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十五夜お月さま。

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十五夜お月さま。
十五夜お月さま。 十五夜お月さま。 十五夜お月さま。

リアクション



第十一章


「よっしゃー、今日は日ごろの云々なんて忘れてパーっと飲もうぜ!! あんなにお月さまも綺麗に輝いているんだ、争いなんてしてたら罰が当たるぜ!」
 という、朝霧 垂(あさぎり・しづり)の声によって。
 大人数による、レオン・ダンドリオンを巻き込んでのお月見は幕を開けた。


*...***...*


「さぁ飲めさぁ飲めたーんと飲め! 今日俺が用意した酒は、地球から送ってもらった日本酒だ! 爽やかな切れ味ながら、シッカリとしたコシのある、芸術のような一品だぞー。美味すぎるから銘柄は秘密だ!」
 あはは、と笑って酒を注いで回る垂の傍ら、
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)よ♪
 戦闘力から『最終兵器ルカルカ』なんて呼ばれているけど……私はかよわい普通の女の子。
 最終兵器だなんて呼ばずに、普通に名前で呼んでね☆」
 ルカルカが挨拶する。
 その挨拶に対して、夏侯 淵(かこう・えん)が「かよわい? ああ、自称、な」ぼそりとツッコミ。
 それに対してルカルカは、笑顔で応えた。
「淵ー。握手しましょう?」
「こ……断る! 握られる握りつぶされるっぎゃあぁぁ!!」
 淵の手からボキボキと凄まじい音がして、けれどルカルカはにこにこと笑ったままで。
 あああれが最終兵器の威力……と、誰かが呟き、
「かよわい普通の女の子、ルカルカよ♪」
 それを、再び屈託のない純粋な笑顔で訂正して。
 レオンが、「恐ろしい女だ……あれが普通なのか……」と言っているのを聞いて、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が首を横に振る。
「あれは、あくまでルカの基準の普通の話だ。気にするな。
 改めて、俺はダリル。悶絶していたのが夏侯淵だ。よろしくな」
 握手を求めて手を出した時に、一瞬ためらったのはルカルカの『淵の手ボキボキ』が記憶に新しいせいだろう。思わず苦笑い。
「まぁ、握手はともかく。
 和洋折衷の月見弁当や、クッキー、チョコバー、リーフパイ、月見団子。食べ物は各種取り揃えてある。酒が飲みたければ垂の許へ。
 あと何か分からなければ気軽に声をかけてくれ、一応幹事だからな」
 言うべき事を言って、それから向かうはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)のところ。

 わいわいと騒がしい輪から外れて、エースは一人黙々と酒を飲んでいた。
 月を見るでもなく、団子を食べるでもなく。
 ただ静かに、酒を飲む。
 夏祭り以降、しばらくヴァイシャリーに来ることもないと思っていたのだけれど、まさかこんなに早く来るとは思わなかった。
 それゆえ、まだ色々と整理がついていない。
 空を見上げると、それは見事な満月が輝いていて、ああこんな月なら敬意を表して秘蔵の白ワインを持ってきた甲斐があったと一人頷いて。
 アイリスのことを、思い出す。
 こんなに綺麗な月だから、彼女もどこかでこの月を見上げているだろう。
 居る場所は大きく違っていても、同じ空の下、同じ月や星を見上げている。それは、繋がっていると同じこと。繋がっていると思っても、なんらおかしくはないこと。
 だから、このままでも、いいんじゃないか。
 そう思った時。
「東の花に心奪われたそうだな。想いに酔うだけで良いのか?」
 ダリルに言われて、固まった。
 想いに、酔うだけ。
 今出した結論は、まさにそれなんじゃないか。
「後悔は、するなよ」
 そう言って、ダリルが差し出してきたものは、薄黄色の皮で作成された団子。アイリスの髪の色と同じ色の団子。
 それを食べて、もう一度月を見上げて、考えた。
 後悔しないためには?
 どうすればいい。
 シャンバラが一国統一して女王を取り戻し、帝国と対等に条約を結べたら。彼女は友好の使者として、この地に迎えられるだろう。
 そのためには東西の争いを食い止めなければならないから。
 それを踏まえたうえで、自分にできること。
 考える。ひたすら、考える。
 西側に居るからこそ、出来る事。それが必ずあるはずだ。
 何らかの形で、東西を繋ぐ橋になるような事が。
「……どこかの学校で、そういう動きがあるって話を聞いたな……」
 ぽつり、呟いた。
「ちゃんと調べてみようか」
 その結論に至る間に、ダリルは宴会の輪の中に戻っていて。
 相変わらず、エースは輪から外れたままで。
 でも、結論は、出た。
 最初に一人で酒を飲んでいた時とは違う、決意と決心に溢れた瞳で。
 月を見上げた。
 待ってろよ。
 誰に言う事もなく、誰に向けて言ったわけでもなく。
 ただ、静かに、強い視線で、月を。

