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はじめてのひと

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はじめてのひと
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リアクション


●伝えたいことば

 静かなリビング、時間が止まったような夕暮れの空間に、突如、変化が生じる。
「ヴェルリアを迎えに行ってくる」
 と言い残し、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は買ったばかりの携帯を置いたまま出て行こうとしたのだ。
「なんじゃ、どうかしたのか?」
 それに気づいたアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が、読みかけの書物を抱えたまま目を丸くしている。
「何のことはない。ヴェルリアから精神感応で迎えの呼び出しがきただけの話だ」
「またか。あやつは外出しては道に迷うのう……趣味なのか?」
「そう責めないでやってくれ。彼女はまだ、一般生活に慣れないところがある」
 ふん、と小さく息を吐いて、アレーティアは肩をすくめた。
「真司はヴェルリアには甘いからのう……」
「そんなことはない。アレーティアが同じ状況になっても、迎えに行く」
「……たとえば、そこが世界の涯てであっても、か?」
「無論だ」
 こういう質問をすると、真司は多くを語らない。言葉少ないだけに、信頼できた。なんとなくアレーティアは嬉しくなってしまう。
「なら気をつけて行ってこい。ところで、それ」
 テーブルの上の『cinema』を指して言う。
「見ない携帯じゃな。何をしておったのじゃ?」
「これか? 新しい携帯を買ったから古い携帯からデータを移動させているところだ……」
 とまで口にしたところで、真司は軽く身を屈めた。
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)からの精神感応だ。
「すいません。目印らしいものが見つかりません……」
「いや、大丈夫だ……大体の位置は特定できる。今から行く」
 やはり精神感応で真司は答えて、携帯電話を左手でアレーティアに渡した。
「迎えに行ってくる。悪いが、残り作業を頼んで構わないか? こういう作業は得意だったな」
「仕方ないのう」
 と口ぶりだけは渋りつつも、アレーティアは目を輝かせて『cinema』を受け取った。見ているうちにこの機種に興味が湧いてきたのである。
 真司が急ぎ足で姿を消すと、アレーティアはまたたくまにデータ転送を終えて、あとはじっくりとこの新機種を触ってみるのだった。
「ほほう、面白い機能じゃのう」
 三面ホログラムディスプレイが、これまでの携帯電話では不可能だった機能を実現していた。たとえばゲームを遊ぶにせよ、三つの画面を利用したウォーシミュレーションなどを扱うことができる。
「こんなこともできるのか……うん? タイムカプセルメールじゃと? ふぅむ、これは面白い機能じゃ……」
 思わず独り言しつつメールを打ち始めていると、その声を聞きつけたリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)がリビングまで来た。眠そうな顔をひょっこりと出して、
「何してるの?」
「ひゃ! ……な、何も」
 慌てて隠すが後の祭り、こういうときばかりはやたら俊敏なリーラは、素早くアレーティアの背を取って、その携帯電話を盗み見ていた。
「なにやら素敵なメールを書いていたみたいね、真司に」
「そ……そんなことは、ないぞ」
 と言ったところで納得してくれるリーラではなかった。
「読んだよ。『わらわの全てを懸けて力を……』」
「わーっ! 見るな語るな笑うなー!」
 つかみかかってくるアレーティアをひょいとかわして、リーラは取引を持ちかけた。
「……メールの使い方を教えてくれたら、見なかったことにしてもいい」
「………………約束は、守れよ」
「もちろんよ」
 ふふっ、とリーラは笑った。

 以下が、アレーティアが真司に送ったタイムカプセルメールである。
 到着予定日は、彼の誕生日こと12月24日だ。

「真司へ。
 誕生日おめでとう。

 勝手に携帯を使ってしまってすまないの。タイムカプセル機能なんて面白い機能があったんで、つい使いたくなってしまったんじゃ。
 これもサプライズプレゼントとして受け取って欲しい。

 じゃがその前に、今その場には誰がおる?
 皆でケーキでも囲んでおるのか?
 それとも誰かと二人きりで出かけておるのか?
 もし後者だったら今すぐメールを閉じて翌日にでも見直すことを進めるぞ。できたら一人の時に読んで欲しいのでな。

 後者の場合、以下は移動後に読むべし

 ……………………読んで大丈夫な状況になったかの?
 それでは続けるぞ。

 今更かもしれんが実はおぬしに礼を言いたくてな。
 まず、ジャンク屋で売れるか、廃棄されるかの瀬戸際じゃったわらわを引き取って修理してくれてありがとう。
 それだけでも感謝しておるのに、突然現れたわらわと契約まで結んでくれた。おかげで、わらわは新たな生活を手に入れることができたんじゃ。
 どんなに感謝しても感謝しきれん。

 じゃから、わらわの力が必要になったときは迷わず言って欲しい。
 この感謝の気持ちとわらわの全てを懸けて力を貸そう。
 これからもよろしく頼むのじゃ。

 アレーティアより」


「ほれ」
 気恥ずかしそうにメールを発信し、アレーティアはリーラに携帯電話を渡した。
「次、私ね」
 さあ、真司が帰る前に、リーラもタイムカプセルメールを送るとしよう。


