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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第3回/全3回)

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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第3回/全3回)
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■第39章 真実

「……エリヤは、病気なんだ……それもすごく重い…」
 目を覚ましたトライブが、石像と石像の間から姿を現した。
 まだ殴られたみぞおちの痛みが激しいのか、手をあてて、足元もおぼつかない。
 大きく息をついた彼は、ずるずる石像に背をすべらせ、うずくまると、エリヤに聞こえないよう配慮した小さな声でぽつりぽつり話しだした。


 4日前、ザムグの町のセテカの執務室――――
「弟さんを救出に行きたいんだ。その許可がほしい」
 セテカを訪ねたトライブは、開口一番そう言った。
「エリヤを?」
「カナン人のあんたたちにはできなくても、俺たちにはできる」
 そう宣言したあと。
 イナンナとセテカを前に、トライブは「ただし」と条件を出した。
「ただし、エリヤの石化を解くのは待ってくれ。たとえカナンでは治療できない病気でも、地球の技術があるシャンバラなら治療できるかもしれない」
 彼が、カナンでもごく一部の者しか知らない秘密に気づいたことに、セテカは驚いた様子を見せなかった。軽く目を瞠っただけで、それもあったかなきかの反応だ。
「無理だ。数カ月前に目覚めたとき、俺ももしやと思い女神様と相談して、できることは全て試した。だが、もうどんな治療も体が受けつけない。それは石化術と病気がからみあった影響かもしれないし、違うかもしれない。理由は分からない」
「そんな……だけど、全部じゃないだろ!? 地球の技術は試してないじゃないか! もしかしたら――」
「もともとエリヤの命運は、半年以上前に尽きていたの。
 ヒールやナーシングを使っても、永遠に生きることはだれにもできないでしょ。なぜなら、この世の生きとし生けるものはすべて、それぞれ定められた寿命があり、その中で各自精一杯生きて、死ぬものだから。ヒールが効くのは、そこで死ぬ運命になかったから。でも死ぬ運命のひとは、どうしたって死ぬの。
 エリヤの死は定められた自然のことわりで、それを覆すことは神にだってできないんだよ」
 数千年に渡り、幾多の生と死を見つめてきたイナンナの言葉は、胸にずしりと重かった。
 彼女にまでそう言われてしまっては、もはやトライブは何も言えない。
「あのまま石化し続けたところで10年ももたない。石化がエリヤにかなりの負担を強いている。健康体であればどうということはないのかもしれないが、弱ったエリヤの体には致命的だ。これ以上石化と解除を繰り返しても、ただ苦しみを引き伸ばすだけにしかならない」
 エリヤにとっても、バァルにとっても。
「俺は、必ずこの苦しみの泥沼からあの2人を救い出してみせる」



「そんな……そんなことって…」
「もともと、それらしい兆候はあったんだ。肌は青白いし、ちょっと走っただけですぐ息切れを起こすし、体がなかなか大きくならない。胸の痛みもかなり前から感じていたはずだ。だけどエリヤ自身、それを隠していたこともあって発見が遅れてしまった。エリヤとしては、数々の武勇を誇る兄の弟である自分がこんなだと知られたくないって思いがあったんだろうと思う。でも、ついにバァルの前で倒れて、隠せなくなった。
 エリヤがもってあと半年の命と知って、バァルは、それこそ狂ったように治療法を探し求めたそうだ。カナン中のありとあらゆる薬師や神官に手紙を出し、効果があるかもしれないことはどんなことでもした。そこに、アバドンがつけこんだんだ」
 石化すればエリヤの中の刻が止まる。彼の命を伸ばすことができる。余命半年でも1年に2週間なら10年はもつ。10年あれば、何か有効な治療法が見つかるかもしれない。

