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リアクション
第六章 信念と、絆と
――グラン・バルジュの脱出口を見つけたから、ちょっと来て欲しい。
相棒であるシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)から、そんな内容のメールを受け取ったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)の二人は、しかし、そのメールの通りに行動はせず、グラン・バルジュの入口でずっと待機していた。
きっと嘘だと、リカインたちは確信していたからだ。
このバルジュ兄弟の事件の間中、シルフィスティはずっと苦しそうな表情を浮かべていた。
口にこそ出さなかったが、戻ってきた記憶が深く関係していることは、パートナーである自分たちには簡単に理解できていた。
十中八九、不都合な真実なのだろう、と。
もう一緒にはいられなくなるほどのものだ、と。
やがて、足音が聞こえてくる。
その主は、今まで何度も助け、助けられてきた、かけがえのないパートナー。
「はぁ……ひどいわね。フィス、ずっと待ってたのに……」
リカインとルナミネスを見つけて、わざとらしくため息を吐く。
「ま、でも、メールが嘘だってバレてたんだろうけど」
「フィス姉さん……。一体どうして……」
「記憶がね、戻っちゃったの……。いろいろあって、どうやらフィスはバルジュ兄弟に味方しなければならないようだわ」
「……そう。なら仕方ないわね」
少しだけ悔しそうな表情を浮かべると、リカインはすぐに戦闘態勢に移る。
「あらあら……動揺もしないなんて……フィス、ちょっとさみしいかも」
「たとえ誰であろうと、容赦はしない。ただそれだけよ」
「そう……。ならこれ以上、言葉は不要ね――」
天を仰ぎ、深く空気を吸うシルフィスティ。
そして、肺から一気に吐き出す。
「手加減なんて期待しないで頂戴ね」
瞬間、シルフィスティの全身から、輝かしいながらも禍々しいオーラが漂い始める。
アボミネーションと護国の聖域の同時発動だ。
すかさず跳躍すると、持っていた七枝刀で、罪と死を放つ。
「くっ――」
速さも威力も段違いとなった、シルフィスティのその一撃を床を転がってかわす。
さっきまで立っていた場所に、巨大な亀裂が走っていた。
(そういえば、姉さんって結構強かったんだっけ……厄介ね……。でも――)
苦笑しつつ、ラスターエスクードを構えるリカイン。
(――退くわけには、いかない)
そしてそのまま――
「ルナ、下がっててね」
優雅かつ豪放に、突進しだした。
「やらせるもんですか」
恐ろしい速さで迫る巨大な盾に臆することも無く、シルフィスティは指を鳴らす。
すると、どこからかレッサーワイバーンが現れた。
甲高い鳴き声を響かせた後、リカインに向かって津波のような炎を吐き出した。
「なんのこれしきっ!!」
炎を割るように、歩みを止めないリカイン。
――ギッ!
燃料切れだろうか、苦しげに唸るレッサーワイバーン。
その隙を、リカインは見逃さない。
「でああああっ!!」
怪力の籠手を嵌めた手で、振り下ろし気味のストレートパンチをお見舞いする。
ナックルパートが、綺麗なくらいレッサーワイバーンの顎を捉えた。
そのまま、天井へと首をめり込ませた。
「しつこいわね……えいっ!」
舌打ちをしながら、今度は奈落彼岸花を投げつけてくる。
(なっ――部屋の中で毒を使うとか、正気!?)
驚きながらも、うまく毒煙をかわしてシルフィスティとの距離を詰めていく。
「ふふ、やっぱりリカインには小細工なんて効きそうにないわね」
シルフィスティもまた、腰溜めの姿勢をとる。
後ろ足に体重をかけたかと思うと、七枝刀の切っ先を後ろに流してリカインへと向かって推進してきた。
振り下ろされる剣戟。
一度。
たった一度だけで、ラスターエスクード全体に恐ろしいほどの衝撃が走る。
「なんて力してんのよ……」
「まだまだ、こんなもんじゃないわよ」
そこから次々と、斬撃が押し寄せる。
衝撃に次ぐ衝撃が、リカインを下がらせる。
(このままじゃ――はっ)
その時、シルフィスティに――正確にはシルフィスティの奥の光景に目を見張った。
(いや、いけるわね――)
即座戦術プランを立て、実行に移すことを決める。
そのためには、まず――
「でええええええええええええええええいっ!!!!!」
可憐かつ美麗なその容姿からは想像できないような野太い咆哮を上げて、リカインは突進を再開した。
止むことの無い斬撃の圧力に歯を食いしばって耐えながら、ただひたすら、シルフィスティを押していく。
(両手が痺れてきた……。でも負けるわけにはいかない!)
