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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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第7章 魔術「臆病者の奇妙な羽根突き」

 先ほどからレオンやフェンリルばかりが目立っていたが、いい加減、彼のことも思い出してあげないといけない。そう、フィリップ・ベレッタのことである。
「なんだか、挑戦者のほとんどがレオンさんやランディさんの方に行っちゃいましたね……」
 彼がこう呟くのも無理は無い。正確な人数はわからないが、単純な挑戦者の数だけでいえばまずレオンがダントツで多く、次にフェンリル、最も少ないのがフィリップである――ただし、ダブルス挑戦者のほとんどがレオン&フィリップの組み合わせを考えており、それを含めると人数の差は少々無くなるのだが。
 とはいえフィリップとしてはこの状況はありがたかった。彼はレオンやフェンリルと違い文系の人間で、体力勝負は全くできないのである。純粋な身体能力だけで考えるなら、まず軍隊所属のレオンが最も強く、魔剣士であるフェンリルが次に高い。そして間に「越えられない壁」を挟んでフィリップがいるのだ。雲泥の差である。ここに「スキル」が絡んでくると事情は多少変わってくるが、それでもフィリップが圧倒的優位を得ることは考えにくい。
「できればこの状況が続くか、少なくともハイブリッドじゃない普通の羽根突き希望の人ばかりだったら嬉しいんですけどね……」
「残念ですがそうは問屋が卸しません☆」
 独特の表現と共にフィリップのところにやってきたのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)である。
「詩穂は魔法少女。そう、真の魔法上級職とも呼べる存在! 同じ魔法使いに負けるわけにはいかないのです☆」
 ウィザードから派生する上級職は他にネクロマンサーとメイガスが存在する。ただし前者はフェルブレイドとしての経験が必要で、どちらかといえば接近戦タイプであり、後者はプリーストの修行が必要なもので、元々はエリュシオン帝国におけるクラスだ。そう考えればシャンバラ、及び地球が発祥と思われる魔法少女こそ真の上級職という詩穂の考えはあながち間違いではないだろうが、フィリップのような「男性」が進んでなりたがるかどうかはまた別の話だ。
「それからメガネキャラとしても負けられません! ……まあ詩穂のは伊達メガネですけど♪」
 フィリップのことを「イルミンスール版メガネ」と詩穂は認識しているのだが、別に彼だけがイルミンスールのメガネキャラというわけではない。他にメガネをかけた人物はいくらでもいるだろう。もちろん、かつての山葉 涼司(やまは・りょうじ)のように「学校入口を張っているメガネキャラ」ないしは「NPC」と限定すればまた話は変わってくるが。
「というわけでフィリップくん、勝負です!」
「は、はぁ……」
「ん、何ですかその気の抜けたような返事は? せっかく勝負を挑まれてるんですから、もっと緊張してもらわないと☆」
「いや、勝負する理由がよくわかりませんしね……」
 そもそもは詩穂がフィリップについてこのように考えたのが原因だった。
(聞いた話ではフィリップくんには3人の姉がいるそうですね。その家族構成から考えて彼は男の娘です、間違いありません)
 フィリップを知る者がこれを聞けばどういう反応を示しただろうか。
 フィリップは現在出回っている肖像画――それよりはバストアップという名の「証明写真」の方が正しいだろうか――の通り、男性である。とはいえ「知的+童顔で、しかも頼りない」という要素があるため、少々無理はあるが女性に見えなくもない。だが彼の普段の服装はイルミンスール「男子用」制服であり、女装趣味は無い。
 ただ彼のパートナーのルーレン・カプタからして、彼を女扱いしたがるため、詩穂の発想は100%間違っていると言い切れなかったりするのだが……。
「ところでフィリップくん、羽子板よりこっちの方が使いやすいんですが、構いませんか?」
 そう言って詩穂が取り出したのは「本気狩るステッキ」――要するに魔法少女の使用武器であるマジカルステッキだった。
「……すみませんが、一応『指定の羽子板以外は禁止』なので」
「というわけでこっちを使ってください」
 いつの間にか来ていたテスラ・マグメルが詩穂に羽子板を差し出していた。
「え、やっぱりそれじゃないと駄目なんですか?」
「駄目です」
「っていうかどちら様ですか?」
「審判です」
「……ジャスティシアですか?」
「どっちかといえばジャッジですね。私が法(ルール)です」
 テスラに押し切られ、仕方なく詩穂は羽子板を使うことにした。
