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リアクション
4.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのさん*わたしもおかしをつくりたい。
パイが焼けてきた匂いを感じとって。
「おかし。わたしもつくりたいわ!」
クロエが言った。
「では、一緒に作りましょうか?」
なので……というわけではないが、クロエと一緒にお菓子作りをしたかったから、クロス・クロノス(くろす・くろのす)はそう提案した。
「いいの?」
「もちろんですよ。なのでクロエちゃん。リンスさんに、工房にあるキッチンを借りられるか聞いてもらえますか?」
続けてそう言うと、クロエはリンスに駆け寄って、ひそひそ話す。きっと、周りに居る人に気付かれないため。サプライズで作って、渡して、驚かせたいと思っているのだろう。
そしてクロエは再びてこてこ走って戻って来て、
「いいって!」
嬉しそうに、笑う。
「クロスおねぇちゃんとこっそりつくって、みんなにおどろいてもらうの!」
ああ、やっぱり。
この子が考えることは可愛らしいことだなぁと頭を撫でて、そのきょとんとした顔を見て微笑んでからキッチンに入った。
「なにをつくるの?」
「かぽちゃのチーズケーキです」
言いながら、かぼちゃの種を取り皮を剥く。そしてかぼちゃとチーズを温めて、
「クロエちゃん、これを混ぜてください」
「はいっ!」
他に牛乳、バター、卵黄、砂糖をボウルに入れて、ハンドミキサーを渡してクロエに攪拌してもらった。
両手でミキサーを押さえ、ぐるりぐるり。
その間にクロスは卵白でメレンゲを作り、小麦粉を篩っておく。
クロエにはミキサーの代わりにヘラを渡し、小麦粉、メレンゲと順に入れて、練らないように混ぜてもらって。
「もうできあがりなの?」
「クロエちゃんの手際がいいですからね」
型に流し入れて、余熱済みのオーブンへ。
ぢー、と音を立てて加熱するオーブンを、クロエがじっと見つめる。
「そんなに見つめても、すぐには出来ませんよ?」
「こげないように、なの」
「ふふ。大丈夫ですよ」
「ほんとう?」
「はい。ですので、向こうでお茶を飲みませんか?」
「じゃあわたしがお茶をいれるわ!」
オーブンから離れてお茶を淹れるクロエに、
「クロエちゃん、お料理楽しかったですか?」
問いかける。
くるり、クロエは振り返りクロスを見て、
「とっても!」
満面の笑み。
「私、料理も得意なんですよ」
「そうなの? クロスおねぇちゃん、すごい」
「だから、クロエちゃんにお料理を教えることもできるんですよ?」
「…………じゃあ!」
「はい。時間を見つけて、教えに来ます」
やくそく、とお月見の時のように指きりをして。
嬉しそうに歌を歌うクロエと一緒に、工房に戻った。
*...***...*
「さてと」
クロエとクロスが台所から出てきたのを見て、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は座っていた椅子から立ち上がった。
「今日は何作んの?」
それを見て、リンスが問いかける。
ふふ、と笑ってから、
「出来上がるのをお楽しみに」
言って、背を向けた。
そういう楽しみがあったって、いいだろ?