『ネルガル様に人質として差し出すのです。東カナンの領主が溺愛する弟であれば、その資格は十分あります』

「バァルはアバドンの提案に乗り、エリヤを差し出した。そして石化し続けてもらうために、ネルガルに忠誠を誓った」
 語尾に被るように、トライブの携帯がブルブル振動した。綾瀬からの合図だ。
『バァルが今、神殿に入ったわよ』
「――行こうセテカ! 早くバァルと会わせてあげるんだ!」



 リゼッタの通報により、彼らが侵入者であることは知られていた。たとえそれがなくても、本物のバァルが現れたのだ、ばれないはずがない。(このとき彼らは知らなかったが、さらにはネルガルの帰還、通報もあった)
 先の陽動で拝殿中に集まってきていた神官や神官戦士は、彼らを見た瞬間、問答無用で斬りかかってくる。もはや口先でのごまかしはきかない。
 通路から飛び出してくる者、前方に立ちふさがる者、後方から追いすがる者、周囲全てが敵、敵、敵。その中を、彼らはひたすら出口目指して突っ走っていた。
「セテカさん、本当にこの道でいいの?」
 横についたミシェルが心配そうに問う。
「ああ。バァルは貴婦人の間を知っている。最短で来ようとするはずだから、絶対すれ違うことはない」
 答えながら、セテカは目の前に飛び出してきた敵をラウンドシールドごと叩き斬った。
 道を知るセテカとイナンナが先頭を行き、その左右に矢野 佑一とミシェル・シェーンバーグがついていた。イナンナのバニッシュとミシェルのカタクリズムの風を突破して現れた神官戦士を、セテカのバスタードソードと佑一の無光剣が斬り伏せる。
 脇を固めるのがレン・オズワルド、ダリル・ガイザック、ルカルカ・ルー、それに榊 孝明と益田 椿だ。不意をつこうと右手の通路から現れる者に対し、レンは銃舞を発動、相手の攻撃軌道を読み解いて、栄光の刀とソードブレイカーの二刀流で攻撃をいなしては剣を叩き折っていく。距離をとってバニッシュを放とうとする神官には、孝明が妖精の弓を打ち込むか、椿の最古の銃が火を噴いた。
 中央を行くのはエリヤを抱いた緋雨である。彼女はできるだけエリヤを怖がらせないよう鎧を脱ぎ、武装を解いていた。そうしてその小さな体を胸に抱き込んで、そっと彼の目と耳をふさぐ。エリヤも、この状況が分からないなりに何か感じ取るものがあってか、じっと動かず、黙って緋雨にされるままになっている。
 後方についているのがトライブと遙遠、麻羅。遙遠がブリザードを放って前列の神官たちの動きを鈍らせている間に麻羅がゴールドマトックで左右の柱や装飾品を叩き崩し、障害物として通路に散乱させていく。
「あんま、派手にやんなよ? この神殿古そうだし、天井が崩れたら俺たち生き埋めだぞ?」
 もうもうと土煙の立ち込める中、それらしき人影に向かって漆黒の魔弾を撃ち込むトライブを、麻羅がジロリと見上げる。
「ちゃんと計算して崩しとるわ。おぬしは黙って自分の為すべきことを為しておればよかろう」
「はいはい」
 いやー、怖い怖い。
 そんな会話をする間にも、倒れた柱を反対に盾とした神官がバニッシュを放った。
「うわっと」
 次々と襲い来るバニッシュの白い光を彼らが避けている隙に、神官戦士たちが続々柱を乗り越えて彼らに接近してくる。
「周囲を倒すのも良し悪しですね」
 残っている柱や崩れ落ちた壁に身を隠しつつ迫る神官戦士たちに向け、遙遠はアンデッドたちを差し向ける。
「さあ、早くみんなに追いつきましょう」
 立ち止まっている間に距離が開いてしまっている。遙遠とトライブが走り出す中、麻羅はふと思い立って横の柱にゴールドマトックをガン! と打ち込んだ。
「おまけじゃ」
 派手に崩れる柱と天井を背に、麻羅は上機嫌で彼らのあとを追ったのだった。