 *******************

 日も暮れようという頃、ようやく月代 由唯(つきしろ・ゆい)はメールを書き終えた。ここまで作成するのに四時間もかかってしまった。
 それはエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)への素直な気持ち。

「エッツェルへ。由唯です。

 この前は携帯壊してごめんなさい。……でも、あれはお前の方が悪いんだぞ? この世には肖像権というものがあってだな……。

 ……いや、そんなことが言いたかった訳じゃなくて、その……いつも蹴ったり殴ったりとかしてごめんっ! エッツェルはたぶん私に嫌われてるって思ってるだろうけど……。
 でも、エッツェルの目標に向かって諦めずに突き進んでいける強さとか、人を気遣える優しさとか……そういう所は嫌いじゃない。嫌いじゃないからねっ!
 ……で、でもまた誰かに危ないことしようとしたらまた蹴るから! 覚悟しとけっ!

 ……あと、自分の体は大切に。いくら再生能力があるからって無茶はしないで。……じゃぁね」


 書き直して書き直して、この内容に落ち着いたのだ。
 送った後、由唯は耳まで真っ赤になっていた。

 メールを受け取ったエッツェルも、彼女の気持ちを嬉しく思った。
「彼女らしい文章ですね……」
 そこで彼も、自分らしい文体を心がけつつ返信する。

「親愛なる月代由唯嬢へ。

 メール感謝致します。美の探求者、エッツェルです。
 先日はつい、貴女という薔薇に惹かれ、そのお姿を永遠に止めるべく携帯のシャッターを切ってしまった次第……失礼しました。
 ですがお忘れ無く、私が惹かれるのは、至高なる美のみなのですよ。
 携帯は壊されてしまいましたがそれでも、貴女の打擲を受けることができたことをむしろ光栄に思います。
 そう、貴女に撲たれ、蹴られ、罵られることすら、私にとっては幸せなのです。
 何故なら貴女というアフロディーテに、その瞬間だけは直に関われるのですから……。
 ですので、何ら謝することはないのですよ。貴女は貴女らしくいて下さい。
 ……ふふ、気障が過ぎましたか?

 嫌いじゃない、というお言葉、大変ありがたくお受けします。
 嫌いじゃないとおっしゃるのであれば、愛して頂ける可能性もあるということ、精進したいところですね。

 本日はメール、難う御座いました。
 由唯さん、じゃあ、『また明日』」


 メールを送るまでは、終始薄笑みを浮かべていたエッツェルだというのに、送信が終わるや、ぐったりと疲れた表情で椅子に身を横たえる。
「もはや この身体は生きてはいない……何時かただの化け物に成り果てる身……ですが再会を望まれる限り、少しでも足掻きましょうか……『ヒト』として……」
 身を苛む『疼き』に耐えながら、エッツェルは弱々しく微笑んだ。


 *******************

 師王アスカと蒼灯鴉は、二人の思い出の地で再会していた。
 そこはマホロバ・鬼の祠。
「あ、来た来た♪ 遅いよ〜。こっちの声が反響してるのに気付いたわね」
「ここだったか……手間取った」
「まだ電話、切っちゃ駄目よ?」
 互いの姿が見える距離なのに、アスカは携帯を耳に当てたまま話した。
 この場所は、鴉がかつて棲んでいた場所、そして二人が、始めて出逢った場所だ。
「闇の中が俺の世界だった……ここで俺はアスカを殺そうとし……できなかった」
「あの時の鴉は冷たい雰囲気だったねぇ。でも、今は変わったね……だから聞くわよ?」
 そう言って、繋がったままの電話を耳に押し当てる
「鴉は『ここ』に戻りたい?」
「もう戻れねえよ……俺の居場所は……ここじゃない」
 アスカは、静かに微笑んだ。
 電話の接続を切る。
「じゃあゲームおしまい! 帰ろっか〜」
「おい……タダ働きか。まさか景品は無し、なんて話じゃないだろうな」
「しまった! 考えてなかったわ……うう……じゃあ、これ!」
 ポケットを探ってキャンディを見つけ、これをアスカは鴉に押しつけるのである。
「甘……」
 口に含むや苦々しい表情をする彼を、「初シャッターチャンスねぇ♪」などと言ってアスカは撮影した。

 ひときしり笑って、肩を並べて帰路につく。
(「俺は知ってしまった、光の中の暖かさを……」)
 口中に残るアメを転がしながら、鴉は目を閉じた。
(「そしてあの瞳をみた時から俺はアスカに惹かれてたんだ」)
 アスカには言わないでおこう。言葉にせずともいつか、伝わるのではないかと思うから。
(「お前は……俺の光だ」)