 こうして、フィリップを先攻にハイブリッド羽根突きは開始された。
「では、行きます!」
 羽根を軽く放り上げ、羽子板で打つ。テニスで言うところのフラットサーブだ。ただし彼はテニスをやり慣れているわけではないので、打たれた羽根は速いとは言えない。
「ほう、まずは普通に、って感じですね♪」
 飛んできた羽根を詩穂は普通に返す。杖の扱いに慣れているからか、羽子板は高速で振られる。
 そうして数合打ち合った頃、フィリップが仕掛けた。羽根を上から叩きつけるようにして打ち、詩穂の足元を狙ったのである。
「その程度では、詩穂には勝てませんよ?」
 その言葉の通り、詩穂はその羽根を掬い上げ、高々と打ち上げる。滞空時間の長い羽根は、フィリップに「用意」をさせる時間を与えた。
 フィリップは空いた左の掌を上に向け、そこに炎の球を生み出した。それを軽く放り上げると、フィリップは右腕を伸ばし、羽根ではなく生み出した火球の方を羽子板で打つ。打たれた火球は落ちてきていた羽根に直撃し、その勢いを乗せて詩穂の方へと突撃していった。
 ウィザードの操る魔法、特に火術や雷術などは固定の「技」ではなく、どちらかといえば「技術」のそれに近い。火術なら「火の勢いをコントロールする」ため、炎を燃え上がらせたり、逆に鎮火するのに使える。雷術なら雷を発して敵を攻撃する以外にも、流れている電気を止めたり、逆に過剰に流して機械類をショートさせるのに使える、といった具合だ。
 だがパラミタで教えられる魔法のほとんどは「攻撃技」として扱われ、それ以外の使い方は基本的にはできない。例えばセイバーの「爆炎波」や「轟雷閃」のように「手持ちの武器に火、もしくは電撃を纏わせる」といった使い方――生み出された火や雷が魔力を持っているとはいえ、それが武具に定着するような性質のものではないからだろうか――いわゆる「付与魔法」としての使用は不可能なのだ。
 しかし、武具への付与はできないが、それ以外の方法で武器攻撃に利用することはできる。フィリップは生み出した火球を、羽根を飛ばすジェットエンジンのように使用したのだ。詩穂には、火球が羽根を後押ししながら飛んでくるように見える。
「なるほど、考えましたね。ですが――」
 迎え撃つ詩穂に慌てた様子は見受けられない。なぜなら詩穂は、それに対抗する手段を持っていたからである。
「詩穂は氷術が使えるんですよ☆」
 詩穂は空いている手をかざし、そこから冷気を放つ。放たれた氷の吐息は羽根の後ろの炎をかき消し、さらに羽根を氷で固めていく――火術や雷術による魔法付与は不可能だが、氷術に限り「周囲に氷をくっつけて固める」という方法で付与が可能なのだ。もちろんフェルブレイドの「アルティマ・トゥーレ」のように「武器に冷気を纏わせる」というのは不可能だが。
「では、お返しです☆」
 氷がつき、ゴルフボール程度の大きさになった羽根を詩穂は羽子板で打つ。氷が乗っている分、重く、打つのに力がいる。
「いい手だと思ったんだけどなぁ……」
 フィリップも何とか氷球を跳ね返す。
 数度も打てば氷にひびが入る。そしてフィリップが打った瞬間、氷が砕け散り、中の羽根が弱々しい勢いであらぬ方向へと飛んでいく。氷が砕けた分、羽根に伝わる力が分散されてしまったからだ。
「あっ……!」
 ゲームセットか、と思われた次の瞬間だった。横から現れた男が羽根に手をかざし、その動きを止めてしまったのである。
 空中で静止してしまった羽根と、それを止めた張本人の姿をフィリップ、詩穂、そしてテスラが認める。そこにいたのは弥涼 総司(いすず・そうじ)であった。
「試合中、突然割り込んですまない。だがどうしてもこうするしかなかったんだ……」
 どうやら何も考えずに羽根を止めたというわけではないらしい。テスラは試合の一時中断を宣言し、3人が総司のもとへと集まる。
「奇妙な話だと思うだろうが……、オレの後ろに誰かがいる! 最近とり憑かれたみたいなんだ」
 何を言ってるんだこの男は。総司の目の前にいる3人は一斉に同じことを思った。
「そこのイルミンスールのオマエ」
「へ、僕ですか?」
「そう、オマエだオマエ。『悪霊』について何か知らないか」
 指名されたフィリップは、目の前の男を観察する。見たところ普通の男性で、鉄甲に包まれた手の先で羽根が止まっているようだ。
「……それ、サイコキネシスじゃないんですか?」
「これがサイコキネシスに見えるか? よく見ろ。羽根はオレの『手の上の方』で止まってるだろ」
 言われた通りによく見てみれば、伸ばされている腕の高さよりも高いところで羽根は止まっていた。サイコキネシスで止めているのであれば、このような奇妙な場所で止まるとは思えない。もっとも、手をかざしたりはせず、額に指を当てるなどして精神を集中することで物体を操作する者もいるため、一概に「手の向いている部分で念力が働いている」とは限らないのだが。
