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空京暴走疾風録

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第4章 ささやかな企み 環七西/夜19時頃

 筑摩 彩(ちくま・いろどり)は環七西部のレンタル会議室を借りて、「みんなで手芸くらぶ・空京環七西教室」を開講していた。
 並べた席についているのは、全員女の子――妙に目つきが鋭くて、袖からのぞく腕や指は少しがっしりしている。特徴的なのは着ている服で、シャツも上着も暴力的なデザインの文字や図柄が踊っている。
 面と向かえば、気の弱いものなら絶対ビビりそうな雰囲気の彼女らは、女子の暴走族、「レディース」と呼ばれる少女達だった。が、今は必死に綿の生地にチェーンステッチの練習をしている。時折あちこちから「チッ」「いてッ」という声が聞こえてきた。
 その正面に立っていた彩は、腕時計を見ると、
「はい、今日は終了。みなさん後片付けを始めて下さい」
と宣言した。
「「「ええ〜〜〜〜〜〜」」」
 生徒達の口から、一斉に不満が上がった。
「頼むよセンセー。あと十分だけ」
「もうちょいで今日の課題終わるんだよゥ。“エンチョー“してくれよゥ」
「今度ケツのせてやっからさ、な?」
 そう言ってくる声は、多少言葉遣いは乱暴でも、普通の女の子の声のものだ。
 が、彩は首を横に振った。
「この会議室はこの後、別な団体さんの予約が入ってます。だからもう後片付けしないと、間に合わないんですよ」
「「「ええ〜〜〜〜〜〜」」」
「そういうわけで、お片付けを始めましょう。椅子とテーブルはきちんと畳んでもとあったように戻して下さい。掃き方だけでいいですので、ちゃんと掃除もしましょうね?」
「「「は〜〜〜〜い」」」

「「「ありがとうございました〜〜〜〜〜」」」
 その声が聞こえてから、イグテシア・ミュドリャゼンカ(いぐてしあ・みゅどりゃぜんか)は駐輪用スペースにかけておいたブルーシートに手をかけた。
 シートをどけていくと、その下から現れたのは、派手で暴力的な意匠のデコレーションを施されたバイクの数々。
 ビルの出口から、イグテシアのパートナーの彩の“生徒“達がゾロゾロと出てくる。
 が、彼女らは駐輪場に回ってイグテシアと眼を合わせると、口々に、
「ちッス」「あざッス」「お疲れさんッス」
と言って会釈してきた。
「この後は今夜も走るんですか?」
 イグテシアが“生徒“のひとりに訊ねると、「いや、予定変わったッス」という答えが返ってきた。
「ちょっと“美的(ビューティー)““アタマ“から連絡来まして、今夜はこれからオケる事になったッス」
「ほどほどで切り上げなさいよ? あまり遅くまで盛り場で遊ばないように。あと、走る時は安全運転。ヘルメットもちゃんと被って。事故を起こしたら彩が泣きますので」
 言われた“生徒“は苦笑しつつも、「気ィつけます」とまた会釈した。
 次々に自分のバイクを引き出し、車道に乗り入れる“生徒“達。
 全員が車道に乗り入れた所で一斉に排気音が鳴り始めた。直後、
「「「あざーっしたッ!」」」
と一斉に挨拶すると、彼女たちは空京の街の中に走り去っていった。
(……よくもここまで懐いてくれましたねぇ?)
 テールランプの列を見ながらイグテシアは“生徒“達と自分自身、そして彩に感心した。
 ――空京“環七“界隈の暴走行為抑制の為、「女の子達に手芸教室開いて“ぼーそーぞく“より楽しい事があるってのを教えてあげようよ!」と彩が言い出した時は「何を考えてるんだ?」とアタマを抱えたものだ。
 暴走行為、非行行為への共感は一片たりともない。が、それらにどっぷり浸かっている者達への教育や指導というのはやりがいがありそうだったので、イグテシアは協力する事にした。
 取り敢えず「手芸教室開講」のビラを作り、“環七“西のレディースの溜まり場っぽい所にビラを貼らせてもらう事(この交渉は少し緊張した)から始めた。
 幸いにもポツポツと人が来て、来た人から口コミで話が広がるようになってきて、今では10人近い“生徒“達が来るようになっている。
 教室を何度か開くうちに、“生徒“達もこちらに対して警戒を解くようになってきた。女の子だからカワイイものには絶対興味を持つはず、という彩の読みもさる事ながら、講師となって前に立つ彩自身のキャラクターもあって、このささやかな企みは順調に推移している。
 今のところは彩が講師となって手芸しか教えていない。が、
(いずれは手芸以外の事も色々披露できるといいですね)
等とイグテシアは思っていた。
(客観的に見て、私も彩も相当器用なタチですからね……戦闘や冒険には全く使えない器用さですが)
 外見や印象は少しアレな感じもあるが、彩の“生徒“達に対しては、イグテシアも多少の愛着を感じるようになってはいる。存外に「礼儀正しい」というのも好感が持てる。「盛り場で余り遊ぶな」「安全運転をしろ」というのは“生徒“らからすれば口うるさい小言だろうが、間違いなくイグテシアの本心だった。
 何かあれば彩は泣く。そして自分も悲しむだろう。
 ――もっとも。
 「“ぼーそーぞく“より楽しい事がある」のを教えた所で、愛すべき“生徒“達が“ぼーそーぞく“を止めないであろう事も、イグテシアは予感していた。
(それは、今は彩には言わないでおきましょう)
 彩もいずれ、自分達が進めている企みの限界に気付く。
 その時になったら、また何か考えればいい。