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リアクション
10−3
「女の子に何しようとしてんだ、てめー!」
どげし。
後頭部に飛び蹴りを食らい、クルードは吹っ飛んだ。床を滑って壁に激突し、元から重症だったこともあって動けなくなる。
「おやおや、大変じゃ」
院長が看護師2人を呼んで、クルードとリリアを運ぶように指示した。そう、どうでもいいが夜勤の看護師は2人いたのだ。
「応急処置が終わったら、空京病院に引き取ってもらうかの。彼女と一緒に入院させるのは危険そうじゃ」
院長達が、処置室へと移動していく。一方、飛び蹴りをかました男――トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は突然の闖入者に驚く皆に、堂々と名乗り口上を述べる。
「毎度。あなたの街の便利屋さん。ロックスター商会です。なぁんてね」
彼の後からは、ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)が入ってくる。病室からの生徒達の多くも、チェリーを守るような動きを見せていた。彼女の味方のようである。警部は、その状況が全く理解出来なかった。
「お前達、何故かばう……? こいつは、鏖殺寺院だぞ……テロの犯人であり、逮捕して裁きを受ける対象だと、解っているのか?」
「寺院? テロ? 何のことだ? それ」
思い切りすっとぼけるトライブに、部下が説明する。
「昼にデパートで起きた事件ですよ。知っているでしょう? その犯人です」
「ああ、あれねー」
トライブは何かを思い出すような仕種をしてから、言った。
「お前ら、知らねーのか? あの事件の主犯は、鮮血隊副隊長の仮面野郎だぜ?」
「仮面野郎、だと……?」
「……何を言っている? あいつは……むぐ」
関係無い、と続けようとしたチェリーの口を、トライブは手で押しとどめた。彼女だけに聴こえるように、呟く。
「言ったろ? ちゃんと生き延びろって」
「……!? お前……!」
驚くチェリーから警部に目を戻し、彼は言う。
「山田もチェリーも、利用されてただけだ。そうだよな、チェリー」
「…………」
シーツの中で、チェリーは俯く。ジョウが彼女の傍にしゃがみこみ、こっそりと囁いた。
「見捨てられた娘って事に仕立て上げれば、チェリーさんの立場が少しは良くなると思ったみたいだね……まぁ、トライブはおバカだから、チェリーさんもあんまり気にしないで、全責任を押し付けちゃっていいと思うよ? 鏖殺寺院で人様に迷惑かけているのは本当なんだし」
「……でも……」
「ま、もし申し訳無いと思うんだったら、ほっぺにキスでもしてあげたら? 単純だから喜ぶと思うよ」
「な……!」
思わず狼狽するチェリー。ジョウは立ち上がって、トライブの言葉を補足するように言った。
「ボク、聞いた事あります。鏖殺寺院に仮面の悪い人が居るって。チェリーさんもきっと、仮面の人に脅されてたんですよ。あいつ、女好きで性格歪んでるし」
「ゆ、歪んでねー……いや、それは無いだろ、多分。うん、多分?」
ちょっと私情交じりに言ったジョウの台詞に抗弁しかけ、トライブは慌てて取り繕う。
「……とにかく、だ。俺はチェリーの味方をするぜ! 皆の事情や責められる理由を分かった上でだ」
「何故だ? 裏の事情がどうあれ、彼女が事件に関わっていたことは事実だ。なのに……」
「ん? 可愛い女の子の味方をするのは当然だろ?」
「……は?」
「…………!」
警部だけではなく、その場の皆がぽかんとする中、チェリーは無言のままに頬を真っ赤にした。シーツの中に隠れるように顔を隠す。そこに、ピノが近付いた。
「……おねえちゃん、良かったね。あたし、本気でそう思うよ。もう怒ってないよ。怒れないよ……それは、ちゃんと伝えないと、と思ったんだ……」
「…………」
それを聞いて、チェリーは暫く呆然としていた。何かがすとんと入ってきたような、そんな気がする。
「……ごめん……」
その言葉は、滑るように自然に、口から流れた。
「うん……」
ピノは笑って応え、そして――糸が切れたかのように、突然倒れた。
「ピノ!?」
ラスが慌てて近付き、ピノを抱き起こした。ぐったりとしていて、反応が無い。院長が生徒達の間を通ってやってきて、彼女の身体を点検していく。
「大丈夫じゃ。衰弱はしているようじゃが、特にどこか問題があるわけじゃなさそうじゃ」
「衰弱……?」
「詳しい事はよく分からんが……今日、この子は随分と精神疲労を起こしていたようじゃな。栄養も水分も、全て足りとらん。今日、食事はしたのかえ?」
「え……あ、そういえば少し摘んだだけかも……」
実はソフトクリームも食べているが。
「点滴をしておけば朝には回復するじゃろう。一応、検査はしておくがの」
「……お願いします。もし、事件の後遺症か何かだったら、他の花嫁達にも伝えておかないといけないでしょうし……」
「その心配はないと思うがの」
「悪かった……。本当に」
チェリーに声を掛けられ、ラスはふっと、表情を緩めた。
「いーよ、もう……。ピノが許したんなら、俺がいつまでも怒ってたってしょうがないしな。俺も……さっきは悪かったよ」
攻撃的な気配が抜け落ちたその態度に、チェリーは虚を突かれて言葉を失った。彼は改めてピノを抱き上げて院長を促した。そのまま廊下を行こうとして、立ち止まる。
「なあ、もし……」
何かを言いかけ、しかしそこで口を閉じる。
「いや、なんでもない」
そして、今度こそその場を離れた。森からの面々とエース達が、検査室前まで同行する。その途中で、社が訊いた。
「さっき、何て言おうとしたんや?」
「……家に来るかって言ったらどうする、とか……。でも、ちょっと前に殺られかけた相手に、そんなこと言われたかないだろ」
「ふーん……」
それを聞いたエースが言う。
「案外、うまくやれそうな気もするけどな。でも、そうなったらラスさんが大変かもね。抱える厄介事が更に増えるし」
「……俺は、日々平和に暮らしてるぞ。今日は特別だ……多分」
「ところで、その蛇ずっと服の中にいるけど、めでたく慣れたんか?」
「……我慢してんだよ我慢! まじで変に緊張する……」
「今のやりとり、間違いなく彼もシロですね……警部、もう良いんじゃないですか? 帰りましょう。すぐに謝罪会見をしないといけませんし」
「……訳の分からない事を……、何を謝るというんだ」
「勿論、チェリーさんについて誤認報道をしてしまった件です」
「誤認……って、どこがだ。こいつは、確かに事件に関わってるんだぞ。というより、実行犯だ」
「警部は、これ以上彼女を追い詰めてどうしたいんですか!」
そこで、部下は声を荒げた。
「この子を逮捕するなんて御免です。法に背いていようが知ったこっちゃありません。嫌です。どうしても逮捕するっていうなら、僕、奥さんに言っちゃいますよ」
「つ、妻に……? な、何をだ……?」
「警部が奥さんに黙って、週一で夜にメグちゃんと××に行ってる事とか、臨時ボーナスをキャバクラで全部使った事とか、クリスマスに彼女とダブルブッキングしてる事とか……」
警部の顔が蒼白になった。
「……………………よし、帰ろう……」
「物分りの良い警部で良かったです。では、皆さん、お騒がせしました。リーンさんも緋山君も、迷惑かけて悪かったね」
部下は、警部と腕を組んで引っ張るようにして帰っていった。
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