「オマエらには見えないのか、オレの手の上で羽根を掴んでいる『悪霊』が?」
「全然」
 きっぱりとフィリップは言い放った。さすがに見えないものを見えると言うのは難しい。
「……まあ見えなくてもいると思ってくれ。それでサイコキネシス以外の方法で、こんなことができるとか、そういう話は知らないのか?」
「何かありましたっけ……?」
 こめかみに手を当て、フィリップは情報を引っ張り出し始めた。
(いくらなんでも悪霊が、だなんて……。いや魔法があるんだから幽霊がいたっておかしくないか……。じゃ『他人には見えない、物を掴む悪霊』ってそんなのいるのかな……。いや、待てよ? 確か最近そんな話を聞いたことがあったような……)
 しばらく考え込んだ後、フィリップは総司に確認した。
「近い最近、何か鋭いもので刺された経験はありませんか?」
「さ、刺された?」
「予想が正しければ、多分それが原因です。答によっては『悪霊』の正体もわかります」
 今度は総司が考える番だった。そして思い当たった。
「あッ、そういえばあったぞそんなこと! こないだ変な槍で刺されたんだ!」
「ああ、間違いなくそれですね。正体を言いましょう。それは悪霊であって悪霊ではないもの、『フラワシ』ですよ」
 フラワシとはコンジュラー(降霊者)が扱うことを許された一種の守護霊のことである。知らぬ内に「コリマの霊槍」にその体を攻撃された総司は、そのままコンジュラーとなりフラワシ能力を手に入れたのだろう。もちろん本人にその知識が無かったため、彼は守護霊を悪霊と勘違いしたということである。
「な〜んだ、そういうことだったのか! 今までビビッて損したぜ」
「安心できましたか?」
「安心できましたとも。……あ、ゲームの邪魔して悪かったな。続けてくれ。で、終わったら次オレな」
「はい?」
 突拍子も無い発言にフィリップは首をかしげる。
「いやまあ羽根突きは羽根突きで楽しみに来たんだよな、これが。フラワシの操作に慣れるのも兼ねて、勝負してくれよ」
「はあ、まあそれなら構いませんが……」
「よし、じゃあオレは離れて見てるな」
 疑問も解け、総司から羽根を返してもらい、フィリップと詩穂の試合が再開した。
「さて、さっきは失敗したからなぁ。どうしようか……」
 悩みつつも、ひとまずフィリップは羽根を打つ。だが今度は詩穂が仕掛ける番だった。
「残念♪ 詩穂が使えるのは氷術だけじゃないんですよ☆」
 飛んできた羽根を詩穂が打ち返す。打たれた羽根は、まっすぐフィリップには向かわず、あらぬ方向へとカーブしていく。
「サイコキネシスです☆」
 これに慌てたのはフィリップだ。左へそれていく羽根に何とか追いつき、腕を伸ばして打ち返す。
「あ、危なかった……!」
「おっと、こっちの精神力はまだ余裕があるんですよ♪」
「うわ!?」
 返ってきた羽根を詩穂が打ち、またサイコキネシスで軌道がそれる。今度は右に飛んでいく羽根を打ち返すべくフィリップは走る。何とか追いつき打ち返す。
 フィリップにとっての地獄はここからだった。追いついて打った羽根は詩穂のほうへ飛んでいき、彼女はそれを打ち、サイコキネシスを乗せてフィリップから離れたところへ飛ばす。絶対にフィリップが追いつけないところまで飛ばすと、こちらが反則負けになってしまう。だから詩穂は、追いつけるが追いつきにくいポイントに飛ぶように羽根の動きをコントロールする。左右に走らされるフィリップには非常に厳しい仕打ちだった。
「い、いくらなんでも、これ、は……、キツ、い……!」
 息も絶え絶えにフィリップは走る。だが詩穂は容赦なく羽根をコントロールしてフィリップの体力を奪っていった。
「結構頑張りますね。意外と体力派だったとか?」
「いえ……、全、然……!」
「ですよね〜♪ ではそろそろ勘弁してあげましょう☆」
 フィリップの足がもつれ始めた時、詩穂はようやくサイコキネシスでのコントロールをやめ、普通に羽根を打った。
「さて、このくらいの距離ならフィリップくんでも届きますよね?」
 その1打はサイコキネシスが乗ったものではないが、左右に走らされ体力を消耗したフィリップが走って追いつけるようなものではなかった。理屈の上ではフィリップの足でも届く距離であるため、一応反則にはならない。
 だが次の瞬間、初めて詩穂は驚いた。フィリップの足元、及び背中の辺りで力場のようなものが発生したかと思うと、フィリップが突然羽根の方へ吹っ飛んで行ったのである。
 その場にいた全員が知らない、あるいは忘れていた。フィリップのパートナーが「ヴァルキリー」であることを。そう、それはヴァルキリーと契約した彼に与えられたパラミタ人からの恩恵――バーストダッシュである。
「これで、どうだ!」
 バーストダッシュによって羽根に追いついたフィリップは、渾身の力を込めて詩穂に打ち返す。まっすぐ体に向かって飛んできた羽根を、詩穂は打ち上げてしまう。
