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リアクション
第十章 クロエといっしょ。
「なんか最近体調不良で……。先生、ちょっと見て頂けないでしょうか?」
医師と対峙した音井 博季(おとい・ひろき)は、そう切り出した。
「もやもやして、教師補の仕事にも集中できないんです。自分の訓練にも身が入らなくて……どこか悪いのかなぁ?」
返事も待たずに、かく語る。
体調不良と言ったものの、どこか悪いところが表立って出てきているわけではない。
ただ、むしゃくしゃする。
調べてみてもなんなのかよくわからないし、ただ、もやもや、もやもや。
「そのもやもやしている時は何を考えていますか?」
医師は、そう問うた。
「何を…………」
考えて、浮かんだのは一人の顔。
金髪碧眼の、天真爛漫無邪気な少女。好奇心旺盛で、後先考えずに突っ込んで行くから目も離せない。
「例えば、初恋の人とか」
答えない博季に、助け船のように医師は言う。
が、それはただの図星で、余計に言葉に詰まる結果に陥った。
「むー。そうですね。その人の顔、ふっと頭をよぎることもあります。頭から離れないわけじゃないですけど。たまに……ね。
いかんなぁ。もっと強くなって、たくさんの大切なものを護れるようにならないといけないんですけどね……」
そう、相談する博季の傍らで。
退屈そうに、西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)は手指を組んだり伸ばしたり、手持無沙汰にしていた。
博季が、一人で行くのもなんだか恥ずかしいから、と言ってきたのでついてきてはみたものの。
心身共に健康的な幽綺子は、ただただ暇で、ぼんやりとしているばかり。
「……あら?」
そんな彼女の視界に、ふいっとよぎったもの。
「……クロエちゃん?」
以前知り合って仲良くなった、人形の少女が居た、気がした。
博季はもうすっかりカウンセラーと話しこんでいるし、恥ずかしいなんて思いもないだろう。診察室をそっと出て、
「あ、やっぱりクロエちゃんだ」
その存在を、確認。
声に出したからか、クロエは立ち止まって振り返り、きょろきょろと辺りを見回して。
「ゆきこおねぇちゃん!」
てとてとと、歩み寄ってきた。
「久しぶりね。元気だった?」
「元気よ! いま、かんじゃさんのお見舞いをしているの」
「お見舞い? お友達が入院しているの?」
「ううん、お見舞いに行けば、はやく元気になるのよ。だから、お見舞いなの」
あら、いい子。そう思って頭を撫でる。おそらくたくさん動き回ったのだろう、髪はあちこち跳ねてくしゃくしゃだ。
「そう。じゃあ、少し休憩していかない? 髪、梳いてあげる」
「していくわ!」
診察室の前の長椅子に腰掛け、抱っこして。
手持ちの櫛で、髪を梳く。
本当に人形なのかしら、と思ってしまうような柔らかで艶のある髪質。
「さらさらね」
「さらさらなのー」
「綺麗だわ。リボンも結い直してあげる」
解けかけていたチェックのリボンを、蝶々結びに結い直し。
「ん。おめかしできた」
ぽん、と頭に手を乗せた。くりん、と首を回し、幽綺子を見上げてくるクロエの目。顔。にこり、笑って「ありがとぉ!」とお礼。
「いいのよ。……あっちはもう終わったかしら?」
診察室を見遣ると、クロエが「?」と疑問符を浮かべた。
「博季がね、カウンセリングを受けていて。ああ、心配するほどのことじゃないわ。あの子のはどうしようもないから……」
「どうしようもない? それは、たいへんなのことじゃないの? ふじのやまい、っていうのよね!」
その言葉に、くすり、笑う。
確かに、不治の病と同じくどうしようもないにはないけど。
「クロエちゃんも見てみなさい」
音をたてないように、ドアを開けて。
「アレが、『純情馬鹿』って言うのよ。『恋』って厄介よねぇ」
ちらりと博季の様子を見せて、また長椅子に戻る。
「こい? やっかいなものなの? イヤなの?」
「……そうねぇ。クロエちゃんも、本気で誰かを好きになればわかるかも知れないわね。
人を好きになるって、辛いことなのよ。その分、幸せでもあるけどね」
なんて、偉そうにクロエに言うけど。
「まぁ、私もまだわかってないかも知れないけど」
「あれ? 幽綺子さんがクロエさんと遊んでらっしゃる?」