「はっ!!!」
足を動かしながらパワーブレスを自身にかける。
一歩も引かない動く鉄壁と化したリカインは、やがて、シルフィスティを“ある位置”へと押しやる。
「今です! お姉様」
その時、ルナミネスが合図を出した。
そう。先ほどリカインが見たのは、ルナミネスの姿だった。
シルフィスティの後ろで、彼女は“ある事”を行っていたのだ。
「……しまった!」
自分の足に絡められた輪状のロープを見て、焦りを露にするシルフィスティ。
これは、リフトクローと呼ばれるトラップ。
足をこの輪に嵌めてしまえば、逆さづりにされるという映画なども有名なトラップだ。
回避しようと足を動かすのと、そのロープが上がるのは、ほぼ同時。
身体が逆になる前に、何とか七枝刀でロープを切って脱出する。
が――
「くっ――」
着地地点にいたのは、ラスターエスクードを捨てて半身になっているリカイン。
このままでは直撃を受ける。
一か八か。シルフィスティは武器を振り上げる。
対するリカインはタイミングを計るかのように呼吸を整え、ヒロイックアサルトの準備をしている。
次の瞬間、刀と拳が――交わった。
「ぐはああっ!!」
刃が触れる直前、リカインは己が拳をシルフィスティの身体に叩き込んだ。
一瞬にして向こう側の壁へ直撃し、全身を打ちつけるシルフィスティ。
やがて、力を無くしたようにどさり、とそのまま前のめりに倒れた。
「はぁっ、はあっ……ふう……」
リカインもまた、片膝をついた。
「あー、強かった……」
ふう、と大きく息を吐いて、シルフィスティのほうへ向かう。
「フィス姉さん……」
「ふふっ……すごくガチだったんだけどなぁ……。やっぱり負けちゃった、か」
「なぜ――どうしてこんなことを……」
「……躊躇せずに戦いを挑んできた人の言葉とは思えないわね……」
「いいから――答えて」
真顔で問うリカイン。
そんな表情を見て、自然とシルフィスティも笑みを消す。
「フィスね、昔、同性の英雄に嫉妬してたの。ふふっ、これが結構厄介な感情だったのよね。嫉妬に狂ううちに魂と翼を売って、堕ちてしまった」
ずるり、と覚束無い両足で立つと、壁にもたれ掛かる。
「その後、気がついたらバルジュ兄弟の手下になってたくさんゴーストを生み出したわ。けど、バルジュ兄弟はそんなフィスをあっさり使い捨てにしたの。それ以来よ。地獄の天使を使うと、まるで涙を流しているかのように、骨の翼痕から血が流れ出すの」
そこまで語ると、シルフィスティはごぼりと音を立てて血の塊を吐き出した。
「はぁ、はぁ……一度あいつらの手下として戦って、信頼させたところで、あいつらに復讐しようと思ったのだけれど……リカインったら、手加減なしなんだから……。空気読みなさいよね。全く……」
再び、その場に崩れ落ちる。
「記憶が戻ったっていうのに、この結末はちょっと酷いわね。恨むわ、神様」
「……」
悲壮な表情を浮かべながら、リカインは瀕死のヴァルキリーを見つめる。
「復讐なんて、フィスのキャラじゃなかったのかもね……。でも――」
微笑みを浮かべて――
「あなたたちと出会えただけでも、十分楽しかったわ――」
最期の言葉を紡いだ。
◆◇◆
「起きなさい。コラ!」
「げぶふっ!!」
最期の言葉を口にしたはずのシルフィスティに、リカインは容赦なく蹴りを入れた。
「リジェネレーションで回復してんのはバレバレよ」
「ちっ。見破られてたか」
パチン、と悔しそうに指を鳴らすシルフィスティ。
「全く、何が『あなたたちと出会えただけでも、十分楽しかったわ』よ!」
「一応、あのセリフで油断したところを奇襲しようとか考えたり、考えなかったり……」
えへへ、とシルフィスティは誤魔化すように笑う。
やがて、二人の間に僅かな沈黙が流れる。
「……ない」
「えっ?」
よく聞き取れなかったリカインの言葉を聞き返す。
「私は、どんな秘密があろうと、フィス姉さんから逃げ出したりしない」
低い声の、しかし、はっきりとした発言だった。
「どんな現実が来ようとも――受け止めるわ」
「リカイン……」
「バルジュ兄弟の下でこき使われてたことなんて、忘れさせてあげる。血が出るなら、何度でもふき取ってあげる。フィス姉さんが、フィス姉さんであることを許せるように、受け入れられるようにしてあげる。ええ――誓ってやってもいいわ! この信念を以って、あなたとの絆を繋ぎとめるっ!!」
リカインは、大胆不敵な笑みを浮かべ宣誓した。
「ば、ばかっ、何言っちゃってんのよ……」
感極まり、涙腺が緩んだシルフィスティは、思わず顔を背ける。
「全く、とんでもない人と契約しちゃったわね」
ずずっ、と鼻をすすりながら目をこする。
「ふふっ、今頃気がついたかしら?」
「お姉様……」
ずっと相手をしてもらえていなかったルナミネスが、申し訳なさそうに声をかける。
「お怪我のほうは……」
「えっ、ああ、大丈夫よ。ただ、これ以上の無理はしないほうがいいわね」
「よかったです……」
心底安堵したような表情を浮かべるのもつかの間、まるで能面のような冷たい顔に変わり、シルフィスティを睨みつける。
「いっそのこと、バルジュ兄弟に使い捨てにされればよかったものを……。惜しいです。実に惜しいです」
「ル、ルナミネスったら〜、じょ、冗談キツいんだから〜」
「……ちっ」
おどけて返すも、ルナミネスの反応は、やはり冷たかった。
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