「あっと……、やっちゃいましたね」
 高々と上がった羽根を打つ権利はフィリップにある。ここで彼がバーストダッシュの力を借りて高速で飛び上がることができれば、かなりの落差の付いた1打が打てる。
 だが今のフィリップにはそれができなかった。走らされた影響で足の疲労が限界に近づいていたのである。
「う〜ん、このまままたサイコキネシスを使って、動けないフィリップくんから離れたところに落としてもいいんですけど、それじゃ芸がありませんよね……」
 舞い上がった羽根が高さの限界を迎え、ゆっくりと落ちかかる。
「では、最後は魔法少女らしく決めちゃいましょうか!」
 羽根を打つ権利はフィリップにある。だが「打った後の羽根にスキルを乗せるのは可能」である。詩穂はそれを利用して、今までとっておきにしていた必殺技を発動した。
 それは奇妙な光景だった。落ちてくる羽根の後ろ――つまりは天井の辺りで、何かが光ったかと思うと、高速で星のようなものが落ちてきたのである。詩穂の、いや、魔法少女の技だった。
「はい♪ シューティングスター☆彡」
「わああああっ!?」
 フィリップが飛び上がる前に、詩穂の「シューティングスター☆彡」が羽根を落下させ、そしてそのままフィリップの目の前で着弾し、その衝撃で彼は約10メートルの距離を吹き飛んでいった。
「勝負あり。勝者、騎沙良詩穂」
 完全な詩穂の勝利だった。

「さ〜て、詩穂が勝ったので、フィリップくんには1つ命令を聞いていただきましょう☆」
「……そ、その前に休ませてください」
 倒れているフィリップに近づき、詩穂は笑顔で命令を下した。
「あ、大丈夫ですよ。今すぐじゃありませんので♪ フィリップくん、大会が終わったら『魔法少女コスチューム』を着てください☆」
「へ……?」
 彼女がこれを望むのは、ひとえにフィリップに「慣れさせる」ためである。男の娘であるフィリップにはメイガスやネクロマンサーよりも魔法少女の方が断然似合う、と彼女は思っているのだ。
「それって、女装しろ、ってことですよね……?」
「いいえ、『変身』するんです♪」
「……拒否権は?」
「ありません。この後、衣装を縫う予定なので☆」
「……それは断りたいなぁ……」
 ひとまず、「自分の他には誰にも見せない」という条件付きで、詩穂は約束を取り付けたのであった。

「よし、じゃ次はオレだな。立てるか?」
「い、一応休めましたのでなんとか……」
 試合を観戦していた総司が、次にフィリップと試合をするべくフラワシに羽子板を持たせて待機する。フィリップの方も多少は疲労から回復できたのか、今は何とか歩けるようだ。
「では引き続き私が審判を行います。よろしいですね?」
「もちろんです」
「いつでもいいぜ」
 再びフィリップを先攻に、試合開始の宣言がテスラの口から告げられた。
 総司は「フラワシの操作に慣れるのを兼ねて」と言っていた。ならばいきなり勝負を決めてしまってはいけない。そう思ったフィリップは、体力温存を兼ねて普通に打つことにした。
 フィリップが普通に打つ羽根を、総司がフラワシを操作して打ち返す。
(なるほど、射程距離に難はあるが、慣れれば生身の腕で振るよりも効率が良さそうだ)
 そのまましばらくの間ラリーを続けていたが、そこで総司はフィリップの打ち込みがわざと弱められていることに気がついた。
「おっと、気を使ってくれてんのか? 確かに操作を練習するとか言ったけど、別にこの勝負でしかできないわけじゃないんだから、普通にやってくれていいんだぜ」
 総司のその言葉は挑発を含んだものではない。彼は本心からそう言ったのだ。確かに総司の言う通り、フラワシの訓練だけなら別にいつでもできる。
「……それじゃ、遠慮なく」
 走り続けた分、足がまだ回復しきれていない。フィリップはいきなり技を打つことにしたのか、左手に雷球を生み出し、構える。
「まだ足が痛いので、いきなり打たせていただきます!」
 総司から打たれた羽根にフィリップは正対する。ちょうどいい距離に近づいたところで、左手の雷球を放り上げ、それを羽子板のフルスイングをもって打ち飛ばし、羽根に命中させる。先ほどの火球ジェットエンジンの雷術版だ。
 打たれた羽根は正面から総司へと飛んでいく。足の痛みのせいで思うように踏ん張れず、総司の足元を狙うはずが顔面を狙うことになってしまった。
「あ、まっすぐ行っちゃった……!」
 この事態にむしろ打った方のフィリップが狼狽する。いくらなんでもあのショットで死んだりはしないだろうが、それでも怪我は免れないだろう。
 だが総司はこれを避けようとはしなかった。それどころか真正面から迎え撃つ構えを見せたのである。
「ふん、たかが雷術上乗せのショットじゃないか。そんなもん、このフラワシがあれば――」
 新たに得た力を試す。その目的のために、真っ向勝負を挑むつもりなのだ。
