イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

リアクション公開中!

貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~ 貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

リアクション


第5章「日常・午前その2」
 
 
「はぁ……今頃はダーリンと楽しいひと時を過ごしているはずでしたのに……」
 正午近くのツァンダ。メインストリート沿いのオープンテラスで、朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)はため息をついていた。
 彼女の言う『ダーリン』とはパートナーの朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)の事で、今日は千歳、イルマ・レスト(いるま・れすと)、リッチェンスの三人でツァンダの街を色々と見て過ごす予定だった。
 だが、千歳とイルマがこちらに向かっている途中でトラック襲撃事件の発生を知り、迷った末に現場へと急行する事になった。先にツァンダに来ていたリッチェンスは結果的に一人だけで休日を過ごすハメになってしまったのである。
「せっかくダーリンに『あ〜ん』ってやってあげるチャンスでしたのに……予約までしたこの料理、一人でどうしろと言うのですか〜」
 テーブルの上には三人分の料理が。この店の評判はヴァイシャリーにも知れ渡っていて、いつか休みの日に二人で食べに行こうと千歳と約束していたほどだった。
 ……ちなみに『二人』である。リッチェンスにとっては、千歳が絡んだ時のイルマは基本的にアウトオブ眼中なのだ。
 今回は千歳の方から誘ったので予約は三人分。にも関わらず自分しかこの場にいないという事実。そこはかとなくリッチェンスの後姿には哀愁が漂って見えていた。
 
「うあぁぁああん〜!」
 その時、どこからか女の子の泣き声が聞こえて来た。
 見ると子犬を抱えながらこちらへと走ってくる少女がいる。後ろにはそれを追いかけて来ている犬の姿も。
「あらあら、大変なのです」
 どこか緊張感に欠けるのん気な声を出しながらリッチェンスが少女を助ける為に動き出す。哀愁漂わせているとはいえ、正義感の塊である千歳の嫁を自称するリッチェンスとしては見過ごすわけにも行かなかった。
「はい、犬さん。ちょっと落ち着いて下さいね〜」
 追いかけて来ている方の犬を優しく、それでもしっかりと押さえ込む。首輪をしていない所を見ると野良犬だろうか。
「へぐっ、えうぅぅ〜」
「よしよし、もう大丈夫ですよ〜」
 リッチェンスの後ろに隠れた少女の頭を撫でる。10歳くらいのその少女は凄く怖かったらしく、顔中を涙で濡らしていた。
「お二人共、お怪我はありませんか?」
「えっ? ――はうっ!?」
 そこに一人の青年が話し掛けて来た。男性の相手が苦手なリッチェンスはその青年、キリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)の姿を見た途端、まるで石像になったかのように動きが固まる。
「泣き声が聞こえたので走って来たのですが……何があったのでしょうか?」
「え、えと……この……子…………と、犬……」
 もの凄くぎこちなく話すリッチェンス。『この子が犬に追い掛けられていた』と言いたいのだが全然言葉にならない。それでも泣いている女の子が中心だと言う事は理解したキリエがそちらへと視線を移し、少女が顔見知りであった事に気付く。
「おや……貴方は確か源 鉄心(みなもと・てっしん)さんの所の……イコナさん、でしたよね? それにその子犬は……」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が抱える子犬と、リッチェンスが押さえ込んでいる野良犬を見比べる。その二匹は非常に良く似ているので親子だろう。親犬が押さえられながらも唸っているのは子供を捕まえられているからだろうか。
「イコナさん、取り合えずその子犬を放してあげましょうね。そうすればそちらの犬も大人しくなると思いますから」
 子犬を受け取り、親犬の前に優しく置いてあげる。するとあれだけ唸っていた犬が途端に静かになり、ゆっくりと子犬に擦り寄っていった。そのまま犬達は郊外へと続く道へと駆け出して行く。
「ところで、どうして追い掛けられる事になっていたのですか?」
 二匹を見送り、キリエが尋ねる。イコナはばつが悪そうに一度視線を外すと、ふんっと胸を張った。もっとも、傍目には虚勢を張っているようにしか見えないが。
「め……珍しい種類だったから、ペットショップに売りつけようと思って攫ってやったのですわ!」
 それが本当ならとんでもない事だろう。だが、キリエは顔見知り程度の仲とはいえ、イコナがそういう事をする子では無いという事くらいは感じ取っていた。だから膝を曲げて視線を合わせ、優しい微笑みを見せる。
「嘘をつかなくてもいいですよ。貴方はきっと、子犬の為に何かをしてあげようとしたのでしょう?」
「……本当は、道端で寒そうにしてたから捨てられていると思いましたの。でも、違いましたの……」
「そうでしたか。優しいですね……大丈夫、ちょっと不幸なすれ違いが起きただけで、あの子犬は分かってくれていますよ」
 しゅんとなるイコナの頭を優しく撫でる。彼女が落ち着いたのを確認して立ち上がり、イコナとリッチェンス、二人に向けて軽くお辞儀をした。
「さて、それでは私は買い物があるのでこれで失礼しますね」
 相変わらずリッチェンスは固まったままだが、幸いキリエは特に気にする事も無く立ち去って行く。完全に姿が見えなくなった頃になってようやくリッチェンスの身体が自由に動き出した。
「はふぅ〜。男の方とはどうしてもまともにお話出来ないのです……あら?」
「あ、あの……先ほどは有り難うございましたの」
 イコナがぺこりとお辞儀をする。いつもののん気さを取り戻したリッチェンスはそれに微笑みで返した。
「いえいえ〜。ご無事で何よりなのです。それより、お母さんとか連れの方はいらっしゃらないのですか〜?」
 何とはなしに言った一言。だが、それを聞いてイコナは微かに不機嫌な表情を見せた。
「……来てませんの。わたくしだけ置いていったんですの」
「あら、どういう事なのです?」
 イコナの口から本来はパートナーの鉄心達とツァンダで買い物をする予定だった事、トラックの強奪事件が発生して自分だけ置いてけぼりを喰らった事などが語られる。それらを聞き終わった時、リッチェンスは自然とイコナの両手を包み込んでいた。
「分かるのです。私もダーリンがそちらに行ってしまって一人置いてけぼりなのです」
「そうなんですの?」
「そうなのです! 盗賊許すまじ、なのです! ここで出逢ったのも何かの縁、良かったら一緒にランチを食べつつ、お話しましょう〜」
「喜んで、ですわ! わたくしはイコナ・ユア・クックブックと申しますの」
「私は朝倉 リッチェンスなのです。さぁ、もう料理は来てるのです。三人分だろうとペロリと平らげてやるのです!」
「ノーモアお留守番! ですわ!」
「ノーモアお留守番! なのです!」
 互いにシンパシーを感じた二人がしっかりと手を繋いだまま片手を振り上げてオープンテラスへと戻って行く。これもまた楽しい休日の過ごし方……かも知れない。
 
