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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第1章「旅立ちの帆を揚げろ」
 
 
 ――ゆっくりと入港して来る船、アークライト号
 篁 透矢(たかむら・とうや)を始めとしたこの世界へと巻き込まれた者達は、それを待ち受けるように港に集まっていた。
 その人数は多く、ざっと八十人を超えるほどである。
 
 
「あらあら、ここはどこなんでしょうか〜?」
 辺りを見回しながらルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が言う。
 彼女も篁 天音(たかむら・あまね)と一緒に透矢達に付き添い、光に巻き込まれていた。
 先ほどまでいた研究所とは全く異なる光景だ。不思議に思うのも無理は無い。
「透矢兄さん達が出てきたと思ったら変な光が見えたんだよね、ルーシェちゃん」
「そうですねぇ。透矢さん達なら何か知っているかも知れません。天音ちゃん、行ってみましょう〜」
 二人揃って透矢の下へと向かう。そこには九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)リネン・エルフト(りねん・えるふと)達の姿があった。
「研究所の資料を見させて貰っている時に変な光が飛んできたんだけど、研究室で何があったんだい?」
「俺も詳しくは分からないんだ、ロゼ。教授はリングの調査を再開しようとしてたから、それが関係してるとは思うんだけどな」
「……リングって、私が見つけた……あれ?」
 リネンはザクソン教授が先日行った調査に同行し、そこでリング状の物を発見していた。それの調査結果を待っていた時に透矢達がやって来たのである。
「あぁ。さっき変な声が響いてきたの、皆も聞こえただろ? あれは俺が直前に教授に貸した『キャプテン・ロアの航海』っていう本の冒頭の文なんだ」
「『キャプテン・ロアの航海』! じゃあここはその世界なのか!?」
 興奮気味に近づいてきたのは大谷地 康之(おおやち・やすゆき)だった。それ以外にも本のタイトルに聞き覚えのある者が何人かやって来る。
「俺もあの本読んだ事あるけど、すっげぇ面白いんだよな! その世界に入れるなんて……凄いぜ!」
「そうだね。僕もたまに読み返すよ……でも、まさか実際に体験する事になるとは思わなかったなぁ……」
 俄然テンションが上がる康之に対し、変な事に巻き込まれたと苦笑する榊 朝斗(さかき・あさと)
 その横にいるアンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の二人も小説を読んだ事のある者達だった。
「なるほど、『The Seven Seas』か……地球の文化を知る為に読んだ事があるよ。冒険物はワクワクするから楽しくて好きだね」
「確か、そちらは原作の方でしたね。私は『キャプテン・ロアの航海』の方しか読んだ事がありませんが、機会があればそちらも読んでみたいものです」
 思わず同好の士による小説談義が始まりそうになる。その流れを元へと戻すべく、九条 風天(くじょう・ふうてん)が根本的な問題を投げかけた。
「ここが本を基にした世界だという事は理解しました。そうなると肝心なのは『どうやったら元の世界に戻れるか』ですね」
「そうだな、それが一番気になる所だけど……まぁ大体相場が決まってるんじゃないかな?」
 無限 大吾(むげん・だいご)の言葉に白砂 司(しらすな・つかさ)御凪 真人(みなぎ・まこと)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の三人が頷く。どうやら皆同じ結論に達しているらしかった。
「この手の話は物語を満了させねば出しては貰えないだろうな」
「そうですね。リアルRPGというのも変ですけど、イメージとしてはそんな所でしょう」
「俺が前にイルミンスールで似たような物に巻き込まれた時は話の完結が鍵だったな。今回も同じかは分からないが、ここに残ってたってしょうがない。やってみる価値はあるんじゃないか?」
 
 物語をなぞるのであれば、大筋を知っておいた方が良いだろう。
 そういう結論に達した透矢達は他の者達に大まかなあらすじを説明していった。
 『キャプテン・ロアの航海』。それは様々な出会いや発見を繰り返しながら七つの海を旅するアークライト号の物語である、と。
「なるほど、それがヴェルリアが買った本の内容か」
「えぇ。実際に体験出来るのは面白そうですけど……ちょっと複雑ですね」
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の言葉にヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が答える。
 彼女は以前、たまたま図書館でこの小説を見つけて途中まで読んだ事があった。続きを読みたいと本屋に買いに行き、家へと帰る途中に今回の光に巻き込まれたのである。
 気になっていた物語を直に感じられるのはまたと無い機会だが、その対策の為に半ばネタバレのように読んでいない部分まで事前に知ってしまう事は残念と言えた。
 その横では七枷 陣(ななかせ・じん)が驚愕の表情で立ちすくんでいた。
「前にざっとしか見た事なかったけど、そんな長大な物語だったんか……って事は……」
 彼の視線が手元の本に移る。ノートと様々な本。蒼空学園で出された課題の為に集めた資料だ。
 ――ちなみに、課題の提出期限は明日である。
(七つの海を大冒険→数週間かかるのは当たり前→課題締め切り超オーバー→終・了
 脳内計算機が素晴らしい答えを弾き出す。その途端、陣は顔を青ざめさせて叫びを上げた。
「ぬおぉぉぉあぁぁぁ!! 速攻で、速攻で戻らんと! そんでパパッと課題出してカッザ・マー先生に謝りつつご機嫌取りせんとぉぉ!!」
「……カッザ・マー先生?」
 冴弥 永夜(さえわたり・とおや)が疑問符を浮かべる。それに答えるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)は終わったとばかりに意気消沈していた。
「ボク達の先生。課題提出が遅れると追加で凄い量を出してくるの。はぅ〜ん……ボクもう諦めた……」
 