「軽く返せるぜ! フラワシ! 羽根を打ち上げろッ!」
 そしてその命令は忠実に実行された。いや、忠実に実行「されすぎてしまった」のだ。先程も書いたように、フィリップの技は「羽根に炎や雷を纏わせている」のではなく「炎や雷の勢いで羽根を押している」ものである。もしここで「羽根のみ」を打ってしまったらどうなるか。
 その結果は総司に対する電撃ダメージという形で現れた。
「ぐおあッ!?」
 見事に彼のフラワシは羽根だけを高く打ち上げ、押してきていた雷球に対処できず、そのまま食らってしまったのである。電撃による痺れの硬直が解けると、総司は仰向けに倒れこんだ。
 そして試合中だというのにフィリップはその場から総司の心配をする。
「うわ、大丈夫ですか!?」
「この弥涼総司は……」
 声が聞こえてきた。物静かではあるが、はっきりと聞こえる。どうやら無事らしい。
「いわゆるのぞき魔の称号をはられている……」
「……?」
「のぞきの相手を必要以上に追いまわし、未だ目が合っただけで殴りかかって来るヤツもいる……」
「な、なんか、大丈夫そう、なのかな……?」
 ダメージのせいで頭がおかしくなったのだろうか、と思うフィリップだが、総司の精神状態は至って健康である。
「イバルだけで能無しなんで、のぞきで気合を入れてやった女はもう2度とオレの前では着替えねえ」
「えっと……、もしかして、生きてるけど、ものすごく隙だらけ……?」
 対戦相手が大丈夫そうだと理解するや否や、フィリップは総司そっちのけで、高く上がった羽に目を向ける。
 高さは、十分。これなら先程はできなかった技が使える!
「Bカップ以下のショボイ乳をしているヤツをこき下ろすなんてしょっちゅうよ」
 言葉と共にふらふらと総司は立ち上がる。
 だがフィリップはもう総司の言葉は聞いておらず、立ち上がったことにも気がついていなかった。
「実は最初、オマエ、のバストアップ写真を見たとき女かと思ってたんだ。ナラカでのガルーダといい最近勘違いが多くてムカつくぜ……」
 フィリップは痛む足に鞭を打ち、しゃがみ込んでバーストダッシュの態勢をとり、そして跳んだ。バーストダッシュとは自らの後方に魔法の力場を形成し、それを利用して前方に飛ぶヴァルキリーの特技である。その基本的な動きは「走る」のではなく「低空を飛ぶ」ように動くこと。発動する方向を変えれば、「飛行」は不可能だがかなりの高さまでの「跳躍」は可能だ。
「だから……羽根突きでボコる! って、あれっ、いない!?」
 完全に立ち上がり、羽子板をフィリップに突きつけたつもりが、肝心のフィリップは目の前にいなかった。
(そういえばさっき、ドンとかって音が聞こえたな……?)
 総司がふと見上げると、そこには手に火球を生み出し、今にも上空から羽根ごと打ち下ろさんとするフィリップの姿があった。
「これで……、どうだ!」
 かけ声1つ。フィリップは上空から羽子板を振り下ろす。手に持った火球が羽子板によって飛ばされ、羽根に当たり、ジェットエンジンと化して総司に迫る。
「やってくれるじゃあねえか……。だが――」
 総司は自らのフラワシを呼び出し、羽子板を持たせる。先程の攻撃で自分のミスは大体わかっている。2度も失敗はしない!
「オララララオラ! ボコるのは――」
 向かってきた羽根に、総司はフラワシによる羽子板ラッシュを叩き込んだ。その勢いは後ろの火球までも巻き込み、何度も叩いているにもかかわらず、羽根がその場で止まったかのように見えるほどだ。
「オレの『フラワシ』だッー!」
「うわ!?」
 そして最後の一撃が羽根を打ち、連打の勢いを上乗せして射出される。羽根は落ちてくるフィリップの頬をかすめ、そのままいずこかへと飛んでいった。
 床に着地したフィリップはまたも襲い掛かってきた足の痛みに耐えかね、そのまま倒れこんでしまった。
「な……、なんてすさまじい羽子板ラッシュなんだ」

 試合に勝った総司はまた倒れこんでしまったフィリップに近づき、墨を含ませた筆を突きつける。
「動くなよフィリップ。しくじればテメーの顔はおだぶつだ」
 言いながらフラワシを呼び出し、筆を持たせる。
 だがそこで総司の頭に、後ろから手が置かれた。審判役のテスラである。
「総司さん、残念ながらあなたは反則負けです」
 テスラはその声に恐れの歌を混ぜながら、総司に反則負けを宣告する。
「は、反則?」
「私には見えないフラワシを使って羽根突きをすること自体はいいんですが、その『使い方』が問題です」
「というと?」
「……連打しましたね? 『打った羽根に後からスキルを乗せるのは可能』ではありますが、実は『羽根を打っていいのは1度に1打のみ。連続して2打以上は禁止』なんですよ。フラワシは見えませんが、羽子板で何度も打ったのはわかります」
「!?」
「あなた、覚悟している人ですよね……? 反則を行うということは、それによって審判からお仕置きを受けても構わないと、覚悟してきている人ですよね?」