 
「母の日、かぁ」
 メインストリートをもう少し進んだ先。榊 花梨(さかき・かりん)はそこを歩きながら、隣の山南 桂(やまなみ・けい)から話を聞いていた。
 彼女は途中の花屋に貼ってあった広告を見て初めて母の日を知り、その内容について桂に尋ねていたのだった。
「まぁ、今話したのはあくまで地球での習慣ですけどね。それをパートナーなんかにも贈り易いようにと新しい解釈を加えたのが先ほどの花屋の広告になりますね」
「ふ〜ん……ねぇねぇ桂ちゃん、お母さん以外にも贈っていいんだったら、翡翠ちゃんに渡すのも有りなのかな?」
「主殿にですか? そうですね……普段お世話になっていますし、有りだと思いますよ。主殿も喜ぶと思います。ただ……」
 桂が振り返り、既に通り過ぎた花屋の方を見る。そこには広告の他に、残念な事が書いてあった。
「どうも配送中に事件か事故でもあったのか、目当てのシルフィスの花は入荷していないようでした」
「そっか……じゃあ無理なのかな?」
「いえ、地球の母の日でも、人によってはカーネーション以外の贈り物をすると聞きます。ですからそれに従って、主殿の役に立ちそうな物を買えば良いと思いますよ」
「役に立つ物かぁ、さすが桂ちゃん! よ〜っし、何かいいのが無いか、探してみようっと!」
「あ、花梨殿。そんなに急いでは――」
 元気良く走り出す花梨。桂も急いでそれを追いかける。が――
 
