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第3章 ぼくらの動物園戦争・その3



 AM 2:52
 プレハブの事務所にざわめきが起こる。
 園内の見回りに出た飼育係たちから定時連絡がない。広場の連中からも連絡が途絶えたままになっている。
 バーバル氏は事務所に二名残し、トラブルの原因を調べるため部下を引き連れて事務所を離れた。


 AM 2:57
 事務所の裏口で、中の様子を窺っていた服部 保長(はっとり・やすなが)は手で合図を出す。
 すると茂みから、契約者の閃崎 静麻(せんざき・しずま)がガサガサと這い出てきた。
「密輸の証拠資料と顧客名簿の在処は、ここで間違いなさそうか?」
「それがしのトレジャーセンスに間違いはござらん。しかし、己が不利になる証拠を残しているのか、いささか疑問でござったが、静麻殿の言う通りでござったな。やつら、きちんと証拠品を保管しているようでござる」
「そう簡単に捨てれるもんじゃないのさ。資料は今後組織運営していく上で必要な動物捕獲の指針となるし、顧客名簿は万が一相手側に裏切られた時に道連れにする為に残しておくはずだ。悪党ってのはそういうもんだよ」
「なるほど。さて、園長達は外に行ったようでござるが……、いかがされる?」
「動物の出荷は今夜らしいな。今日を逃したら逃げられる、ならやるしかないさ」
 保長は頷き、裏口の扉を調べる。
 指紋認証式の扉でもOK余裕な彼女だが、扉はプレハブ小屋にふさわしい一般的な錠前タイプだった。
「……折角、意気込んできたのにイマイチやりがいに欠ける扉でござるよ」
「そうくさくさすんなって、移動動物園なんだからちゃっちくてもしょうがないだろ」
「はぁ……、3分時間をくだされ」
 保長はため息を吐き、ピッキングで鍵の解除を始めた。


 AM 2:57
 事務所の正面にある窓を、酒杜 陽一(さかもり・よういち)が木の上から狙っている。
 身体は子ども頭脳は大人な彼は汗ばむ掌を拭い、スナイパーライフルのスコープを覗き込む。
「正直、動物のために働こうって気はねぇが……、悪党はしょっぴかねぇとな」
 動物にとっては、非合法に剥製にされようが合法的にハンバーグにされようが、殺される事に変わりはない。
 それとも、ここの動物園の動物は良いやつで、ハンバーグにされる動物は悪いやつなのだろうか。
 そんなハズがあるわけない。だから彼は『動物のために』は戦わない。
「さて……親玉がいなくなったが、部下が二人。あそこに重要なブツがあるって証拠だな」
 ライフルをスライドさせ、事務所の様子を探る。
「パソコンの類いはねぇな……、奥に金庫がひとつ、密輸の資料はあそこか」
 それから、警護に残された二人の飼育係を値踏みする。
 奥にいる飼育係は確認出来なかったが、手前にいるほうは確認出来た。肩に恐るべき猛禽類、アトラスイーグルを飼っている。ビーフジャーキーを引きちぎって食す姿は、その獰猛さを周囲に見せつけているようだ。
「まず、排除すべきはあの野郎だな……!」
 陽一は引き金に指をかけた。


 AM 2:57
 事務所の東に面した窓の真下で、九条 風天(くじょう・ふうてん)は突入のタイミングを窺っている。
 奥にいる飼育係は確認出来なかったが、手前にいる飼育係はシャンバラコブラを使役しているようだ。
 窓に背中を預けるパートナーの白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)はふむ、と呟いた。
「契約者でもない人間ならそう手こずることもないな。まぁ、いつも通りに行けば良いだろう」
「おそらく大した腕ではないでしょう。実力者なら、大荒野かタシガン空峡で略奪したほうが儲かるはずです。ただ、その分狡猾かもしれまんね。罠や飛び道具には気をつけましょう。コブラの毒には細心の注意を」
「おぬしに心配されるほど、なまっておらんわ」
 二人は微笑し、それぞれの武器に手を置いた。
「我が連盟の本部がある空京で密売とはよい度胸です。義剣連盟の力、目にもの見せてやりましょう」


 AM 2:57
 事務所の屋根の上に御凪 真人(みなぎ・まこと)と相棒のトーマ・サイオン(とーま・さいおん)がいた。
 トーマは超感覚で足下を歩く敵の動向を探る。
「大丈夫だ、真人にいちゃん。あいつらこっちに気が付いていないよ」
「園長のいない今がチャンスですね。密売に関する資料を押さえてるのは最優先事項、でないと園内で頑張っている皆さんがただの不法侵入者になってしまいますから。せめて証拠があれば大義名分も立つでしょう」
「でも、大丈夫か。相手は二人で、あと猛獣もいるんだろ?」
「誰もいなくなってから忍び込むのが理想ですが、どうもあの園長は警戒心が強い人のようです」
「じゃあ……」
「この事務所を空にするなんてミスは犯さないでしょうね。ですから、これは数少ないチャンスです」
 そう言って、掌に炎を宿らせた。
「おっと……、書類が燃えてはことですね。今回はこちらにしておきましょう」
 炎を握りつぶすと、冷気が拳を覆った。
「じゃあ、オイラが天井を壊すからな。イチ、ニィで飛び込むぜ」
「お願いします。しかし、さっきから気になっているのですが、どうして我々は屋根の上にいるのでしょう?」
 それは筆者の演出上の問題です。