 総司は思わず目を泳がせた。しまった、ついついノリと勢いでやりすぎてしまった。
 確かにこのままでは何をされるやらわからない。総司は素直に反省することにした。
「……スミマセン。調子に乗りすぎました」
 総司が罪を認めたことにより、テスラはそれ以上咎めることなく、頭に乗せていた手を戻した……。

「うう〜、まだ足が痛むなぁ……。これじゃしばらく筋肉痛起こしちゃいそう……」
「救護所にでも行きますか? ヒールを使える人くらいいるでしょうし」
「う〜ん……、いや、もう少し様子を見てからにします」
 総司との試合が終わるとしばらくの間は誰も来なかった。これを利用してフィリップは足のマッサージを行うことにした。
「参ったなぁ。みんな全然容赦しないなんて厳しすぎですよ……」
「まあハイブリッド羽根突きですからね。そこは仕方ありません」
「仕方ないのかぁ……、いたたた……」
 そうやってマッサージを続けること5分ほど。フィリップのもとに次の対戦者がやって来た。
「いやぁハイブリッド羽根突き、イルミンスールのお正月の風物詩になってきましたね。去年はヒートアップしすぎて建物に大穴を開けて怒られたのも、今となってはいい思い出です、ははははは」
 満面のスマイルのままやってきたのは、イルミンスール1のマッチョを目指す――いやもしかしたらすでになっているかもしれない男、ルイ・フリード(るい・ふりーど)である。
「ん、おや、そこにいるのは新入生のフィリップさんじゃないですか。ちょうど良かった。私とハイブリッド羽根突きで勝負していただけますか?」
「えっ……!?」
 その言葉にフィリップは慌てるしかなかった。足の痛みは何とか持ち直したが、ここでこんなボディビルダーを相手にしたら、怪我だけでは済まない。
「い、今はちょっと無理です。さっきの試合で足が痛くなっちゃって……」
「おやそれは大変ですね。よろしければ診ましょうか? こう見えても私は武医同術の使い手でもありますから」
「あ、えっと、それには及びません。今は何とか持ち直したんで」
「そうですか、それは良かったです。それでは早速始めましょうか。……あ、羽子板お借りしてよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
 テスラから羽子板を一振り借りると、ルイはその場で軽く素振りする。
「うん、これはいい。では、フィリップさんも準備を――」
「待って待ってー! ちょっとその勝負は待ってー!」
 フィリップに羽根突きの準備を促すルイだったが、そこにまた別の声が飛び込んできた。声のする方を見れば、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)――愛称フリッカがこちらに向かって全力疾走してくるところであった。
「あれ、フレデリカさん?」
「おや誰かと思えばフレデリカさんじゃないですか。一体どうしたんです?」
 フィリップは数度にわたる依頼で、ルイは自らが所属する【冒険屋ギルド】の一員として彼女と知り合っていた。
「はあ、はあ……。どうしたも何も、ルイさんとフィリップ君がハイブリッド羽根突きなんかやったら、どう考えたってルイさんが勝つに決まってるじゃない!」
「おや、そうですか?」
「そうよ。明らかにこの勝負は不公平としか言いようが無いわ!」
「不公平って、そ、そこまで言いますか」
 フレデリカの指摘は間違いではない。何しろルイとフィリップでは体格からして明らかに違うのだ。この両者が羽根突きで勝負しようものなら、たとえルイが技としてのスキルを使わなかったとしても、彼が勝つのは明白である。
「それにフィリップ君もハイブリッド競技を甘く見すぎ! 手榴弾を打ち合う方がある意味マシなのよ!?」
「……そうみたいですね。さっきもちょっとやられました」
「もうやられたの!? ……うん、そんなに酷い怪我はしてないみたいね」
「まあ、おかげさまで」
「対戦相手に対する直接攻撃禁止」というルールのおかげで、フィリップの怪我はそれほど酷くはない。安心したフレデリカはルイに言い放った。
「それじゃルイさん、私はフィリップ君につかせてもらうわ。ルイさんの体格や体力を考えたら2対1でも多分大丈夫だと思うの。っていうかこうじゃないと釣り合いがとれなさそうだし」
「なるほど、それは確かに言えてますね……」
 フィリップは体力に自信は無い。フレデリカは今はアーティフィサーの訓練をしているが、どちらかといえば遠距離戦タイプの魔法使いであり、これまた体力に自身がある方とは言えない。
 だがそのような事情があろうが無かろうが、ルイには関係のない話であった。彼としては相手が何者であろうが全力で羽根突きを楽しむつもりだったのである。
「いいですよ。では2対1でお相手いたします」
