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魂の器・第3章~3Girls end roll~

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魂の器・第3章~3Girls end roll~
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 第3章 御神楽環菜の病室にて
    挿話【1】〜夜に浮かぶ月〜

 ほぼ同時刻、ツァンダにある病院にて。
 非常灯のみが点る薄暗い廊下を歩き、樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は気配を殺して御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の病室のドアを開けた。閉まったカーテンから滲む月明かりが床に淡く投影されただけの部屋で、環菜は静かに眠っていた。
 つい先程まで誰かが居たような空気だった。彼女に付き添っている人物は、一時的に席を外しているのだろう。恐らく、そう経たないうちに戻ってくるはずだ。
『起こしたくない』
 こんな時間に病室を訪れる理由を、月夜にはそう説明した。しかし、本当の理由は恐らく別で。
 環菜の首元に、そっと手を当てる。確認するのは、呼吸や状態、そして、指先に触れる皮膚の感触に違和がないかどうか。あの時の傷が残っているかどうか――
「――…………」
 息が、詰まる。
 環菜が戻ってきて間もない。まだ辛いだろうし、自分が彼女にどう思われているかも分からない。
 刀真の周りには「どうでもいい他人」か「護り助けたい人」か「屠るべき敵」がいて……。
 それらにあるのは『生』か『死』のみ。
 それが、彼の中にある人と生命に対する考え。
 だから、その中間に位置する今の環菜のような弱った人間にはどうすれば良いのか分からなくなる。
 ――何かをしてあげたい。
 だが、敵を殺し続けてきたこの血塗れの手で何をしてあげて良いのかが分からない……。
 とても大切でとても愛おしい人なのに。ずっと傍で護りたくてずっと傍で笑っていて欲しいのに、自分が傍にいて良いのかが分からない。
 渦巻く想い、意味を成さない迷いを抱えながら環菜を見つめる。
(……自分の弱さから逃げて、彼女を見舞ってはいないな……情けない)
 それは自戒であったのか自嘲であったのか。
 そんな刀真に付き添っていた月夜も、彼の横顔から環菜へと目を移す。刀真が首に手を当てた理由が分かる。傷の有無を気にしている。ここからではどちらだったのかは判らないけれど――
 声には出さず、月夜は環菜に話しかけた。
(環菜が無事戻ってきたのは嬉しいけれど、元々私達が護れていたらこんな事にはならなかったんだよね……。ゴメンなさい)
 モーナの工房で作ったオルゴールを、枕元にそっと置いた。一枚のメッセージカードを下に添えて。
 刀真の様子を伺う。ほんの少しの間に、彼の表情は変化していた。迷いを含んだ辛そうなものから、冷たさを帯びた表情へと。
(刀真……?)
 やがて、刀真は1つの結論と共に踵を返し、病室を後にした。月夜が静かについてくる。
 その『結論』。彼の中で既に出ていた結論は――

 環菜の傍には彼女を支え、幸せにできる人がいる。だから俺は彼女を暗殺した犯人と、今後、彼女が幸せな日常を過ごすのに障碍となる存在を討ち払い――彼女の日常の邪魔にならないようそのまま消えれば良い……

 ――どこか、夜に浮かぶ月を連想させた。

 そして。
 再び、病室に人が入ってくる。
「あれ……?」
 彼――影野 陽太(かげの・ようた)は室内の空気の変化に気付き、環菜の枕元に置かれたオルゴールに気がつく。添えられたメッセージカードには――
『環菜、早く元気になってね』
 と、書かれていた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


