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第2章 決勝への階段 7

「あれだよね、麻羅さん」
「ん……なんじゃ?」
「なんかこう……運命ってちょっと残酷だなぁとか思ったりしない?」
「まあのう……そうでなければ、わしらがこうして――」
 会話を重ねる榊 朝斗(さかき・あさと)天津 麻羅(あまつ・まら)は、互いに顔を見合わせて苦笑した。
「――対戦することなんてないからのぉ」
「ははは……できれば避けたかったけどな……」
 朝斗は乾いた声で笑って、普段の使い慣れた銃とは違った二つのチャクラムを回した。避けたかった……が、闘うことは変わりない、ということだろうか。
 麻羅は頬を緩ませた。
「ふ……なに、遅かれ早かれ、お互いに生き残っていたら闘うことになったんじゃ。それが早くなったか遅くなったかの違いだけじゃろ」
「かなぁ……」
「それに、ほれ、見てみぃ」
 麻羅に促されて観客席に目をやると、そこには麻羅と朝斗のパートナーが仲良く座って二人を応援していた。
「麻羅〜! どっちも応援してるけど、出来れば勝ってくれると嬉しいな〜」
「朝斗さーん! 麻羅さーん! どっちも応援してますー! ……でも、出来れば朝斗さん勝ってくださーい!」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)、それに、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)だ。微妙に……最後の台詞だけはお互いに笑顔のにらみ合いをしていたのは気のせいか?
 いずれにせよ。
「応援してくれる者がいて、負けるわけにはいくまい? それに、わしとしては鍛冶屋としてのアッピールもかかっておるからのぉ。全力でいかせてもらうぞ?」
「……だね。じゃ、僕も……遠慮なくね」
 会話もそこそこに、試合開始の合図が鳴った。
 観客席から感じるのは、応援してくれるルシェンの暖かい視線。それに応えるため、そして、己のために……たとえ相手が麻羅であっても全力をもって闘う。
「いくよ」
 朝斗の構えるチャクラムに電撃が迸った。それは帯電となってチャクラムにまとわり、宙に発光の糸をつむぐ。次いで――朝斗は麻羅へと突撃した。
「っ!」
「はぁあっ!」
 チャクラムが閃光を迸って空を駆けた。
 麻羅へと迫るチャクラムの刃。しかし、彼女は巨大なハンマーを持ち上げると、
「むんっ!」
 それを思いっきり弾き飛ばした。
 朝斗の手に、チャクラムが舞い戻る。
「小細工はなしでいかせてもらうぞ、朝斗」
 麻羅は、巨大なジェットハンマーを構えて、一気にブースターをかけた。ハンマーから吹き出るジェットがハンマーに加速をつける。
 もちろん、朝斗とてそれをまともに受ける気はない。チャクラムの嵐が麻羅へと降りかかった。
「……っ!」
 だが、どれだけチャクラムの刃が麻羅を切りつけようとしようとも、ハンマーをそのまま盾代わりにした麻羅の勢いは止まらない。麻羅の身体にみなぎる力が、ブン――と振りかぶられたハンマーとともに放出する。
「うああぁぁっ!」
 それは、一気に朝斗の体躯を叩き飛ばした。
 相手を粉砕するような勢いで叩きつけられたハンマー。その衝撃で、麻羅までもがわずかに弾き飛ばされる。放出された気の力だけでも大地を割る正義の鉄槌。
 これならば、朝斗ももう起き上がることはできまい。
「……なっ」
 麻羅は目の前の光景が信じられずに目を見開いた。
 倒れているはずの朝斗が、そこに悠然と立っていたからだ。
「あれは……」
 観客席のエシェンが不安な声色でつぶやいた。心配そうな緋雨とともに見る朝斗のそれは、あのときの……あの、不気味な瞳を輝かせていた。闇の底のように真っ黒になった瞳の中心が、黄金に光っている。
「う……あ……」
 だが――それは一瞬のことだった。
 輝いていた瞳がふっと元の色を取り戻すと、朝斗はゆらりとふらついて、そのままばたりと倒れこんだ。
 麻羅の勝利宣告の声が聞こえる。
 だが、それがどこか遠くに感じられるほど、そのときの朝斗の闇の気配は、不気味な衝動は……彼女たちの瞳に焼きついて離れることがなかった。



 次の試合まで時間が空いたとき、選手たちは総じて観客席から他の選手の試合を観戦することがほとんどである。無論、リーズ・クオルヴェルもその例に漏れず、せっかくだからと観客席へ足を運んでいたのだが。
 そこで出会った人物に、彼女は目を丸くした。
「あれ、リーズじゃないか」
 対する相手も目を丸くして、リーズに声をかけてきた。
 ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)――集落のナイトパーティで出会った青年だ。まさかこんなところでも出会うとは。そう思っているのはどうやら彼も同じらしく、彼は柔らかにほほ笑んだ。
「旅に出たと聞いたけどまさかここで会うとはな……」
「そ、それはこっちの台詞よ。なんでこんなところに……」
「あれあれ〜? なにやってるの、ルーツ」
 ふと、二人の間に割って入った声があった。声の方向にに振り向くと、そこではオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)はニヤニヤとした笑みでルーツを見ていた。彼女の視線は、ルーツからリーズへと移される。
「ほうほう〜、この娘がリーズちゃんか〜」
「な、なんですか……あなた」
「気が強そうだけど中々の美人な獣っ子じゃな〜い。これは、見逃せないわね、ルーツちゃん♪」
 怪訝そうな顔をしているリーズ、そしてルーツに向けて、終始ニヤニヤとオルベールは笑っていた。
「いやー……やっと春ねー……うんうん」
「何を言ってるんだ、ベル? 今は冬だぞ?」
 どうやら話が理解できているのはベル一人のようで、首をかしげるリーズとルーツを放ったらかしにして彼女はただ一人納得した顔をしていた。
 と、そこにもう一人……声をかけてきた娘がいた。
「あれ、二人ともなにやってるの? もうすぐ始まっちゃうよ?」
「アスカ……」
 はきょとんとした顔の師王 アスカ(しおう・あすか)に、ルーツが振り返った。彼女はルーツとベル、そしてリーズへと視線を動かしてさらによく分からないといった困惑の表情になった。
 しかし、それもしばしのことである。
「あっ!」
 リーズの耳を見た彼女は、すぐに合点がいったとばかりに手を叩いた。
「もしかして、リーズさん?」
「は、はあ……」
 どうやらこれで困惑しているのはリーズだけになったようで……ルーツ以外に二人を知らない彼女は、ややこしそうに首をかしげるのだった。