 *******************

 陽が落ちるのが本当に早くなったものだ。
 すでに外は夜、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は現在、フィリップ・ベレッタにコールしている。
(「わかってる。『新しい携帯電話で初めての電話』だなんてただの口実……」)
 もう、フレデリカは知っているのだ。他ならぬ自身の心を。
(「――認めよう。私は彼の事が好きなんだって」)
「フレデリカさん、こんばんは」
 電話に出たフィリップの声は、落ち着いたトーンだった。途端、ただでさえ高かった脈拍が、一段階ビートを早めたようにフレデリカは感じた。
 それからしばし、何気ない世間話とともに自身の状況を語る。
 月雫石のロケットペンダントを作ってもらった事……行方不明の兄が相変わらず見つからない事……。
 その一方でフィリップの近況を聞き、その言葉に一喜一憂するのだった。。
 正直なところ、彼が自分をどう思っているのかはわからない。しかしフレデリカは、想いをつのらせていた。現に、今こうして電話しているだけで、顔は紅潮するし胸はドキドキしっぱなしだし……というわけで、顔が見えるテレビ電話にしなくて本当に良かったと思っている。
 やがて会話が尽きる頃、フレデリカは恐る恐る切り出した。
「私の『はじめて』をもらってね」
「はじめて……?」
「えっ、その、変な意味じゃなくて……新しい携帯電話からの初コールだ、ってこと」
「そうですか……なら僕も」
「僕も……って?」
「携帯電話を買い換えたら、フレデリカさんに真っ先に電話しますね」
 彼には敵わない――と、フレデリカは思う。今ので心を射貫かれてしまった。自分の言葉でフィリップを動揺させてみたい、と思っての一言だったのに、むしろ動揺したのは自分だった。
「もうじき買い換える予定なんです、僕。そうしたら、必ず電話しますから……だって、フレデリカさんは……」
「う、うん……」
 フレデリカはもう、緊張と不安で倒れそうだ。次にフィリップが語る内容によっては、そのまま心臓が止まってしまうかもしれない。
「……いえ、それは、僕からかけるときに言いましょうか」
 今、彼の顔は見えないのだけど、フィリップもいくらか紅潮し、それでも優しく微笑んでいるのだろう、とフレデリカは思った。
「それでは、また」
「うん……電話、楽しみにしてるね」
 携帯電話を切って、胸のロケットを開ける。
 はーっ、とフレデリカは息を吐いた。駄目だ、今夜はもう眠れそうもない。
 もしかしたらフィリップが電話してくる日まで、寝付けない日々が続くかもしれない。


 *******************

 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)の「はじめて」の相手は、やはりズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)に限るのだ。
「え、どうしたのナナ?」
 電話を受けたズィーベンは、驚いたような声をしている。
「今日、一緒に携帯電話を機種変更しにいったばかりだけど……なにか困ったことでも?」
「あ、いえ、別に……特別なことはないんです。ただ」
 お礼を言いたくて、と、ナナははにかんだように笑った。
「お礼……?」
「ええ、せっかくのはじめての電話ですし、これまで一緒に冒険してくれてありがとう、と言いたかったんです。いつもなんだかんだ言って無茶をしてもらってますし……」
「何言ってるの?」
 ズィーベンはアハハと笑った。
「むしろお礼を言いたいのはボクだよ。ナナと契約してからずっと、楽しい日々を過ごしているもんね」
「私も楽しいです」
「さっきも言ったけどボクも楽しいよ。すっごく!」
「じゃあ、私たち、似たもの同士ですね」
 くすぐったいような気持ちになって、二人ともしばらくは声を出して笑った。
「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく!」
 いつしか二人は、思い出話に華を咲かせている。
「覚えてますか? 世界樹の根を荒らす寄生虫を撃破しにいった冒険……」
「あー、あれか。見てるだけでカユくなってくるような連中だったよね」
 少し前の冒険でも、もう二人にとっては黄金の記憶だ。
「ダンジョン探索大会では、連絡を取り合うために別れたんでしたよね……」
 話の種は尽きない。
「夏祭りでは、ルースの馬鹿がかき氷作りで暴れてたなあ……」
 すっかり長電話になっているが、電話越しのコミュニケーションというのは不思議と温かく、居心地のよいものだ。ところが……
「こらぁ! さっきからその楽しそうな携帯電話を独占してるんじゃねぇ!」
 どかどかと音を立て、ズィーベンの部屋にルース・リー(るーす・りー)が飛び込んで来たのである。
「わっ! いきなり何だ、このモヒカン!」
「モヒカン上等! 俺にも電話さわらせろー。この俺の素晴らしいヘアスタイルで動画を作るんだー!」
「作るなっ! 馬鹿!」
 などと騒いでいるうちに、ナナとズィーベンの回線は、ぷつりと切れてしまったのだった。
 唐突な幕切れとなったものの、ナナは不快には感じなかった。
 むしろ、
(「こういう当たり前の日常がいつまでも続けばいいなぁ……」)
 と、夜空を眺めながら思うのである。