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リアクション
夜店の楽しみ
「にゅふふ〜、夜店がいっぱいだねっ♪」
境内に並ぶ夜店を見るだけで、クラーク 波音(くらーく・はのん)の顔は緩んでくる。
「アンナおねぇちゃん、何から食べるのぉ?」
波音に負けず劣らずわくわくと夜店に心躍らせるララ・シュピリ(らら・しゅぴり)が、波音の手を掴んで揺らす。そんな微笑ましい様子にアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)は目を細めた。
「花火の光と音と共に、夜店の食べ物を楽しむ……夏の風物詩ですね」
波音とララにかかっては、夜店がメインで花火の方がおまけになってしまいそうだけれど、それもまた楽しみ方の1つだと、アンナは鷹揚に構えている。
「何からにしようかな〜、どれも美味しそうだけど花火といえば、やっぱりかき氷からだよねっ♪」
そう言う波音の声を聞きつけて、壮太はそれならと呼びかける。
「だったらうちのかき氷にしないか? サービスにこれをのせてやるぜ」
これ、というのはオレンジジュースで作った星型のシャーベットだ。他の店にはないサービスを、と壮太が考えたものだ。カップルならばアセロラジュースで作った赤いハート型の氷。そうでないならオレンジの星型の氷を載せてかき氷のアクセントにしている。
「ララ、あれ食べたいよぉ」
「そうしよっか。イチゴのかき氷くださいなっ♪」
「毎度ありっ」
壮太はシャカシャカと氷を削ってカップの上に盛り上げた。さらさらと器に積もった氷の上にたっぷりとイチゴのシロップを回しかける。
「器を返してくれたら、1Gキャッシュバックするからね」
客とのお金のやりとりは、紺の浴衣に鮮やかな黄帯を結んだミミの役目だ。食べ物を扱う壮太はお金に振れない方がいい、という衛生上の理由から役割分担されている。
「この氷はうちだけのサービスだから、他の奴にも宣伝してくれよ」
壮太は星型の氷をのせて完成させたかき氷を波音に渡した。
「んっふっふ〜、任せておいて〜」
かき氷を受け取った波音は、さっそく波音流かき氷の食べ方をララに伝授する。
「この赤いシロップを氷と一緒にシャクシャクっとスプーンで混ぜて、少し溶かしながら食べると最高なんだよっ。あ、でももちろんガッと食べて頭キーンとするのも、お祭りのテンションではオツなのだよ〜、んふふ〜♪」
「ララもキーンってする〜!」
「あらあら、本当に大丈夫ですか?」
波音の真似をしたがるララを、心配そうにアンナが覗きこむ。
「こんくらいならいいんじゃないかな〜」
波音がかき氷をすくって、ララの口の中に入れてやった。量は加減したのだけれど、
「ーーっ!」
キンとこめかみに走った痛みにララは顔をしかめた。
「んっふっふ〜。それが楽しめるようになってこそ、お祭りのかき氷を極められるんだよ〜。……んーーっ!」
手本とばかりにかき氷を口にほうり子、波音もキーンと走る痛みに目を閉じた。
「あらあら、お口のまわりに氷がいっぱい。拭いてあげますからじっとしてて下さいね」
アンナは2人の手を一旦止めさせると、ハンカチで口元を順に拭いてやった。
「少し落ち着いて食べなさい。最初からそんなに飛ばして食べていたら、あとが続かなくなりますよ」
アンナに注意され、波音は今度はシャクシャクと氷を崩してシロップと混ぜた。少し溶けて美味しくなったところを、ララが横からスプーンで掬い取った。
「はいっ、アンナおねぇちゃんも♪」
「私は食べ物より雰囲気を楽しめればそれで……」
「でも、みんなで食べたほうがきっとおいしいよぉ」
みんなで一緒に食べたいとララはアンナに頼んだ。
「そうですか? では」
「あ〜んっ♪」
「あーん……」
ちょっと恥ずかしそうに開けたアンナの口に、ララはイチゴ色に染まった氷を運んだ。
ひんやりと口の中に涼をもたらすかき氷。
3人でちょっぴり舌を染めて食べるかき氷は格別においしく感じられるのだった。
レースとフリルがあしらわれたミニのドレス浴衣。父親がいたら叱られるそうな変わり浴衣もここでなら大丈夫。
我ながら完璧、と大満足な神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)だったけれど、共に歩くエマ・ルビィ(えま・るびぃ)を見ると、ちらっとこんな気持ちがよぎってしまう。
(エマってばあたしより幼く見えるのに、なんでこう……儚げな色気っていうの? あるのかしら……)
エマが着ているのは授受が着つけた白地に赤いアザミ模様の浴衣。清楚なのに、どこか漂う色気がある。