「ルカ、本当に合図はしたのか?」
 放電実験による雷電で左の通路のいた神官たちをけん制しながら、ダリルが訊いた。
「当然! 貴婦人の間の窓からしっかりこのブリリアントリングで。もうばっちり!」
 通路にまるで電網壁のように広がった放電現象にとまどっている彼らに、ルカルカがヒプノシスを放つ。気を失い、その場に崩折れた彼らを乗り越え、現れる者たちはドラゴンアーツの遠当てで対処した。
「じゃあなぜ陽動が起きていない? 何の爆発も、どこかで騒動が起きている気配もないぞ」
「あっ、気づいた? それについては考えないようにしてたんだけど…」
 だってだって、それの意味するものって、怖すぎだから。
「まさか彼ら、外で全滅してるなんてことはないだろうな?」
「……いやーん」



 ダリルの予想は、それほど間違ってはいなかった。
 参道中にあふれた神官戦士、そして上空を埋め尽くすほどのワイバーンに騎乗したドラゴンライダーたちとの戦いは熾烈を極め、倒すどころかほぼ防戦一方となっていたからだ。
 彼らも窓から伸びた指輪の光は感知していたが、とても突入まで手が回らない。
「あまり突出するな! 分断されると各個撃破されるぞ!」
 周り全てが敵、遠慮なく殺していい相手ばかりであることにすっかりテンションが上がって、退く相手に追いすがろうとしていた芽美や陽子に、指揮をとっていたフェイミィが待ったをかけた。
「今はここを確保することに全力を尽くすしかねぇ」
「フェイミィ……もう少し前線を後退させた方がいいわ…」
 ワイルドペガサスに乗り、戦っていたリネンが舞い戻ってくる。ちらと視線を走らせた上空では高島 真理とそのパートナーが、菅野 葉月やミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)たちとともに、ドラゴンライダーを相手に戦っていた。6対多、かなり数に差があったが、ランスの届かない遠距離からの魔法攻撃やポイズンアローによる攻撃に徹することで、なんとか持ちこたえている。今のところは。だが長時間は到底無理だ。いずれSPが尽きる。
 リネンもまた、則天去私やサイドワインダーで果敢に戦っていたものの、この人数差では自分のしていることは焼け石に水と、彼女自身分かっていた。
 地上で戦っている者はといえば、やはりこちらも大差ない。階段を利用して戦っているため、圧倒的不利な状況でもなんとか互角に持ち込めている状態だ。
 正面を担当しているのはバァルとともに現れた影野 陽太と瓜生 コウ、そして霧島 悠美香だ。彼らも階段と、そして放電実験、歴戦の立ち回りやヒロイックアサルト、乱撃ソニックブレードを駆使して猛然と眼前数十の敵と戦っている。彼らの後方支援として六鶯 鼎が漆黒の魔弾を、月谷 要が侵蝕弓ゼアバーツを次々と撃ち込み、なんとかその場に踏みとどまることができていた。
 しかし反対側で防戦しているグロリア・クレインとそのパートナーレイラ・リンジー、アンジェリカ・スタークが、押し負かされそうになっていた。
「霧雨、フォローに入れるか?」
 チャージブレイクとヒロイックアサルトで攻撃力増強、遊撃隊として敵のまっただなかでこぶしをふるっていた透乃が振り返り、首を振った。
 等活地獄で雄渾無双っぷりを披露しているように見える彼女だったが、彼女もまた、全身に浅いものから深いものまで切り傷を負っている。眼前の敵にこぶしをふるい、蹴りを放つたび、その身から飛び散っているのは汗か、血か。きっと彼女自身分かっていない。
 歴戦の魔術、罪と死を放ち、凶刃の鎖を振り回しては届く範囲にいる者全ての首を次々と落としている陽子。軽身功や神速、ヒロイックアサルトといったスキルを駆使して等活地獄や鳳凰の拳で容赦なく相手を必殺していく芽美。
 2人もまた、他人の補助など必要としない、まさに戦神のごとき戦いぶりだったが、同じく他人の補助に回るような者でもなかった。
「くそ! 行け!」
「はいっ!」
 オルトリンデ少女遊撃隊の一部がフェイミィの命令に従い、武器を構えてグロリアたちの支援に向かう。これで少しは持ちこたえられるだろう。
 とはいえ、ずっとこの戦闘力を維持することはできない。いずれ精神力か体力かが尽きる。決壊すれば、そこから一気に瓦解するのは見えていた。
