれば遥かに上手であるパルボンをそうできる確信に何故か満ちていた。「だから……おいで」
 炎のなかで、抱き合う。
「……」ブルーズはその成り行きに苦い表情になりつつ、目をそらし辺りを見回し出口を探そうとする。「見つからない。だめだ、落ちる……」
「ブルーズ」
 天音が、下から呼びかけている。さっきまで踊るように燃えていた炎は今はくすぶるばかりとなり、天音は片腕に小さな赤子をだかえている。
「天音。……(? だれだ?)」
 天音は、もう一方の手で、空間の一点を指差している。
「(出口? 何故わかる……)」
「鬼院の声が聞こえた」
 ブルーズは急降下して天音を拾い上げ、収縮していくその一点目がけ飛んだ。
 

 
 過去が悪夢だとは言ったものだわ。でもそれは甘酸っぱい青春のメモリー、初恋はいつだって淡いものなのよ。
 ね。リズ?
 月実……俺様たち、もう……
 え。死…… ……
 月実。見てご覧。だれかしら?
 

 
 夢なんかに、黒崎を奪われたりはしない。この世界は誰の夢でも何でもない。ここが現実だ。黒崎が存在する世界がオレにとってのすべてだ。
 鬼院尋人(きいん・ひろと)は、光のなかに手を差し伸べる。
「一緒に帰ろう」
 光のなかから、黒崎天音が現れる。
 黒崎。
 尋人は、心の底から、叫びたかった。喜びを……しかし、天音の胸に小さな赤子が抱かれており、それは骨であった。それが天音にしっかりとしがみついている。
「黒崎」
 やっと声になった。が、まずは……
 尋人は、黒崎の胸に剣を向けた。
「鬼院。僕にそれを向けるのかい?」
「違う。オレは黒崎を助けにきたんだ。ずっと……探していた。
 黒崎を捕らえて離さないでいるものが居るのなら、その時はそれを討つ。それは……」
 骨の赤子がニヤリと微笑んだ。
「この世界のものじゃない。黒崎。それは連れてきてはいけない」
 天音は、美しい赤子を抱いている。赤子は尋人に剣を突きつけられ、天音にすがるように抱きついた。赤子は子ども、少年、青年へと姿を変え、天音に抱かれている。
「黒崎……」
 すると次の瞬間に景色がとんで、二人は部屋のなかであった。豪華に飾られた部屋だ。
 窓から向こうに見えるのは、ハヴジァの街並み。尋人が天音の手がかりを探し歩き回った街。
 ここは、天音があてがわれた郊外の館の一室だ。
 尋人がはっとして見渡すと、薄いベールのかかったベッドの上に、さきほどの青年が眠っていた。
 尋人はもう一度、天音を見る。
 天音は椅子に腰かけており、まるで事後の気怠さを思わせる緩慢な仕草で、
「……君は、本当に馬鹿だね。真実なんて知りもしない癖に……一生懸命で。
 僕を助けたいなんて、鬼院の癖に生意気だよ」
 そう言ってから、立ち尽くす尋人の方を見る。
 「黒崎……」尋人は一瞬、言葉をなくしたようだったが、意志を強くし柄に手を置いてベッドの方に向かう。「そいつは……危険だ、……黒崎」
 天音は立ち上がり、尋人の首にナイフを押し当てている。
「黒崎……そんな」尋人は力なく笑った。
「手出しは許さないよ」
 天音の目は本気である。
 

 
 ……。
 そのシーンに、月実とリズは見入っていた。
 月実。で、俺様たちはどこからこれを見ているの?
 さあ。……だから、死…… ……
 リズリットが後ろを向くと、そこにまた別のスクリーンのように夢が浮かび上がり、龍が映しだされた。
 龍。月実、見てよ。これ、北の森じゃね?
 ……。月実はもうぼーっとするばかりで、もう何も応えなかった。
 リズリットは、北の森が映っているところに手を伸ばすが、テレビ画面を触っているようにつるつるして、そこに入れるわけではない。
 画面のなかでは、北の森の上空を龍が何かを探すように飛び回っているシーンが延々と繰り返されるばかりだ。
 月実。やばいよぉ。俺様たち、なんだかえらいとこに閉じ込められちゃったよォォ、バグっちゃったよォォ、……聞いとるんかい!
 リズリットは龍が映っている方のテレビを持ち上げて、死んでしまった月実の頭を殴った。
 い、痛……こ、この。月実が起き上がる。
 じゃあね、これをこうして……
 月実は天音と尋人が映っている方のテレビを持ち上げて、ドーンと龍のテレビに向かって投げつけた。
「アッッ!!」
 画面が割れる。
 月実とリズのいる空間に衝撃が走り、ひびが入り始めた。せ、世界が……夢が壊れる!!