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Trick and Treat!

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7.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのよん*パイ、食べませんか?


 ベアトリーチェの焼いた、パンプキンパイ。
 レンの焼いた、アップルパイ。
 クロスとクロエの焼いた、かぼちゃのチーズケーキ。
 見事なまでに甘いもの尽くしである。
 涼介の焼いた、かぼちゃとニシンのパイがあるけれど。
 できれば食べきりたいが、この量を食べきるのは少々難しそうだ。
 冷めたとしてもどれも美味しいだろうし、来客をもてなすには充分以上であるのだけれど。
 それでもやはり、焼き立てを食べるのが作り手にとっても受け手にとっても、一番幸せであろうに。
 と思っていたところで。
「こんにちは」
 涼やかな声が、聴こえた。


 今日は仮装行列も行われているハロウィンだけど。
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)はいつもと変わらぬ服装だった。
 白いスーツに白い手袋。
 違うところと言えば、左腕にゴシックロリータのドレスを着たビスクドールを抱き、右腕に猫のぬいぐるみ――もとい、アレクス・イクス(あれくす・いくす)を抱いていることくらいか。
「こんにちは」
 工房のドアを開けて、声をかけるとリンスが振り向いた。なるほど、友人の話に上った通りの無愛想具合だ。表情ひとつ変えやしない。工房はこんなにもパーティ色が強いのに。
「いらっしゃい。お客様?」
 声にも抑揚が少なく、感情が読み取りづらい。
「はい。お人形の修理をお願いできますか? ほら、アル君。自分の口からお願いするんでしょう?」
 右腕に抱いたアレクスを揺らして起こそうと試みる。「むにゃ……」と寝惚けた声を上げているから、もう少しか。
 ふと視線を感じて、アレクスから目を逸らすと。リンスがじっとこっちを見ていた。いや、正確にはアレクスを、か。
 依頼に来ておきながら眠っているから機嫌を悪くしたのだろうか。
「すみません、疲れてしまったみたいで。
 アル君? エステルさんを見てもらうんでしょう?」
「…………」
「……、あの?」
 黙るリンスへと少し大きめに声をかけると、はっと肩を震わせた。何をそんなに驚いて。
「ごめん。その子……アル君? が可愛くて、つい」
 見惚れてたとでも?
 相変わらず無表情だし声に抑揚はないけれど。
 印象は最初と変わって見えた。


「エステルちゃん、怪我させてしまったにゃう」
 アレクスは絞り出すような声で言った。
 大切なお友達に怪我をさせてしまった辛い記憶を呼び起こし、きちんと事情を説明して。
 あれは、エメの家に来客があった日の事。
 お客様の中に子供が居たため、アレクスは客間で一緒に遊んでいた。
 すると、子供はその無邪気さゆえに、椅子に座らせていた人形の、エステルの腕を思い切り引っ張って――。
「関節のところから、もがれちゃったのか」
「にゃう……」
 エステルを抱き上げたリンスに言われ、アレクスの耳や尻尾がしゅん、と垂れた。
「小さい子は、判らないんだから……ボクが気をつけないといけなかったにゃう。エステルちゃんには、たくさんごめんなさいをしても足りないにゃう」
「いいじゃない、それだけ反省してるなら。それとも、エステルちゃんっていつまでもアル君のことを怒るようなおこりんぼなの?」
「エステルちゃんはいい子にゃう!」
「ならアル君がそれだけ悲しんで反省して、同じ失敗はもうしないって約束するなら許してくれると思うけどね」
「にゃう……エステルちゃん。もうしないにゃう。ちゃんと、ボク、エステルちゃんのことを守るにゃう。
 だから、また一緒に遊んでほしいにゃう」
 直してあげて。
 大切なお友達なんだ。
「アル君にとって、エステルさんはお友達なんですよ」
 なんとなく、恥ずかしくて言えなかったことは、エメが代わりに言ってくれた。
「喋らなくても動かなくても関係ない……。
 いえ、アル君には声が聞こえているのかもしれませんね」
 うん。ちゃんと、聴こえているよ。
 ――エステルちゃん、ごめんにゃう。
 ――……もう、ごめんなさいはおなかいっぱいだわ。
 ――……にゃう。
 ――それよりはやく、わたし、アルと遊びたいのよ。元気になりたいわ。
「リンス。エステルちゃんを、ボクの大事なお友達を、直してほしいにゃう」
「断る理由なんてないよね」
 ふ、と薄くリンスは笑って。
 エステルの腕を、いとも簡単に直してしまった。
「……! エステルちゃん! エステルちゃんが元気になったにゃう!? リンス、すごいにゃう! ありがとにゃう、ありがとうにゃう!」
 ぎゅむー、と抱きついて、お礼乱舞。
 もふもふ、撫でられることだって甘受する。
 だってエステルちゃんが元気になった。
 また遊べるようになった。
 それが嬉しいから、直してくれたリンスには感謝だ。
 もう離さないぞと、エステルを抱っこして背中に乗せて。
「エメ、エメ。リボンで結んでほしいにゃう」
「はいはい。……これでどうです? これくらいならエステルさんも苦しくないでしょう?」
「にゃう!」
 嬉しいから高く一声鳴いてみせて。
 エステルと一緒に、工房見学をすることにした。


「治療費ですが――」
 如何ほどですか、と問い掛けて、掌をすっと向けられた。
 ? 何だろう。指五本分?
「いい。それより困ってることがあって助けてほしいんだ」
「困っていること?」
 アレクスの、エステルの、恩人であるから変な願いでなければ聞き届けるが。
 ほぼ初対面の相手に何と言うつもりだろう。
 エメがわずかに身構えたその瞬間、
「この焼き立てのパイを食べて行かない?」
 そんな願いが出てきたから、思わず噴き出した。