    挿話【2】〜お見舞いへ行こう!〜

「……え? 司さんが? うん、分かった」
 病院へ行く準備を終えて本を読んでいたファーシーの部屋に、管理人から連絡が入った。お客が来てる、と白砂 司(しらすな・つかさ)サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の名を告げられ、彼女は急いで支度をして外に出る。
 蒼空学園女子寮を出た少し先に、駐車場がある。種々雑多な乗り物が停められているので便宜的に駐『車』場と呼ばれているそこに、今日からファーシーは簡易車椅子を停めていた。彼女は先日以来、外を長距離移動する時にだけ車椅子を使っている。
 その近くで、司達は待っていた。
「どうしたの?」
 歩いていって声を掛けると、司はしかつめらしい顔をしてファーシーと相対した。まあいつも通りの顔なのだが、サクラコ曰く目つき最悪な司が彼女を1対1で睨む(ように見える)姿が物々しさを感じさせるのか、自転車に乗った女子生徒達が眉を顰めて通り過ぎていく。
(やっぱり、ちょっと見てられない……というか、通報されそーなレベルですよねっ。この私がいるだけでだいぶ違うってもんです)
 生徒達を流し見ながらサクラコがそんなことを思っていると、司が用件を切り出した。
「風の噂で歩けるようになったと聞いたのだが……まだぎこちないがそう問題も無いようだな」
「うん、そうなの。皆が協力してくれてね」
 司は、屈託なく答えるファーシーと車椅子を見比べた。
「車椅子の電池部分を回収に来たんだ。歩ける今、大掛かりな電源は必要ないだろう」
「電池を? でも……」
 思いもかけなかったのか、ファーシーは躊躇うような表情を見せた。声音からも、まだしばらく使うつもりであることが察せられる。
「ファーシー、『酸素は劇物だ』と聞いたことがあるか?」
「え? ううん」
「動物はそんな物騒なものを吸い、体内に炎を燃やして辛うじて生きている。物を動かすためには、壊し尽くし消し去ってしまえる程の力が必要だ」
「……? ? ……うん」
 言っている意味は判る。だが、展開され始めた話の意図が解らない。疑問符をぽんぽんと浮かべる彼女に、司は続ける。
「……要するに、この電池も、安全には気遣ったが本当は危険なものなんだ。軽く取り扱っていいものではなく、必要ないなら使うべきでもない」
「ああ…………うーんと……」
 結論まで聞いて、ファーシーは少々困ってしまった。電池を返すように、ということもそうだが――。それから、どう言おうかと考えてから口を開く。
「100%安全ってわけじゃないのね……。でも、もうちょっとだけ使わせてくれないかな」
「……何故だ?」
「えっと、あのね……。実はわたし、今度ある農業体験っていうのに誘われてるの。結構遠い場所みたいだし、その前にヴァイシャリーも案内してくれるんだって。両方行ったことないし、すごく楽しみなの。だから、それまでは使っていたいな。帰ってきたら、残った電池は送るから」
「ふむ……」
「いんじゃないですか? 送ってくれるって言ってますし」
 サクラコに言われ、ますます難しい顔をしていた司は渋々ながらに頷いた。
「……ごめんね、わざわざ来てくれたのに」
「いや。……もう1つ、言っておきたい。俺は、ファーシーに謝らなければならないことがある」
「……?」
 車椅子の安全についてもそうだが、言いたかったのは、ずっと引っ掛かっていたのは、別のことだ。
「いつか銅板のお前を見たときから、俺はお前をずっと現象としてしか見ていなかった。機晶姫が知的種族だなどと言ってもそれは作られたもので、俺たちと同じ魂を持たない、まがい物の情報があるだけ。……そう、心の中で思っていたんだ。笑ってくれても、蔑んでくれても構わない」
「…………」
 ファーシーはそれをじっと聞いていたが――僅かに下を向いて、そして強気な、ちょっと怒ったような顔を彼に見せた。
「そんな……そんなこと思わないわ。わたしは誰がどういう考えしてたって哂ったり、蔑んだりしないわよ。それは、ちょっとは悲しくなったりはするけど……何それ」
 司が出してきたぬいぐるみを見て、彼女は言葉を止める。
「電池の代わりにと思い……というのも何だが、不良在庫の『サクラコネコぬいぐるみ』を持ってきた。これをやろう。
 ……何の変哲もないぬいぐるみだが、もしこいつに魂が宿ることがあるなら、何かを求めて怪物と化しそうになったり、歩けなくて困ったり、するのかもな」
「これが……? って、司さん!」
 言葉の意味に気付いてファーシーが頬を膨らますと、司は僅かに笑みを見せた。
「なんてな。冗談は柄じゃない」
「もう……!」
 しょうがないなあ、というふうに笑って、彼女はぬいぐるみを受け取った。
「でも、これ可愛いわね」
「『サクラコネコぬいぐるみ』は私のアイドル時代の伝説の一品ですねっ。予算の都合でパラミタトウモロコシの繊維で作れるタワシになったという……。試作品だから数ありませんけど、喜ぶならもちろんあげますよっ。ただの三毛ネコぬいですけどね」
「うん……ありがとう! 大切にするわ」
 明るく、嬉しそうな笑顔を浮かべるファーシーに、サクラコも笑う。
「魂なんて私には見えませんし、よくわかりませんけど。物語は終わりません。ファーシーちゃんが笑う限りは」
 三毛ネコのぬいぐるみ。渡していた身体の電池の代わりに、ささやかな心の電池を。
 しばらくして送り返されてきた電池には、三毛ネコが果敢に人々を助ける――そんな、1枚の絵が添えられていた。