診察終了したらしく、博季が診察室から出てきて第一声。
「ね。お互いがんばりましょうね? クロエちゃん」
「え、何をです?」
「純情馬鹿にならないようによ」
「?? 純情馬鹿?」
ついでに、この無自覚にも。そう思ったけど、言わないでおく。クロエと目を合わせてくすくす、笑った。
「ねぇ、幽綺子さん、クロエさん。売店行きませんか? お菓子、買おうかなって思ったんですけど」
「お菓子?」
「はい。幽綺子さんには、こんなことに付き合わせてしまったお礼もあるし、幽綺子さんに付き合ってくれたクロエさんにも。あ、そういえばリンスさんは?」
「入院してるの。たおれちゃったのよ」
「ああ、それは大変だ。じゃあ、リンスさんにも持って行ってあげてほしいな」
三人で、仲良く並んで手を繋ぎ、廊下を歩いてそう話す。
「お財布大丈夫?」
含んだ笑みを浮かべつつ、問うてやると。
「う……まぁ、心もとないけど……たまにだしって」
苦笑するように博季はそう言った。
「それに、みんなに元気になってほしいから」
「じゃあ、わたしとおなじきもちなのね」
言葉にクロエが博季を見上げて、嬉しそうに笑ったから。
あらいいこと言うじゃない、と幽綺子も笑った。
*...***...*
クロエが色々な人のお見舞いに行っていると聞いて、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は手伝うことを選んだ。
そういうわけで、クロエを探して病院内を歩く。
看護士さんに聞いて回ると、すぐクロエの居所はわかった。言われた場所に向かうと、高務 野々とクロエが仲良く歩いているところを発見。
「こんにちは、クロエさん」
「ケイラおねぇちゃん! どうしたの? おねぇちゃんも入院なの? それともお見舞い?」
「うーん、どっちも違うかなぁ。クロエさんのお見舞いについていきたいなって思って」
だってクロエは、人形とはいえまだ小さい子だから。こんな広い病院を歩き回っていたら、疲れてしまうだろうと思って。
でも、手ぶらでやってくるほど不躾でもない。
「あと、これを配ろうかなって。はい、クロエさん、ひとつお願いするね」
用意したのは、小さなプリザーブドフラワーのブーケ。いくつも用意したそれを、救急箱にたっぷりつめて、二つ分。
「なぁに? これ」
「プリザーブドフラワー、ですね」
野々がまじまじとブーケを見て、言った。
「ぷり??」
「うーん。ずーっと綺麗なままのお花、といったところでしょうか?」
「そうなの? すてきね!」
はしゃぐクロエを見て、持ってきた甲斐があったなぁと早くも思い。
「でも、どうして救急箱の中にブーケなんです?」
野々に問われて、
「心の治療になるかなって」
「なるほど。花を見ていると心が落ち着きますしね、素敵な考えです」
自分でもいい考えだな、と思ったけれど、こうして正面切って褒められると、どうにも照れる。
ので、「野々さんはどうしてクロエさんと?」と話題転換したところ。
「ストーカーしていたら見つかってしまいまして……」
衝撃的な返しをされてしまった。
どう、返事をしよう。
考えあぐねているうちに、クロエがてってこてってこ、先に行ってしまった。
「クロエさーん、待ってください」
それを追う、野々。
ケイラも追いかける。
「あの。ストーカーって、」
「あ、変な意味はありませんよ。クロエさんが可愛いから、愛でたかっただけですので!」
ぐっ、と握り拳で力説する野々に。
「クロエさん、可愛いよね!」
つい同調して。
ふたりで、患者さんにブーケを手渡すクロエを見て。
「「可愛い〜……」」
ほわり、微笑む。
「おねぇちゃんたち、笑顔ね! すてきね!」
戻ってきたクロエにそう言われて、再び笑う。
クロエはどうやら笑顔が好きなようなので。
「うん、クロエさんが頑張っているからね。つい笑顔になっちゃった」
そう言って、頭を撫でる。
嬉しそうに笑う顔を見て、ちょっぴり癒されたり。
「クロエさん疲れてない?」
「だいじょうぶよ!」
「疲れたらおんぶしてあげるから、言ってね?」
「うん! ケイラおねぇちゃんは優しいのね」
仲良く手をつないで、
「そういえばね、さいきんね――」
クロエの話に耳を傾けながら、病院を回る。
*...***...*
「運って、日ごろの行いかな」
スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、ぽつりと呟いた。が、その瞬間アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)に睨まれる。
「運ですってぇ……?」
「そう、運」
ジトリ、ねめつけてくるアレフティナに対して、スレヴィはしれっと頷いた。そして思い出す先日のこと。
いつものようにストルイピンで遊んで……もとい、ストルイピンと遊んでいたら、ちょっとした弾みで二人して階段から転げ落ちてしまった。スレヴィは、軽い打撲と捻挫という軽傷。一方でアレフティナは頭を打って気絶、検査入院が必要という結果。
「おかしいですね……どうも盾にされた気がするのですが」
「あーそりゃ、頭打って記憶が混乱してるだけだって。
別にクッションになんかしてないから。きぐるみだから大丈夫だろうとか、考えてないから」
「……あの、えらく具体的な返事ですね?」
「具体例の一つだって」
「いえ、でもなんだか踏まれたような記憶が……!」
「だから記憶の混濁だろ?」
「記憶混濁するほどひどい怪我だったんですか、私」
「あーもーめんどくせぇなー、ほらこれでも読んでろよ。暇潰しくらいにゃなるだろ」
そう言って、ベッドの上に投げ出したのは。
「エロ同人誌じゃないですか! 嬉しくないですー!!」
同人誌新刊本2020。
ぺしーん、とアレフティナはベッドの上からそれを叩き落とす。
「何を持ってきてるんですか、何をっ!」
「んじゃこっち」
スレヴィは別の本を差し出す。
「古代の書物……? 読めませんいりません。絵もないし」
「学がないからだろ」
「というより明らかにスレヴィさんの選択がおかしいです」
重かったのに文句ばっかり言いやがって、と思いつつも、「じゃあ」別のものを出す。
「カード、ですか?」
「タロットな。占ってやるよ」
が、どうして持っていたのかも不明なブツのため、占い方など知るはずもなく。
適当にそれっぽくピラミッド型に並べて「……うん」神妙な顔で頷いて。
「何かドン詰まりの運勢だな」
「どん詰まり!? う、うあぁん……」
泣き出してしまった。
なんだよ、最下層にいるならあとは上がるだけじゃないか。どうして泣く必要があるんだ。
しかし、入院したことによって弱気になっているのだろうか? いつもより随分と萎れているような気がする。
アレフティナで遊んでしまうスレヴィだけど、彼のことを嫌っているわけではない。
なので、ずっと、こう……しょんぼりされているのも、あまり面白くはないわけで。
じゃあどうすれば元気になるかな、と思考を巡らせた結果、クロエに至る。クロエと一緒にいるときのアレフティナは、楽しそうだから。
人形師が、ここ聖アトラーテ病院に入院していると、聞いた。
なら、クロエも居るのではないか。
あの子ならうまく元気付けてくれるだろう。
「つーわけで、探してくる」
「はい?」
「これで遊んでろ」
「え? スレヴィさん?
って、ちょっと! ろくりんくん人形と榊の枝なんかどうしろって言うんですかー!?」
アレフティナの叫びを背に受け、いざ探さんと病室を出た。
病室を出て行ったスレヴィは、ものの十分程度で戻ってきた。
クロエを連れて。
「アレフティナおにぃちゃん、だいじょうぶ?」
しかもこうして心配してくれて……、
「スレヴィさんとは大違いです……!」
感涙ものである。
その言葉を受けたクロエは、スレヴィを見た。
じぃっ、と大きな瞳がスレヴィを見据え。
「やっぱり、いじわるなおにぃちゃんなんだわ!」
ぴしゃり、言い放つ。
「もっと言ってやってくださいクロエさんー! 今回だって、私のこと下敷きにしたんですよー」
「したじき? だめよ、そんなことされたら痛いのよ?」
「痛いと言えば、初めてクロエさんにお会いした時も、耳を怪我したことが原因で。それでリンスさんの工房を訪ねたんですよ」
「? でも、お外で会ったわ」
「はい、工房に人がいっぱい居たので。だから帰る途中だったんです。……それで、その道でスレヴィさんがやったことったら! 皮用の針で縫おうとしたんですー!」
「そ、それはこわいわ……」
皮製品に使う針は、通常の針よりも太く、長い。クロエが身を震わせたのも、それを理解しているからで。
なのにスレヴィはしれっとした顔なので、この人は……! と、なってしまう。
