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第2章 救出隊

「うわ、こりゃまた随分と集まってくれちゃって……」
 熾月瑛菜の緊急連絡によってやってきた学生は多かった。ざっと計算してみたところ、5〜60人はいるだろう。瑛菜の直接の連絡を受けた者、そこからさらに連絡を受けた者、あるいはどこからともなく噂を聞いて集まった者や、偶然この場に居合わせて協力を表明した者もいる。もちろん全員が全員「レオンを助ける」という意思の元に一致団結している、というわけではないが、それでもこれだけの人数が集まってくれたことに瑛菜は感謝するばかりである。
「それにしてもハルピュイアですかー。子孫残すためとはいえ、必死ですねー」
 集まった面々の中で間延びした声をあげたのは魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)、ハルピュイアに捕まったトマス・ファーニナルの3人いるパートナーの1人である。
「まあ一族の存続は、生きている者に課せられた義務ですからねぇ。私も側室を貰ってやっと男児をもうけましたよ」
 もちろんこれは彼が英霊としてパラミタにやってくる前――魯粛は三国時代の呉の政治家の英霊だ――の話である。
「トマス坊ちゃんも、いずれは通過しなきゃならない道ですから、本命の恋人の前に一度練習しとくといいかもしれないですねぇ。ハルピュイアは生殖目的で攫っていったと思いますから、まあ『失敗』はさせないと思いますよ。用が済んだら戻してくれるでしょうし、そんなに心配しなくていいんじゃないですか? 別に減るもんでもない――」
「何を言ってるんですか魯先生!」
 自分のパートナーが貞操の危機にあるというのにのんきなことを言う魯粛に、彼と同じくトマスのパートナーのミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)がかみついた。
「トマスが攫われたっていうのに、何ですかそののんきなというかフケツな考え方は! 本妻がいて側室がいてそれで一男三女!? 絶対、側室にまで迎えてた女の人以外にも手を出してたでしょ! トマスをそんなフケツなオトナと一緒にしないでください!」
 こう言われてはさすがに温厚な魯粛といえど反発したくなる。
「ふ、フケツなオトナってなんですか! 私はただ大人の世界の成り行きを説いただけでして――」
「好きな人ができたら、その好きな人と愛し合った上でナニナニするのが物事の順番です。ハルピュイアは、単にナニナニして子供をもうける目的でトマスを攫って行っただけですよ! 私たちはパートナーとしてトマスを守らなくてはならないんです!」
「何を言いますか! その『順番』に備えた『練習』としてハルピュイアに協力をお願いするべきだと私は言ってるんですよ!」
「そういう考え方が根本的に間違っていると私は言ってるんです!」
 愛のために練習をさせる必要がある、その練習の前に愛が必要である、という2人の主張は平行線をたどるばかりだ。だがこのまま言い争いに時間をかけていれば、その内に肝心のパートナーが「何か」をされてしまう恐れがある。
「わかりました。そうまでおっしゃるなら……。テノーリオ、ちょっと力貸しなさい! オトナなことは、オトナにお願いしますわ!」
「ええっ!?」
 呼ばれたのは2人と同じトマスのパートナーのテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)である。魯粛の言葉に怒りが頂点に達したミカエラは、テノーリオと共に「最終手段」に訴えることを決意する。
「いい、テノーリオ? このフケツなオトナを全力で捕らえるのよ。いいわね?」
「ハ、ハイッ!」
 うわ、ミカエラ姐さんおっかねえ……。怒りのオーラを放つヴァルキリーに、熊の獣人は逆らうことができなかった。
「え、い、いや、ちょっと2人とも? なんだか不穏な様子ですね? 何といいますか、まるで私を袋叩きにするみたいな雰囲気がひしひしと感じられるんですが?」
 主に不穏な様子なのはミカエラの方なのだが、これから被害者になる魯粛にとってはそんな細かいことは関係ない。怒りと不満と少々の恥じらいが混ざったオーラに気圧され、魯粛は少しずつ後ずさりしていく。
「惜しいですね、魯先生。袋叩きにするんじゃありません。あなたを簀巻きにしてトマスの身代わりになってもらいます!」
「な、なんですとー!?」
「えっと、じゃ魯先生、そういうことで、必死なことが理解できてる大人同士で、よろしくお願いします?」
