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夏の夜空を彩るものは

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夏の夜空を彩るものは

リアクション

 
 
 指を絡めて 
 
 
 太い銀光の尾を引いて空に上がった花火が頭上で晴れやかに開く。色を変えながら四方に広がった花火は、一瞬強く輝いた後、闇に溶けた。
「花火ってハロウィンイベントで見て以来だね。でも、あの時とは雰囲気違うよねー」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は興味深く花火を眺め、風流な感じ? と早川 呼雪(はやかわ・こゆき)を振り向いた。黒地に金や原色で花や鳥、龍が描いてあるというとてつもなく派手な浴衣を着ているけれど、それがまたよく似合っている。その長い金の髪を縛っているリボンは、呼雪が結んでやったものだ。
「呼雪ももっと派手な浴衣にすれば良かったのに。きっと似合うよ」
 ヘルに言われて呼雪は自分の浴衣を見直した。白地に紺で切り絵風のキンギョソウと金魚が描かれた浴衣に、紺の横縞の帯。足下の下駄はヘルとサイズ違いのお揃い。ヘルの浴衣とは比べるべくもないが、呼雪にとっては目立つ柄だ。普段ならもっとシンプルなものを選ぶのだけれど、ふとこの浴衣に目が留まったのはやはり、ヘルと一緒に出かけるのだから……という思いあってのこと、なのだろう。
 呼雪がそんなことを考えているうちに、ヘルはふらふらと出店に引き寄せられている。何の店だろうと覗きこむと、よ、と瀬島壮太が手を上げた。
「店を出していたのか」
「ああ。稼ぎ時だからな。かき氷、冷たくてうめーぞ」
「それならみぞれを……」
「イチゴに練乳たっぷりで」
「ほいよ。毎度ありー!」
 出来たかき氷は対照的。けれどその上にハート型のアセロラジュースで作った氷がお揃いでのっている。
「この氷はサービスな。花火、早くしねえと良い場所埋まっちまうぞ」
「お勧めは向こうなんだって。楽しんできてね」
「楽しむってそりゃあモチロン、むふふふふっ♪」
 ミミに言われて嬉しそうに返すヘルを、早く、と呼雪は促した。
 その後も、面白そうな夜店があるたびにヘルは足を止めて眺めた。気になるのは分かるけれど、のんびりしていると花火が終わってしまいそうだ。歩きながらでも見られるけれど、やはりゆっくりと観たい。
 そっと腕を引くと、ヘルは後ろ髪を引かれながらも夜店を諦めてまた歩き始めた。けれど、手だけは繋ぎ直す。
「あー、呼雪。手はこう、ね」
 手のひらをあわせて、指を絡め。恋人繋ぎとも言われる繋ぎ方に。
「……あれ、イヤ?」
 呼雪の手から緊張を感じたのだろう。ヘルが尋ねてくる。
「そんなことはないが……」
 嫌でもないし、これくらいのささやかな願いなど我侭ですらない……けれど。そっと呼雪が周囲に視線を走らせると、ヘルは笑った。
「みんな上やお店見てるから、誰も見てないよ」
「そうだな」
 花火と出店、夜と境内のざわめき。そんなものたちに隠されて、呼雪とヘルは並んで腰掛けた。かき氷を食べながら花火を見上げる。
 こんな風に過ごせるようになるとは、少し前までは考えられなかった。でも、今はこうして触れ合うほどに傍にいる……と思った途端、不意にヘルからかかる力が大きくなった。
(……?)
 何だろうとヘルを見ると、ヘルは呼雪の顔をちらっと窺いながら今度はもっとはっきりと身をすり寄せてきた。怒られるかな、どうかな、とこちらの反応を見ているのが丸分かりで可笑しくなってしまう。
 人目が気にならなくはなかったけれど、呼雪は片手をそっとそんなヘルの背に当てた。触れている箇所から伝わってくるヘルの存在が愛しい。
 守りたい。ずっとこうして隣にいられるように――。
 
