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リアクション
第14章 潜入! 神聖都の砦(1)
東北に連なる山脈のふもとにある神聖都の砦攻略に向かった別動隊の面々は、砦のドラゴンライダーたちにそれと悟られないよう少数に分かれて、旅人を装い、ある者はアシラトの町へ、ある者は荒野へ、またある者は直接集結地となる台地付近へと向かっていた。
飛空艇に乗る者たちは、少し遠回りになったが楕円の航路で北西から、ワイバーンの飛ばない夜の闇にまぎれて一気に移動し、昼間は台地の割れ目や影に機体をまぎれさせる。
そんな中、一番最初にイルの村を出発したフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)とともにアシラトの町へ入り、旅の資金集めと称して町の小料理店に雇われることに成功していた。
この店が、砦に食材の配給に行っているのは既に調査済みだった。だから【根回し】で店で働いていた女性と交渉して、3日間だけ彼女の代理として入ることにさせてもらったのだ。
そして
「これから町向こうの砦まで配達に行くんだけど、一緒に行くかい?」
と誘われたとき、2人は1も2もなく飛びついた。
「ずいぶんたくさんの食料ですね。一体何人いるんですか?」
男衆たちによって次々と手押し車に運び上げられていく食材を、リストと照らし合わせてチェックしながらそれとなく訊く。
「さあなぁ。いちいち数なんか数えないし、厨房と門を往復するだけだからなぁ」
「とにかく大勢さね。なにしろ手押し車2台分の食料が1週間で消えちまうんだから」
「でも、この中にはワイバーンの分も入っているんですよね? ここへ来る途中、町の上空を飛んで帰るワイバーンを何度か見かけました。あそこにはあんなにたくさんのワイバーンがいるんですね。きっとその数だけドラゴンライダーもいるんでしょうね」
フレデリカの質問に、どさりと肉の塊を下ろした青年は、肩をすくめただけだった。
少ししつこすぎたか。警戒されたかも、とルイーザと視線を合わせた直後。
「16匹だよ」
野菜の束を運んできた少年が答えた。
どさっとルイーザの足元に置かれた束から、青臭い葉と土のにおいがしてくる。
「まぁ、分かるの?」
「うん」
少年は少し得意げだ。ルイーザはしゃがんで、少年の顔を覗き込んだ。
「すごいわね。私なんか、どれも同じに見えてしまって」
「簡単だよ。飛び方のクセとか鳴き声とか……毎日見てたらおねえちゃんたちもすぐ覚えるよ」
砦のワイバーンは16匹。ドラゴンライダーも最低16人、もしくはそれ以上いるということか。
「ドラゴンライダーの数は、そうはっきりしなくてもいいかもしれません。結局、砦から出さなければいいわけですから」
ガラガラと車輪の音をたてる手押し車の横を歩きながら、ルイーザはフレデリカにだけ聞こえる声で言った。
「そうね。ようは全体数を把握してればいいのよね」
「あとで見取り図が書けるように砦の内部構造も知る必要があります」
いざ攻略が始まったとき、すみやかに要所を押さえるためには欠かせない作業だ。
「そっちはほかの人たちに任せて、私は残って給仕ができないか、厨房の人に交渉してみるつもり」
「危ないですよ?」
「うん、多分。でも、どうしても知っておきたいことがあるの」
砦にいるのは北カナンから配属された、神官兵だ。だけどカナンの民であるのは間違いない。
(カナンの民が争い、傷つけあうことをセテカさんは望んでいない。多分、バァルさんも…)
砦の人たちがどう思っているか知ったら、もしかしたら、戦わずに話し合いで味方にすることができるかもしれない――フレデリカはそう考えていた。
「はわ……フレデリカさんたちが砦の侵入に成功、なの」
高台の上、できるだけ見つからないよう腹這いになって下を覗きながらエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が言った。
「今、いっぱい荷物積んだ手押し車2台と一緒に門をくぐっていったよ?」