                            ◇◇

 その頃、イルミンスール魔法学校。
 エリザベートは渋面を作っていた。というのも――
「環菜さんにチョッカイをd……もとい、お見舞いに行きませんか?」
 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)がやってくるなりそう言ってきたからだ。環菜が戻ってきて、エリザベートも何だかんだで気にかけているだろうというのが1つ。以前のように彼女が環菜に突っ掛かってくれた方が賑やかで楽しくなりそうな気がする、というのが1つ。で、クロセルはエリザベートを誘っている。
(環菜さんがいない蒼学に興味を示さないあたり、エリザベート校長の環菜熱も相当なものですよねぇ)
 とか思っていて、後半の方の理由が主となるのだが。
 要するに、2人を突き合わせて漫才にも似た会話の応酬を見たいわけで、まあ、愉快犯である。
「……なんでですかぁ〜。イヤですよぉ〜」
 そして当然の如く、断られた。まあ、1発で素直に「行きますぅ〜」と返事したら体調を心配してしまう。いや、それはそれでここぞとツァンダの病院に連れていけるかもしれないが。
「もう何度もお会いされてるかもしれませんが、見舞いなんてものは足繁く通うのも良いものですよ?」
「みま……チョッカイを出しになんて行きません〜」
 ――エリザベートはチョッカイという言い回しが気に入ったようだ。
「それに私達は、足繁く通うような仲じゃないですよぉ〜」
 頭を縮こめて、上目遣いでそう続ける。非常に不本意そうだが、行きたそうなオーラがもやもやと出ている。目には見えないが、確実に出ている。
「そうですか? では、残念ですが諦めましょう……!」
 クロセルは踵を返して校長室を辞そうとする。すると、エリザベートは慌てて彼を呼び止めた。
「ま、待つですぅ」
「おや? 行く気になったのですか?」
「うー……そ、そうじゃありませんけどぉ〜、そんなあっさり諦めなくても〜……」
「エリザベートちゃん、環菜さんの居る病院に行きませんか〜?」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)エイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)が入ってきたのはそんな時だった。明日香は見舞い用の果物カゴを持っていて、しどもどと話していたエリザベートは心持ち嬉しそうな表情になる。
「明日香もですかぁ? 用事も無いし、イヤですよぉ〜」
 表面上はまだ渋っているが、もう少しである。
「お見舞いに行くのではなく、お見舞いしてあげに行きましょう。どうですか〜?」
「し、してあげに、ですかぁ? あ、ちょっと待ってください〜」
 そこに、エリザベートの携帯電話にメールが入った。この前、ケーキを食べに行った時に番号交換したノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)からである。
「何でしょう〜? えーと……『美味しくクッキーが焼けました。よかったらツァンダの環菜おねーちゃんの病室まで食べに来てください』ですかぁ〜?」
 エリザベートは何故か文面を読み上げ、それからややあって立ち上がった。
「仕方ないですねぇ。行きますよぉ〜」
 アーチ状の机を回りこんでくる。そこで、明日香は携帯を出した。
「私達はツァンダの道には明るくありませんから、ラスさんに道案内を頼みましょう〜」
『……何』
 コール音がかなり長く続いた後、気だるげな声が聞こえてきた。用件を聞く前から、物凄く面倒くさそうだ。
「エリザベートちゃん達と環菜さんのお見舞いに行きます〜。病院まで案内してください〜」
『……何で俺が……。自力で行け』
「エリザベートちゃんをテレポートに駆り出したのですから当然の代償ですよね〜? 応じないと大変なことになりますよ? うふふ〜」
『…………大変なことって?』
「環菜さんに、今回のことをお話します〜。主に、ピノちゃんにあっつく語りかけたあの辺をですね、事細かく説明しましょうか〜」
『…………』
「環菜さんの見る目が変わると思いますよ〜。熱血系青少年……」
『……ま、待て待て! 行く、行くからそれだけはやめてくれ!』