 1分後
 
「……あれ? 桂ちゃん?」
 展示されている商品に夢中になりながら歩き回った花梨は、あっさりと迷子になっていた。
「はぁ……やはりこうなってしまいましたか。仕方ない、捜し回るとしましょう。あまり入りたくない店もあるのですがね……」
 別の場所では桂がため息をつきながら周囲を見回していた。何となくこうなる予感がしていたので自分が保護者役として付き添っていたのだが、彼女のアクティブさがそれを上回っていたようだ。
 路上を何度か見回して花梨がいない事をもう一度確認すると再びため息をつき、意を決して彼女がいそうな――女顔の自分としては出来れば入りたくない――女物の商品を扱っている店へと入って行くのだった。
 
 
「はぁ……いいなぁ、この服」
 同じくメインストリートの服屋前。そこで結崎 綾耶(ゆうざき・あや)はショーウィンドウに飾られている服を眺めていた。それはどちらかと言うと大人びたデザインで、普段綾耶が着ている物とは系統が違っていた。
「気に入った服があったら買っちゃおうとは思ってたけど……さすがにこれは無理かな」
 本来の目的は衣替えに備えた下調べだが、目を惹く物があった時に備えてある程度の予算は確保して来ていた。とは言え、残念ながらこの服はサイズが合いそうも無かった。身長も……もう一つの部分も。
「はぁ……」
 この服を目の前にしてから何度目のため息だろうか。綾耶は実際に服を着ている自分を想像しては、ショーウィンドウに映る自分の姿を見てギャップにため息をつくという事を繰り返していた。
(私の身体に走る『痛み』が成長期を知らせるものだったら良いのに……そうすれば身長も……その……む、胸も……)
 時折自分の身体を蝕む『痛み』。それが一体何を指す物なのか、そしてそれが将来何をもたらす物なのか、今の綾耶には分からなかった。だからせめて、それが良い方向へと導く物である事を願う。
 ――乙女として譲れない所の成長も願いながら。やはり、気になる物は気になるのだ。
 
「おや? 貴方は確か……カナンでお会いした事がありましたね」
 それから数回のため息をついた時、横から声を掛けてくる者がいた。顔を包帯で隠すという、傍目から見れば怪しい人物ではあるが、綾耶はこの相手に見覚えがあった。
「えっと……イズルートの時……ですよね?」
「えぇそうです。そういえばあの時はお互い別々の事をしていたので自己紹介すらしていませんでしたね。改めまして、私はレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)と申します」
「あ、私は結崎 綾耶です。宜しくお願いします」
 綾耶がお辞儀をする。その時、レギーナが腕から下げている袋が目に入った。
「レギーナさんもお買い物ですか?」
「えぇ。職業柄素顔を見せる訳には行かないので新しい晒などを。向こうのデパートで売っている物が肌に一番合うので、ツァンダに来た時には良く立ち寄るのですよ。まぁその分少々値段も張るのですが」
 どんな職業なのか綾耶は少し気にはなったが、敢えて聞かないでおいた。人には色々と事情や秘密がある物だ。
 話をする二人の前に、更にイズルートで会った事のある集団が現れた。廿日 千結(はつか・ちゆ)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)だ。
「あれ〜? レギーナちゃんがいるんだよ〜」
「隣にいるのは綾耶さんですね」
 二人の後ろにはハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)もいる。ハンニバルは違うが、ルルーゼもイズルートで事件があった際にその地を訪れていた者だ。
「む、皆の知り合いなのか?」
「私とクドがカナンに行った時などにお会いした方々ですね。こんにちは」
「これはどうも。いきなり大所帯になりましたね」
 一同に挨拶を返しながらレギーナが言う。外見から誤解を受け易いが、中身は真っ当な常識人なのだ。綾耶も一人で服を見に来ていただけなので、まさかこれほどの人数が集まるとは思っても見なかった。
「ルシェンさん達も遊びに来てたんですね」
「皆さんと会ったのは偶然なんですけどね。綾耶さん達もいるとは思いませんでした……そうだ、これから私達は喫茶店でも入ろうと思っていたのですが、良かったらお二人も一緒に行きませんか?」
「私は大丈夫ですよ。レギーナさんはどうしますか?」
「良いですね。今日は一日羽を伸ばそうとしていた所です。私もお供しましょう」
「決まりだね〜。それじゃ、あたいが大吾お勧めのお店に案内するんだよ〜」
 千結を先頭にして一同が歩き出す。その先で彼女達はイズルートを始めとしたこれまでの事やルシェンの肩に乗っているちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の事など、様々な話をしてツァンダの昼下がりを過ごすのだった。
 
