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●トラップ×トラップ大作戦 

 白に緋のライダースーツ、ぴしっと着こなした姿が凛々しく美しい。ファッション誌の表紙モデルのようだが彼女は軍属、シャンバラ教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
 道々、ゴム騒動を堪能しつつ、ルカルカは空京大在学の友人に会いに来たのである。
「大学っていつもこんなバカ騒ぎしてるん? 平和っていいねぇ」
 皮肉ではなく心からそう言って、ルカルカは屈託なくあははと笑った。
「そういうわけじゃないが……おっと、空大にようこそ」
 さっと彼女の前にひざまずき、花を一輪差し出す貴公子は、燃えるような髪のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)である。
「ありがと、相変わらずキザだこと」
「さて、キザかどうかはそのブーケをよく見てから判断してほしいな」
 ルカはまた笑った。これは花のようでいて花ではない。棒付きキャンディをプチブーケ風に仕立てたものだ。
「ふふっ、エースのこういうセンス、好きだよ」
「花言葉は『なんと三十分もなめられる』だ」
 それはそうとして、とエースは言った。
「どうやらこのゴム騒ぎ、キャンパス全体に広がりつつあるようだ。騒動が派手になって見学者に逃げられたら大変だぞ……ただでさえ学生数少ないんだから!」
 ルカルカのパートナー、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は腕組する。
「要するに、俺たちにゴム野郎を捕まえる手伝いをしてくれ、ってことだな?」
「そう。頼めるかい?」
 ルカルカもカルキノスも二つ返事だ。
「面白そうだし、喜んで」
「遊び心は大切だぜ。それにな」
 おおかたそういうことだろうと思って、と、カルキノスは背嚢にしまった紙箱を取り出した。
「用意しておいたぜ」
 箱の中身を見るなり、エースのパートナークマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は、飛び上がらんばかりに喜んだ。
「わーいわーい、お菓子、お・か・し! きゃっほう!」
 そう、彼らが持参した箱の中には、キャラメルクリームドーナツ、クレームブリュレ、生キャラメルにキャラメルクッキー他、キャラメルテイストを使ったお菓子がぎっしり詰まっていたのである。
 手を伸ばそうとするクマラを、カルキノスは押しとどめ箱を閉めた。
「待て待て、これは褐色ゴムを呼び寄せるための餌だ。やつら、カラメル味が好きってんだろ? とりあえず目に付いただけ買っておいたぜ」
 指をくわえるクマラをなだめるようにルカルカが言う。
「終わったら全部食べていいから。それまではガマンしようね?」
 元々は、クマラのために用意したものもあったという。この騒動のおかげで一気に量が増えただけのことだ。
「ゴムいっぱい捕まえたら沢山お菓子をご褒美に貰えるんだよネ?」
「ああ」
 答えたのはエースだった。
「実は俺も色々用意してるんだ。定番のプリン以外にも、カラメルアップルのブラウニーやカラメルケーキ、カルメラや薫り高いキャラメルマキアートなんてのもな。このままお茶会をしたいぐらいだぜ」
 くーっ、とクマラは嬉しさの余り満面の笑顔となっていた。
「オイラ、それまでは頑張ってお菓子の誘惑に耐えるよ! オイラ頑張る!」
 数十分後。
「よーし、こんなもんだろ」
 ぺたぺたと、エースはスコップで落とし穴の上を叩いた。
 深く掘った穴の上に薄毛布を被せ、ルカルカが軽く土でカモフラージュした。その上に菓子を入れたケースを広げて薄毛布をもう一枚被せ、再度土でカモフラージュしたという念の入れようだった。
「これで、カルキが『非物質化』で上の毛布を消せば、毛布が消えて菓子が出るってワケ。取りに行ったゴムちゃんたちは、次々穴に落下だね」
 ルカルカはニヤリと笑った。
「じゃ、囮がんばってねお二人さん」
 お菓子を手に逃げ回るのが、エースとクマラの役目なのだ。
「オーケー」
「絶対に追いつかれないようダッシュで逃げるヨ!」
 意気揚々、二人は構内に繰り出していく。
 結論から書く。少々読みが甘かったようだ。
「うわー! こいつら飛べるなんて聞いてないぜ!」
 エースは絶句した。逃げ回る。必死で。
「わわわっ、来るな、来るなぁ!」
 ぴょんぴょん跳ねながらクマラも、少々べそをかいている。足や腰をゴムに絡まれ、手の菓子も半分以上奪われてしまっていた。
 飛べる相手に、落とし穴は無意味だった。
 また、気がつけば彼らが集めた褐色ゴムは数十を超えていた。これでは、仮に穴に落とせたとしてもたちまち定員オーバーになっていたことだろう。
「飛べるってこと、失念してたな……」
 カルキノスは悔しげに呟くが、ルカルカは平然としていた。
「まあ、集まってるしいいんじゃない。この調子で集めて集めて」
「集めて集めて……ってどんだけ集める気だ」
「……はて?」
「おい考えてなかったのか……おっと!」
 このとき飛来した褐色のゴムのひとつが、カルキノスの肘をしたたかに打ったのだった。カルキノスはフタをしたキャラメルマキアートを手にしていたものの、これは彼の手を離れ空を舞った。
 そして、
「あっ」
 カップは、エースの頭にぶつかった。ばしゃ、いい香のキャラメルマキアートがぶちまけられる。
「ちょ……これ、なんだ! うわっ、俺に取り付くんじゃない!」
 エースの背に次々とゴムがへばりついてきた。ずいぶんいい香りらしく、クマラにくっついていた連中も軒並みエースに飛びつく。
「走らんとゴム人間になるぞー」
 なんだか楽しくなってきて、カルキノスは暖かな声援を送った。
「ゴム人間はいやだー!」
 しかしエースは、あっという間に褐色ゴムの塊みたいになってしまった。目も塞がれ転倒する。そこを、
「よしっ、ナイス!」
 とルカルカが、氷術を浴びせて冷凍刑、一網打尽にしたのだった。
「エースのうっかりサン。大丈夫? 生きてるよねー?」
 外側からクマラが声をかけると、
「#@&%!!!」
 氷玉の内側から、何か声が漏れ聞こえてきた。

 こうして大量の捕虜ができた。すみやかにこれを大学側に預け、一同はやれやれと休息する。
「まだまだゴムはいるみたいだけど、とりあえず多少はマシになっただろうか」
 落とし穴を埋め立て終えてエースは額の汗を拭った。
「あれ? ルカルカ?」
 見回すと、カルキノスとクマラはすぐ見えるところにいるが、ルカルカの姿だけ見あたらない。
「ここだよ、ここ」
 すると木陰から彼女が戻ってきた。
「何してたんだ」
「別に、何も」
 と言いながら彼女は、視線を遠くに泳がせている。
「ならいいが……ん?」
 エースは目を擦った。ルカルカのライダースーツ、その胸のあたりが、もにもにと動いたような気がした。バストも大きくなっているような、元からこうだったような……?
「ルカルカ、何か、服の下で動いたか?」
「キノセイダヨ」
 ものすごい棒読み風にそんな返事して、ルカルカはまた遠くを見ながら、ひょこひょこと前屈みに歩き始めたのである。
(「く、くすぐったい……ちゃんと持って帰れるかな??」)
 さすがに言えない。小ぶりの褐色ゴムを一体、こっそりと隠し持っているなんてことは。
 なお、そのゴムには『コムギ』という名前を付けたとか。