「後退して……その分層を厚くした方が…」
「くそ。開けすぎてるんだよ、ここは」
 元が神殿なのだから仕方がなかった。しかも参道、入り口という場所のため、遮蔽物となる物がほぼないに等しい。
「いったん神殿内に……退くという手もあるわ…。そうすれば、神官戦士を相手にする間……ワイバーンのことは、考えずにすむかも」
「――そうするしかないか…」
 この戦力差ではあと数分しか現状を維持できないだろう。まずは地上の神官戦士に絞ってこれを撃破し、そのあとでワイバーン隊に集中する。
 だがそれはある意味、退路を断つことにもなってしまう。隠してある飛空艇を破壊される可能性だってないとはいえない。今、リネンや真理たちの善戦でなんとか一部握れている制空権を完全に渡してしまえば、そのあとの脱出はさらに困難を極めることは分かりきっていた。
 しかし。
「この人数で、両方は無理……空中戦は想定外だったから、ワイバーン隊に有効な武装や、スキルを持つ人も少ないし…。
 あくまでここの確保にこだわっていたら……全滅の可能性もあるわ」
 そうなったら脱出も何もあったものではない。
 退くしか方法はないのか。ぎり、と奥歯を噛みしめたとき。
「フェイミィ様、あちらを!」
 オルトリンデ少女遊撃隊の1人が、神殿の屋根を指差した。
 太陽の光がまぶしくてよく見えないが、ワイルドペガサスらしき生き物の影が2つ、屋根を越えて上昇していくのが分かった。だれかがその背に乗っている。あれは――リリたちか?
「ばかな!?」
 この上空いっぱいの空挺部隊が見えないのか!?
 フェイミィの背中を冷たい汗が流れる。
 次の瞬間、投げつけられたランスが、無情にも前に乗っていた人物を貫いた。
「くそったれがぁ!!」
 フェイミィは黒羽を広げ、一気に舞い上がった。彼女を追って、リネンも急行する。
 だが次の惨劇にも間に合わなかった。
 ハルバードがリリの腹部を薙ぎ払う。リリは鮮血を撒き散らしながら先に落下したロゼと重なり合うように神殿の屋根に落ちた。どくどくと流れ出る血が屋根を伝い、地表に血の雨を降らせる。
 ドラゴンライダーたちは2頭目に乗ったララとユリに向かい、ワイバーンに炎を吐かせようとしていた。
「ふざけんじゃねぇ!! てめーら、無防備な女子ども相手に何してやがる!!」
 煉獄斬をまとったトライアンフが、ドラゴンライダーごとワイバーンの首を切り落とした。ほぼ同時に、ワイルドペガサスから乗り移ったリネンの則天去私が、もう1人のドラゴンライダーに炸裂する。
 しかし一歩遅れた。
 ワイバーンに吐きかけられた炎をまとい、ララとユリは互いに抱き合った姿で落下した。
「ちくしょう!」
 他のドラゴンライダーの相手はリネンに任せ、フェイミィは2人を追った。屋根に叩きつけられた彼らに走り寄り、脱いだ上着で必死に炎を叩き消す。4人はかろうじて息をしていたものの、脈は今この瞬間にも止まりそうなほど弱かった。
 特にリリとロゼがやばい。動脈を切断されている。このままではあと数分で失血死だ。
 だが、これでは動かすこともできない。
「だれか、ヒールが使えるやつはいないか!?」
 地上で戦っている仲間に、たしか1人だけいたはず――そう考えて、屋根の端から呼びかける。
 彼女の声を聞きつけたのは、階段の上で神殿内部からの神官の攻撃をふせいでいたハンスだった。
「クレア様、上で何かあったようです」
 振り仰ぐが、彼の角度からは何も見えない。
「行ってやれ」
「ですが…」
「ここは私だけで十分だ。行け」
 クレアは短く、それだけを告げた。
 振り返ることもせず、先まで同様、魔道銃を前方の神官たちに向かって連射している。ハンスはヴァーチャースピアを鞘に戻すと、黙してその背に頭を下げた。
「これは…!」
 自身の羽を使い、屋根に上がったハンスは、一面血の海と化した眼前の光景に目を瞠った。
 胸をランスに貫かれた者1人、腹部を切り裂かれた者1人、重度のやけどを負った者2人…。
「彼女たち……生きてるんですか?」
「じゃなかったら呼ばねぇよ!」
「愚問でした。申し訳ありません」
 ハンスはすばやく4人を視診し、傷の具合から優先度をつけると、すぐさまグレーターヒールを使って4人の治療を始める。
 そこに、飛空艇の影が落ちた。