 
「ナナ、次はどこに行こうか!」
 小型飛空艇で無事に空京へと到着したレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)と手を繋ぎながら街の様々な所を見て回っていた。
 ちなみに手を繋いでいる一番の理由は、方向音痴のレイディスがはぐれないようにする為だ。
「そうですね。もうすぐお昼ですし、どこか美味しいお店でも探しましょうか」
「うん! それじゃあ――」
 レストランか喫茶店を探そうと辺りを見回したレイディスの目に、一軒の店が映った。その店――花屋――を見て、明日が母の日だという事を思い出す。
「あ、ねぇナナ。ちょっとあの店に寄っていい?」
「花屋ですか? 構いませんけど、レイちゃんがお花に興味があったなんて少し意外ですね」
 ナナが微笑を浮かべながら花屋へと入って行く。彼女が様々な花を眺めている隙に、レイディスは小さな声で店員へと話しかけていた。
「ねぇ店員さん。母の日って確か花を贈るんだよね? どんなのをあげればいいのかな?」
「母の日でしたらこちらのカーネーションが一般的ですね。元々は白いカーネーションを贈っていたのが始まりですが、今は他の色でも問題無いのでお好きな色をお選び頂けますよ」
 なるほど、とカーネーションを色を見比べるレイディス。そこに店員が『そういえば……』と付け加えた。
「パラミタにはシルフィスの花と呼ばれるカーネーションに良く似た花があるのですが、ツァンダの花屋ではそれをカーネーション代わりに勧めている所もあるみたいですね」
「へぇ、どんな感じの花なんだろ」
「外見は本当にカーネーションに近いのですが、雪のような青白さが綺麗な花です。群生地がヴァイシャリーの南東なので、残念ながら当店を含めて空京で仕入れている所はありませんが」
「そっか〜。じゃあ……今回はせっかくだから赤い花にしようっと。リビングに飾れそうな大きさの方がいいかな……これ一つ下さい♪」
「はい、有り難うございます」
 店員が赤いカーネーションを包み、手元の部分に母の日用のリボンを巻く。その手の小物が揃っているのは、おそらくこの店が非契約者の地球人でも訪れる事が出来る空京にあるからだろう。
「お待たせ致しました。こちらになります」
 綺麗にラッピングされた花束を後ろ手に持ち、ナナの所に戻る。そして彼女がこちらに気付くと同時にそれを差し出し、レイディスは満面の笑みを浮かべた。
「ナナ、いつも有り難う。これ……貰ってくれ!」
「え、これは……カーネーションという事は、もしかして……?」
「うん、母の日のプレゼント。本当は明日渡せたら良かったんだけど……」
 二人のスケジュールの関係上、母の日当日である明日はこうやって休日を一緒に過ごす事は出来なかった。だが、ナナは花束を受け取ると、一日の違いなど関係無いとばかりに、レイディスをしっかりと抱きしめた。
「レイちゃん……有り難うございます。とっても嬉しいのです」
「へへっ。喜んでくれて良かった」
 物心つく前に母を失ったレイディスにとって、ナナは初めて母に対する感情を持った大切な相手だった。それに応えるように、ナナも抱擁を強くする。
「レイちゃんはナナにとっても息子みたいなものです。嬉しい時も辛い時もいつだって、ナナはこれからもレイちゃんの『帰ってくる場所』となりましょう」
「うん……有り難う、ナナ……」
 レイディスもぎゅっと抱き付く力を強くする。そうしてどのくらいの刻が経っただろうか。二人は自然と抱擁を解くと、そのまま手を繋ぎ直して再び歩き始めた。
「さぁ、それでは今度こそお昼を食べに行きましょうか」
「うん! 今日は何を食べようかな〜」
 街の至る所から美味しそうな匂いが漂ってくる。その一つひとつに惹かれながら、二人で空京の街を巡って行くのだった――