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リアクション
*魔法使い達の聖夜*
ルーノ・アレエとニーフェ・アレエからもらった紅茶を、オーディオにも贈れないだろうかと、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は思い切って聞いてみた。
二人は顔を見合わせて首を傾げてしまったが、そこへイシュベルタ・アルザスが通りかかり、ケイラ・ジェシータの手の中にある紅茶を奪い去っていった。
「ちょ、」
「お前から、と付け加えておく」
イシュベルタ・アルザスはそういって、手をひらひらさせながら姿を消した。ため息をつくと、ニーフェ・アレエがにっこりと微笑みかけてくる。
「ありがとうございます。ケイラさん。私たちは彼女に贈り物なんて、思いつきませんでした」
「あ、いや……うん。届くと、いいなぁ」
そんな遠い目をしながら、空を見上げた。
それが、つい二日前のことだ。
イルミンスールで友人達とティーパーティをしよう、という話になり、さっそく喜びそうなバシュモ・バハレイヤ(ばしゅも・ばはれいや)と共にイルミンスールのテラスでお茶会の支度をし始めた。
緑が溢れんばかりにおかれたテラスにはいくつもテーブルがならんでいる。その一つにテーブルクロスをかけ、その上に小さなポインセチアを飾った。
持ち寄るお菓子に、バスブーサという酸味のある甘くしっとりしたケーキをもってきた。
「おねにーちゃん、ケーキまだ?」
「これはお茶と一緒に食べるって、出かけるときにも言っただろう?」
ため息交じりに、駄々をこねる妹のようなパートナーに言い聞かせていると、親友のミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)がもこもこのコート姿でパートナーを伴って現れた。
だが、そのパートナーとは恐らく逢うのは初めてなのではないだろうか? そんな風に思ってケイラ・ジェシータは手を止めてバシュモ・バハレイヤの頭に手を置いて頭を下げた。
「初めまして。ケイラ・ジェシータです。こっちは、パートナーのバシュモ」
「はじめまして。デューイ・ホプキンスだ。よろしく頼む」
「おー、しんしゅはっけん! なんかもふもふのおっさんだー」
デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)は兎の見た目とはギャップのある丁寧かつ渋い声で挨拶を交わす。声が渋いからおっさんと決め付けたバシュモ・バハレイヤは目をきらきらさせながらデューイ・ホプキンスに駆け寄っていく。
「さわるー、もふもふー」
「ごめんなさい。デューイさん。こら、バシュモ!」
「……構わない。好きにし給え」
そういうが早いか、バシュモ・バハレイヤはわしわしと、その白い耳を撫で回した。
仲良くなっている様子のパートナーたちを横目に、ミレイユ・グリシャムは手作りのジンジャーマンの形をしたクッキーを並べる。色とりどりのクリームで模様替えがかれたそれは、クリスマスらしいお菓子だった。
「こんなのでよかったかなぁ」
「十分だよ。さぁ、早くお茶にしよう。そこの2人も」
「にどめましてー! おねにーちゃんのだいじなともたち!」
ケイラ・ジェシータはすっかり仲良くなっている(ように見える)バシュモ・バハレイヤとデューク・ホプキンスに声をかけた。すると、いまさらながらバシュモ・バハレイヤはミレイユ・グリシャムに挨拶をする。それがおかしかったのかその場にいた三人はくすくすと笑い始めていた。
紅茶は、甘く優しい香りがしていた。紅茶が開くのを待つ間、ミレイユ・グリシャムはこの一年で起こったことを思い出しながらケイラ・ジェシータに話しかけていた。
山火事の救助活動。
クロネコ通り。
島に漂流し、肩車で大出血。
クッキーマンが出てくる屋敷。
どれも、面白おかしくもあり、辛く厳しい戦いであったりと……それでも終わってしまえばとてもいい思い出たちだ。
「ああ、なんだかもう遠い昔みたいだね」
くす、と小さく笑ったケイラ・ジェシータは、クッキーを一つ持ち上げてかじる。紅茶とは違う甘い香りが口の中に広がっていく。
サラサラ……茶葉が広がったことを知らせる砂時計が落ちきると、ティーカップに紅茶を注ぐ。赤い液体はミレイユ・グリシャムの瞳によく似ていた。
「綺麗な赤い色」
「うん。それに、凄く甘くて優しい香りだ」
「うちもてーぱーてぃーする! おねにーちゃん、うちにもこうちゃちょーだい!!」
「はいはい、今入れるよ」
「みるく入れる! おかしもいっぱいたべる!」
「もう少し静かにするのだ。間もなく紅茶が入る」
「うんーおっさんわかったー」
うさ耳をまるで操縦桿のように握り締めたバシュモ・バハレイヤは言われるがままにおとなしくなる。握っているのは彼女なのに、まるで操縦されている側のようだった。
「すっかりバシュモちゃんとデューイは仲良しさんだね」
ニコニコしながら、ミレイユ・グリシャムはバスブーサを口にほおばる。紅茶が全員の前におかれると、バシュモ・バハレイヤの分にはお砂糖とミルクを注いでからティーカップを持ち上げた。
「さて、それじゃ聖なる夜に」
「ルーノさんとニーフェに」
「みなの息災を願って」
「かんぱ〜い」
カップを高々と掲げる三人を真似て、バシュモ・バハレイヤも真上に持ち上げて、降ろすときにわずかに手元に零してしまう。
あらかじめ少し冷ましてあったからやけどはしなかったものの、隣に座るデューイ・ホプキンスがすかさずナフキンで手元を拭ってやる。
「ありがとう、デューイさん」
「気にしなくて良い」
柔らかくそう言葉を返すデューイ・ホプキンスはカップの湯気をじっと見つめる。不思議そうに小首を傾げて、ケイラ・ジェシータは手を叩いた。
「あ、そっか。きぐるみだから飲めないのかな? ゆる族なんだもんね?」
「いや、猫舌なのだ」
きっぱりとそう言い放つと、口元まで持っていく。そして、そのまままたソーサーの上に戻される。だが、中身が減っていた。
傾いた気配はまるでなかった。すすったような音もしなかった。
一体、どうやって飲んだのだろうか。
ミレイユ・グリシャムにこそ、と耳打ちで聞いてみても、まるで意味がわからないらしい。
「え? デューイ……ちゃんとお茶飲んでないの?」
「い、や……でも確かに」
そういって視線を向けると、またティーカップの端に軽いキスだけをして、ソーサーに戻したように見えた。
やはり、中身は少なくなっていた。
「え、え、な、何で? どうやって飲んでるの?」
「ノーコメントだ」
「もふもふのおっさんおおきいー肩車してしてー」
さらにきっぱりと言い放った渋かわいいデューイ・ホプキンスはミルクたっぷりの紅茶に舌鼓を打っているバシュモ・バハレイヤにまたもふもふと顔をうずめられている。
そんな些細なことはともかく、今このときを楽しんでいる地祇のパートナーを見つめ、ケイラ・ジェシータは苦笑を漏らした。バシュモ・バハレイヤは肩車をしてもらいながら、きゃっきゃと騒いでいる。
「うちもこんくらいおっきくなってせくちーになりたいなー……あ、でも今のうちもせきちーやからいまのはないしょー」
「うむ、そうか」
肩車をしつつも、バシュモ・バハレイヤの言葉にデューイ・ホプキンスは返事を投げかけてやる。彼らだけがおとぎの世界から飛び出してきたかのようだった。
「来年も……ううん、十年後も、またこうやってミレイユさんといっしょにお茶をしたいな」
「うん。そうだね」
魔法学校のティータイムは、まだまだ続きそうであった。
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