リアクション
第2章 決勝への階段 1
「はい、それでは――」
どうやら闘技大会も一区切りを終えたのか、大会の実況者はどこかやる気のなさをかもし出している青年へと交代していた。
「これから実況はわたくし天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)が担当させていただきます」
「えーと……これはなんという仕様で?」
いつの間にか隣にいるのがパートナーじゃなくなっていることに、シニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)は疑問を投じざる得なかった。まあ、どことなく理由に予想はつくが。
「まゆりさんからの伝言によると、『わたしちょっとご飯食べてくるからあとよろしくねー』だそうです」
「ほう……勝手じゃのう」
「まあ、自由気ままっすよね。ぶっちゃけ、俺もめんどいです」
眠たげな顔でヒロユキはばっさりと言う。どうやら、押し付けられたことは間違いないようだ。
「でもまあ……考えようによっては」
彼は一人思いついて口を開いた。
「これでなんか上手いこと言ったら、放送局のオファーとか来ないっすかね?」
「うーん、なかなか棚からボタモチな話じゃのう」
「いや、世の中って全部ボタモチっすよ、たぶん。俺のじっちゃんは言ってました。とにかく『運だけが世の中を動かすんだ』って。俺の格言です」
「嫌な格言じゃのお」
もはや実況というより人生について会話を繰り返す二人――すでに、実況席のマイクは入っていた。
「ちょっとぉっ! のんびり人生語ってないで、ちゃんと実況しなさいよ!」
そんなものだから、すでに試合を繰り広げている少女から、容赦のないツッコミが届く。
「あ、ごめんごめん、えーと…………おお、まさかの参加者からの実況へツッコミです! これは爆笑の闘いが期待できるかっ!?」
「……そうじゃないってのぉ!」
少女――葉月 エリィ(はづき・えりぃ)は再び吼えた。
しかし、
「……っ!」
「よそ見してる場合じゃないみたいだぜ、エリィ」
「そう思うなら、隙見て攻撃なんてしてくんなっての! バカ兄貴!」
一気に振り下ろされた二対の剣をよけて、エリィはそれを操る対戦相手に声を荒げた。対戦相手――自分の実の兄である葉月 ショウ(はづき・しょう)は苦笑してみせる。
「つっても、闘いなんだからしょうがないじゃん。双子だからって、こればっかりはなぁ」
「……へー、そっちがその気なら……こっちだって容赦しないんだからねっ!」
気合を入れなおしたエリィは二挺拳銃に弾丸を詰めると、連続して引き金を絞った。常に移動しながらにして、その照準はショウを的確に捉えている。
「わわわっととっ!」
それをなんとか避けながらも、ショウは剣をたくみに操り、弾をはじき落とした、
両手剣と二挺拳銃が、絶え間なくぶつかり合う。
そんな二人の戦いを見下ろしながら、観客席のクリムゾン・ゼロ(くりむぞん・ぜろ)は感嘆した声をあげていた。
「ほぉー、二人とも強いでござるなー。いやはや、あっぱれでござる。のう、エレナ殿……エレナ殿?」
隣にいたはずのもう一人のパートナーを探してキョロキョロとするクリムゾン。そう遠くないところで、こそこそと出て行こうとしていた背中に彼はぽんと手をかけた。
「どこに行くつもりでござるか?」
「あはは……いえ、ちょっと血でも吸いにいこうかなーと思いましたの……」
「だめでござるよ」
ごまかすように笑うエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)に、クリムゾンは困ったような声を返した。
「ちゃんとエリィの応援をするでござるよ」
「えー、どうしてもしなきゃいけませんのぉ……わたくし、それよりも血が吸いたいですのに……」
「そんなこと許したら、ミーがエリィに怒られるでござる。ささ、席に座るでござるよ」
まだ不満げな顔をしているエレナであったが、どうにか諦めて彼女は席に座った。どうやら、エリィの応援をしようと腹をくくったようである。
「……って、いつの間にかすごい展開になってないかしら?」
少し目を離した隙に、エリィへと岩をも粉砕するような猛烈なパンチを繰り出してたのはゴーレムであった。飛行翼で宙に浮く得意げな顔のショウに、エリィは声を張り上げた。
「使い魔なんて卑怯よ、バカ兄貴!」
「んー、まあでもルール上はちゃんと有効なんだよな、これが」
使い魔、ペットの類は有効、というのが闘技大会のルールである。
ペットというと語弊があるかもしれないが、使い魔と言えばゴーレムも納得ができるところだろう。
ただ、いかにゴーレムといえど、エリィがそれに負けるということはない。舞いのように華麗な連射を放つエリィ。無論――使い魔はあくまで使い魔に過ぎず。
「さってと、んじゃあ行くぜ!」
ゴーレム相手に闘うエリィへと、ショウは空中から氷術を放った。氷の冷気がエリィへと降りかかる。なんとかそれを避けるエリィであったが、
「しまっ……!」
「もらったあぁ!」