 
 甘い意地悪 
 
 
「甘い匂いがすると思ったらベビーカステラかー。うまそうだなー」
 花火見物に行こうとカデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)を誘ってやってきた佐伯 梓(さえき・あずさ)は、甘いものを売る夜店の前を通るたび、欲しそうに足を止める。
「アズサはハナビよりヨミセですか。甘い物ばかり食べていると、太りますし病気になりますよ」
「うー」
 カデシュから母親のように諭されて、梓は後ろ髪を引かれる思いで夜店の前を離れた。普段から面倒を見てもらっているだけに、だだはこねにくい……というか、カデシュがそんなことで譲ってくれはしないのを梓はよーく知っている。
 こういう時、恋人とかと来たら一緒に甘いもの食べ放題? なんて思うのだけれど、そういうことには疎い梓だから、来年もまたこうしてカデシュと一緒に来て、同じように注意されてるんじゃないだろうか。
 カデシュ自身、花火は好きなのだろう。誘ったら浴衣まで着て楽しそうにしている。
 そんな風に思いながら見ていると、カデシュと目があった。梓の視線に気づいたカデシュはすっとリンゴ飴の出店に近づく。
「ひとつください」
「へい、らっしゃい!」
 威勢の良い店主からリンゴ飴を買うと、カデシュは梓に微笑みかけた。
「僕はそんなに鬼じゃいりませんよ」
「やったー、カデシュありがとう」
 ぱっと顔を輝かせながら梓は手を伸ばした……が、カデシュはすっとその手を高くあげてしまう。
「何でだよー。お前、背高いんだから届かないだろー」
 リンゴ飴を取ろうとじたばたする梓の様子に、カデシュは目を細めた。子犬のようなそんな態度だからこそ、困った顔も見たくなってしまうというのに、と思いながら。
 その時、ドン、と花火の音がした。始まったのかとそちらにカデシュが気を取られた隙に、梓はジャンプ。赤くてつやつやしたリンゴ飴を奪い取り、取り返されるより先に口に入れた。
「美味しいですか?」
 ふんわりとした笑みを浮かべるカデシュに、梓はなぜだかどきっとした。そうなった自分がなんだか悔しくて、梓は憎まれ口をたたく。
「俺にばっか構ってるとお嫁の来手がなくなるぞー」
「……アズサ」
「な、なんだよー」
 呼びかけられてひるむ梓にカデシュはくすくすと笑うと、もっと花火が観易い場所に行きましょうと、目をつけておいた場所に案内するのだった。
 
 
 隠せない隠し事 
 
 
 折角の浴衣だからと、白銀 司(しろがね・つかさ)は頑張って自分で着付けてきた。白地の浴衣は嬉しいけれど、足下の下駄はなんだか歩きづらい。歩くたび、鼻緒に足がこすられる。風情のある格好をするのも大変なものだ。
 けれど、前日に着てくるようにと押し付けた浴衣をセアト・ウィンダリア(せあと・うぃんだりあ)が着てきてくれたのは純粋に嬉しい。紺色の浴衣はセアトにとてもしっくりと似合っている。
「セアトくん、やっぱり浴衣姿もいいね! なんて言うかエロカッコい……あう」
 いきなりチョップされて、司は頭を押さえた。
「着ないと後で煩いからというだけだ」
「だってセアトくん、着るものに関心なさすぎなんだもん」
 何も言わなければきっと普段のジャージで来たことだろう。それさえ、司がこれを着るようにと押し付けたものだ。
「他にもきっと似合うもの色々あると思うんだけどな。そうだ、いっそ着せ替えして遊……あう」
 2度目のチョップを司に食らわすと、さっさと行くぞとセアトは歩き出した。司もそれについて歩いていたが、すぐに別のものに気を取られてしまう。
「うん。あ、巫女さんがいる。やっぱ神社だけあるね」
 可愛いもの好き中枢が騒ぎ、司はせっせと巫女たちを携帯で撮っていった。
「いいのか、勝手に撮って」
「にゃはは、大丈夫だよー。商業目的には使わないから。個人的に楽しむだけだからね♪」
「ほんとにそれでいいのか……ってそもそも、商業目的って何に使うんだ?」
「そんなの色々だよー」
 あははと笑った司は、段差に足を取られて転びそうになる。
「わ、びっくりした」
「はしゃぎすぎだ。足下が暗いんだから、転ばないように気をつけろよ」
「平気平気。さ、行こうかー」
 司は何でもないようにまた歩き始めたけれど、その頃には鼻緒をはさんだ足の親指と人差し指の間がかなり痛くなってきていた。けれどそんなことを言ったら、折角の楽しいイベントの雰囲気が壊れてしまいそうだ。痛みを軽減しようと少しだけ足を後ろにずらし、司は何もないような顔を装った。
 と、セアトは不意に立ち止まった。手ごろな大きさの石の上にハンカチを広げると司を促した。
「座れ」
「座るってどうして?」
「足引きずってるのバレバレなんだよ」
 司を座らせるとセアトは下駄を脱がせて足の具合を見る。
「靴ずれだな。こんな履物を履いてくる所為だ」
 自業自得だなと憎まれ口を言いながら、セアトは司の足に回復の力を使った。
「セアトくん……ありがとう」
 司が礼を言うとセアトはムキになって主張した。
「まさか、俺がお前を心配してると思ってるんじゃないだろうな? 断じて違うぞ」
「うんうん、解ってる。あ、見てセアトくん、ここから花火が綺麗に見えるよ」
 司は笑って、空を指差した。
「ああ、よく見えるな」
 セアトも司の指す方向を見上げる。
 そこではちょうど花火が開いた処。大輪の花火は笑っているかのように楽しげに、光を散らしていた――。
 