「なんで疑問系なんですかテノーリオ! というかあなたの意見は無いんですか!?」
「俺? よくわかんないけど、鳥はお断りですよ。彼女にするなら、もっとかわいい守ってあげたいような女の子がいいッス。というわけで、オトナな先生、よろしくお願いするッス」
「いや、相手は鳥というよりは鳥人間モンスター――あーれー!?」
 いくら三国時代の英霊だからといって、ヴァルキリーと獣人のコンビに勝てるはずがなく、魯粛はそのまま捕縛されてしまった……。
「なんていうか、あっちも大変だなぁ……」
 そんな様子を遠巻きに眺めていた瑛菜の元に1人のシャンバラ人がやってくる。ハルピュイアに捕まっているクリストファー・モーガンのパートナー、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)である。
「ボクも行かせてもらうよ。彼らと同じくパートナーが捕まったみたいだからね」
「そっか、パートナーや友人が連れて行かれた人も結構いるんだね」
「もちろん単独で捕まった人もいるだろうけど……。まあどっちにしたって助けなきゃいけないのは同じだよ」
 クリスティーとしても多少思うところがある。パートナーとの間に隠された「秘密」の都合で、どうしてもクリストファーは助けてやらなければならない。
(繁殖ってことは、下手すると、ハルピュイアのお父さんになっちゃうってことだよね……)
 顔を赤くしながらクリスティーは思う。別に「ハーフ」が悪いとは思わないが、さすがに無理矢理はどうかと思う。瑛菜が言っていた「婚活ならモンスター同士でやれ」という言葉には賛同せざるを得ない。
「そういえば瑛菜さんは、どうやってハルピュイアと戦うつもりなんだい?」
「そこなんだけどね……」
 瑛菜は友人のレオンが連れ去られる場に居合わせていたのだが、防戦むなしく引っかき傷を負わされてしまっていた。自慢の鞭が当たらなかった以上、真っ向から勝負を挑んだところで、勝ち目は薄いだろう。
「だからあたしは、ハルピュイアに歌で勝負を挑もうと思ってる。正面からケンカして勝てないなら、あいつらの魅了の歌に歌で対抗すればいいんじゃないかってね」
「なるほど」
 ハルピュイアは基本的には歌が大好きなモンスターであり、また会話も可能である。それならば同じく歌で対抗するようにすれば、誰も傷つくことなく、捕まったレオンたちを解放してもらえるかもしれない。
「いい考えだね。それならボクも瑛菜さんに協力させてもらおうかな。バックコーラスで」
「本当!? 助かるよ!」
「じゃあその時は、俺も立ち合わせてもらおうかな」
 横合いからかけられた声は、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)のものであった。
「いやあ、俺たちの友人もハルピュイアに捕まったらしくてね。まあ助けに行くついでにハルピュイアの生態について調査できたらいいな、と思ってんだ」
 そう言う正悟の手にはデジタルビデオカメラが握られていた。ちなみに彼の言う友人とは如月佑也のことである。
「歌勝負するなら、別に特等席じゃなくていいから撮影させてくれよ」
「うん、いいよ」
 かくして瑛菜の協力者は、それぞれの思惑を胸に準備を始めた。

「ところでハルピュイアの生態についてなんだけどさぁ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)がのんびりした口調で、その場にいる全員に聞こえるようにその博識ぶりを披露する。
「上半身は裸の女性、腕のところには鷲の翼、下半身は鷲の足腰でできているっていうのは、彼女が見てきたこともあってみんな知ってるよね。実は同じタイプのモンスターは大抵『ハーピー』っていうんだけど、これは厳密には違うんだ」
 ハルピュイアもハーピーも地球のギリシャ神話に登場する怪鳥で、「ハルピュイア」はラテン語読みで、「ハーピー」は英語読みである以外は全く同じ存在であるのだが、実はパラミタにおいては解釈が少々異なる。見た目こそ同じだが、前者は人間並みの知性を持ち人語を解せる亜人であり、後者は肉食で貪欲な性格をしたモンスターとして分けられているのである。
「今回のは人間の言葉を話してきた。これだけで『ハルピュイア』であるというのがわかるね。つまり彼女の『歌勝負』はもちろん、説得や交渉でどうにかできるってことなんだ。だからハルピュイアと戦うつもりの人は、できるだけ我慢して欲しいんだけど……」
