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【2020修学旅行】京の都は百鬼夜行!

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第3章 涙ににじむその名前 〜六道珍皇寺〜

 西福寺、六波羅蜜寺から少し離れた場所に、六道珍皇寺がある。小野篁が冥界に通うために使ったという井戸がある場所だが、そこに一般の、市井の人々の霊が大量に現れて、僧たちの前でさめざめと泣きながら生前の無念を語っているという。
 「……問題は、人数が多いことと、話が進まないことだと思うんだ」
 西福寺、六波羅蜜寺で生徒たちを降ろして六道珍皇寺に向かうバスの中で、シャンバラ教導団のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、同じ教導団の源 鉄心(みなもと・てっしん)に言った。
 「人数の多さは、結局人海戦術でさばくしかなくなりそうだけど、話が進まないのには打てる手があると思うんだ。例えば、皆にどういう分野の話が得意かあらかじめ聞いておいて割り振るとか……」
 「そうだな、相性や向き不向きは考えた方がいいと、俺も思う」
 鉄心はうなずいた。
 「……よし」
 クレアは荷物の中から、筆記用具を取り出した。
 「みんな、これから紙と鉛筆を回すから、名前と、得意な話題を書いてもらえないか? 寺に着いたら、このメモに従って、自分が得意な話題で亡者たちと話せるようにしたいんだ」
 クレアの提案に従って、生徒たちはメモに自分の名前と、話題にしやすいことを書いて行く。

