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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に
切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に 切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に 切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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SCENE 12

 ミーナが聞いた地響きは、事故や破壊活動によるものではない。野外マットに繰り広げられたプロレス絵巻、その第一声であった。覆面レスラー・オーディンマスクに、ソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)が大技を決めたのである。パワーボム、上半身がマットを突き破り、地面に突き刺さるのではないかと思われるほどの強烈な一撃だった。
 どっと会場はどよめく。これをさらに盛り立てるように、
「おーっと、まさに凶悪! なんというルール破り! ジ・レメゲトン、荒ぶる魂を抑えきれなかったのか、ゴング前、しかも対戦相手ではないにもかかわらず、オーディンマスクにボムを決めたーっ! スタッフが止めに入る! 入る! お前の相手はオーディンマスクではないぞーっ!」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)がマイクを手に叫ぶのだ。そのとき悪役レスラー『ジ・レメゲトン』には、『IWE』と書かれた黒いTシャツを着たスタッフが数人飛びつき、なんとかその暴走を止めようとしている。だがレメゲトンは「うがー!」と声を上げ、逆にスタッフを引きちぎっては投げ飛ばす始末だ。
「早く出てきやがれ、いるーみん! 我に恐れをなしたかーっ!」
 でかい本から首と手足が生えた『半裸』というなかなかに色気ゼロ状態のレメゲトンであるが、悪役(ヒール)レスラーっぷりは板についていた。
 一方、くらくらする頭でオーディンマスク、ことシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)はリングから滑り降りた。
(「まったく……僕に襲いかかってアピールするところは台本通りとはいえ、あんな大技を出す予定じゃなかっただろう。それにスタッフまで投げ飛ばす必要もないはずだ。熱心なのは認めるが……」)
 プロレス団体『IWE』の試合にはブック、すなわちシナリオがある。今回はシグルズが書いたものだという。
 アルツールの声にさらに熱が籠もった。
「さあ、今夜の熱闘メインイベント、ジ・レメゲトンvsいるーみんの戦いはもうじきゴングだ! 屋外だから囲いの外からでも見ることはできるが、やはりリングサイド、かぶりつきで見るのは迫力が段違いだぞ! チケットはもうじきソールドアウト! この熱戦を見届けたい人は券売機まで急げ!」
 しかもアルツールは、イルミンスール魔法学校の仲間を応援すべく、一工夫凝らしていた。
「今夜は特別興行、来場時、『イルミンスールヨーヨー』のヨーヨーなど、イルミンスール屋台で買ったものを持ち込んでくれた人は、試合終了後に勝者との握手会に参加できる! 真っ赤なのれんが目印、『たこ大きいです!』のたこ焼きを頬張りつつ熱くなるのも乙なものだ!」
 サービスを加えた上、合間合間にイルミンスール側の夜店の広告を織り込んでいるのが心憎い。
 それから間もなく会場は満員となり、リング中央にてアルツールは声を上げた。
「赤コーナー…『禁書庫の悪魔』……ジ・レメゲトーーン!
 悪役らしくブーイングを浴びながら、レメゲトンがのしのしとリングに上がる。レメゲトンがコーナーポストに登ってポーズを決めるたび、ブーイングは一層大きくなった。しかしブーイングを浴びることこそヒールの栄誉なのである。
「青コーナー……『イルミンスールの荒鷲』……いるーみーーん!
 今度は拍手喝采、大歓声に包まれながら善玉(ベイビーフェイス)レスラーイルミンスール森の精 いるみん(いるみんすーるもりのせい・いるみん)が登場する。ゆったりしたレメゲトンのパフォーマンスとは真逆、駈け込んでリングに颯爽と飛び乗り、トップロープを飛び越える。
 ゴングが鳴った! パワーファイターのレメゲトンと空中殺法のいるーみん、好対照のカードである。だが実力ではいるーみんの方が上(という台本)、徐々にレメゲトンを追い詰めていく。だがここで突然! 
「おおっと凶器だ! ジ・レメゲトンは凶器を隠し持っていたぞー!」
 アルツールが声を上げる。解説役のオーディンマスクは頷きつつ語る。
「凶器の鎖十手を持ち出して来るとは、いよいよ、まともにやっては勝ち目が無いと考えたのかもしれんな」
 言葉とはちがって、シグルズ(=オーディンマスク)は内心ぼやいていた。
(「あーらら、相変わらずレメゲトンは僕の脚本通りにやらんなぁ……まあ、それも面白さの内、と」)
 ところがここで! 
「喰らえ! 鎖十手キーック! 鎖十手チョーップ! 鎖十手遠当て! 鎖十手火術! 鎖十手氷術! フハハ!どうだっ、ネットで見かけた技をヒントに編み出した秘技の数々は!」
 レメゲトンは素っ頓狂な連続技を開始したのである。
「って、十手関係無ーーーい!?」
 オーディンマスクは天を仰いだ。
「しかも、以前通じなかった魔術使っているし……だが、混乱させてはいるから今速攻をかければレメゲトンも勝ち目はある。……それができないから、いつも負けてるんだがね」
 だがこの展開に観客は大喜びである。もちろん、ベイビーフェイスのいるみーんが反撃することを期待しての盛り上がりだ。
「凶器攻撃とは卑怯……! いや、これは凶器攻撃に入るの……か? うーむ……いや、とりあえず卑怯(?)な真似はやめろ!」
 いるみーんは攻撃をかわすや、ドロップキックを決め、続いて、ロープを利用したフライング・クロスチョップを与える。倒れたところでコーナーポストに駆け上がり、大歓声浴びながら飛ぶ! スクリュー・エルボー!
 観客の熱狂が怒濤の勢いでこだまする。どうやら興行は大成功に終わりそうだ。