*...***...*


「ねえ、ここどこ?」
 見知らぬ道。
 人とすれ違わない道。
 宇佐川 抉子(うさがわ・えぐりこ)は、不安そうに瞼寺 愚龍(まびでら・ぐりゅう)へと問いかける。
「知らね」
 返ってきたのは、そんな答え。
「……え?」
「迷子ってやつじゃねぇの?」
 あっけらかんと。
 さも当然、普通であろうことのように、不安をかきたてる言葉をさらりと言ってのけた。
「な、え、えぇ!? やだよ、あたし仮装行列に参加したいのに……!」
 まさか、自ら先導するように前を歩いていた愚龍が道を知らず、挙句迷子になるとは予想だにしていなかった。
 せっかく、仮装もしたのに。
 ぴったりとした、身体のラインを浮き彫りにしたパイロットスーツに、ネコミミカチューシャ。
 はっきり言って統一性はない。が、その統一性のなさが異世界めいたアンバランスな雰囲気を作り、ハロウィンの仮装としては成立していた。
 なんとかして、街まで戻ろう。そして、仮装行列に参加しよう。
 握り拳を作って、よしやるぞと意気込んだところ。
 神様は抉子に味方してくれた。
「あれ……工房?」
 街外れ、誰ともすれ違わないような郊外の、森の奥。
 ひっそりと、人目を避けるようにその工房は存在していた。
 そうだ、あそこで道を聞こう。街までどうやって行けばいいのか、どれくらいかかるのか。
 一歩踏み出したとき、
「ヘンゼルとグレーテルは森で迷子になって、自ら魔女の家に足を踏み入れるんだぜ」
 愚龍が、意地悪そうに笑いながらそう言うものだから、踏み出しかけた足が止まった。
「……なんでそういうこと言うのよぉ」
「いいじゃねぇか、迷子で」
「よくないっ。ていうかどこがいいのよ」
「あー? ……あー、そうな。雰囲気とか。化け物が出てきそうな」
 そんなの余計に嫌だ。
 出てくる化け物を待つくらいならば、自ら魔女の巣へ飛び込んで行ってやろう。どうせ何か変わるなら自分から動いて変わるほうが、いい。
「こんにちはー! ハッピーハロウィンですよー!」
 そしてどうせだから、魔女と友達になってやろうという勢いで、工房へと飛び込んでいった。
「いらっしゃいませなのよ!」
 目に飛び込んできたのは、ハロウィン色に彩られた工房の中身。
 様々な人形が棚に並ぶ、綺麗な空間。
 机の上にはお菓子や紅茶。
 出迎えた女の子は、小さくて可愛い魔女。
 魔女の巣、なのだろうか?
 ならば、きっと良い魔女だ。
「とりっくおあとりーと! おかしをちょうだい!」
「ハッピーハロウィン! かぼちゃのスコーンを作ってきたの、ぜひ食べて!」


 面白くない。
 愚龍は心の底からそう思った。
 わざわざ迷子になって、仮装行列という人目から遠ざけて、それなのに。
 ちらり、抉子を見遣った。
 笑っている。
 女相手でも、男相手でも、年上年下関係なく楽しそうに。
 楽しそうにしているのはいいのだけど、なんだかイラつくのだ。
 ムカムカ、ムカムカ。
 胸のうちに黒いものが溜まるような。
 そもそも、抉子が悪いのだ。
 いったい何を考えてあんな格好をしたのか。
 仮装するにしても、もっとマシな選択はなかったのか。
 ネコミミをつけたなら、ゆる族みたいなもふもふの塊にでもなればよかったのだ。
 あんなボディライン丸出しの格好で、男に近付くなんて
「マジでありえねえ」
 ぼそ、と呟くと、
「何がありえないのよ」
 クロエの手をつないで、抉子がすぐ真後ろに立っていた。
「……オマエのそのトンチンカンなカッコ?」
「ひっどい! クロエちゃんなんとか言ってやって?」
「えぐりこおねぇちゃん、かわいいのよ?」
 ああそうさ、可愛いさ。……可愛い? ……まあ、似合わなくは、ない。
「ほらほら、ハロウィンなのにそんなぶっすーっとした顔で隅っこに居たら損だよ! 楽しもう?」
「じゃ、トリックオアトリート」
 お菓子をくれてもいいし。
 悪戯させてくれてもいいし。
 さあどうする?
 作って持ってきたお菓子も、工房に居る連中みんなに配って回ってたんだ。そろそろなくなる頃だろう?
 どちらに転ぶか。
 抉子が出した答えは、
「はぅ……お菓子だと思ったら、スプーンだっ……スプーン〜♪」
「……この、ドアホ」
 頭にチョップすると、ばこす、と間抜けた音がした。ネコミミに当たったせいだろう。
「痛っ。何するのよぅ。ネコミミ取れちゃった〜……」
 ハロウィンパーティなんかにゃ参加したいわけでもないし。
 仮装にも興味ないし。
 だけどまあ、ネコミミが取れたとむくれた顔で、涙目になってこっちを見上げてくる抉子が見れたから。
「チャラにしてやる」
「? 何を? っていうかすっごい意地悪そうな顔! クロエちゃん、いい? このおにーさんに近付いちゃ、ダメだからね!」
「わかったわ! こわいのね!」
 女ふたりがかしましく騒いでいるけど、もうなんでもいいや。
 十分楽しんだし、あとは適当に騒ぎの中に身を沈めるとする。