「そう。じゃあ私たちもそろそろ行きましょ」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は迷彩塗装を施した飛空艇から光学迷彩の布を引っ張り出す。それを腕にかけ、3人を振り返った。
「打ち合わせ通り、私は山側から、エリーとジョーは正面、菊媛は水路の探索ね」
歩哨の動きや交代等は昨日1日かけて調べてある。あと30分で潜入に好都合な隙ができるのは分かっていた。
「はい、これ。効果的な位置にセットしてね」
対イコン用爆弾弓からはずし、遠隔操作式にした爆弾をいくつかエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)に手渡す。
「まかせてください」
「御方様も、どうか御無事で」
上杉 菊(うえすぎ・きく)の心からの言葉に、ローザマリアはにっこり笑って応じた。手際よく崖を下っていく彼女の姿は、ハングした岩のせいですぐに見えなくなってしまう。
「さあ、私たちも」
「うゅ……菊媛、行くの」
「ええ。そうですね」
ローザマリアが消えた崖とは反対の坂道を、3人は下って行った。
岩陰に身を隠しつつ砦まで接近を果たした3人だったが、さすがに砦の外壁近辺は整地されていて、そのままでは近づくこともできそうになかった。
「わたくしはあちらの川の方に向かってみます」
隠形の術を用いた2人に言うと、菊は、飛空艇で移動する際に見つけた川の跡らしきものに向かって歩き出した。
すっかり干上がって水は一滴も残っていなさそうだったが、砦に引き込んでいた水路が見つかる可能性はある。
エリシュカは隠形の術で隠れ身となり、外壁へ張りつくと、アリスういんぐで一気に外壁を乗り越えた。
「エリー、ロープか何か見つけてきてくれないかしら? 装備してくるの、忘れてしまって」
「うゅ…」
きょろきょろ辺りを見渡して、そーっと門に近づく。門扉には大きな閂(かんぬき)がかかっていて外せそうになかったが、全力で押すことでずらすことはできた。
「うゅ……入るの」
人1人がすり込めるだけ開けて、エシクを入れる。
「ありがとう。
にしても、門番がいないなんて」
「荷下ろしのお手伝い、行ってるみたいなの」
こそっと背後を伺うと、厨房の勝手口らしきドアの前に止められた手押し車の所で、フレデリカやルイーズに感謝されて顔を緩ませている兵士がいた。
「たるんでる、なの」
「東は最初から服従しているから、襲撃はないと思い込んでいるのね」
やれやれ。
だがそれで今回は助かったのだからよしとしなくては。
フレデリカがこちらを見て、2人に気づいていると知らせてくる。さらに兵たちの気をそらすべく話しかける彼女たちに合図を送り、2人は建物の影へと消えて行った。
「先ほど厨房の人から聞いたんですが、今日は休みが重なって、人手が足りないそうなんです。ですから私たち、お昼の間だけでもこちらをお手伝いしていきたいと思うんですが」
フレデリカの提案に、砦は上客だからと店の男たちは快く応じてくれた。
「陽が暮れるまでに戻っておいで。道中危ないからね」
「ありがとうございます」
気遣ってくれた彼らを門から見送って。
建物外部のマッピングに移ったルイーザと分かれたフレデリカは、厨房にとって返した。
給仕係用のエプロンを締め、調理の熱気溢れる厨房から大皿を取って食堂に出る。ここの食事はバイキング形式だ。昼食をとりに集まった兵たちでごった返す中、長イスと長イスの間をうまくすり抜けて浮島型のテーブルに近付き、カラになりかけた皿と取り替えた。
厨房と食堂を何度となく往復し、皿を取り替えたり使用済みグラスを持ち帰ったり取り皿を補充したり飲み物のピッチャーを取り替えたり…。兵は交代制なので、出て行く分だけ新しい兵が入ってくる。10が終わればまた1にと、流れ作業のように延々と続く仕事をこなしながら、フレデリカは兵たちの会話に聞き耳をたてた。
だが、ほとんどがたわいのない日常会話ばかりで、たまに北カナンに残してきた家族の話が出る程度。聞きたい話題が出てこないことに内心苛立ちつつも、フレデリカは笑顔で返却台の上にたまったトレイを厨房に持ち帰る。