 AM 3:00
 それぞれの思惑を乗せて、刹那の攻防戦の幕が上がる。
 先陣を切ったのは風天だった。窓を刀の柄で叩き割ると、すかさずセレナがサンダーボルトを流し込んだ。
 空間を走る稲光にコブラは本能的に物陰に身を隠した。
 飼育係は立ち位置の関係で軽傷、窓から侵入する風天を前に、すかさずコブラに命令を飛ばす。
「な、だ……、なんだてめぇら!? コブラ! こいつを締め上げろ!!」
 机の下からロケットのように飛び出し、コブラは風天に牙を剥いた。
 しかし、コブラに対する警戒を強めていた彼は神速の動きで毒噛み付きをかわすと、栄光の刀を水平に構え疾風突きにライトニングランスを合わせた『二連雷電突き』をコブラの急所を外して叩き込む。
「操られている動物に罪はありません!」
 眼前に光が散ったかと思うと、コブラは床に倒れてピクピクとのたうった。
「こ、こいつの動き……、ぷ、プロだ……!」
「逃がしませんよ!」
 後ずさる飼育係に、風天は刀を返して迫る。
 その瞬間、裏口の扉が猛烈な速度で開いた。
 その勢いたるや凄まじく、傍にいた飼育係の後頭部に扉が直撃し、哀れな青年は白目を剥いて倒れた。
「……あれ? なんかぶつかったみたいだな?」
 ポリポリと頭を掻きながら、静麻はとぼけた顔を扉の向こうからのぞかせた。
 部屋の端にいたもうひとりの飼育係は、口をパクパクさせていたが、すぐにイーグルをけしかけた。
「い、イーグル! あ、あいつらをなんとかしろ!」
 だがしかし、窓を突き破って飛び込んできた弾丸が、イーグルの視界を遮った。
 弾幕援護で暴風の如く発射される陽一の銃撃に、飼育係もイーグルもまるで身動きが取れない。
 そこに追い打ちをかけるのは、勿論、真人たちである。
「おや、取り込み中でしたか。では、我々もまぜて頂きましょう」
 真人は破壊された天井から、氷術で生成した氷塊を思い切り投げ落とした。
 塊は見事飼育係の脳天を直撃し、彼はここではないどこかへと旅立っていった。
 

 AM 3:02
 それは邂逅からわずか二分での決着だった。
 流石に多勢に無勢、さらには四連続奇襲攻撃とあっては飼育係になす術はない。
 互いに密売の証拠品を探していることを知ると、四組は手分けして資料の捜索を始めた。
 しかしながら、戦いはまだ終わっていない。
 動物園の警備にあたっているレン・オズワルドを忘れてはいないだろうか。
 もっとも彼はもう警備には就いていなかった。当初の計画が上手く機能しなかったこともあり、自ら密売の証拠を手に入れるべく動いている。そして、襲撃で警備が混乱してる今こそ、証拠品を奪取する絶好の機会だ。
 堂々と事務所に乗り込んだレンは家探し中の一同と鉢合わせた。
 時間が凍ったように固まっていた両者だが、やがて生徒たちはレンに攻撃を開始した。
「お……、落ち着け! 俺は敵じゃない!」
「残念ですが、あなたが動物園側についたと、ネットの掲示板に書かれていますよ」
 ブリザードを巻き起こしながら、真人が告げた。
「それは敵の目をあざむくため……、と言うかその作戦はほぼ失敗して……、って言わせるな!」
 ロッカーを倒し物陰に隠れるレンに、刀を振りかぶった風天が迫る。
「問答無用! そんな戯言で誤摩化されると思いますか!」
「だから誤解だ! 話せばわかる!」
 狭い室内で乱戦の様相を呈したその時、ドオオオオオンという巨大な衝撃が事務所に走った。
 前後左右に激しく揺さぶられ照明が落ち、置物や絵画などの調度品の数々が次々に床に落ちていく。
 思わず戦いの手を休め、みんな、おそるおそる天井を見上げた。
 それは崩落する空による攻撃だった。
 事務所の前に仁王立ちする神代 明日香(かみしろ・あすか)が、事務所ごと攻撃を仕掛けているのだ。
「違法行為に手を染める、悪の動物園に天罰なのですぅ〜!」
 真っ暗になった事務所から、生徒たちの困惑する声が上がっている。
「しめしめ……、中に従業員の人たちがお揃いのようですねぇ〜」
 ふふふと不敵に笑い、割れた窓に煙幕ファンデーションを投げ込んだ。
 立ち上る煙に慌てて生徒たちが外に飛び出したところを、明日香は魔導銃の乱射を浴びせかける。
 目の前は闇、そんでもって煙、もはや何がなんだかわからない状況にかてて加えての魔弾の嵐。ギャアギャア聞こえる悲鳴の大合唱に気を良くして、彼女はさらに火術、雷術、氷術と立て続けに叩き込んだ。
「ふぃー、快感……なのですぅ」
 しばらくして、煙が晴れるとズタボロの衣服をまとった集団が浮かび上がった。
 それを見て、明日香は首を傾げる。
「あ、あれ……、なんだかどこかで見た顔がたくさん……」
「どういうつもりか知らないが……、あんた、覚悟してきてる人だよな?」
 プスプスと燃えるジャケットを翻し、静麻はギラリと目を光らせた。
「人に攻撃するってことは……、自分が攻撃されるのを覚悟してんだろうなぁ……!」
 そう言って、陽一は銃身がぐにゃりと曲がったライフルを肩に担ぐ。
 二人に続き、ボコスコにやられた皆さんはそれぞれ武器を手に持ち、じりじりと明日香に詰め寄った。
「……か弱い女の子相手に多人数なんて卑怯ですぅ、ずるいですぅ、反則ですぅ」
「うるさいっ!」