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【じゃじゃ馬代王】少年の敵討ちを手伝おう!

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第1章 二兎追うものは一兎も得ず

「どういう事だよ! すぐにあいつらの所へ行くんじゃなかったのかよ!」
 声を荒げるライルを高根沢理子(たかねざわ・りこ)は軽く睨み、シッと唇に人差し指を押し当てる。この距離ではいくらなんでも聞こえはしないだろうが、用心に越したことはない。いまライルと理子、フェンリルが居るのは馬蹄を辿って目星をつけた砦の近くにある雑木林だ。林――と言っても、すっかり風にさらされ細くしなびた枝のような木々が集まっているだけの小さなものだ。葉は赤銅色に褪せ、風が吹くとガサガサとがなる。身を潜めるに事足りるのが唯一の救いだった。辺り一帯を見渡しても、時折かさついた風が砂を巻き上げるだけで、他には何も無いのだ。膝程の高さの岩が所々で顔を出してはいるが、さすがに姿を隠してくれそうにない。
 すぐに蛮族へ殴り込みに行くと思っていたライルは焦りと苛立ちを押さえることも忘れていた。裏切られた気さえしたのだ。騙されたばかりだと言うのに、ライルは消極的にではあるが、このわずかな時間で理子とフェンリルを信頼していたらしい。その自覚と、敵は目前だと言うのに指を銜えているだけという板ばさみがライルを苛む。
 怪我の治療をしてくれたからだろうか。
 自分と年が近そうだから?
 ひょいひょい付いて来てしまったが、本当にこの2人は手を貸してくれるのか。あの護衛の様に途中で裏切られるのではないか。ここへ来て様々な手が胸をかき回す。
 フェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)は底冷えさえ感じさせる瞳でライルをひたりと見つめていた。
「何も情報がないまま無闇に相手の懐へ飛び込むのは危険だ」
「そうよ、ライル。あんたが捕まったら何の意味もないんだから」
「姉貴とランが……妹がさらわれてるんだぞ!? なに悠長なこと言ってんだよ!」
 理子にだって気持ちは痛いほど分かる。しかし、自分だけならともかくライルも居る手前、あまり無謀なことは出来ない。
「理子、フェンリル」
 背後から突然ふってわいた気配と声に、3人はびくりと肩をゆらした。振り返るとそこには忍び装束の紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が膝を突いている。音もなかった。葉の1枚すら揺れなかった。唯斗の後ろには、彼の妹である紫月 睡蓮(しづき・すいれん)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)も控えている。
 詰めた息を吐き出し、理子は胸を撫で下ろす。
「びっくりした……」
「事情は解った。協力する」
 唯斗は多くを語らなかった。目を瞬いた理子が、イタズラっぽく口元をつり上げる。
「助かる。さすが忍。行動が早いわね」
「あの物見櫓や見張りをつぶすのは任せてくれ。隠密行動は得意だ。プラチナは一緒に」
「はい、マスター」
「理子。代わりと言っては何だが、俺が動いている間、エクスと睡蓮の事を頼む」
「それぐらいお安い御用よ」
「エクス、睡蓮。出番はもう少し後だ」
「うむ。行ってこい唯斗」
「がんばって下さいね、唯斗兄さん」
 ライルは突然現れた唯斗達に目を丸くしたままだ。唯斗を「兄さん」と呼びにこにこと笑いかけている少女は、自分と年が変わらなく見える。口調こそ落ち着いているものの、蛮族の元へ飛び込むなんて状況にはそぐわない。思わずまじまじと見つめていたライルに気づいた睡蓮は、わずかに首を傾げ笑って見せた。