「ルイさんには悪いけど、フィリップ君を危ない目に遭わせたり、やりたくないことをさせるわけにはいかないのよ!」
「…………」
 実はフィリップはすでにその「やりたくないこと」をさせられそうな状況にあるのだが、フレデリカがこれを知れば、さてどういう反応をするだろうか。フィリップに片思い中の彼女のことだ。大激怒するのはほぼ間違いないだろう。
 そしてそれとは別に彼女は半分悔やんでいた。もし新入生の誰かが余計な条件をつけさえしなければ、とんでもない目に遭わせずに済むし、フレデリカも彼と羽根突き勝負で遊べたはずなのだ。今のような「護衛」ではなく……。
(フィリップ君が私のこと、どう思っているか聞いてみたかったな……)
 ひとまず彼女にとって救いなのは、目の前のマッチョマンがそれなりの常識人であり、変な命令を出すようには思えないことだろう。
「それじゃ準備するわね。ところで、羽根は何枚使ってもいいの?」
 フレデリカの質問にはテスラが答えた。
「二刀流どころか三刀流も可能という話ですから、何枚使っても問題はありませんね」
「じゃ10枚くらい貸して」
「は、はあ……。1人十本刀でもやるつもりですか?」
「やるといえばやるような、そうじゃないような……」
 言われた通りテスラは羽子板を10枚ほど持ってきた。
 フレデリカの作戦とはこうだ。彼女は魔法以外にもサイコキネシスが使える。そこで多数の羽子板をサイコキネシスで操作し、広範囲をカバーする。こうすれば単独での試合はもちろん、フィリップを交えたダブルスでも有効に戦える、というわけだ。最初は氷術で氷の羽子板を作成するつもりだったが、羽子板を何枚でも借りられる以上、そのために精神力を使う必要は無くなった。さらに炎熱系の攻撃から羽子板を守るために火術も使う予定だったが、これも氷の羽子板が無いのなら無理に使う必要は無い。
 だが彼女は少々甘かった。サイコキネシスの「有効範囲」が、実は非常に狭いことに彼女は気づいていなかった。
「そんなぁ……、10枚はともかく、2枚とか3枚を動かすこともできないなんて……」
 実はサイコキネシスで動かせる物の数は「基本的に1つまで」なのだ。複数の物体を操作するにはそれなりの鍛錬が必要となるが、仮に限界まで鍛えたとしても2つか3つがせいぜいであり、また操作時の精度も落ちる。
 その上、動かせる「重量」にも制限がある。サイコキネシスで動かせるものは基本的に「自分の腕力で動かせるもの」に限定されるのだ。このルールに当てはめると、フレデリカならば「羽子板1枚は普通に操作可能。それ以上は無理」ということになる。
「うう……仕方がないわ。普通に羽子板持って、もう1枚だけサイコキネシスで動かそうっと……」
「では使わない分は私が片付けておきますね」
 残り9枚の羽子板をテスラが片付け終わったところで、いよいよ試合開始である。
「では、先攻はそちらからどうぞ」
 ルイの発言により、まずはフィリップから打ち込む。
「……さすがに、まともにやって勝てるとは思えない」
 自身のその言葉に従い、フィリップは魔法を使おうとせず、普通に攻めることにする。
「では、よいしょ!」
 飛んできた羽根をルイが打ち返す。その威力は普通ではなかった。
「は、速すぎ!?」
「フィリップ君!」
 フレデリカがサイコキネシスで羽子板を操り、ルイのショットに対抗する。それにより何とか打ち返すことに成功するが、羽子板にかかった衝撃はすさまじく、かすかにひびが入ったようだ。もし普通に手持ちの羽子板で返していたら、腕がしびれていただろう。
「ははははは、まだまだ行きますよ!」
 やたら爽やかなスマイルと共にルイは力を入れて羽根を打つ。特に技を使っているわけではないのだが、それにしてはやたら威力がある。
 その秘密は、ルイの肉体そのものにあった。普段から【イルミンスール武術部】の一員として体を鍛え、【雪だるま王国】【冒険屋ギルド】の一員として様々な事件に介入し、経験を積んでいる彼は、いつの間にかイルミンスールでそれなりに名の通った肉体派として完成されたのである。しかも彼は武医同術にも精通しており、筋肉の使い方を完全に理解してる上、鬼神力まで持っているのだ。もっとも、彼は自身の肉体の限界まで使用して羽根突きに臨んでいるため、鬼の力を使う気は無かったのだが。
「い、いくらなんでも、これ以上は無理――」
「そおれ!」
 たった数回打ち合っただけだが、それでもフィリップたちには厳しかった。今のルイは、自覚無き鬼コーチも同然であった。
「む、無理ー! いくらなんでもこれは無理ー!」
 いい加減「泣き」が入ったフィリップが羽子板を振り回す。振り回された板は見事に羽根に直撃し、あらぬ方向へと高速で飛んでいった。
 ルイの放つショットは非常に速く、たとえるならそれは野球選手の豪速球並み。そこにフィリップの羽子板がカウンターパンチ気味に叩き込まれるとどうなるか。互いの力がうまく衝突し、野球のホームランのように羽根が飛んでいくのである。