「オイラお団子大好きー!」
「月見じゃないのかよー」
「月より団子だよ、垂! あ、団子だけじゃなくて、もちろんダリルのお弁当も希望だよー!」
「唐揚げもあるからな」
「さすがダリルー! オイラ、嬉しいっ」
 月より団子なクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は微笑みかける。
 今回の弁当は、ダリルとエオリアが一緒に作ったものだ。それを、こうして喜んで食べてもらえるのは、嬉しい。
「ちょっと月には申し訳ないですけど、ね」
 謝るような目を月に向けて、団子を三方台に並べ、供えて、ススキも飾って。
 たまに月を見ながら、エオリアは給仕に励む。
「オイラもおさけー!」
「こら。クマラは子供だから、ダメですよ」
「えー!? 向こうのちみっ子は呑んでるじゃないかーっ、ひいきだひいきだーっ!」
「ダメなものは、ダメです。はい、ジュース」
 淵が酒を飲んでいるのを見て、「ひいきー!」と騒いで地団駄を踏むクマラに、オレンジジュースを差し出して。
 それだけで、ぶーたれていたクマラは「まぁ、いいけどー」と機嫌を直して。
「でも、140センチ身長がないとオトナ扱いされないなんて、やっぱりひいきだと思うよっ」
「違いますよ、淵くんは」
「言う事じゃないぞ、エオリア」
 説明しようとしたら、ぎっ、と睨まれた。
「まぁ、そういうことです」
「わかんないよー。いいもんねオイラだってすぐに身長がーんって伸びて、メシエの身長だって越えてやんだからねっ!」

 突然名前を呼ばれて、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、「ふふ」と優雅に微笑んだ。
「身長が伸びるだけじゃ、大人とは言えないね」
 たしなめるように、柔らかく静かな優しい声で、クマラに言う。
「どーゆーこと?」
「うーん。月を見て、美しいと思えるような心も、持ち合わせないとね」
「?? わかんないよー、だってオイラ、月よりお団子のがいい。お団子より、ダリルとエオリアのお弁当のがいい」
「じゃあまだ、子供かな」
「むー??」
「月を楽しみ、料理を楽しみ、酒を味わい。古き良き時代に想いを馳せるような、それくらいできなければね?」
 そう笑んでから、メシエはエースを見、次にダリルに視線を向けた。
「ところで、エースは輪から離れて何をしているんだい?」
「ちょっと考えたい事があるそうだ。そっとしておいてはくれないか?」
「ふむ? 他人の事に口を出さないダリル君が、あえてそういうのなら、今回はそうしておこうかね。しかし君がそういうことを言うのも珍しいね」
「月が綺麗な夜だからな」
 たまにはいいだろう? と言われたら、まぁいいんじゃないかな、と返すしかあるまい。
 エースを見ると、吹っ切れたような顔をして、月を見ながらワインを飲んでいた。
 まぁ、それなりに答えは出たのだろう。
「幸せ者だね」
 心配してくれる友人がいて。
 自力で答えを求める事もできて。
 不意に口をついてそんな言葉が出てきた。
「幸せ者は、強いものだよ。昔からそうさ。
 ああ、昔からと言えば――月は五千年も前から変わらないのに、シャンバラは随分と変わってしまったような気がするね。
 本当のシャンバラ復興は、まだまだ先になるようだ」
 連鎖的に思い出した昔の月と、昔のことと。
 今のことを考えて、少ししんみりして。
 見上げた月は、銀色に輝いている。