「それからですねぇ……」
と、これまでの愚痴をさらに言いかけて。
ふっと気付く。
「大丈夫ですか?」
「? なぁに?」
「クロエさんがお見舞いに来てくれたのは嬉しいんですけど……リンスさんも、クロエさんが戻ってこないと心配するかも」
「そうね。いちど、もどろうかしら」
かたん、小さな音を立てて、今まで座っていた椅子から降りて。
クロエは「またくるわ! はやくげんきになってね!」ぶんぶん、手を振った。
「クロエさんのおかげで、もうすっかり元気ですよ」
言いながら手を振り返して。
ぱたぱた、小走りに病室を後にするクロエを見送って。
「……その。ありがとうございます」
クロエを呼んでくれたスレヴィに、一応の礼。
「だから、日頃の行いだろ」
「……はぁ? なんですかそれ」
礼の答えになっていない。問い返してもそっぽを向かれるし。
「ねぇ、スレヴィさ――」
「それよりおまえ、言いたいことがたくさんあるようだな? いいんだぞー言ってもー」
「うわぁぁ、ごめんなさい! でもスレヴィさんがー!」
「日頃の行いだっ!」
「なんですかそれ今日の口癖ですかっ!」
ぎゃぁぎゃぁ、騒ぐ中。
ああもしかしたら、クロエが見舞いに来てくれたことが、日頃の行いのせいだよって。
言いたいのかな、なんて思った。
*...***...*
病室に入り、リンスのベッドを確認し。
クロス・クロノス(くろす・くろのす)は息を吐いた。
「クロエちゃん、居ないんですね」
呟きながら歩き、ベッド脇に置かれているパイプい椅子に腰かけて。
「こんにちは、リンスさん。倒れたと聞いてお見舞いに来ました」
「今さ。クロエ居ないってつまんなそうに言ったばっかだよね」
「そりゃ、クロエちゃんに会いたいじゃないですか」
というか、クロエに会うために見舞いに来たと言っても過言ではないのだ。どちらかといえば、見舞いがおまけである。
まぁいいけどね、と拗ねた様子もなくリンスが言って、ベッドの上で背伸びした。
「これ、お見舞いの品です」
お見舞いの体裁を保つために買ってきたフラワーアレンジメントをサイドテーブルに置いて。
「あまりクロエちゃんに心配かけちゃだめですよ?」
クロエはきっと、すごく心配しただろう。親のような存在で、唯一の家族であるリンスが倒れたのだとしたら。
「クロエちゃんを泣かせるようなら、私、許しませんからね?」
冗談半分に笑うと、「クロノス怖い」とリンスがベッドの上で身を退いた。
「ふふ。クロエちゃんの騎士さまですから、私」
言ったところで、
「クロスおねぇちゃん!」
クロエの声。
病室入口を見遣って、クロエの姿を確認。
「おかえりなさい」
笑顔で出迎えて、とてとて走り寄ってくる彼女を膝に抱きあげた。
「お見舞いなの?」
「お見舞いですよ」
「クロスおねぇちゃん、やさしいのね!」
「いえいえ。クロエちゃん、助けを呼んだんですって? とてもエライと思います」
「ううん、わたしだけじゃないのよ。えりすおねぇちゃんもたすけてくれたのよ」
知らない名前が出て、誰だろう? と思考を別の方向に向ける。が、思い当らなかったので、今度会ったりでもしたら挨拶してみようかなと思いつつ、クロエの頭を撫で撫で。
どこかで髪を梳いてもらったのだろうか。いつも走り回っている彼女にしては、触り心地のいい状態だ。
その髪を指先で梳きながら、「毎日お見舞いに?」簡潔に問う。
ヴァイシャリーから空京までは、近いとも言えないのに。
「そうよ! だって、リンスがひとりじゃ、かわいそうだもの」
とても健気にそう笑う。
「やっぱり、クロエちゃんはエライですね」
言うと、恥ずかしそうに、でも嬉しそうにまた笑うから、それが可愛くてまた「エライです」と言う。
さて、あまりこう愛でていても帰りづらく、クロエを離したくなくなってしまうので。
「そろそろ帰らなくては……」
自戒の意味も込めて、口に出して呟く。
あみぐるみの本を読んでいたリンスが、その言葉に本から視線を上げて、バイバイと言うように右手をひらひら。
それには笑顔で返して、椅子から立ち上がった。クロエを床に下ろす。
「ではまた。クロエちゃんに会いにきますね」
最後に、名残惜しいからとクロエの頭を撫でて。
病室を、去った。
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