 生徒たちが六道珍皇寺に到着してみると、本堂の前には亡者たちがひしめきあっていた。西福寺や六波羅蜜寺に比べて境内が広いのが救いだが、通勤通学ラッシュの時の東京都内のターミナル駅のような光景だ。その境内のあちこちで、僧侶が亡者たちにつかまって、話を聞かされている。話を聞くのに手一杯で、水塔婆を書くのに手が回っていない状態のようだ。
 「うわー……」
 鉄心のパートナーのヴァルキリーティー・ティー(てぃー・てぃー)が、圧倒されたように声を上げた。
 「これは、習字を練習している時間はなさそうですわね……」
 習字道具のバッグを提げたシャンバラ教導団の沙 鈴(しゃ・りん)が眉を寄せた。
 「私も、練習に使ってもらおうと思って、水墨画用の筆と紙を持って来たんだけど……練習してたら日が暮れそうね〜」
 イルミンスール魔法学校の師王 アスカ(しおう・あすか)もため息をつく。
 「字に自信のない方は、水くみや墨の準備をお願いしますわ!」
 鈴は周囲の生徒たちに呼びかけた。
 「字じゃなくて模様だと思えばいいんじゃねーの? 字の形をそのまま模写ならできるだろ」
 楽天的なことを言うのはシャンバラ教導団のデゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)だ。
 「模写した結果が、外国の観光地にある日本語もどきの看板のようになっては困りますのよ?」
 「絵と字って、やっぱり違うと思うわよ〜」
 鈴とアスカは反論したが、
 「間違いがないように、良く確認してもらいながらやるよ。ルケトとカサンドラは聞き役を頼むな」
 デゼルは意に介さず、パートナーの機晶姫ルケト・ツーレ(るけと・つーれ)とカサンドラこと魔道書フランソワ・ラブレー ガルガンチュワ物語(ふらんそわらぶれー・がるがんちゅわものがたり)に声をかけた。二人はうなずいて、亡者たちの中に入って行く。
 「水塔婆を書く場所はありますの?」
 それを見送り、ひとつ息をついて、鈴は僧侶の一人に尋ねた。
 「本堂に、文机が……ああ、はいはい、ちゃんと聞いておりますのでね……」
 僧侶が答えようとすると、その前に居る亡者が不満そうな顔をする。これは手強そうだ、と思いながら、鈴は本堂に上がった。
 「私たちも行きましょうか。三成さんはお習字やったことないわけがないですし、律さんもマホロバでは水彩画とかお習字とかしていたんですものね。ノグリエさんはお話聞く方をお願いします」
 「はいはーい。これだけ亡者がいるとちょっと『加工』したくなっちゃうけど、我慢して真面目にお話聞くよー。行ってらっしゃーい」
 パートナーのイルミンスール魔法学校の東雲 いちる(しののめ・いちる)に言われて、悪魔ノグリエ・オルストロ(のぐりえ・おるすとろ)はひらひらと手を振った。いちるはパートナーの英霊石田 三成(いしだ・みつなり)とマホロバ人織部 律(おりべ・りつ)を連れて本堂に向かう。
 「さーて、じゃ、お話聞いて欲しい人は一列に並んでね。並ばない人は……ふふふ」
 ノグリエは亡者たちを見て、にっこりと胡散臭い笑みを浮かべてみせた。
 「では、こちらも始めますかな。飛鳥、準備を」
 シャンバラ教導団のマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は、パートナーの機晶姫本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)に声をかけ、足元に置いていた大荷物を広げ始めた。折りたたみ式の机を挟んでパイプ椅子を2つ置き、机の上には電気スタンドを置く。
 「……ほら、そこの女! ここへ座れ!」
 手近に居た若い娘の亡者をぞんざいな口調で呼びつける。だが、彼女は椅子を動かすことすら出来ない。
 「……まあ、座れないものは致し方ありませんか……で、お前いったい何をやらかしたんだ、白状しろや!」
 と、すっかり刑事ドラマの刑事になりきって娘を問い詰める。と、娘はいきなり泣き出した。
 「何もしてやしませんよぅ……水飲み百姓で、どんなに貧しくてひもじくても、真っ当に生きてきましたのに……いったい何を白状しろって言うんですか……」
 「……あらら、こっちが泣き落としをかける前に泣かれちゃった……」
 優しく声をかけて自白を促す役をする予定だった飛鳥は、おろおろと娘をなだめようとした。が、娘はしくしくと泣きながら、せめて恋のひとつもしたかったの、白いご飯が食べてみたかったのと、うらみつらみを述べるばかりだ。しかも、マーゼンの声に驚いたのか、境内には亡者がうようよしていると言うのに、机の周囲だけきれいに誰も居なくなっている。
 「……ど、どうしよう……?」
 飛鳥はマーゼンを見た。
 「ううむ、昔の庶民なら権力には弱かろうと高圧的に出てみたのですが、このようなことになるとは……」
 マーゼンも予想外の反応に困っている。と、
 「お嬢さん、泣かないでください」
 横合いから、見事な白百合の花が一輪、娘の前に差し出された。娘はぱちぱちと目を瞬かせて、白百合と、それを差し出した空京大学のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)を見た。
 「あなたのことを知りたいのに、泣いていてはお話ができません。さあ、涙を拭いて……」
 言われて、娘は着物のたもとで涙をぬぐう。
 「俺はエース・ラグランツと言います。お嬢さん、あなたのお名前は……?」
 「きぬ……と申します……」
 エースが先に名乗ると、娘も思わず自分の名前を答えた。すかさず、エースの後ろに控えていたパートナーの剣の花嫁エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)がメモを取り始める。
 「苗字は……ああ、昔の日本の人って、苗字がない人も居るんだっけ。じゃあ、住んでた場所とか、お父さんの名前とか聞いておいた方がいいのかな」
 「そうですね、ただ名前だけ書くより、その方が良さそうです」
 エオリアはうなずいた。エースは娘から、住んでいた集落の名前と両親の名前を聞き出した。
 「ありがとう。じゃあ、少しお話をしましょうか」
 エオリアがメモを持って本堂へ走るのを見送って、エースは娘の話を聞き始めた。
 「はー、エースさん、上手ですねぇ……」
 それを見ていたティー・ティー(てぃー・てぃー)がしみじみと言った。
 「うん、やはり、自分から名乗ることが重要みたいだな。あとは、話を聞きたいんだという姿勢か」
 鉄心が腕組みをしてうなずく。と、ティーが鉄心の袖をつんつん、と引いた。
 「源、源、……目が、あっちゃいました……」
 見ると、一人の老婆がじっとこっちを見ている。
 「うん、話を聞いて来いよ? これも人生勉強だと思えばいい」
 「……一人だと、ちょっと不安が」
 ティーは不安そうに鉄心に言った。
 「じゃあ、最初は二人で話を聞くか?」
 鉄心はティーを連れて、老婆のところへ行った。聞けば、老婆にはティーと年恰好の似た孫娘が居たらしい。
 (お孫さんがとっても大事だったとか、成長が楽しみだったとか、何か言い残したいことがあったのかな……)
 そんなことを思いながら、ティーは一生懸命に老婆の話を聞いた。