「? ジュジュ、どうかされました?」
視線に気づいたエマに聞かれ、授受は何でもないと首を振った。
「旦那さんに叱られない時間には帰らないといけないから、買いたいものは今のうちに買っておこうねっ」
「そ、そ、そんな……旦那さまのことは……」
真っ赤になって焦るエマを横目に、授受は出店の商品を眺めた。
「わ、これカワイイ! エマ、どう思う?」
授受は天然石のビーズで作られたストラップを見せる。
「綺麗ですわね」
「気に入った? おにーさん、これ2つ買うからオマケしてよ☆」
「うーん、よし、仲の良い2人の為に一肌脱ぐか」
「ありがと。はいエマ」
買ったうちの1つを授受はエマに渡す。
「ジュジュとお揃いなのですね。嬉しいですわ」
「花火を観にきた記念にね。他にも何か欲しいものはない? 何か甘い物とかは?」
授受に尋ねられたエマはちょっと辺りを見回した後、あれを、と指した。
「さっきからずっと、向こうから甘いいい匂いがしてきますの」
「ベビーカステラ? おにーさん、プレーンを1袋お願いね」
「いらっしゃい。じゃあこの、今ちょうど焼けたばかりのカステラを、っと」
二色峯景はひょいひょいと焼きたてのベビーカステラを袋に入れてゆく。
「焼きたてだから封はせずにおくぜ。落とさないように気をつけてくれ」
「ありがとうございます。丸くて可愛いカステラなのですわね」
甘い物大好きなエマは嬉しそうに、受け取った袋を覗きこんだ。
金魚柄の浴衣に団扇を持って、ポシェットは斜めにたすき掛け。夏野 夢見(なつの・ゆめみ)はフォルテ・クロービス(ふぉるて・くろーびす)と共に福神社にやってきた。フォルテの方は黒地のシンプルな浴衣の背に、大きな剣を背負っている。
「その浴衣、良く似合っていますね」
浴衣もそうだけれど、口元に引いたピンクの口紅が華やかなアクセントになっている。今日の花火のために夢見がしてきたおめかしだ。そんな様子も花火デート気分を盛り上げてくれる。
「食べに行く前に、簡単でいいからお参りしないと駄目だよ、神様がすぐ近くで見てるもん」
夜店に向かう人の流れにそって歩いていこうとするフォルテを夢見が止めた。2人並んでお参りをすませてから、夜店を回る。
「お腹が一杯になってしまうと、色々食べられないよね。あ、あのお肉の串焼きにしてみない?」
夢見はお腹にたまらないものを選んでは、色々種類を食べていった。おみやげも、と言う夢見にフォルテは、荷物持ちをかってでた。
「いいの?」
「普段から鍛えていますから任せて下さい」
「じゃあ甘えちゃおう。他のパートナーへのおみやげ買っていってあげたいもんね」
あれにしようかこれにしようか。受け取る人の顔を思い浮かべながら選ぶのもまた、夜店の楽しみだ。
「揚げいもおいしそう……でもお腹がふくれちゃう? あっちのフラッペにしようかなー」
悩む夢見の前を、お面を買った子供たちが駆けていった。それを見送った夢見は、至極普通にフォルテに言う。
「あたし、将来は男の子と女の子、両方欲しいなー」
不意打ちの言葉に、フォルテは口の中のものを吹き出しそうになり、慌てて堪えた。目を白黒させながら夢見を見直せば、にこにこと嬉しそうに子供たちを眺めている。
驚かされることも多いけれど、そんな夢見がちなところが夢見らしくて良い。そんな風にフォルテは思った。
「来年も、再来年も、ずーっとこうやって一緒に花火を観に行けたらいいね。今は2人だけだけど、将来新しい家族も……ね」
そう言って笑うと、夢見はまた次の夜店を覗いた。
「喉渇いちゃった。何か食べるより先にお茶をもらおうかな」
「はい、お茶ですね、どうぞー」
坂崎 今宵(さかざき・こよい)がよく冷えたお茶を渡す。
「やはり暑いと飲料が良く売れますね」
同意を求めて横を見た今宵の目に、隣でたこ焼き屋をしている宮本 武蔵(みやもと・むさし)が入る。たこ焼きの焼ける匂いと仕上げにかけたかつおぶしの香りにたまらなくなったのだろう。ひょいと1つ口に放り込んだその瞬間を今宵は目撃することとなった。
「武蔵さん何してるんですかー!」
ゲシゲシと今宵は容赦なく武蔵の足に蹴りを入れる。
「ぐおっ……、痛てぇ! くそっ、嬢ちゃん、何時も通りの鋭い蹴りだぜ」
「何時も蹴られるようなことをしてるのが悪いんです! つまみ食いなんてしてる暇があるなら、普段だらけている分、きびきび馬車馬のように働いてください」
「分かった分かった、そう本気で睨むな。怖すぎる」
今宵に怒られて、武蔵は何かないかと考えた。
「よ、よし。どうせやるなら遊び心満点にだな……」