 そんなやり取りがあるうちにアークライト号が港へと停泊した。だが、中からは誰も姿を現さず、音も全く聞こえない。
「? 確かこの船にはキャプテン・ロアと多くの船乗り達が乗ってるんだよね? それにしては静か過ぎるような……」
 四谷 大助(しや・だいすけ)が首を傾げる。この場にいる多くの者が同じ疑問を抱いていた。その答えを見つけようとトーマ・サイオン(とーま・さいおん)が跳躍してアークライト号へと飛び移る。
「オイラ、ちょっと見てくるね!」
「あ、トーマ! ……全く、仕方が無いですね」
 真人が止める間もなく、トーマは船中央にある扉を開けて船室へと入っていた。続いてクラッチ・ザ・シャークヘッド(くらっち・ざしゃーくへっど)も飛び移り、セレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)がそれを追いかける。
「クラッチ船長、どうしたの?」
「何、気になる事があるのでな」
 クラッチが向かったのは船の後方、嵩上げされて下からは見えなくなっている操舵輪のある場所だった。そこに辿り付いた二人が見た物は、人の姿も、それらしき物がいた形跡すらも無い光景だった。
「フン、やっぱりな。本の世界に俺様達が入り込んだ分、本来いた人物が消えているという訳か」
「じゃあキャプテン・ロアはこの世界にはいないのかしら?」
「恐らくはな。全く、これが現実世界なら良いものを……偽物の海など支配しても面白くなどないわ」
 クラッチは元々パラミタ内海で活動していた海賊の一人だった。だが、とある事情でその時の船を失っていたのである。その為アークライト号そのものに興味を抱くのは当然と言えた。
 セレンス達が戻ってから少しして、トーマが船室の探索を終えて姿を現した。その手には船長の被る帽子が握られている。
「にいちゃん! 中には誰もいなかったよ」
「やはり船は無人ですか……にも関わらずここまで入港して来たという事は、クラッチさんの言う通り本来の登場人物……全部か一部かは分かりませんが、少なくともアークライト号の人達は俺達に置き換えられたという事になりますね」
「つまりあゆみ達はアークライト号にお邪魔するんじゃなくて、キャプテン・ロアそのものになって航海すればいいのかな?」
「そういう事になりますね」
 月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)の言葉を真人が肯定する。その途端、月美 芽美(つきみ・めいみ)西表 アリカ(いりおもて・ありか)が元気良く船へと飛び乗って行った。
「なら見張り台は私が貰ったわ! 上から見る景色は良さそうだしね」
「あっズルい! ボクも行くー!」
 二人に続けと渡り板が置かれ、次々と乗り込んで行く。船倉の設備を確認する者、出港準備をする者、広大な海を見て喜ぶ者等様々だ。
 そんな中、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)蒼灯 鴉(そうひ・からす)の二人は姿の見えないパートナー、師王 アスカ(しおう・あすか)を捜し回っていた。
「あぁもう、アスカったらどこに行ったのかしら……バカラス、何でちゃんと見ておかなかったのよ」
「うるせぇ女悪魔、それはお前も同じだろうが。ったく……アスカー! どこだー!!」
「ん? 僕を呼んだ?」
 飛鳥 桜(あすか・さくら)が振り向く。
「いや、お前じゃなくて」
「じゃあ俺か?」
 今度は飛鳥 菊(あすか・きく)が。
「お前でもなくて!」
 
 見事なアスカ違いだった。
 
 結局どこを捜してもアスカの姿は見当たらなかった。そこで二人は今回の件に一番詳しいと思われる透矢達の所へと向かい、心当たりを尋ねる。
「あの娘か……確かに姿が見えないな。考えられるとしたら彼女だけ巻き込まれなかったか、それとも別の場所にいるか、か……前者なら問題無し、後者なら見つけ出すか物語を完結させて脱出出来るようにするか。どちらにしてもアークライト号に乗って航海するのが一番無難なんじゃないかな」
「やっぱりそうなるわね……なら善は急げ。バカラス、ベル達も船に乗る準備をするわよ」
「あぁ。待ってろよアスカ……例え世界のどこにいようと、この俺が見つけ出してやるからな……!」
 
