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【2020修学旅行】京の都は百鬼夜行!

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【2020修学旅行】京の都は百鬼夜行!

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 「だいぶ落ち着いて来たわねー」
 どこから持ち出したのか、門前の一角に据え付けたこたつ(電源は本堂から延長コードで引いている)にもぐったシャンバラ教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、こたつ板の上に置いたみかんの皮をぺりぺりとむきながら言った。
 「そうねぇ。遊び疲れた子もいるみたい」
 こちらはバナナをもぐもぐと食べながら、パートナーの魔鎧ニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)が相槌を打つ。その視線の先では、酒杜 陽一(さかもり・よういち)のパートナーの魔女フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が、陽一や酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)との追いかけっこに飽きた子供たちに子守唄を歌ってやっていた。
 「うーん、いい光景だなぁ……」
 心を込めて歌うフリーレと、その傍らで少し眠たそうな、安らかな表情をしている子供たちを見て、陽一がしみじみと言う。見ているルカルカとニケも、その通りだと思った。しかし、
 「お兄ちゃんお兄ちゃん! この子を達引き取って、私達夫婦の子供にしようよ!」
 「子供が子供を育てられるわけないだろう……って、その前に誰と誰が夫婦か!」
 美由子のとんでもない発言から小突きあいになってしまっては台無しだ。ニケとルカルカは、顔を見合わせて苦笑した。
 「おい、食べてばっかりだと太るぞ」
 持っていた金平糖を供出したが、菓子ばかりではなく飲み物も要るだろうと、オレンジティーを淹れて来た剣の花嫁ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がため息をつく。
 「だって、双六用意して来たけど、あの子たちサイコロ振れないんだもん……お手玉の曲芸もやって見せたけど、一時間も二時間もするものじゃないかなーと思うし」
 ルカルカはごそごそとこたつにもぐり込み直しながら反論する。
 「金平糖やみかんもね、子供たちと一緒に食べられるとばっかり思ってたのよ。でも、実際に食べることは出来ないって言うし、何していいのやら……」
 「飴を作っているカオルたちの手伝いをするとか?」
 ダリルは言った。同じ教導団の橘 カオル(たちばな・かおる)たちは今、飴細工に使う飴の準備で大童なはずだ。
 「私は、もう一回歌って来ようかな」
 ニケは少し名残惜しそうにこたつから出て、フリーレの方へ向かった。
 「あー、良かったぁ、間に合ったですぅ」
 そこへ、蒼空学園のレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)とパートナーの守護天使ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が、小さな大砲に金網を被せたような形の機械を乗せたリヤカーを引っ張って現れた。
 「何、それ?」
 ルカルカは首を傾げた。妙な機械に気がついた子供たちも集まって来る。
 「大砲、に見えるが……。戦闘になっているのは一条戻り橋だし、地上の武器は通用しないと言う話だったぞ?」
 ダリルも怪訝そうな顔で、機械とレティシアを見比べる。
 「これは大砲ではなく、『穀類膨張機』と言うのですぅ。『ポン菓子』とか『ドン』とか、聞いたことないですか?」
 「えーと……ああ、ライスパフのこと、かな?」
 「日本では昔、こういう機械で、お客さんの目の前で作って見せてたそうですぅ。貸してくれる所を探すのにちょっと手間取っちゃいましたが……」
 レティシアが説明している後ろで、ミスティは砂糖蜜の用意をしている。
 「そろそろいいみたいですねぇ。どーん、って大きな音がするから、そういうのが怖い子は、耳をふさいでおいてくださいですぅ! 行きますよー!」
 言われて、子供たちは慌てて圧力釜から離れたり、耳を塞ぎ、目をぎゅっと閉じてうずくまったりした。子供たちが体勢を整えたのを確かめてから、ハンマーでバルブを叩くと、大砲の発射音に似た音がして、白い煙が上がった。安全だと判っていても、子供たちも生徒たちも、思わず小さく悲鳴を上げる。
 「うん、無事に出来たみたい」
 煙が薄くなり、金網の中に膨らんだ米がたまっているのを確かめて、ミスティが満足そうにうなずいた。金網の中の米に砂糖蜜をからめて、ザルに広げると、香ばしく甘い匂いがあたりに漂った。
 「さあ、今度はトウキビで作るですよー!」
 リヤカーに積んできた袋を開けながら、レティシアが言った。と、
 「あ、来た!」