 ――それからしばし。
「な、なんだ?」
 顔を合わせた途端にエイムに駆け寄って来られ、ラスは何事かとびっくりした。多少天然でも、正面から嬉しそうにされたら何か勘違いしかけ――
「会いたかったですの」
 エイムは彼の“肩に乗っていた毒蛇”に声を掛けて頭を撫でた。
「あ、こっちか……」
「いつの間にかいなくなっていたので心配したですの」
「今、何を考えたんです〜?」
「べ、別に何も……意図が見えなくて面食らっただけだ」
 明日香にわざとらしくそう訊かれて適当に誤魔化す。決して熱血系ではないがそれなりに色気のある年頃でもあるので仕方ない。そう、仕方ないのだ。
「……あ」
 そこでラスは、じゃれていた毒蛇が、かぷ。とエイムの手を噛んだのを見て声を上げた。本当に、内心も「あ」という感じである。
「お、お前、ど、毒……!」
 だが、慌てる彼とは対照的にエイムはのんびりとしていた。
「甘噛みですの」
「あ、あまがみ……?」
「愛情表現ですの」
 そう言っている間にも、蛇は手をかぷかぷと噛んでいる。確かに害意は無いようだが、蛇嫌いにとっては非常にヤな愛情表現である。
「可愛がってほしいですの」
「……持って帰ってもいいんだぞ。むしろ持って帰ってくれ。すげー困ってんだけど……」
「差し上げますの。この子もラス様と居たそうですの」
 そう言いつつ、エイムは自分の方に蛇を移して歩き出した。今日1日は一緒にいるつもりらしい。文字通り肩から荷が降りたラスもそれに続く。
「『も』って何だ、『も』って……」
 そして、隣を歩くノルニルを見る。会う度に服装が違う。何となくそれを言うと、ノルニルは少し得意げに説明した。
「明日香さんが実家から昔の服を大量に送ってきたり、バーゲンの度に買っているのでレパートリーが桁違いなんです」
「ふーん……」
 彼女は、どことなく嬉しそうに先を行く。そこで、明日香がこそっ、と話しかけてきた。
「ノルンちゃんは全く成長しないので、いくらあっても困らないんです〜。あ、これ、本人には秘密ですよ〜? 大きくなると思ってますから。ラスさんも、へそくりなんてしないでピノちゃんに買ってあげたらどうですか〜?」
「昨日、パジャマなら買ったけど……。お前、本当に環菜に余計なこと言うなよ」
 特殊な能力が無くなった環菜には、もう大した用も無いが無闇に変なイメージがつくのは避けたいところだ。
「言いませんよ〜。……それに関しては」
 最後に意味ありげにぼそりと言って、明日香は聞いた。
「今日は、ピノちゃんはどうしたんですか〜?」
「とっくに遊びに行った。だから、蛇を置いてこれなかったんだ……」