 北都のその発言は杞憂に終わった。集まった面々で「レオンたちを助けるためにハルピュイアと戦う」と考えている者はいなかったのだ。もちろん説得に応じないなら、ということで戦闘を考えていた者はいたが、そういった者たちも説得の成功を望んでいた。戦おうと思って武装してきている学生もいるが、こちらは主に「パラ実生」を相手にすることを考えていた。
「それはいいけど、でもあの連中、魅了の歌ですぐに男を自分のところに引き込むんだよ。その辺りはどうするの?」
 瑛菜の疑問はもっともだ。
 ハルピュイアの魅了の歌は「声が聞こえる範囲内」にいる者を男女問わず無差別に魅了してしまう厄介なものだ――そうなるとレオンと同じ場所にいた瑛菜も魅了されているはずなのだが、彼女の場合は「スカウト」のことで頭が一杯だったために、効果が少々軽減されて無事だったのだろう。
 まずはハルピュイアの魅了の歌をどうにかしないことには説得のしようが無い。
「確実な方法は、蜜蝋でできた耳栓をつけることなんだけど、誰か用意してる人はいるのかな……」
「そう言うと思って!」
 2人分の元気のよい声が上がった。泉 椿(いずみ・つばき)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。彼女たちの手には大量の蜜蝋製の耳栓があった。
「何に使うのかわからないが、なんかうちのパートナーがロウソクを大量に持っていてな。だからちょっと失敬してきた」
「要救助者の分も用意してきたよ。これで何とかなるよね!」
 2人が用意した蜜蝋の耳栓はその場にいた全員に――あえて耳栓を希望しなかった者もいたが――配られた。これでいきなり歌われても対処ができる。
「よし、それじゃ後はハルピュイアのところに行くだけなんだけど、とにかく全力で走ってきたから、どうも場所をよく思い出せないんだよね……」
 何しろ相手にするべきなのはハルピュイアだけではない。そのハルピュイアを利用して何事かを企んでいるらしいパラ実生もいるのだ。その辺りの心配が先に来ていたのか、瑛菜の記憶は曖昧になってしまっていた。
 だがここで助け船が入る。イルミンスールの森を地元とする、イルミンスール魔法学校のエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)がハルピュイアが集まりそうな場所を知っていると言うのだ。
「ハルピュイアに少々興味がありましてね、それで集まっていそうな場所を調査したことがあるんですよ。『大木に囲まれた開けた広場』という条件で場所は絞れます。まあ道中、別のモンスターに襲われる可能性は皆無ではありませんが、その辺りはその時になってから対処を考えても遅くはないでしょう」
「よし、これでどうにかなりそうだね」
 瑛菜が安心したその時、どこからともなくバイクのエンジン音が近づいてきた。瑛菜を含め、パラ実生であればよく知っているであろうスパイクバイクの駆動音だ。
「まさか、さっき言ってたパラ実生!? ……にしては1台分しか聞こえないけど」
「ヒャッハァ〜! 待たせたな、瑛菜ぁ! おまえの助けを求める声に応えて、俺、参上!!」
「げっ……」
 その声を聞いた瑛菜の顔が青くなる。スパイクバイクの速度と騒音を全開にしてやって来たのは、かつてその瑛菜のパンツを奪ったことがある南 鮪(みなみ・まぐろ)である。
「……何しに来たんだよ」
「あん? 決まってるじゃねえか。おまえから助けを求める電話がかかってきたから協力するために来てやったんじゃねえか」
「あ〜、そういえばついうっかり通話ボタン押しちゃったんだっけ……」
「間違い電話だなんて連れないこと言うなよ。今日は真面目に協力するつもりなんだから、そう警戒すんなよヒャッハァ〜!」
「…………」
 その場にいた全員が同じことを思っただろう。とても本当とは思えない、と。何しろこの男、【モヒカンゴブリン集団団長】だの【パンティー番長】だの【○○拉致犯】だの【○○のパンツを奪った男】だのと、いわゆる「悪名」の方が多いのだ。さすがにこれで信じろと言う方が無理である。
 かと言って、ここで帰るように促したところで聞くような男でないことも全員知っていた。ならば対処は1つ。一緒に来てもらい、問題が起きればその場で袋叩きにすることだ。
「はぁ、しょうがない……」
 ため息1つ。瑛菜は気を取り直して、全員に出発を告げた。
「さて準備は万端。どうせパラ実生もハルピュイアを狙ってるんだ。それならそれよりも早く向こうへ行って、返り討ちにすればいい。それじゃあみんな、助けに行くよ!」
 かくして、瑛菜をリーダーとした救出隊はハルピュイアの元へと向かった。