 さて、一方でレオンらはというと。
「レオンさんとは、直接会うのは初めてかも?
 初めまして、僕はライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)。ライゼって呼んでね。そんで〜」
 ライゼがレオンに自己紹介がてら、酒を飲んでいた淵を引っ張って。
「この子が淵ちゃんって言って、ルカルカさんのパートナーなの。小さくて可愛い女の子でしょ〜?」
 言われて、淵を見る。
 目つきが鋭く、精悍な顔つきだが、なるほど確かに美少女だ。
 ああ、可愛いな、と頷きかけたところで、
「俺は男だっ!!」
 淵が大声で否定。
 きょとん、としていると、
「あっごっめ〜ん! 女の子じゃなくて、『男の娘』だったけ? 間違えちゃった☆」
 きゃっきゃ、と笑ってライゼが走る。その後ろを、淵が追う。
「待てェ! いい加減俺の扱いを、変えろーッ!」
「きゃはは、やだなぁ淵ちゃん、偉い人も言ってるよ!」
「なんだ!」
「『こんなに可愛い子が女の子のハズがない!』って! きゃはははっ!」
「だからっ、俺は男だっ!」
 走り回り、笑い声、怒鳴り声、実に楽しそうに。
 ただ、
「あれが男か……人は外見じゃわかんないもんだなー」
 本心からレオンは呟く。
「そう、人は見かけじゃない……が、見かけでわかることも、あーる!」
 呟いた瞬間、垂がどーんと体当たりをしてきて。
「な、せんぱ……い!? その恰好……!!」
 恰好に、驚く。
 スポーツブラを着用しただけの、あられもない上半身。
「あーこれ? あっちぃんだもん」
「酔ってるだろ! ちゃんと服着ろー!」
 思わず叫ぶが、「細けぇこたぁ気にすんなー」と、男よりも男らしく、垂は笑う。
「あーそーだ、外見な、外見。たとえばこれだよこれー」
「え、わぁっ?」
 垂が掴んだのは、ルカルカの上着。
 それを、んばっ、とめくり上げて脱がせた。セクシーな黒いブラに包まれた、ルカルカの胸がぶるんと揺れる。
 ……! 大きい……! ……じゃ、なくてな、俺!?
 思わずそんな不謹慎な思考に走った自分を叱責しつつ、レオンは目をつむる。
「だから、先輩方!? 何やってんだよ! 服! 胸! 自重しろよ!」
「ん? 何目ェつむってんだよー。せっかく外見の話してんのによー」
 だからって、これは健全な青少年には毒だ! 天国だけど、地獄だ!
 きっと、垂はわかってやっている。止めないルカルカも、多分わかっている。
「うふふ、レオンー? 目を開けないと、未来は見えないのよ☆」
 いやこれ、未来に関係ないだろ!
 ツッコミが口から出なくなってきた。顔が熱い。
「で、レオン。お前はおっきいのとちっさいの、どっちが好きだ?」
 ニヤニヤした顔が目に浮かぶ。そんな声での、垂からの問い。
「じょ、女性の良さは胸ではなく器量だっ」
「わかりづれーよはっきり言えよ」
 うりうり、という垂の声とともに、頬に柔らかい感触。
 ……これはあれか、胸か!
 酔ってるだろこの先輩たちはッ、と心中混乱しながらも、考えた。
 大きい胸か? 小さい胸か?
 ……そんなの関係無い。
「好きになった女性の胸の大きさが、好きだ!」
 どーん、と言い放つ。
「外見でわかることがあろうとも、俺は外見よりも、中身が気になる!」
「……おー。言うじゃねーか」
 垂の感心したような声と。
「うんうん、おっぱい見て目をつむっちゃうピュアな少年とは思えない、力強い発言だよね☆」
 ルカルカの、同じく感心したような、楽しそうな、声。
 それから衣擦れの音は、おそらく服を着ている音。
 乗り切った、と思って薄眼を開けると、元通り服を着たルカルカが隣に座っていて。
「ところでレオンって、彼女居るの?」
「は……、」
 突拍子のない質問に、面食らいつつも。
「いない」
 短く簡潔に、答える。
「そ。じゃあ次の質問。何故、教導団に?」
 どういう意図を持って、ルカルカが質問しているのかはわからないけど。
 そのことに関しては、答えは一つだ。
「シャンバラを、シャンバラの人を、守りたいから」
 ルカルカが、ニッと笑う。
 軍人の顔だった。
 先程までの、友人同士で楽しく騒ぐ、可愛い女の子の顔から一転して。
 軍人の、先輩としての、顔になった。
「よく言ったわね」
 微笑んで、ルカルカが月を見上げる。つられて同じく、月を見た。
「ルカもね。シャンバラを守りたい。困ってる人も助けたい。『軍人は民間人の剣で盾』っていうのが、ルカの気持ち」
「民間人の、剣で盾……」
「勿論、軍務専念するのも、栄達を目指すのも、間違ってないと思う。どんな教導団員になるかは、レオン……貴方次第よ」
「俺は、俺の気持ちは、変わらない。シャンバラを守ること」
 そして、その信念を守ること。
 それは、変わらない。
「貴方になら、戦場で背を向けてもいいかもね?」
「な――」
 思わず言葉を失った。
 だって、その行為は。
「戦場で背を向けられる戦友の信頼……それは、信用より築き難い宝。
 改めまして、教導団にようこそ!」
 軍人の顔から、再び女の子の顔に戻って。
 にっこり笑顔で、手を差し伸べてくる。
 その手を取って、握手をしたら――
 ぼきっ、
 と音がした。
「〜〜っ!!」
「あ、ルカの握力のこと、忘れてた……! ごめんねレオンーっ!」
 どたばたとした月見は、続く。