「皆さん、伏せて!!」
 神官戦士に物量で押し負かされそうになったグロリアたちの後方支援として、サイモンがファイアストームを放った。グロリアたちが巻き込まれることを避け、一列後方で爆発した炎は付近の神官戦士を焼き焦がし、穴を穿ったものの、すぐさま人海に飲まれてしまう。
「なんという……やつらには恐怖心はないのか」
「信念であります。ここはやつらの本拠地でありますから、退くわけにはいかないのでしょう」
 しかしそれは真紀たちとて同じこと。まだ内部へ潜入した仲間が戻ってきていないのだ。彼らが中にいる以上は、ここを離れることはできない。
「たとえ、それが自分1人になったとしても!」
 ここは死守してみせる!
 真紀はクロスファイアを撃ち込んだ。
「私、行くよ!」
 入り口に一番近い場所で戦っていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が宣言した。
「このままじゃ、らちがあかないからね! 救出部隊を連れ出すのが一番だよ!」
 そうしたらさっさと逃げられるし!
「行くよ、ベア、コハク」
 くるっときびすを返して神殿内へ走り込む美羽に、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も続く。
「待って、私も行く!」
 聞きつけたリカインもまた、彼らのあとを追うべく身をひるがえした。
「2人とも、あとはよろしくね!」
「おう、俺様にどーんと任せておけ! 俺様がいる限り、ここは大丈夫だ!」
 河馬吸虎が、ページをパタパタさせながら安請け合いをする。いや、飛ぶ以外、おまえが何をしたんだと。
 だが河馬吸虎の自己評価はとんでもなく高い。ついでに自意識も過剰すぎるくらいありあまっている。おそらく彼の頭の中では自身はヒーロー、救世主となった光景が展開しているのだろう。
「ここに住まうせいふく王とかいう男、全ての民を苦しめているわけではないということらしいが、しかし本来せい活は分け隔てなく送られるべきもの! そのことにも気づけぬとは、勘違いもはなはだしい。
 そもそもせい福というのは、相手を苦しめるものではない、悦しませるものなのだ。それの王を名乗るからには、当然せいぎに長けた者でなくてはならん! あの枯れたジジィにそれだけの技量があるとは思えん!
 ここはひとつ、俺様が現実を見つめさせてやろう。離れた地に住まう者たちの想い、燃え滾る愛の炎に変え、真性都の諸君に注いでくれるわ!」
 うわーーーーっはっはっは!!
「――狐樹廊、なんだったらそれ、武器として相手にぶつけてもいいわよ。石だから。割れても全然かまわないから」
 そう言い残し、リカインは神殿の中へ消えた。
「……はぁ、はい、まぁ…」
 とりあえず返事をしたものの、さてどうするべきか。うーん…。
 リカインもああ言ったことだし。ここはひとつ、やるだけやってみるべきかも?
「くらえ、わが愛の炎――って、うおっ!?」
 今まさに火術を放たんとしたところで、がっしと狐樹廊に掴まれる河馬吸虎。次の瞬間、彼はフリスビーの要領で神官戦士に向かってぶん投げられ、クルクル回転しながらげしげしげしっと神官戦士たちの頭を薙ぎ払っていった。
「おや。意外と石頭なんですねぇ」
 そこはやっぱり石本ですから。
「なんだとぉ?」
 ボボボボボ、と火術が、回転している河馬吸虎から噴き出す。その姿はまるで某特撮映画の怪獣のようだ。
「うわああああぁぁっ」
 炎を受けた神官戦士たちが逃げ回っている。
「♪」
 最初は文句を言っていた河馬吸虎だが、この攻撃方法が気に入ったらしい。以後、彼は楽しげにクルクル回転しながら神官戦士の間を飛び回り、火術を放っていた。