氷術の目的は、決してエリィを直接倒すことだけにあったわけではなかった。大地に広がった氷は、まるで氷結の上を歩くように足場が悪くなっている。そこに足を滑らせたエリィへと、ショウが一気に舞い降りて――
「んがああぁぁっ!?」
「へ?」
――自分も、思い切り滑った。
そのまま滑った勢いで転がってくる兄に、落ち着き払って立ち上がったエリィの銃が向けられて。
「ばーん」
「ぐべっ」
銃弾がショウの脳天を叩き……呆気なく、彼はずざざざ……と背中越しに地に伏した。
「勝者、葉月 エリィ!!」
まさかの展開である。誰もがショウの勝利を確信した瞬間に、あの大コケだ。観客もそうであるが、誰よりもエリィが驚いていたところである。
とはいえ……勝利は勝利だ。観客たちの喝采が響き渡る中で、ショウは打ちつけた頭をさすりながら起き上がった。
「いちちちち……はぁ、まさか最後にあんなことになるとはなぁ」
「ふっふー、兄貴は詰めが甘いのよ。ま、優勝したときはちゃんとチョコを分けてあげるから安心しなさい」
「お、ほんとか? そりゃー期待しとかなきゃな」
にぱっと笑ったショウはそう言うと、嬉しそうに武舞台の出口へと歩いていった。それを後から追いながら、エリィは人知れず思った。
(ありがと、兄貴)
――と。
●
「わっゎわっわぁっって……!!」
度重なる金属音が鳴り響いた。しかし、それは決して互いに均衡する闘いの証――つまり『良い勝負』と言えるものかは定かでない。
『おおっっと、椿選手、劣勢です。持ちこたえられるかぁー!』
現に、実況者のあげる声は相手の有利を物語っていた。
「ちょーっと、ひあぁっ!」
自分の身を断ち切らんとするような勢いの一閃を、
泉 椿(いずみ・つばき)は慌てて避けた。それを振るった対戦相手――リーズ・クオルヴェルは、仕留めようとした一手が避けられたことにわずかに眉をひそめた。
「やるじゃない、椿」
「はぁはぁ……リ、リーズもね……まったく、ほ、本気すぎだっての」
実力差ははたから見れば圧倒的とも言えたが、なかなかどうして。
椿はリーズの太刀をなんとかしのぎ、こうしていま彼女と対峙していた。息切れは起こし始めているものの、その手に構える三節棍はいまだ諦めの様子を見せていない。
「こ、これでもスピードには自信があるんだぜ」
「そう? 私も、獣人だから速さなら負けないわよ?」
「……」
お互いに、不敵な笑みを交し合う二人。
じり……とリーズの足がわずかに動いた瞬間、二人は地を蹴っていた。
「はああぁぁ!」
横なぎに滑ったリーズの剣線。しかし、椿は逆手に持ち上げたシールドでそれを防いだ。
次いで、その隙を突いて、分解した三節棍が勢いのまま伸びてリーズの胸を打つ。
「ぐ……」
「まだまだっ!」
勢いを殺すことなく、椿は攻め立てた。
その顔は、自然と笑っている。それも、お互いにだ。もっと、もっと息を。もっと風を。椿の欲求は、呼吸が荒ぐとともに高まるようだった。
もともと、そんなに気合が入って望んだ大会ではなかった。もしかしたらイケメンに会えるかもなーとか思って出場したというのも理由にあるし、負けたとしてもきっと大した不満も抱かないだろうと思っていた。
だが――
「……ふ」
「…………っ!」
ぐっと足をこらえたリーズが、抜き身の剣を抜刀するように一文字に振るった。とっさに引き戻した三節棍でそれを防ぐ椿。
負けたくない。いまなら、そう思えた。そういえば……あのとき、リーズの集落でやっていたナイトパーティに行ったとき……彼女は剣舞を踊ってたっけ。
かっこよかった。すごく。だからかもしれない。自分も、闘えるかもって……思ったのかもしれない。
再び押されている椿だが、その目は必ず隙を見つめてみせようと諦めではないしがみつくような色を滲ませていた。しかし、実力は……遠い。
「……ッ!」
瞬間――リーズの剣が彼女の三節棍を弾き飛ばした。諦めきれない椿は、一瞬の判断で蹴りを放つ。だがそれも、彼女に呆気なく掴まれると、そのまま背中を叩きつけられた。
「……はぁ……はぁ……」
負けた。負けてしまった。勝利宣告の声が、遠く聞こえた。
そのとき、彼女の頬に冷たい何かが滲んだ。それは頬を伝って、地にぽつりと落ちる。初めて椿は……涙をリーズに見せた。
仰向けに倒れたまま、嗚咽を吐き出し、涙を腕で隠して泣く彼女。リーズは、そんな椿の傍に座り込んだ。
「……ふ……ぇぐ……」
「ねえ、椿」
「ぇく……な……なんだ……?」
「この後さ、焼き鳥でも食べに行こうよ。そしてさ、思いっきり、むさぼり食っちゃお」
リーズは、椿がどんな表情をしているのかを見なかった。そういえばかつて、自分も父親に負けたときに思いっきり泣いたことがある。だからきっと、同じ顔だろうと、思ったから。
彼女の気持ちが、分かるような気がしたから。
「リーズ……」
「なに?」
「そんなにたくさん焼き鳥食ったら…………太る」
「…………」
背中から、椿のはにかむような声が聞こえてきて、リーズは小さなため息をこぼした。
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