 
 出航準備を進める面々を眺めながら、エドワード・ティーチ(えどわーど・てぃーち)はため息をついていた。
「船乗りの時代、どこまでも広がる大海原か……これに俺様の相棒さえいれば完璧なのによ」
「仕方ないよ、お話の世界だもん。それに現実だったとしても、あの船は師匠に管理されてるじゃない」
 隣に座る秀真 かなみ(ほつま・かなみ)の言葉に再びため息をつくエドワード。
 彼は英霊として生まれ変わる前に乗っていた船のレプリカをパラミタで作り上げていた。だが、それで内海に出ようとしてパートナーの水神 樹(みなかみ・いつき)に止められて以来、船は樹の管理下に置かれていたのである。
「そりゃ分かってんだけどよ。聞いた話じゃこの先には海賊が出る海があるってんだろ? だってのにこの俺様が自分の船を使えねぇとか……だーっ!」
 上半身を後ろに倒し、青空を見上げる。雲一つ無い大空はまるでもう一つの海のようだ。
 その海に影が差す。今話題に上ったばかりの樹がエドワードを見下ろしていた。
「こんな所にいたのね。皆さんの準備を手伝わずに何をやっているの」
「いいじゃねぇか。あれは俺様の船じゃないんだしよ」
「はぁ……あの船が無いからふてくされていたのね。なら尚更あのアークライト号で頑張ればいいじゃないの」
「ありゃ探索船じゃねぇか。俺様が欲しいのは海賊船、俺様の船なんだよ」
 目をつぶり、かつて海を駆け巡った船の姿を思い浮かべる。苦楽を共にした相棒の姿はこの場に無くてもはっきりと思い出す事が出来た。
「ちくしょー、ここが空想の世界だって言うなら出て来いよ! クイーン・アンズ・リベンジ!!」
 エドワードが叫ぶ。すると、まるでその声に応えたかのように一艘――いや、一隻の船が入港して来た。三人は信じられないとばかりに目を丸くする。
「し、師匠、エドワード。あの船って……」
「クイーン・アンズ・リベンジ……エドワードが呼び込んだとでも言うの……?」
「は……はは……や、やったぜー!!」
 まさかの展開に喜びながら相棒の下へと向かうエドワード。停泊したクイーン・アンズ・リベンジにはアークライト号とは違い、デフォルメ化した小人が大勢乗っていた。
「な、なんだ!? こいつら」
 奇妙な先客に驚きの表情を浮かべる。だが、小人達はそんなエドワードを歓迎する仕草を見せていた。まるで、彼が船長となるのを待っていたかのように。
「アークライト号にはいなかったわね……まさか、私達三人だけでも運用出来るようにって事? ご都合主義もいい所ね……」
 有り得ないとばかりに首を振る樹。それに対してエドワードとかなみの目は輝いていた。そして現実世界でクイーン・アンズ・リベンジを管理している樹に一生懸命に頼み込む。
「頼む、樹! こんな機会は二度と無ぇかもしれねぇんだ! こいつを使わせてくれ!」
「あたしからもお願い、師匠!」
 いつになく真剣な二人。更に甲板を見ると、小人達もエドワードを迎え入れたいと頼み込んでいるようだった。多くの視線を受け、樹は観念したとばかりにため息をつく。
「仕方ないわね……空想世界の話だし、今回だけ特別よ」
「いよっしゃー!!」
「わーい! わーい!」
 ひとしきり喜んだ後、意気揚々とクイーン・アンズ・リベンジに乗り込んで行くエドワードとかなみ。
 樹はこの事を知らせる為にアークライト号へと向かう。その途中で一度振り返り、停泊するパートナーの相棒の姿を眺めた。
(あの武装……私が管理しているレプリカじゃなくて本物のクイーン・アンズ・リベンジですね。本当に、どこまでご都合主義なんでしょうか、この世界は……)
 
 
「よし、どうやら出航の準備は整ったようだな」
 全員がアークライト号に乗り込んだのを確認し、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)がつぶやく。何人かが船の操舵役として手を上げた結果、最初はヴァルが舵を取る事になった。
 その横では透矢がクイーン・アンズ・リベンジの樹と携帯電話で連絡を取っていた。彼女からご都合主義の要素が強いと聞いたので試してみた所、この世界でも支障無く携帯電話が通じる事が判明したのである。
『こちらも問題ありません。いつでも出航出来ます』
「了解。物語の特性上アークライト号が旗艦になると思う。何かあったらこっちに連絡をくれ」
『分かりました。幸運をお祈りします』
「あぁ、そっちもな」
 携帯電話をしまい、透矢が頷く。それを見てヴァルが操舵輪を掴んだ。
「ロアがいないのならば、皆がロアになればいい。夢追う者の数だけロアがいればいい。夢は……掴む為に存在するのだからな」
 碇が上げられ、船体が徐々に港から離れる。そして全ての帆が揚げられ、アークライト号達は大海原へと飛び出していった。
 
「アークライト号、出航!」