 そしてその羽根の向かう先は、なんと観戦席であった。
「あっ!?」
 フィリップとフレデリカが叫ぶがもう遅い。羽根は高速でどんどん観戦席に消えていった……。

「それにしても、ここも大盛況ですね。設置した甲斐があるってものです」
「だよな。離れたところでハイブリッド羽根突きを眺めながら、うまい雑煮を食う。もう最高だぜ!」
「もむもむ……、ミカンは美味しいし、お汁粉は甘いし。こういうのを天国って言うのかなぁ」
 観戦席でコタツに潜り込みながら浅葱翡翠、エース・ラグランツ、そしてクマラ・カールッティケーヤの3人は、それは見事にだれていた。
 何しろほぼ安全が確保されているスペースで、派手なバトルの様子をのんびり眺められるのである。しかもコタツに入っている分、まさに夢見心地というものだろう。
「時々怪我人が運ばれてくる以外は、この辺かなりのんびりしてるし、しかも他の連中にまで好評ときたもんだ」
「まあもし危険が迫ってきたらこれに入ったまま逃げられますしね。安全そのものですよ」
「いや、さすがにコタツに入ったまま動くのは厳しいんじゃないかなぁ……。あ、涼介さ〜ん、お汁粉おかわり〜」
 一体何杯目の汁粉を胃に収めれば気が済むのか、クマラは本郷涼介に汁粉を注文する。
「はい、かしこまりました。しかし本当に大盛況ですね。ルーツさんに手伝ってもらえて実にラッキーでした。ファンブルだったのが奇跡的にクリティカル、って気分です」
「RPGを知っていないとわからんだろう、そのたとえは」
「はは、すみません。趣味なもので」
 ルーツ・アトマイスの静かなツッコミに涼介は苦笑を返す。
「ちょっとルース、こっちの分は〜?」
 フェンリルとの試合後、観戦席にやって来た師王アスカは、すぐさまコタツに潜り込み、ルーツの汁粉を堪能していた。
「わかってる。少し待てアスカ――ん? 何だあれは?」
 汁粉を運ぼうとしたルーツが何かに気づく。それはこちらに高速で向かってきている羽根だった――それを追って4人の男女が走ってきていたが、なぜか彼らはそちらには気がつかなかった。
「お、おい、ちょっと待てよ……。あの羽根のコースって、明らかにここじゃね!?」
「ち、ちょっとマズイよ! 早く逃げないとオイラたちの誰かが怪我するかも!?」
「ルーツ、急いでお汁粉逃がして! 私も逃げる!」
「言われんでもやるわ!」
「何でこんな時に不意打ち判定しなきゃいけないんだよ!」
 それぞれが思い思いにその場から脱出しようとするが、翡翠はただ1人だけコタツから離れようとしなかった。
「ちょ、翡翠! おまえ何やってんだよ!?」
「う〜、動けコタツ〜! 緊急回避ぐらいならできるはず〜!」
 どうもこの男は「コタツによる移動」にこだわっているらしい。だが現実的に考えれば、歩く程度の動きしかできないコタツで動くよりも、そこから出て走った方がはるかに速いのだ。
「そんなことやってる場合か!」
「あ〜、コタツから出さないでください〜!」
 あくまでもコタツにこだわる翡翠をエースが全力で引っ張り出そうとするが、そうこうしている内に羽根が近くまでやって来てしまう。
 しまった、当たる。そう誰もが思った瞬間だった。
 近くで何かが当たる音が聞こえた。だが翡翠にもエースにも羽根が当たったらしき気配は無い。では誰に?
 その答えは、彼らの近くに現れた1人の筋肉質――ルイ・フリードにあった。
 つまり、フィリップが羽根を弾き飛ばしてしまった瞬間、ルイがすぐさま羽根の向かう先へと走り出し、その肉体で受け止めたのである。神速の動きは持っていなかったが、全身の筋肉の動きを熟知しているため、少なくとも並以上のスピードで走ることができた。
 それはまさにギリギリというところであった。
「はあ、はあ……。えっと、ルイ、さん。大丈夫、ですか……?」
 息も絶え絶えに、ようやくフィリップ、フレデリカ・レヴィ、テスラ・マグメルが追いついた。3人に心配されたルイは、相変わらずのスマイルで返す。
「なに、こんなもの、どうということはありませんよ。むん!」
 気合を入れるなり、ルイは胸の筋肉を動かし始める。しばらくするとそこから、当たったらしい羽根が飛び出してきた。
「いくら速かろうが所詮は木製の球。この程度の弾丸では私の筋肉は貫通できません」
「化け物かお前は!!」
 多少の口調の違いはあったが、その場にいた全員の声が重なった。

 結論から言えば、相手が打ち返せないような地点に打ってしまったフィリップの負けということになるのだが、ほとんどノーゲーム扱いの上、元々ルイはバツゲームのことを一切考えておらず、フィリップの顔に墨が塗られることは無かった。
 そして、またしても全力疾走させられたフィリップは、そのまましばらくの間、観戦席にて休憩したという……。