 
 頭上に咲く花 両手の花 
 
 
 今年買ったばかりの浴衣を着ての花火見物は、一際夏の風情を感じさせる。
「刀真さん、似合ってますか?」
 白地に金魚をあしらった浴衣に薔薇の髪飾り。今までこういった体験などしたことのない封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は、嬉しくて仕方がない様子で浴衣を眺めている。
「うん、よく似合ってる……皆喜んでいるみたいだし、財布を軽くした甲斐があった」
 そう答えた樹月 刀真(きづき・とうま)に、百合や撫子をふんだんにあしらった青地の浴衣を着、黒髪をリボンで纏めた姿の漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が注意する。
「刀真、こういう時にお金の話は無粋」
「……ん、確かに無粋だなゴメン」
 刀真は素直に謝った。その実、家計を圧迫しているのは月夜の買いこむ本だったりするのだが。
「分かってくれたらいいの」
 認めてもらえて、月夜もすぐに機嫌を直した。けれど。
「きゃっ」
「ん、白花大丈夫か?」
 慣れない履物と足下の暗さでバランスを崩した白花を刀真が支えた。
「刀真さんありがとうございます」
「下駄は慣れないと歩きにくいから……はい、掴まっていて下さい」
「いえ、あの……はい」
 刀真に手を出され、白花は照れながらも手を繋いだ。
 と、白花と繋いでいるのと逆側、刀真の右腕に急に月夜がしがみついてきた。
「む〜……」
「どうした月夜、いきなり……」
 戸惑う刀真に月夜は言い放つ。
「刀真は私を蔑ろにしすぎ。偶には気を使いすぎるくらい使って良いの!」
「えーと……」
 月夜の言う意味を捉えようと考えたけれど、刀真には分からない。
「別に蔑ろにしているつもりはないんだが。気を使えってどんな風にすればいいんだ?」
「そういうのは相手に聞かずに自分で考えるのバカ!」
 尋ね返してきた刀真の足を、月夜は思いっきり踏みつけた。
「痛っ!」
 刀真がひるんだ隙に、月夜は白花の手を取った。
「もい良い、白花と一緒に出店を回ってくる! 行こう白花」
「え、あの、月夜さん?」
 きょとんとしているうちに白花は月夜に手を引かれて行ってしまい、残された刀真は呆然とそれを見送った。一体何がどうだったというのだろう。そして気づく。
「出店を守るって月夜、お前お金なんて持ってな……」
 無意識に財布を探った刀真は、あっと声をあげた。
「財布がない……」
 
 月夜に手を引かれながら、白花は何度も刀真の方を振り返っていた。月夜の誤解を解こうと、懸命に言葉をつむぐ。
「刀真さんは私が危なっかしいから気を使ってくれただけで、月夜さんを蔑ろにしている訳ではないですよ。むしろ信頼をして全てを任せていると思います」
 その途中でも、足下が不安定で躓きそうになっている白花に気づいて、月夜は歩調を緩めた。
「白花は悪くないよ、私が勝手に拗ねただけ」
「それなら刀真さんの処に戻りましょう。きっと心配してます」
「うん。でも……」
「でも?」
「…………」
 黙りこんで足を止めた月夜の手を、白花は微笑しながら逆に引いた。
「戻りましょう。ね?」