鍋にバターを入れ、焦げないように注意しながら溶かし、小麦粉を投入。ダマにならないように混ぜ、牛乳を二回に分けて加える。手際良く、雑にならないように。それから焦げないように気をつけて。
ある程度のとろみがついたら塩コショウで味を調えホワイトソースの出来上がり。
次にたまねぎを炒め、それが終わる頃にはかぼちゃも蒸し上がっていた。ので、そのかぼちゃを潰す。
潰したかぼちゃの中に、先程のたまねぎとホワイトソースを混ぜて、かぼちゃのクリームソースの完成。
次。
涼介は持参した包丁でニシンを捌いた。内臓と骨を取って、塩コショウをしてソテーに。
これで準備はOKだ。
耐熱皿に、ソース、ニシン、ソース、チーズの順に乗せ、あらかじめ作っておいたパイ生地で蓋をする。
パイ生地は魚の形に形成して、周りには黒オリーブをあしらって。
つやが出るように、卵液を生地の表面に塗って、オーブンに入れて。
あとは焼き上がりを待つだけ。
さて、そうやって涼介がキッチンに籠っている間。
珍しく、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)は涼介の傍に居なかった。
では何をしていたかと言うと、
「なぜです?」
リンスに詰め寄っていた。
「いや、なぜって言われても」
「だって、クロエ様は着替えてらっしゃいますのに」
すい、と視線を動かす。
美羽と同じ魔女衣装に身を包んだクロエ。なんとも可愛い、小さな魔女である。
再びすい、と視線を動かす。
……いつもと変わらない、シャツにズボン、それにサロンを巻いた姿のリンス。
変わりなさすぎである。
工房の内装はハロウィン一色で、訪れている面々だって仮装していて、なのに店主はこうだなんて。
「浮いています」
「いいじゃん。個性だよ」
「いえいえ、そんなこと仰らずに。せっかくのハロウィンですし、わたくしもコーディネイトを考えてきましたし!」
びらり、取り出した服は涼介の着ている魔法使いの衣装と色違いのもの。
エイボンは、変身だの、至れり尽くせりだの、使える能力を全て動員して考えてきた。
のに。
「や、俺はいいよ」
「…………」
「……そんな悲しそうな顔しないでくれない?」
「だって……」
楽しんでもらいたかった。
みんなと同じように、仮装して、わいわい騒いで。
楽しそうな顔が見たかった。
そしてそれをまた皆で共有して、楽しい夜にしたかった。
……のに。
「あのねエイボン」
「……はい?」
「俺、充分楽しいからね」
と、リンスは言うけれど。
別に普段と変わらないじゃないか。
ぷぅ、と頬を膨らませて俯いたところで、ぽむ、と頭に手を置かれた。
「兄様」
顔を上げると涼介が立っていた。
「本当だよ。リンス君、すごく楽しそうだから」
「バレてる?」
「バレないとでも思っていたのか? 私はきみの友人だぜ?」
そう、涼介が言ったらリンスの表情が和らいだ。
しかしそこまでしかわからない。
いつもより楽しそうとか、嬉しそうとか、笑っていないのに笑っていると気付けるとか。
「そういう関係に、憧れます」
そういう、『通じ合っている友人同士』という関係に。
「ふむふむ。涼介×リンスなのか、リンス×涼介なのか……いけません、いけませんわ〜!」
……なのであり、そっち方面の思考ではないのに。
虎っ子の着ぐるみを着用し、仮装としているシーラ・カンス(しーら・かんす)の一言で、別の見方になりそうになったではないか。
「「いや、そういう関係じゃないから」」
即座に涼介とリンスが否定する。そうでないと困る。
「兄様……」
「私は異性愛者だよ」
「リンス様……」
「本郷をそんな目で見てないから大丈夫だよ」
ですよね、とほっと胸を撫で下ろしたけれど、シーラは未だ妄想の世界の住人だった。
……本当に、そういう関係じゃないですよね?