 子供たちにしゃぼん玉を吹いて見せていた、シャンバラ教導団の朝霧 垂(あさぎり・しづり)のパートナー、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が門の方を見た。
 「はーい、熱いのが通るよー!」
 大きな鍋を抱えて、シャンバラ教導団の橘 カオル(たちばな・かおる)がやって来た。その後ろに、七輪を提げたルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)と、何やらしたこまごました道具の入った盆を持った朝霧 垂(あさぎり・しづり)が続く。
 「ほらほら、このお兄ちゃんとお姉ちゃんが面白いもの見せてくれるよ〜」
 七輪を地面に置いたルースが声を張り上げる。
 「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、飴細工の始まりだよー」
 ライゼも、しゃぼん玉を止めて声を上げた。
 「おねえちゃん、もうおしまい?」
 しゃぼん玉を見ていた子供たちから、そんな声が上がる。
 「もっと、やって欲しい?」
 ライゼが尋ねると、子供たちはこくこくとうなずく。
 「うーん、ここでやると、しゃぼん玉がお鍋の中にはいったりしそうだから、少し離れたところでやろっか。みんな、出来たら呼んでね!」
 垂たちに声をかけて、ライゼはしゃぼん玉の道具を持って、風下の、少し離れた場所に移動した。しゃぼん玉とは言え、バケツにいっぱいに液を作り、針金ハンガーで作った大きな輪やら、古いテニスラケットやら、色々と道具を揃えたので、移動するのも一苦労だ。
 「行くよ、そーれ!」
 バケツのしゃぼん液にラケットをひたして振ると、小さなしゃぼん玉がたくさん出来る。子供たちはそれをながめたり、追いかけたり。
 「……本当は、子供たちも自分たちで出来ればいいんだろうけどな。ライゼもそうしたがってたし」
 その様子を見て、垂はぽつりと呟いた。
 「あの子たちがここから戻って行く先はナラカなんだよなあ。でも、かと言って現世に置いておくわけにも行かないし」
 「そうなんだよなー。まあ、いずれはパラミタに生まれ変わるわけだし、物事には順序ってものがあるんだから、仕方ないんじゃないか?」
 いきなりあの姿で現世に戻って来ちゃっても大変だろ?と言いながら、カオルは七輪の上に置いた鍋の中から、熱で柔らかくなっている飴を取った。
 「何を作ろうかなー……。最初は、わりと簡単なヤツから行こうか」
 飴に色素を練りこみ、割り箸の先につけて形を整えて行く。子供たちが目を丸くして見ている数分の間に、白黒逆のパンダが出来上がった。
 「あーっ、忍者の白黒熊の人だ!」
 子供たちから声が上がる。
 「じゃあ、俺は綺麗なのを作ろうかな」
 垂は飴の塊に、ちょきちょきと細かく鋏を入れて行く。
 「あっ、菊の花!?」
 少し年かさの少女が、指をさして叫んだ。
 「正解!」
 出来上がった菊の花を、庫裏から借りて来た陶器の花器に立てて、垂は微笑んだ。
 「おお、二人ともすごいじゃありませんか! 俺も作りたいなぁ。教えてくれませんか?」
 カオルと垂が作った飴細工を見て、ルースが言った。
 「いいけど、熱いから気をつけろよ?」
 カオルは、自分と垂の間にルースを入れた。また飴を一かたまり取って、
 「ルースはこういうことするの初めてだっけ? じゃ、うんと簡単なヤツな。卵型っぽくまとめて、このへんとこのへんに鋏を入れて、伸ばして……」
 と、説明を始めた。
 「最後に、赤で目をちょんちょん……と」
 「おお、ウサギだ。ウサギですね?」
 箸の先に、雪うさぎ風のウサギが出来上がった。
 「へえ、可愛いじゃないか」
 『幸せの歌』を口ずさみながら飴に鋏を入れていた垂は手を休めて言ったが、その表情はまだ何となく沈んでいる。
 「あら、皆さんすごいですね」
 と、いつの間にか近くまで見に来ていたニケが、いいこいいこと子供にするように三人の頭を撫でた。
 「ニケ、カオルたちが反応に困ってるから……」
 固まってしまった三人を見て、ダリルが苦笑交じりに言う。
 「……とにかく、じゃんじゃん作ろう!」
 我に返って、カオルは新しく飴を取った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 「作っていた菓子が出来上がったでござる」
 生徒たちが寺に着いてから三時間。門から出て来た滋岳川人著 世要動静経(しげおかのかわひとちょ・せかいどうせいきょう)が、カオルたちに声をかけた。
 「じゃあ、これも持って行くよ」
 出来上がった飴細工を立てた花器を持って、カオルは本堂の中に入った。本尊の前に用意された台の脇に、花を飾るように花器を置く。台の上には、おはぎや団子、クッキーなどが供えられていた。僧侶たちが読経を始める。

 「ああ……始まったな」
 外まで聞こえて来る読経の声に、垂は顔を上げた。と、子供たちが一人、また一人と門に歩み寄って来た。まるで読経に引き寄せられるように門をくぐったかと思うと、本堂に向かって歩く間に、その姿はだんだんと薄れて行く。
 火村 加夜(ひむら・かや)が、どうか来世では幸福であるようにと、思いを込めて「幸せの歌」を口ずさむ。
 「これで、良かったんだよな……」
 子供たちを見送りながら、垂は誰にともなく呟いた。