 理子たちがそんなやり取りをしている上空。蛮族の砦を見つめるもう1つの目があった。
「確かこの辺りのはず――ああ、あれか」
 アジトに出来そうな場所はあそこだけだ。ワイバーンの背の上でウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は呟いた。何故彼がここに居るかと言うと、街の商人ギルドから蛮族を討伐依頼を受けたからだ。ここ最近は特に動きが活発で、仕事になら無いらしい。
 聞く所によると相手方は30人程度。グループの全員が奇襲に回っている事は無いだろうから、おそらく、実際にはもう少し人数は多いだろう。それでも一人で制圧出来る。ウィングはそう確信していた。ワイバーンに上空か襲撃させれば囮にもなる。混乱している間に潜入すれば、難しい事もない。頭を撫でてやると相棒は嬉しそうに目を細める。
「ん? あれは・・・・・・」
 ふいに砦以外のものが視界に移り込み、ウィングの意識を引いた。赤茶けた大地の上では、異物の侵入はすぐにばれる。見覚えのある顔だ。目を凝らせば西シャンバラ代王の理子ではないか。隣にいるのはフェンリルだ。さらに見慣れぬ少年の姿もある。
「何だ、理子か――」
 一瞬身構えた力をため息と共に逃がした。蛮族同士のもみ合いにでもなったら面倒だ。理子だったら一安心――いやいや、おかしいだろう。首を振って思考を散らす。よくよく見れば蒼空学園の制服を着ている。どういう事だ。上空で羽を揺らしたまま、ワイバーンは黙り込んだウィングの様子を気にしている。
「ちょっと行ってみよう」
 降りてくれ、と頼むとワイバーンは頭をぐんと下げ、砦へと背を向けた。

 ふっと影が落ち、雲でも流れてきたのかと空を仰いだ。理子とライルは同時に「あっ」と短く声を漏らす。独特の形をしたドラゴンが翼を大きくはためかせていたのだ。
「理子、こんな所で何を?」
「派手な登場は結構だけどね、ウィング。あいつらに見つかったらどうするの」
 ワイバーンと共に地上へ降り立ったウィングは、真っ先に掛けられた台詞を何度も噛みなおした。それでも理子の言葉の意味が正確には分かりかねた。
「あいつら、というのは」
「へ?」
「依頼を見て来たんじゃないのか」
 噛み合わない二人の会話を見て、フェンリルが口を挟む。
「商人ギルドから、蛮族の砦を制圧するように依頼されたんです。あそこに見えるでしょう。あの砦がやつらのアジトですが――」
「それはナイスタイミングね」
 指を鳴らした理子は勝利を確信した軍隊の長のような顔をしている。手を組まないかと理子に持ちかけられ、ウィングは側にいる『ライル』と呼ばれた少年へ視線を向けた。話を聞くところによると目指す結果は程遠くないものだ。ライルに落ち着きが無いのは姉妹の身を案じての事だろう。こちらの会話に時折顔を向けるが、すぐに砦を見、姉妹という単語が出るたびに奥歯を噛む。
「だったら目的も同じです。私も協力します」
「ありがとう、ウィング。蛮族側の情報は聞いている?」
「どんな被害にあったのかと、おそらく30人ぐらいで徒党を組んでいるのではないか、というぐらいですね」
「やっぱり内部情報は潜入してみないと駄目ね」
「あの砦は遺跡を不法占拠して使用しているものです」
 理子の言葉を継いだのは叶 白竜(よう・ぱいろん)だった。
「プロフェッショナルのお出ましってわけね。頼もしいじゃない」
「念のために教団のデータベースを見て来ました。窃盗の常習犯で、過去に何度も生涯窃盗事件を起こしています。この辺りでは比較的勢力のある蛮族グループと言えるようです」
「じゃあどうして今までほっといたんだよ! さっさと捕まえなかったんだよ!」
「被害にあった住人はこぞって口をつぐんでいた。警察としても我々としても被害届けや実質的な証拠が無くては動くことが出来ない」
 ちらりと向けられただけだったが、視線は氷の矢を思わせる鋭さだ。
「窃盗の他にも人身売買をやっています。奴隷商ですね」
「そうなると、ライルのお姉さんと妹をさらったのは……」
 理子は親指で顎を何度もなぞりながら眉を寄せる。ライルと姉、妹の3人の内、女の子2人を連れ去ったのは人質では無かったのだ。蛮族にとっては積み荷と同じ“商品”にしか見えなかったのだろう。濁した言葉を白竜は臆することなく口にした。
「商品価値を見込まれたのなら、逆に姉妹のはしばらく安全が保障されるでしょう」
 よほどの変態趣味でも無い限り、商品である姉妹の体に傷はつけないはずだ。ただ、あくまで奴隷としてさらわれた場合であって、慰みものにする為に連れ去った可能性もまだ拭い去れない。
「どちらにせよ――」
 ちら、と理子が盗み見た先、青ざめたライルは無意識に手を組んでいた。まるで神に祈るように。時間はあまり無いってことね。理子はその台詞を己の胸へ刻み、飲み込んだ。