 エースのように上手く名前を聞き出せた生徒が居る一方で、苦戦している生徒たちも居た。
 (うう……いつ話を切り上げていいか、わからないよ……)
 琳 鳳明(りん・ほうめい)は、もう30分も一人の亡霊の話につきあっていた。ちなみに、まだ名前は聞き出せていない。
 (あの人みたいに、一番最初に名前を聞けば良かったかな……でも、何か、今から唐突に「名前教えて下さい!」なんて言えないし……)
 ちらりと視線を向けた先には、蒼空学園の無限 大吾(むげん・だいご)の姿があった。
 「俺は無限大吾って言います。パラミタという遠い所から来ました」
 大吾はエースがしたのと同じようにまず先に自分から名前を名乗り、相手の名前を聞くようにしていた。中には人の話なんぞ聞いちゃいねえ!とばかりにマシンガンのようにしゃべりまくったり、いきなり泣き出す亡霊も居たが、かなりの高確率で効率良く名前を聞きだしている。
 (鳳明ってば、要領悪いなぁ……さっさと名前聞いたら、その亡者は放っておいて、別の亡者の所へ行けばいいのに……)
 鳳明のパートナーの強化人間藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)は、そんな鳳明を遠目に見ながら、さくさくと任務をこなしていた。他人とのコミュニケーションを筆談に頼っているのが逆に良かったのかも知れない。ノートに大きく、
 『名前を教えてください!』
 と書いたものを見せ、相手が名前を答えれば
 『ありがとう!』
 と書いたページを見せて、さっさと他の亡者のところへ行く。亡者が名前以外のことを言っても、一切相槌は打たずに、延々『名前を教えてください』のページを見せ続ける。余計なことを言わない(言えない?)せいで、話が長引かないのだ。
 「おい、あまり話し込むなよ」
 幸い、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が、鳳明の様子に気付いて声をかけてくれた。
 「あ、そうですね。あの、他の方のお話も聞かなくちゃいけないので、このへんで……。で、最後にお名前教えてもらえませんか? こんなに長い時間お話してたのに、お互いに名前を知らないなんて、何かヘンですし」
 こうして、鳳明はやっと一人目の亡者の名前を聞き出すことが出来た。

 「……ん? ルーツ、どうしたの?」
 亡者たちの話を聞いていた師王 アスカ(しおう・あすか)は、パートナーの吸血鬼ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が何か考えに沈んでいる様子なのに気付いて首を傾げた。
 「……いや、我の双子の弟も、彼らのような姿になっているのかと思ってな……」
 「そうねぇ。ここの亡者たちもナラカから来たんだものねぇ」
 アスカは、呟くように答えるルーツの顔をしげしげと見た。
 「つきあわせちゃって、悪かった?」
 「否。ただ、弟を懐かしく思っただけだ。正直、会いたいとは思う。だが、それよりも、きちんとパラミタに生まれ変わって、幸福になって欲しい。……弟も、彼らも」
 ルーツはかぶりを振る。
 「うん。そのためには、ちゃんとナラカに帰ってもらわないとねぇ」
 アスカはほっとしてうなずき、本堂を見た。
 「そう言えば、鴉ちゃんはどうしてるかしら。大丈夫かなぁ。死んだ人の話を聞くのはつらいだろうと思って、書く方に行ってもらったけど……」
 もう一人のパートナーの名前を呟く。