と、最後にもう一度涼介とリンスを見たけれど、素知らぬ顔で「ねえなんかすごいいい匂い」「あと少しかな?」料理に関する話をしていた。
*...***...*
シーラが居ると言うことは、と工房入口にリンスが目をやると、案の定。
「トリックアンドトリート。楽しんでいるようですね」
狼耳のヘアバンドと、尻尾ベルト。狼の足のような大きなブーツを履いた志位 大地(しい・だいち)が立っていた。
あーこいつも俺の表情の変化わかるやつだった、そうだった。「楽しんでるよ」と頷きつつ、近付いてきた大地の、
「狼男」
ふさふさの尻尾を引っ張ってみた。
「はい。食べちゃいますよ?」
ぐあー、と口を大きく開けて襲う真似なんかしてきて。
おばーさんのお口はどーしてそんなに大きいの、といつか読んだ絵本を思い出してみたり。
「俺は美味しくないからダメ」
断っていると、さっき涼介と×させて楽しんでいたシーラが再び「大地×リンス? はぁはぁ……」と呼吸を荒げていた。
大丈夫だろうか。いろいろな意味で。
「彼女は?」
「ティエルさんとは現地集合なんですよ。あとこれ、俺からトリートです」
「じゃ、こっち俺からね」
お菓子の交換をして、さっそくもらった分を食べてみる。バニラのとバターの香りがするクッキー。
「料理、上手くなったね」
「ええ、まあ……ええ。なんというか、不可抗力ですかね? なんでしょうね」
率直に感想を述べたところ、とても苦い笑顔で言われてしまった。そういえば彼女の料理が地雷原だった気がする。ポイズンなんて可愛らしいものではなかったとかなんだとか。
「そういえば、リンスくんは仮装しないんですか?」
話題を変えるように言ってきた大地に、「俺がするようなキャラに見える?」と逆に言ってやる。
大地は数秒考え込んで、
「いや、着てもいいんじゃないですか? ハロウィンなんだし」
否定の意見を口にする。
「えー」と言葉を濁しながら、仮装した自分を想像してみた。
似合うかに合わないかより、
「勘弁してよ」
そんなものを着てどんな顔をしていればいいのか。
「お、遅くなりましたっ!」
そんなリンスへと大地が追撃する前に、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)が工房に到着した。余程急いでいたのか、駆け込んできて、急に止まれず大地にぶつかり、
「はわ……」
よろよろ、とよろめいたあと、
「ひゃあ!」
「わっ」
椅子に座っていたリンスの上に尻もちをつく形になった。
「あぁぁ。ごめんなさいごめんなさい!」
ぺこりぺこり、謝って。
シーラの目が輝いていたけれど、何に対してかは考えない事にして。
「魔女っ子?」
「はい! ハロウィンですから、可愛く仮装したんですよー」
とんがり帽子に黒いローブ。細身のステッキを手に、くるりと一回転した彼女は確かに可愛らしい。
にこにこ笑顔で、楽しそう。
「そうだ! とりっくおあとりーと、ですよ♪」
ティエリーティアが笑ってお菓子の包み紙を差し出した。
背中に冷たい汗が流れる。一瞬の大地とのアイコンタクト。
――ヤバイ?
――ええ、多分。
「……それ、お菓子?」
「はい!」
「……自作?」
恐る恐る、尋ねた。
「いいえ、たくさん作ることはできなくて……市販のキャンディやクッキーをアソートしてラッピングしただけなんです」
そしてその答えに、安堵。
どれほど凄まじいのかは体験したことがないが、その料理で本人さえも入院することになったと聞いたため、構えてしまった。
ありがとう、とこちらも代わりにお菓子を手渡して。
ハロウィン仕様に、オレンジと紫を基調にラッピングされた中からお菓子を取り出して、食べた。甘くて美味しい。
ふと見ると、ティエリーティアは大地にもお菓子を渡していた。
あげる側ももらう側も初々しく赤面して。
渡したら渡し返して、また赤面して、そのまま笑い合って。
見ていて微笑ましくなる二人だなあ、と思ったところで、気付いた。
さっきティエリーティアはこう言った。
『たくさん作ることはできなくて』。
ということは、少ない量なら作ったのかもしれない。
そして、もうひとつは、大地に渡したお菓子のラッピングが、自分のとはサイズも何も、違っていたこと。
大地は気付いていないようで、ラッピングをほどいてオレンジ色のクッキーを手にして口にして――
バターン!
直立した体勢のまま、仰向けに倒れた。
「ひゃあぁ!? 大地さーん!!」
――そうか、これほどの威力なのか。
いっそ清々しいまでのポイズンっぷり、あるいは地雷っぷりを見て、リンスは冷静に言った。
「あっち、寝室。運ぶの手伝ってあげるから、寝かせておこうか」
ついでに看病したらいいんじゃないの。
そっちは言外に、だけど伝わったようで、あわあわしつつもティエリーティアはこくんと頷いた。
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