「フリッカちゃん、11番のテーブルで粗相があったそうだから、拭き取ってきて」
「はぁい」
投げ渡されたふきんを手に、飲み物がこぼれたテーブルを拭いていたときだった。
「……南にまた不穏な動きがあるらしいと、あっちの砦から移ってきたやつが言っていたそうだ」
「なんでも、女神イナンナの姿を見たと吹聴する者までいるらしい」
「まさか。ありえない。そうやってあおっているのさ」
フレデリカはそっとそのテーブルの様子を伺った。床にこぼれた分を拭き取りつつ、少しでもそちらに近付こうと移動する。騒々しい周囲の雑音を排除し、彼らの会話に集中した。
「懲りないやつらだ。どうしてああも頭が固いのか」
「ネルガル様の偉大な志を理解されぬとはな。民度が低すぎる」
「女神様がいればと、まだ口にする者がいるそうだ。女神がいたらどうだというんだ? 女神が何をしてくれたというんだ」
「そうだ。何をしてもふたことめには「女神様のおかげで」「女神様のご加護によって」――努力して、結果を出しているのは己たちだ。報われたのは自分が頑張ったからなのに」
不甲斐ない、と言いたげに、男は言葉を吐き捨てた。
「まったく愚かなことだ。だから逆境にあってもすがることしかできないんだ」
「たしかに今はカナン人にとって試練だが、それもたった1人の女神なんかに依存しているからだと、彼らも早く気づけばいいが」
「ああ。女神などに祈る暇があれば、この試練にどう立ち向かうかを考えるべきだとな」
「神などに頼らず、すがらず、自らの足で立ち、自らの手で事を成す。その責任も、結果も、全て人が負う」
「人は、まず立ち上がらねばならない。だれの足元に頭を垂れるでなく」
「ネルガル様に乾杯」
チン、とグラスがかち合う音がした。
神などに頼らない、人による人のための統治――自らの足で立ち、自らの手で事を成し、だれにも頭を下げない――だれのせいでもなく、自らの成したことに自らが責任を負う……それは、地球人であるフレデリカにとって、すばらしい思想に思えた。神に依存せず、良い結果にせよ悪い結果にせよ、神のせいにすることもなく、人による人のための世界をつくる。
それがネルガルの考え?
ではそのネルガルに反抗しているわたしたちって?
(……ああ、どうしよう…。こんなことをセテカさんたちに言わなくちゃならないなんて…)
「うろたえるな」
無意識のうち、床に座り込んでふきんを揉みしだいていたフレデリカを諌める声が降ってきた。
いつの間に近付いていたのか、兵の服装をしたケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が無表情でトレイを手に横に立っている。
昨夜のうちに軽身功を用いて砦に潜り込んでいたのだ。そして兵に扮して1階部分のマッピングをしていたわけだが。
「彼らが話している内容が、ネルガルの本心である確証はない。兵の心を掴むための方便ということもある」
トレイ置き場まで後ろをついてきたフレデリカにのみ聞こえる声で話す。
「でも……彼らは、それを信じているんですよね…。そしてそのために戦っている人たちで……私たちは、そんな彼らと戦わなくちゃいけない…」
「戦いとはそういうもんだ。相手が理解できない思想の持ち主であれば、倒していいのか? 理解できれば倒されてやるのか」
「それは…」
「戦う相手の思惑を知ることは重要だ。だが、必ずしも理解する必要はないんだ。共感すれば支障が出、動きが制限される。ときにそれは自身の死に直結することだってある」
とはいえ、そのさじ加減を覚えるのはなかなか容易ではないのだが。軍人ですらたびたび迷い、乱れる。
山と重なったトレイを手に歩き出す。厨房まで代わりに運んでいるふうを装って、ケーニッヒは隣に並び、話し続けた。
「いずれにしても、これは我らが判断することではないな。指揮官が決めることだ。きみはここで知り得たことを包み隠さず報告すればいい」
「はい」
少しほっとする思いでフレデリカは頷いた。
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