 一方、こちらはひたすらバァルの姿を求めて走る救出部隊。
 いったん立ち止まって敵を排除するよりも、多少傷を負ってでも強引に道を切り開いていく。
 早く、早く……1分1秒でも早く、エリヤをバァルの元へ!!
 全員がその思いで走っていた。
「邪魔だ! どけえっ!!」
 前方、一列に並び、ランスバレストの構えをとった神官戦士たちを見て、レンが飛び出した。ヒロイックアサルトの白き輝きに包まれた中、銃舞でこれらを容赦なく打ち倒す。胸の怒りとあせりにあかせ、完膚なきまでに切り刻む。
「させません!」
 後列、レンに向かって光術のめくらましを仕掛けようとした神官の腕を佑一の無光剣が切り落とした。返し手で喉を切り裂き、即死させる。
 これだけの数を相手に、もはや手加減をしている暇はない。確実に倒していかなければ、後続の敵となって現れるに決まっている。
 セテカもまた、3人の神官戦士を相手に戦っていた。
「ミシェル!」
「はいっ!」
 1人の神官戦士が力で上から押している間にチェインスマイトで左右同時攻撃をしかけた神官戦士に向かい、蒼き水晶の杖を発動させる。スキルを封じられたことにとまどう彼らの隙をついて、セテカが斬り伏せた。
「行こう。もう半分はすぎている」
 血しぶきが、例外なく全員を赤く染めていた…。



 緋雨の腕の中、突然エリヤが強く咳き込んだ。
「!!」
 ヒューヒューと喘鳴が聞こえる。
 走る振動や周囲の騒音が、エリヤの体に負担をかけているのだ。
 早鐘のように打っている、小鳥みたいな心臓。額も背中も熱い。
 なのに冷たい手足。
「ごめんね……ごめんなさい……もう少しだから――」
 髪に口づけ、そればかりを繰り返した。
 緋雨は、エリヤに会ったら、東カナンの現状を話して聞かせるつもりだった。まだ幼いとはいえ、彼もまた東カナン領主の家の者。このことを知る義務も、権利もあると。
 だが、今この瞬間も死の病と命がけで闘っているこの小さな子に、これ以上何を強いることができるだろう?
 そんな非道なこと、できやしない。
 隣を走るレンも、その気持ちは分かると言いたげに頷いた。
 彼もまた、真実を知るまでは緋雨と同じことを考えていたのだから…。

 そのとき、緋雨の肩からエリヤの腕が落ちた。
 だらりと首が傾く。
 冷たい肌を流れるいやな汗…。
「セテカさん、来て! エリヤくんが!!」
 緋雨が悲痛な叫びを上げ、エリヤを床に下ろしたとき。
 バァルが、ついに同じ回廊に現れた。

「――セテカ、きさまぁーっ!!」

 石化を解かれたエリヤの姿を見て、バァルは一気に走り込んだ。