普通に売るのではつまらないからと、武蔵は6個に1個、特別製の激辛たこ焼きを混ぜることにした。
「ほら、よくパーティとかであるじゃねぇか、こういうの」
「客層を選ぶ商品だと思いますけれど、それで真面目にやっていただけるなら」
今宵に見張られながら、武蔵はたこ焼きに取り組み始めた。
そんな2人の様子を見つつ、九条 風天(くじょう・ふうてん)は思う。
激辛たこ焼きを食べれば飲み物が欲しくなる。そうすれば自然と今宵の売る飲料の売り上げもアップするだろう。
なるほど……と肯きかけた風天だったけれど、ふと思い直して武蔵を見た。
(……センセーのことですから、そんなことまでは考えてないですね)
きっと、面白そうだから、という程度の理由なのだろうけれど、まあ、それでお客さんに楽しんでもらえるようなら放っておいても構わないだろう。
そう結論づけると、風天は自分の受け持ちの塩焼きそばに集中した。
「うわ、夜店が出てる!」
芥 未実(あくた・みみ)と連れ立って花火見物にやってきた久途 侘助(くず・わびすけ)は、境内に並ぶ店に歓声を上げた。
「なんだか嬉しいよな」
子供のようにわくわくしている侘助の後について夜店を覗きながら、未実は祭りとはこんな雰囲気なのかと思う。今まで来たことがないけれど、浴衣姿でポックリを履いてカラコロと音を鳴らして歩くのは楽しい。
「未実、あれ取ってやろうか」
射的の店先で足を止め、未実に聞くと同時に侘助は財布から参加料を掴み出している。
「射的は任せておけ」
自信満々に侘助が引き金を引くと、ポンという音がして弾が飛んだ。けれど狙いの人形とは大きく逸れたところを通って落ちる。
「ちくしょー、この銃、色々バランスが狂ってんぞ。とすると、狙いはこの辺か?」
ずれを調整しつつボンボンと。
次は絶対に取るぞと息まいている侘助を、未実は眺めた。自分に戦利品をくれると言っていたけれど、どう見ても自分が楽しんでいるみたいだ。けれど、一喜一憂する侘助は見ていて飽きない。
「ほら、取れたぞ」
得意げに渡してくれる人形は、なんだかとても価値あるもののように思えて、未実は大切に抱えた。
射的を終えた侘助は、また別の店を覗きこむ。
「さて、と。この店では何を売ってるんだ? 焼きそばか?」
「塩焼きそばですよ」
ソース味のものばかりでは客も飽きるだろうからと、風天は材料の具を切り足しながら答えた。刃物を扱うその手つきはなかなかに慣れたものだ。きっちりと大きさを揃えた具。調味料も几帳面に量って入れているから、風天の作る塩焼きそばの出来はムラなく安定している。
「塩焼きそばかい。夏にはさっぱりして良さそうだねぇ」
「んじゃそれ1つな」
「はい、かしこまりました」
さっそく注文する侘助に、風天はさっとへらを扱って塩焼きそばを容器に盛った。ソースを使っていない分、具の本来の色が残っていてきれいだ。
「ほら、未実食え」
侘助が渡してくれる塩焼きそばを、未実は少し食べてみた。
「いい味がついてるねぇ」
「お、どれどれ……うん、うまいぜ」
「そうですか? ありがとうございます」
夜店から漂う匂い、楽しげな雰囲気に誘われるまま、侘助は次々に店を回って行き、食べ物やヨーヨー釣りのヨーヨーを手にいれてゆく。未実はそんな侘助の様子ごと楽しんだ。
「金魚すくいか。屋台の定番だな。よし、いっちょやってみようか。未実はどれが好きなんだ? 出目金? それとも亀か?」
侘助に聞かれ、未実は水槽を眺める。
「こんな狭いところにたくさんの金魚かい……そんな紙みたいなものでうまく掬えるのかねぇ。ああ、取ってくれるんなら、そこの真っ赤な金魚がいいね。ひらひらしてとても綺麗だ」
「未実のためなら頑張ってみますかね」
はりきってポイで金魚をおいかけたけれど、ひらりひらりと赤い尾を揺らして、金魚は優雅に逃げ続ける。いくつもポイを破る侘助を見ていられなくなって、未実はつい手を出した。
「そんなに追いかけたら金魚だって大人しくしててくれやしないよ。どれ、貸してごらん」
金魚の動きを見極めて、そっとポイを水にいれる。紙を破られてしまわないように、ひらひらした尾はポイの外に垂れるようにしてそっと持ち上げれば。
「ほら、うまく掬えたよ」
椀の中に金魚を落とし、未実は嬉しそうに侘助を振り仰いだ。
「うまいぞ、未実」
「今度はあたしが侘助の分を取ってあげるよ。どれにするんだい?」
いつになく浮かれているような未実の様子を嬉しく思いながら、侘助はあれ、と黒の出目金を指差すのだった。
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